荒船 哲次
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今日が七夕だと気付いたのは、ボーダー内に笹が飾ってあったからだ。
最近忙しくて日付や季節のイベントを気にしてなかったなぁ、と笹を見上げる。
その笹にはすでに願いが書かれた短冊がいくつも吊るされていた。
その近くに置かれた長机では、ちらほらと短冊を書き込む人の姿があった。
流行りに乗るかと思い立ち、私も短冊とペンを手に取る。何を書こうと考えて、すぐに思い浮かんだのは想いを寄せるあの人のこと。
名前を書かなきゃバレないだろう。吊るすところを見られなければバレないだろう。
「好きな人が私のことを好きになってくれますように」そう短冊に書いた。
「なんて書いたんだ?」
「ウワーーーーッ!?」
背後から掛けられた声に焦って、咄嗟に短冊をポケットへと仕舞った。
振り向けば、先ほど思い浮かんだ思いを寄せるあの人。荒船がそこにいた。
「えっと、あっ、いや間違えて!書き直すところ!」
もう一枚短冊をとって書き直す。今度は「世界平和」なんてありきたりなことを書いて。
「ふーーん…」
なんだか納得がいってなさそうな相槌が隣から聞こえてくる。心臓がばくばくと脈打って、汗も止まらない。
「…お前そういうこと書くタマじゃねぇだろ。せいぜい『美味しいものたくさん食べれますように』とかだろ」
「ひっど!私のことなんだと思ってんの!…いやまぁ、大体合ってるけど」
そうは言いながらも、もう書き直す気もない。そのまま「世界平和」が書かれた短冊を笹に吊るす。
ひらりと揺れる短冊。それを荒船と2人並んで見上げていた。
私の本当の願い事。隣に立つ荒船に言ったところで、自分のことだと気付くことはないだろう。もしくは本当のことを言うことで、少しでも気にしてくれたらいいな。
そう思って、いくつもの短冊が飾られている笹を見上げながら、先ほど短冊に書いた本当の願い事を荒船に伝えた。
「願って縋るだけじゃダメだって分かってる。意識してもらえるように努力しなきゃなのは分かってるんだけどね」
「…そいつはお前のこと好きじゃないのか?」
「友達とか…同じボーダーだし仲間としか思ってないんじゃない?」
「そいつボーダーなんだな」
「あっ…」
墓穴を掘ってしまった。でもボーダー内に知り合いはたくさん居るし。セーフセーフ。
まぁね、と言いながら気持ちを落ち着かせるように、ふっと息を吐いた。
「…まぁ俺としてはそれ、もう叶ってると思うがな」
「は?どういうこと?」
徐に私に背を向けて短冊を書き始めた荒船。上手に自分の身体で隠して、書いてるところを見られないようにしている。
すぐに書き終わった荒船はこちらへと振り返った。その手に持った短冊に目をやるも、こちらからは裏側しか見えずなんて書いてあるか分からない。
「さっきの短冊貸せ」
「え?なんで」
「いいから」
ポケットから件の短冊を恐る恐る出す。勢いよく仕舞ったものだから、短冊にくしゃりと皺が入っている。
「これは俺がもらっとく。代わりにこれやるよ」
目の前に差し出した途端に、それを引ったくっていった荒船。そして差し出された代わりの、荒船が書いた短冊。受け取った短冊は裏を向けられていて、何が書いてあるかまだ読み取れない。
「あ、これには飾んなよ。俺も飾らねぇから」
これと言って笹に視線を寄越した荒船。何を言いたいのか何がしたいのか未だに飲み込めてなくて、はぁと言いながらとりあえず頷いた。
それと同時に少し離れたところから荒船を呼ぶ声がした。荒船と同じように振り向けば、そこには穂刈が。
穂刈に手を挙げて返事をした荒船は、私に向き直って帽子の鍔に手を掛けた。
「返事はまた今度…いや、今度は直接言うから。お前もそのつもりでな」
じゃあな。そう言って荒船は穂刈の居る方へと行ってしまった。
次から次へと荒船が口を開くので、短冊を裏返して見る余裕もなかった。でも、ひとつの可能性がずっと胸の内で燻っていた。
もしかして。そうだといいな。いやでも。そんなまさか。
またドキドキと早くなっていく鼓動。震える手で短冊をゆっくりと裏返した。
そこには綺麗とは言えないけれど、でもその雑さがどこか照れ隠しにも見える文字が。
「俺がミョウジを好きなことにミョウジが気付きますように」