弓場 拓磨
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「よろしくお願いします!」
「まずは前回の復習だ。覚えてっかコラァ」
毎週金曜日午後18時。弓場くんに銃手の稽古を付けてもらう時間。
多少日付をズラすことはあれど、この約束を私から破ったことはないし、弓場くんからも破られたことはない。
B級に上がってすぐ、ダメ元で弓場くんから教えを乞うべく、ののちゃん経由で弓場隊へと押しかけた。以前から弓場くんの戦闘スタイルは目を引くものがあって、銃手としてもっと力を付けたくて。
予想外にも弓場くんは了承してくれた。
最初は厳しくて怖い人だと思っていた。でも教えてもらっているうちに、その厳しさは私の為のもので。怖いところもあるけれど、誠実な人で。
惹かれていくのに時間は掛からなかった。
だから私にとって、毎週金曜日のこの時間は何よりも大切なのだ。弓場くんと一緒に過ごせる唯一の時間だから。
でもそんな金曜日が、弓場くんの元へ行くのが嫌になることがあるなんて思ってもみなかった。
帰り支度をしてボーダーを後にしようと基地の廊下を歩いていれば、少し前に見覚えのある後ろ姿が見えた。声を掛けようと駆け足になったけれど、それはだんだんと遅くなり歩きに変わる。
なぜなら、弓場くんが女の子に声を掛けられ立ち止まり、話をし始めたから。
それはそうだ。弓場くんだって女の子と話ぐらいする。ののちゃんも、私もその女の子の1人だ。
でも私の知らない誰か女の子と話している弓場くんを見て、もやもやとした気持ちを抱えながら、ある考えが浮かんでしまった。
弓場くんに彼女はいないと、ののちゃんから聞いていたけれど。それを聞いてよし、と思った自分もいたけれど。
弓場くんに好きな人がいないとは限らないじゃないか。
弓場くんもトリオン体ではなく生身の身体だからだろうか。
髪の毛を下ろした雰囲気も相待って、隣の女の子に向ける、普段より幾分か穏やかに見える眼差しにぎゅっと心が締め付けられて、その場から逃げるように今来た道を戻った。
その日以来、私は弓場くんを避けるようになってしまった。
ボーダーですれ違えば必ず掛けていた声も手を振るだけだったり、なんなら会わないように道を変えたりタイミングをズラしたり。
もし弓場くんに好きな人がいたら…なんて考えたら、どんな風に話していいか分からなくなってしまった。それに、私に時間を割いてくれているのがなんだか後ろめたくなって。
まぁそれを弓場くんが不審に思わない訳もなく。避け始めてしまってから初めての金曜日。
教えてもらっている立場でもあり、これだけは約束を反故するわけにもいかず、どよりとした気持ちを抱えたまま行けば、眉間に皺を寄せた弓場くんがドアを開けたすぐ目の前で腕を組んで立っていた。
「今日の稽古は中止だ」
「えっ?」
「当たりめェだ。腑抜けたツラしやがって…なんかあったか?」
私を責める声色から、心配の色を見せる声に変わる。
本当のことを言う訳にはいかない。弓場くんから視線を外し言い淀んでいると、弓場くんの他に誰も居ないことに気付く。
「ウチはもう今日は上がりだ。だからここには誰もいねェ。遠慮なく話せ」
周りを見渡している私を察してか、弓場くんはそう言った。なんとタイミングの良い…いや、これは弓場くんが気を遣ってそうしてくれたのかもしれない。
そんな気遣いに胸がきゅっとなる。でもここまでしてくれた弓場くんに打ち明けるにも、一から十まで話す訳にもいかない。
「その…弓場くんも忙しいのに、毎週稽古つけてもらって申し訳ないなって…」
ぐるぐると頭の中で考えた結果がこれだ。うん、嘘は言っていない。深くも言ってないけれど。
「今更だろうが」
「う…そうなんだけど」
「理由、他にもあんだろ」
「……な、ないよ」
「本当かァ?」
私の顔を覗き込むように一歩、弓場くんがこちらへ近付いてくる。思わず私は一歩下がって、弓場くんはまた一歩進む。
それを繰り返していれば、背中に壁がぶつかる。ドアだ、と思って向き直ろうとした瞬間に、弓場くんが口を開いた。
「…辞めたくなったんじゃねェか」
「そ、そんなことない!」
俯いていた顔を咄嗟に上げる。彼の目はしっかりと私を捉えていた。でもその目が少し寂しげに揺れている気がして。そんな目をして欲しくなくて。
「その…弓場くんにね、もし好きな人がいるなら、私に時間を割いてもらってるのがこう…心苦しくて……」
「はァ!?」
「いや、あの!私は特訓の時間とっても大切だよ。毎週楽しみにしてるし。でも弓場くんが、弓場くんは…って急に考えちゃって…」
「余計なこと考えンな。自分が強くなることだけ考えてろ」
「はい…仰る通りです…」
そうだよね。弓場くんへの気持ちばかり大きくなって、初心を忘れていたな。私は銃手として、もっと強くなりたいんだ。
弓場くんのことで悩んで、弓場くんの言葉で解決させられる。あぁ、弓場くんには敵わないや。自嘲気味に笑えば、おでこにデコピンをされる。
痛い、と額に両手を当て少し睨むように弓場くんを見れば、フッと笑って踏ん反り返った。
「ったく、誰の為に時間割いてっと思ってんだ」
「ご、ごめん」
「自惚れんな。おめェーの為だけじゃねェ、俺の為である」
「…えっ?」
顔を上げる。こちらを真っ直ぐ見ていた弓場くんと目が合って…逸らされる。
「おめェーだけじゃねェんだよ。楽しみにしてたのはな」
首の後ろに手をやり、少しだけ照れた様子を見せ弓場くん。その様子に心がぽかぽかと温かくなる。
そっか、と微笑んだのも束の間、弓場くんがまた何かを探るようにこちらを見る。
「…で、何でそう思うんだ」
「えっ?」
「俺に好きな人がどうのこうのってよ」
「そ、れは…その」
そこは深く突っ込まないで欲しかった…!いや、あそこまで言われてしまえば気になるか。
自分の両手を胸の前でぎゅっと握る。どくんどくと心臓の音が早くなっていく。どうしよう。
気持ちを伝える絶好のチャンスがまた来るとは限らないし、ここで誤魔化せる程、私は器用ではない。弓場くんへの気持ちは積もりに積もっているから。
もし振られちゃったとしても、きっと弓場くんは律儀に稽古を続けてくれる。だから。
「弓場くん。私、弓場くんのこと…!」
「いや、やっぱ待て。こういうのは男から言うもんだ」
目の前の彼は徐にトリガーを解除して、トリオン体から生身の身体に変わる。
髪を下ろした姿に目を奪われていると、真剣な眼差しがこちらを射抜く。
「好きだ」
わざわざ生身の身体に戻ってまで、伝えてくれたその誠実さに胸がいっぱいになる。
嬉しくて、でもなんだかほっとして泣きそうになりながらも、私もトリガーを解除して必死に言葉を紡ぐ。
「私も…私も、弓場くんのこと、大好き」
「…おう」
少しだけぎこちない手が私の背中に回る。彼の熱を感じた今、きっともう不安になることはない。
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