ムーンストーンの溜息(FEH/ヴァルター)
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その誘いは全く以って珍しいもので、彼がその誘いに乗ることも、全く以って珍しいことだった。
ある丸い月の晩、レイシは腕を組みながら、王城の外で誰かを待っていた。
このアスク王国には街灯は無いけれど、今日は月が煌々と照っていて、それ程不便には感じない。
だからきっと待ち人が来れば分かるだろうと思ってぼんやりと空を眺めていた。
「待たせたな?」
「! ヴァルター」
草を踏む音が聞こえて、彼は現実に意識を戻す。
暗がりからヴァルターは現れた。その手には愛竜の手綱を握っている。
「竜に乗ったことはあるか?」
「ううん、ない」
竜は大人しく身を屈めた。これから何が行われるか完全に分かっているようだった。
ヴァルターはレイシの方に手を伸ばす。
「こっちへ」
レイシは胸の高鳴りを抑えながらその手を握り返す。触れた手は思ったよりも大きく熱を持っていて、少し驚いた。
ヴァルターはそのままレイシの手を引いて竜の首の後ろ、羽の前に付けられた鞍に座らせる。
「うわあ」
鞍に乗ってみればそれなりの安定感はあったが、竜の鱗はつるつるしていて硬くて、少しでも気を抜けば滑り落ちてしまいそうな不安に駆られた。
しかも鞍は1つしかない。ヴァルターはどこに乗るのだろうか。
「ヴァルターはどこに? ……」
「私は乗り慣れているから鞍は不要だ。戦うわけでもないし」
「えっ、でも」
そう言いながらヴァルターはレイシの後ろに座る。
手が彼を後ろから抱きしめるように回され、手綱を握った。
レイシはびくりと思わず身を震わせる。
「怖いか?」
「……いや……」
怖くは、ない。そう言い聞かせる。決して高所恐怖症とかそういうことではない。
それでも言葉少なになってしまうのは、この状況に少なからず緊張しているからだった。
距離があまりに、近い。
「行くぞ」
ヴァルターが手綱を引くと竜は羽ばたく。いつも飛ぶ時は鳴いているのをレイシは知っていたが、今日は鳴かなかった。
2人がこんな夜に、人目を避けるように逢っているということを充分に理解しているのかもしれない。竜にそこまでの知能があるのかはレイシは知らなかったが。
それでもどんどん地上から離れていくことが不安で、思わずヴァルターの腕を掴んだ。
「ん? どうした?」
「……その、」
「初めてなら、怖いかもしれんな?」
男は背中の方で小さく笑う。その低い声もまたレイシの鼓動を加速させる。
ヴァルターは手綱を握ったまま、器用にレイシの手を握った。
「ヴァルター、」
「安心しろ、手綱は放さない」
そういうことではない、と言いたかったが、その手に包まれていることで安心できるのも事実だった。
少し沈黙が下りて、地上から十分に離れて竜も安定した飛行を始めた頃、レイシは口を開く。
「……あのさ、ヴァルター」
2人がこうして、城の外で2人きりで会うのは初めてだった。
勿論レイシは他の人と2人で出かけたことはあるが、こうして明確な感情を持っていたことはない。
夜の散歩に誘ったのはヴァルターからだった。彼には断る理由もなかった。
「何だ?」
「月、綺麗だね」
地を這っていた時とは異なるその距離感、それでも月は偉大すぎて、手が届くような気はしていない。
それでも普段見る景色とは全く違うから、普段男がこんな景色を見ているのだと気づいた彼は、何だか嬉しかった。これも人を理解するのに役立つだろうか。
「ああ。私がいつも見ているこの景色を、見せたかった」
「ヴァルター……」
「レイシ、好きだ」
不意に告げられるその言葉。あまりにも驚いてレイシの身体は強張る。
「えっ……」
「恐らく、同じ様に思っているのだろう?」
「そんな」
「あの月長石を見てようやく分かった」
「あ、あれは……」
少し前に、鉱石が採れるという洞窟を訪れた時、必死に探したその鉱石。
綺麗で高価な宝石の放つその輝きを嫌っているわけではないが、彼にはそれよりももっと欲しいものがあった。
「レイシの返事を聞かせてくれ?」
そう問いながら、ヴァルター自身、自分が随分変わってしまったことに内心少し笑っていた。以前ならこんなことなど絶対に言わなかった。欲しいものはその場で食う、それだけだった。
でもこうして変わってしまったのはヴァルターだけのせいではないだろう。こうして別の世界に呼び出されたということもあるし、何より。
「……俺も、ヴァルターのこと、」
レイシは躊躇いながらそれを口にした。
その時世界の時は全て止まって、たった2人だけがこの月に照らされているような、そんな気がした。
「レイシ」
みなまで聞く時間すら惜しい、と言うように。
