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自分のデスク周りだけを照らす最低限の蛍光灯の灯り。他に誰もいない静かなオフィスに、キーボードを叩く音だけが響く。
22時を過ぎた。文字を打っても打っても終わらない。
大祓の報告書に始末書。これも自分の実力を過信した術師が単独先行したせいだ。そのせいで、怪我人も増えてしまった。苛立ちからエンターキーを強く叩く。
だけど、単純な作業の連続にだんだんと瞼が重くなってくる。
「少しだけ仮眠しよう…」
もうお開きにしたいところではあるが、明日には明日の仕事がある。なので、明日は再度チェックして、提出するだけにとどめておきたい。その為にはもう少し頑張らなければ。
スマホでアラームを10分…いや15分後に設定して、机の上に伏せる。
ふと目に入った宇佐美さんのデスク。今日の宇佐美さんは現場直行に直帰だったはず。
好きな人の姿が見れなかった日は、少しだけ寂しく感じる。
正義感が強く、部下思いな宇佐美さん。
ずっと、ずっと前から好きだった。けれど、もう諦めなきゃいけないとも思っている。
告白する勇気もない。私なんて大勢いる部下のうちの1人、好きになってくれるはずもない。彼にはきっと、私よりもずっと素敵な女性が相応しい。
そう諦める言い訳ばかりが思い浮かんでは消えていった。
突如として、けたたましい音が耳元で鳴り響いて飛び起きた。どうやら完全に意識を失っていた…眠っていたらしい。
上体を起こすと同時に肩から後ろへと、何かがずるりと落ちた。ふわりと香る、自分のものではない男性ものの香水のような香り。そして、どこか見覚えのある色のジャケット。
「あぁ、起きたか」
私以外、誰もいないはずのオフィスに響いた声。声のした方を向けば、宇佐美さんのデスク周りが明るい。そしてその席に座る、人。
「う、宇佐美さん!?」
ということは、もしかして肩にかかっていたのは、宇佐美さんのジャケット…!?
慌ててシワにならないよう軽く畳んで、彼の元へと返しに行く。
「ありがとう」
「こちらこそ!その、お気遣い頂きまして、ありがとうございます!」
膝掛けでもあれば良かったんだが、生憎ね。と宇佐美さんはそう言いながら、私の手から受け取ったジャケットを羽織り始める。
シワになっていないかな。臭くなってないかな。なんて気にしながら、その様子を眺めていた。
「そういえば宇佐美さん、今日は直帰だったのでは…?」
「それが少し厄介なことが起きてな」
「お、お疲れ様です…」
詳しく説明されないことでなんとなく察する。おそらく部下の私達にも言えない、上層部の間にだけ知らされている、いや留めておきたい問題。宇佐美さんは宇佐美さんで大変だなぁ。
「ミョウジくんは…」
そこでぱたりと止まった言葉。続きを待っているも、宇佐美さんは視線を逸らして言い淀んでいる様子に見えた。
「いや……まだ帰らないのか?」
「はい。もう少しだけ」
「そうか。なら終わったら教えてくれ。家まで送る」
そう言った宇佐美さんは、先程のどこか歯切れの悪い様子なんてなかったかのように、いつもと変わらないように見えた。
「いえ!宇佐美さんのお手を煩わせる訳には…」
「大切な部下を、こんな夜中に1人で帰すわけにはいかない」
大切にされていることが分かる嬉しい言葉。なのに胸が苦しい。
宇佐美さんにとって私は部下で。それ以上でもそれ以下でもない。それをはっきりと突きつけられた。
ぎゅっと締め付けられる胸の痛みを隠すように、軽く頭を下げた。
「では…お願いします」
「もちろん」
安心させるような笑みを見せてくれた宇佐美さん。同じように微笑み返したが、上手く笑えていたかは分からない。
宇佐美さんを待たせる訳には、とパソコンと睨めっこを続け、無事に明日は確認作業を残すまでに報告書をまとめ上げることが出来た。
終わったと宇佐美さんに伝えれば、同じように仕事を切り上げてくれる。
「いいんですか?宇佐美さんが終わるまで、私待ちますよ?」
「ちょうど終わったところだ。心配しなくていい」
本当だろうか。もしかしたら、私が報告書をまとめ上げている間にとっくに終わらせていたのかもしれないし、まだ残っているのに私を家まで送る為に切り上げてくれたのかもしれない。
問い詰めたいところだけれど、野暮というものだ。素直にお礼を言っておく。
「下で待っていてくれ、車を回してくる。すまないが戸締りを頼めるか?」
「はい、分かりました!」
私の返事を聞いてから、足早に宇佐美さんはオフィスを出て行った。
言われた通りに戸締りを済ませ、エレベーターに乗り込む。宇佐美さんの車に乗せてもらう…そのことを考えれば考える程、緊張する。
ビルの外に出れば、すでに宇佐美さんは車を回し終えて待っていてくれていた。
お願いします、と言いながら助手席にそろりと乗り込む。夜も更け車内は暗く、照らす光は街明かりだけ。
そんな運転席の宇佐美さんは、普段とどこか違う雰囲気を感じる。格好良くてドキドキして見ていられなくて…窓の外に流れる景色へと目を向けた。
「いつもこんなに遅いのか?」
「いえ、たまーにです」
「そうか」
ふむ…と、宇佐美さんは少し考えるような素振りをしてから、また口を開いた。
「また遅くなる時は連絡してくれ。空いていればになるが、送り迎えをしよう。私の連絡先は知っているな?」
