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なんでもない日常の中に太刀川慶と言う男の存在が入り込んでいたと気付いたのは、その男の存在をめっきり見なくなった頃だった。
やれ課題を手伝ってくれだの、やれ飯に行くぞなど、いつの間にか太刀川と過ごすことが増えていった。
それが別に嫌だった訳ではない。気を遣わなくて良くて、バカみたいな話をして、むしろ楽しかったぐらいである。いや正直、課題を手伝わされるのは面倒臭かったけれど。
それが突然、声を掛けられなくなった。なんなら姿さえ見なくなった。
どうしたのか、と彼と親しい友人達にそれとなく聞いてみれば、長期欠席を取っているというではないか。詳しく聞こうとしたが、はぐらかされてしまったので、おそらくボーダー絡みだと思う。
彼はそのボーダーでNo.1の攻撃手?らしい。あの男が?と思わなくはないけれど、でもどこかあの男だからこそ、と思うこともある。
妙に周りを見渡す慧眼だとか、それが勘ゆえのものなのか磨かれた力なのか、それは多分彼と同じボーダーの人にしか分からないのだろう。
それはそれとして。
あれだけ一緒に居たくせに。というか押しかけておいて。私に一言もないのかと。
その怒りをぶつける相手が、隣に居ないことがとてつもなく歯痒かった。
そして見掛けなくなってからいくつかの夜を越えた後、ヤツは大学のラウンジで一息ついていた私の前にひょこっと姿を現した。
「おっ、ミョウジ。久しぶり〜元気してたか〜?」
何事も無かったかのように、へらへらと笑みを浮かべて。こっちはどんな気持ちでいたか。
冷たい態度を取った。無視をした。それはもう腹いせに。
話しかけてくれるなと言わんばかりに席を立っても、彼は構わず隣に並んでは話しかけてくる。
「んだよ、つめてーな。もしかして、俺が居なくて寂しかったのか〜?」
そう、へらりと言ってのけた太刀川に、私の中に燻っていた何かが弾けた気がした。
「…そうだよ!私には何も言わずに長期休み取っちゃってさ。私はアンタの中でそんだけの存在だったんだってね!」
あー…と言いながら、太刀川は視線を逸らし後頭部を掻いている。
「あんま言っちゃいけないらしくてさ」
悪い。そう言った太刀川はこちらを真っ直ぐと見ている。
いつもへらへらと交わす太刀川がこうしているということは、素直にそう思っているらしい。
「ボーダー絡み…なんでしょ?それでも、休むことぐらい言ってくれてもよかった」
「うん、そうだな」
悪かった。そしてもう一度太刀川は謝った。
真面目に、それに二度も謝られて、なんだか居た堪れなくなって。彼にも抱えているものがあるのだと考えたら、責められなくなって。「いいよ、もう」とだけ小さく呟いた。
「いやぁ、それにしても押してダメなら引いてみろ、だっけ?」
「はぁ?」
「ミョウジ、俺が居なくて寂しかったんだろ?そう思ってくれるとはな〜」
うまくいったな、なんてさっきと打って変わって調子の良いことを言う太刀川にため息をつく。
「アンタ、そんなこと駆け引きみたいなこと出来る頭あったの?」
「なかったわ。こと、お前に関しては」
「…なにそれ」
「そんなことする暇あったら、もっと一緒に居てーもん」
ニヤッと笑う顔に、その台詞に、うっと言葉を詰まらせる。
照れてると揶揄われる前に、生返事をしながら太刀川に背を向け歩き始めた。いや多分、照れ隠しなのはバレバレだろうけど。
太刀川に負けたと思ったのは、彼と一緒に過ごすようになってから、これが初めてだった。
いや、彼が居なくて寂しいと思った時点でそうだったかもしれない。
でもでも、彼が私と一緒に居たいと思った方が先ではないか。
どちらが先に負けていたか…なんて、私の隣でどこか満足げに歩く太刀川の顔を見てしまったら、もうどうでもよくなってしまった。