夏油 傑
▼ Name change!
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
▼高専時代
少女漫画でよくある事故チューというもの。
振り向きざまにとか、誰かに後ろから押されてしまって、とか。そんなの実際にある訳ないでしょ、と少しバカにしていた。あんなの漫画の中だけの、フィクションだって。
それがまさか、自分の身に起きるなんて。
夏油くんに勉強を教えてもらっている最中、手が当たり消しゴムが転がって机から落ちてしまった。
拾おうと、椅子を引きしゃがむ。夏油くんも同じように拾おうとしてくれていた。
消しゴムは夏油くんの方に転がっていて、私よりも先に夏油くんがそれを拾い上げてくれた。
ありがとう、と顔を上げた瞬間に唇に何か触れた。ほんの一瞬だけだったけど、私の視界いっぱいに夏油くんの瞳があって、まつ毛の長さが分かるくらいに近くて。
触れたそれが夏油くんの唇だと分かるのに、時間はかからなかった。
どくどくと鳴り響く鼓動。何か言わなければと思って口を開くにも、言葉が出てこない。
「…はい、これ」
先に口を開いた夏油くんは、焦る素振りも照れる素振りも見せず、ただただ何事もなかったかのように私に拾った消しゴムを差し出してくれた。
気のせいじゃない。確かに触れた唇。少しかさついていて、でも柔らかかった。
思い出すように唇を自分の手でなぞる。なんだ意識しているのは私だけか、と少し悲しくなった。
それでも、その感触がなんだか忘れられなくて、その後の勉強の内容は全く頭に入って来なかった。
・
・
・
意識しているのだろうか。ペンを握る反対の手、先程まで机の上に置いていた手も、今は唇をなぞっている。
ナマエのその唇に噛み付いて、余すことなく口内を蹂躙して、どろどろに溶かしてやりたいだなんて。隣で考えている私を彼女は知らないだろう。
意識してもらうにも言い訳するにしても、何か言えばよかったものの。
少し触れただけの唇で、何かを考える余裕なんかなくなってしまった。
そして咄嗟に、無かったことにするという、1番ダメな選択肢を選んでしまった。なんとも格好悪い。
彼女のファーストキスだったらどうする。それはそれで嬉しいけれど、やはりこんな形で奪ってしまったなんて、謝らないといけないかな。
もしファーストキスじゃなかったら。その唇に私の知らない誰かが触れているなんて考えるだけで、胸の奥に黒いものが広がっていく。
何がどうあれ、もう一度彼女に話してみよう。照れるだろうか。それとも今度は彼女がなかったことにしてしまうのだろうか。
もしそうなったら、私の落ち度だけれど。
その後、勉強が一区切りするまで、どう切り出そうかと頭の片隅で延々に考え続けることとなる。