トラファルガー・ロー
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▼トリップ夢主→現ハートの海賊団クルー
「お嬢さん」
その言葉を聞いたとき、一瞬、時が止まったような錯覚を起こした。長らく聞いていなかった、元の、私がいた世界の言葉。ゆっくりと首を動かし、声のした方へと振り向く。
「なん、で」
「私も同じだからですよ」
どこか紳士的な佇まいの老齢の男性。怪訝な顔を向ければ、「それと」と付け足すように口を開く。
「迷子の子供ような目をしていましたから」
誰とどこでどう過ごしても、それがどれだけ楽しいものでも、私はこの世界の人間ではない。
この、誰にも埋めることが出来ないひとりぼっちの寂しさ。
普段は奥底に隠しているそれを見透かされているような気がして、びくりと肩を震わせる。
「キミはこちらに来て、どれくらい?」
「…2年と、ちょっと」
「私はもう何十年も経ってしまったよ」
はは、とどこか寂しげな面持ちでお爺さんは薄く笑った。
運が良いのか悪いのか。今のなっては、とても運が良かったのだと思うけれど。
私は海賊の、ハートの海賊団の船の上で目を覚ました。
突然船の上に現れた女。すぐに殺されてもおかしくはない。けれど、私の話す言葉がこの世界と違ったからか、興味を持たれ今に至る。
見覚えのない景色や文化に戸惑い、言葉の壁に躓きながらも、なんとかここまでやってきた。
異邦人から、仲間へ。彼らの海賊団のクルーとなった。仲間達が丁寧に教えてくれて、まだ辿々しいところもあるけれど、こちらの世界の言葉も話せるようになった。
生きるのに必死だった頃から、言葉も覚えて仲間にも良くしてもらって、心の内にほんの少しだけ余裕が出来た。
その隙をつけ入るように考え始めたのは、私がここにいる存在意義。
きっと私がいなくても、この船は回っていくだろう。戦闘はからっきし、料理も得意といったわけではない。出来るのは雑用ばかり。
私はなんでここにいるのだろう。だんだんと船の中で居場所が無くなっていくような、そんな気持ちになって。
「でも、運が良いねキミは」
***
『この島の中央に大きな湖があるんだ。それに今日は満月。水面に映る満月に向かっていけば「別の世界へ行ける」なんて迷信があるらしいよ』
その日の夜、船の見張り番の目を盗んで島へと降り立った。男性が言ったことを信じた訳ではなかった。ただの興味本位。
そのはずだったのに、ゆらりと水面に反射した満月に引き込まれるように、湖へと進む足が止まらない。
ざぶざぶと身体が水に浸かっていく。段々と水位が深くなっていくのに満月は、まだ遠い。
「な、にしてる!」
「キャプ、テン」
振り向くとそこにはキャプテンがいた。怒気をはらんだ声とは裏腹に、私の腕を掴んだ手はひどく弱々しい。
それはそうだ。能力者は海に嫌われている。ここは海ではないけれど湖だ。水には変わりない。
私よりは浸かっていないけれど、立っているだけでもやっとだろうに。
限界が来たのか力の抜けたキャプテンを支えながら、なんとか岸へと戻った。
項垂れるように座り込んだキャプテン。立ち尽くす私を、睨みつけるように見上げる。
「…冬の湖だ、自殺行為だって分かってんのか」
そうか。私はあのまま進んでいれば、死んでいたのか。それを今さらながらに気付いた。
責め立てるような視線に耐えきれずに、キャプテンの横に座ってゆっくりと口を開く。まるで言い訳をするように、あの老齢の男性から聞いた話をキャプテンへと伝えた。
「お前は…戻りたいのか?」
それにすぐに頷くことが出来なかったのは、ハートの海賊団の一員として過ごす日々が、かけがえのないものになっていたから。でも、私がここにいる必要はあるのか、そんなことばかり考えてしまって。
帰りたい、ここにいたい。その繰り返しで。頷くことも首を振ることも出来ない。
「…おれの側にいて欲しいと言えば、それはお前がこの世界に留まる理由になるか」
はっ、とキャプテンの方へと顔を向ける。真っ直ぐな瞳がこちらを見ていた。
「ここに居ても良いんですか」
「お前自身がどう思うが、おれがそう言っている」
きっとアイツらも同じことを言うはずだ。
キャプテンは私の考えてることなんて見透かしているように、そう言った。
そうか。私は、ここに居てもいいんだ。
***
キャプテンと一緒に船に戻り、夜明けを待って出港することとなった。
それまでの時間に、あのお爺さんに出会えないかと街中を探して歩いて回った。
「私はこの世界に残ることにしました」それを伝えたところでどうなる訳でもないけれど、伝えたくて。
でも、お爺さんには出会えなかった。時間も時間だったので、どこかの宿に居たかもしれないし、彼はあの噂通りに元の世界に帰ったのかもしれない。
船が島から離れていく。島の周りには霧が立ち込めて、だんだん形が見えなくなっていく。本当にあそこに島があったのかと思うぐらいに。
この世界に繋ぎ止められた理由はひどく脆い。それでも今はこの人と、この仲間たちと一緒にいたい。もしかしたら、理由なんてそんなもので良いのかもしれない。
でも、それでもまた、帰りたくなってしまったら。この島に来よう。そう思って地図を広げ、島の位置と名前を確認しようとすれば、横から取り上げられてしまった。
「もうこの島には来ねェし、来させねェからな」
地図の行く先を視線で辿れば、キャプテンがそう言いながら、地図をびりびりに破いた。
小さくなった紙切れが、風に乗って飛んでいく。薄明の中飛んでいくそれは、空に浮かぶ星のように、どこかきらきらと輝いて。