ヴァルターは急く気持ちを押し殺しながら彼の名前を呼び、顎を掴んで口付けた。
長い長い夜の始まりだった。
ある丸い月の晩、レイシは腕を組みながら、王城の外で誰かを待っていた。
このアスク王国には街灯は無いけれど、今日は月が煌々と照っていて、それ程不便には感じない。
だからきっと待ち人が来れば分かるだろうと思ってぼんやりと空を眺めていた。
「待たせたな?」
「! ヴァルター」
草を踏む音が聞こえて、彼は現実に意識を戻す。
暗がりからヴァルターは現れた。その手には愛竜の手綱を握っている。
「竜に乗ったことはあるか?」
「ううん、ない」
竜は大人しく身を屈めた。これから何が行われるか完全に分かっているようだった。
ヴァルターはレイシの方に手を伸ばす。
「こっちへ」
レイシは胸の高鳴りを抑えながらその手を握り返す。触れた手は思ったよりも大きく熱を持っていて、少し驚いた。
ヴァルターはそのままレイシの手を引いて竜の首の後ろ、羽の前に付けられた鞍に座らせる。
「うわあ」
鞍に乗ってみればそれなりの安定感はあったが、竜の鱗はつるつるしていて硬くて、少しでも気を抜けば滑り落ちてしまいそうな不安に駆られた。
しかも鞍は1つしかない。ヴァルターはどこに乗るのだろうか。
「ヴァルターはどこに? ……」
「私は乗り慣れているから鞍は不要だ。戦うわけでもないし」
「えっ、でも」
そう言いながらヴァルターはレイシの後ろに座る。
手が彼を後ろから抱きしめるように回され、手綱を握った。
レイシはびくりと思わず身を震わせる。
「怖いか?」
「……いや……」
怖くは、ない。そう言い聞かせる。決して高所恐怖症とかそういうことではない。
それでも言葉少なになってしまうのは、この状況に少なからず緊張しているからだった。
距離があまりに、近い。
「行くぞ」
ヴァルターが手綱を引くと竜は羽ばたく。いつも飛ぶ時は鳴いているのをレイシは知っていたが、今日は鳴かなかった。
2人がこんな夜に、人目を避けるように逢っているということを充分に理解しているのかもしれない。竜にそこまでの知能があるのかはレイシは知らなかったが。
それでもどんどん地上から離れていくことが不安で、思わずヴァルターの腕を掴んだ。
「ん? どうした?」
「……その、」
「初めてなら、怖いかもしれんな?」
男は背中の方で小さく笑う。その低い声もまたレイシの鼓動を加速させる。
ヴァルターは手綱を握ったまま、器用にレイシの手を握った。
「ヴァルター、」
「安心しろ、手綱は放さない」
そういうことではない、と言いたかったが、その手に包まれていることで安心できるのも事実だった。
少し沈黙が下りて、地上から十分に離れて竜も安定した飛行を始めた頃、レイシは口を開く。
「……あのさ、ヴァルター」
2人がこうして、城の外で2人きりで会うのは初めてだった。
勿論レイシは他の人と2人で出かけたことはあるが、こうして明確な感情を持っていたことはない。
夜の散歩に誘ったのはヴァルターからだった。彼には断る理由もなかった。
「何だ?」
「月、綺麗だね」
地を這っていた時とは異なるその距離感、それでも月は偉大すぎて、手が届くような気はしていない。
それでも普段見る景色とは全く違うから、普段男がこんな景色を見ているのだと気づいた彼は、何だか嬉しかった。これも人を理解するのに役立つだろうか。
「ああ。私がいつも見ているこの景色を、見せたかった」
「ヴァルター……」
「レイシ、好きだ」
不意に告げられるその言葉。あまりにも驚いてレイシの身体は強張る。
「えっ……」
「恐らく、同じ様に思っているのだろう?」
「そんな」
「あの月長石を見てようやく分かった」
「あ、あれは……」
少し前に、鉱石が採れるという洞窟を訪れた時、必死に探したその鉱石。
綺麗で高価な宝石の放つその輝きを嫌っているわけではないが、彼にはそれよりももっと欲しいものがあった。
「レイシの返事を聞かせてくれ?」
そう問いながら、ヴァルター自身、自分が随分変わってしまったことに内心少し笑っていた。以前ならこんなことなど絶対に言わなかった。欲しいものはその場で食う、それだけだった。
でもこうして変わってしまったのはヴァルターだけのせいではないだろう。こうして別の世界に呼び出されたということもあるし、何より。
「……俺も、ヴァルターのこと、」
レイシは躊躇いながらそれを口にした。
その時世界の時は全て止まって、たった2人だけがこの月に照らされているような、そんな気がした。
「レイシ」
みなまで聞く時間すら惜しい、と言うように。
ヴァルターは急く気持ちを押し殺しながら彼の名前を呼び、顎を掴んで口付けた。
長い長い夜の始まりだった。