諏訪 洸太郎
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「こ、こう…たろ。わた、しと…わか…れて」
もう助からないと思った。ぼやける景色と流れ出て行く血を感じて。
今日は朝から運が悪かった。お気に入りの服にコーヒーを溢すし、忘れ物はするし。目的地まで近道をしようと、警戒区域の近くを通れば近界民が出現するし。
そんな警戒区域の端に出現しなくても、と見上げれば大きな目玉は即座に街を破壊していく。次の瞬間には、飛んできた瓦礫で身体が大きな衝撃を受けた。
その後すぐに駆け付けてくれたボーダー隊員は、幸か不幸か彼氏の洸太郎が率いる隊だった。
今際の際で言う言葉ではないと分かっていても。洸太郎がすぐに前に進めるように。
居なくなったとしても、私のことをきっと引き摺ってくれるだろうから。
「…っ、ワケわかんねーこと言ってねーで喋んな!すぐ助けてやっから…!」
悲痛な顔をして必死に声を掛けてくれる洸太郎。
最後に見た洸太郎の顔が、笑顔じゃないのが悔やまれるけど。貴方の未来が笑顔で溢れますように。
ごめんね。大好きだよ。
そう最後に思って意識を失った。死ぬはずだった。けれど、洸太郎の応急処置と現代医療のおかげで、どうやら私の命はまだ続いているらしい。
霞む視界で白い天井を目に捉える。右を向くと光が差し込む窓が、左へ向くとその光に照らされた揺らめく金が。
洸太郎と目が合う。大きく見開かれた目がすぐにすっと細められて。
「…よかった」
私の左手を両手で包み込み、それを額に当てながら安堵するように、大きな息を吐き出すように呟いた。
「気分は?どっか痛ェか?」
「せな…か」
久しぶりに口を開いたせいか、乾いた喉では上手く声を発することが出来なかった。
「ちょっと待ってろ。先生呼んで来っからな」
まだ洸太郎と話したい、一緒に居たかった。けれど今の私には、病室を出て行く洸太郎を見ていることしか出来なかった。
次に洸太郎に会えたのは、問診やら簡単な検査を受けた数時間後のことだった。
「おめー…覚えてっか?意識失う前のこと」
「う、うん…」
「なんであんなこと言った」
真っ直ぐ瞳を向けてくる洸太郎を見ていられなくて、下を向いた。腰まで掛けた毛布の上で、手持ち無沙汰な指先をもじもじと触る。
「死ぬまで忘れんな、ぐらい言っとけや」
「そっそれは流石に…縛り付けちゃうでしょ、洸太郎のこと。だからああ言って」
「いいンだよ別に。俺はとっくにお前と骨を埋める気でいンのによ」
「こ、洸太郎…」
ほんの少しだけ照れくさそうにそう言った洸太郎。それを見て思わず涙ぐむ。
「それにな、逆の立場になって考えてみろ。死に際にそんなこと言われたらよぉ」
「……辛すぎる」
「そういうことだバーカ!」
「ううっ…ごめんね。こうたろおぉ……」
耐えていた涙が溢れていく。先程の言葉の嬉しさと、別れてくれと言われた洸太郎の気持ちの辛さを考えて。
ベッドの淵に軽く腰掛けて洸太郎は、よしよしと頭を撫でながら抱き締めてくれた。
じんわりと身体に広がっていく洸太郎の体温を感じて、改めて私は今生きているんだと実感した気がした。
***
「…ほんと、忘れらンねーことしてくれたぜ。まったく」
病院の喫煙スペースで一息つく。慣れた手つきでポケットからタバコを取り出して、いつものように火を付けた。ニコチンが肺に染み渡って、頭に巡っていくのを感じる。
吸い込んだそれを、ゆっくりと大きく吐いていく。もくもくと空に消えていく半透明な煙をぼうっと眺めた。
おそらくこの後、ナマエはボーダーで記憶封印措置を受ける。
『交通事故に遭った』その偽りの記憶だけが残って、あの日のやりとりも病室でのやりとりも風化していくだろう。
「あんなこと言いやがって!」「謝ったじゃん!」などと、喧嘩をする度に蒸し返したり、笑い話にする未来もあったかもしれないが。
忘れてしまう方が良い。自分が死に掛けた記憶なんて無い方が良いに決まってる。
ナマエは忘れてしまうが、俺は二度と忘れることはないだろう。
あの日のことを、今にも命の灯火が消えてしまいそうな彼女の顔を、ああ言わせてしまった俺のことを。
俺にだけ忘れられない傷が残るが、そんなこと瑣末な事だ。
ナマエが、この世界に生きているのだから。