「いえ、そんな!申し訳ないです!」
「他にアテはあるのか?」
「なくもないですけど…」
タクシーでも拾えばいい。予定外の出費になるので、あまり使いたくはないところだけど。
「…彼氏か?」
「えっ!?いや、違います!!」
まさかそんな言葉が宇佐美さんの口から出て来るとは思わなかった。驚きつつも、慌てて否定する。
「なら…好きな奴にでも頼むか?」
「な、んで」
どうしてそんなことを聞いてくるんだろう。真っ直ぐと前を向いている横顔からは、何も分からない。
「先程、寝ていただろう?その時言っていたのを聞いてしまったんだ」
「な、何て言ってました…?」
「好き…ずっと好きだった、と」
ひゅっと息を呑んだ。仮眠を取る時、宇佐美さんのことを考えていたから、そう口走ってしまったのかもしれない。
どくどくとはやる心臓に、じわりと嫌な汗をかく。
「名前…相手の名前は言ってましたか?」
「いや、名前は言っていなかったな」
「そうですか…」
知られていたら今、私は宇佐美さんの隣に座っていないかもしれない。
良かったと大きな安堵のため息をついた。
「でもその…もう諦めようと思ってるんです」
「それは、どうして…と聞いても?」
「その人にとって私は…」
部下の1人で、と言おうとしたところでやめた。こんなことを言ってしまえば、宇佐美さんのことを言っているのだと気付かれてしまうかもしれない。
「そういう対象に見られてないんです。告白する勇気もないし。だから、もう諦めなきゃって」
下を向いて、膝の上で組んでいる手をぎゅっと握る。
流れる沈黙に、だんだんと頭が冷えていく。私はなんて話を上司にしているんだ。
「すみません!こんな話、聞かせちゃって…」
あはは、と笑い飛ばすように顔を上げる。
「なら、私にも目を向けてみてはくれないだろうか」
「えっ…?」
「私は君のこと…諦めきれそうにないんだ」
覗いた横顔は真剣な表情をしていて。そんな言い方、まるで宇佐美さんが私のこと。
きっと何かの聞き間違えだろう。こんなの自分に都合のいい夢を見ているみたいだ。
改めて確かめる勇気もなくて、口を開くことが出来ず、それほど経たないうちに自宅マンションの前へと着いてしまった。
「あの、ありがとうございました!」
そう言いながら、シートベルトを外そうと手を掛ければ、遮るようにそっとその上から手を添えられる。手袋越しのはずなのに、熱いと感じるほど伝わってくる熱。
「…傷心の君に付け入る卑怯な真似をしているのは分かっている。だが、考えていて欲しい」
真剣な眼差しを向けられる。さっきのことは夢でも聞き間違えでもなかったんだ。
「その失礼ですが、宇佐美さんは私のこと…」
「…あぁ」
何かに気付いたように声を上げた宇佐美さん。
「ミョウジくんが好きだ。何事にも直向きに取り組む君を…好ましいと思っていた」
「それは…私が部下、だからでは…」
「“守りたい”“独り占めしたい”…部下にそう思うか?」
ハンドルに寄りかかるものの、瞳は真っ直ぐとこちらに向いていて、困ったように微笑む宇佐美さん。そんなこと思っていてくれていたのだと、どくんと胸が大きく高鳴った。
私もこの思いに答えなくちゃ…伝えなきゃいけない。
「私も…ずっと前から宇佐美さんのこと好き、なんです」
訪れる静けさに、私のものではない息を呑む音が響いて、添えられた手に力が込もるのが分かった。
「だが、君は…」
「諦めようと思っていたのは…実は宇佐美さんのことなんです」
「そうだったのか…もう諦めようとはしていないよな?」
「えっ、は、はい!」
「なら、一安心だ」
ほっとしたような笑みを見せた宇佐美さん。添えられていた手が離れていき、寂しさを感じたのも束の間、私の手をそっとシートベルトのバックルから離す。
そして、宇佐美さんは私と自分バックルボタンを押してシートベルトを外した。
いまひとつ意図が読めないまま宇佐美さんの行動を見るがままになっていると、不意に手が伸びてきてそっと抱き寄せられた。
「…好きだ」
吐き出すように、優しく、甘く、耳元で囁かれた言葉。
「帰したくない」
軽く身体を離され見つめ合う。手袋の感触が頬を撫でる。宇佐美さんから伝わる温もりと、その言葉にかっと身体が熱くなる。
「…と言いたいところだが、これ以上無理をさせる訳にはいかないからな」
どこか含みのある言葉に聞こえて。そんな訳ないとそろりと宇佐美さんを見上げると、どこか熱のある瞳を細めて、ふっと笑われてしまった。
どうやらは私の予想は当たっているらしい。
「明日、また迎えに来るよ」
「えっ、そんないいですよ。お忙しいのに」
「君の顔を見て、1日を始めたいんだ」
そんなことを言われて、ダメだなんて言えるはずがない。頬を撫でる手に、そっと自分の手を添える。
「分かりました。私も…1番に宇佐美さんのお顔、見たいです」
「ありがとう」
優しく笑う宇佐美さん。これ以上話していると本当に離れがたくなってしまう。そう思ったのは宇佐美さんも同じだったのか、名残惜しそうにも手が離れていく。
「おやすみ。また明日」
そう言った宇佐美さんの声は、今まで聞いてきたどんな声よりも、甘く優しい響きをしていた。
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