ムーンストーンの溜息(FEH/ヴァルター)
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今朝は珍しく朝食の席にヴァルターの姿がある。
それを認めたレイシは素早く食べ終わった後、男の側に近づいて言った。
「ねえ、ヴァルター。今日の午後、時間ある?」
「何も予定はないが、何の用だ?」
「少し勉強会をしたいと思ってね」
しかし彼が自ら男の所にやってくることは滅多にないので、男は少し警戒する。
その警戒を察して彼は言い添えた。
「勉強会?」
「そう。俺たちが今後とも長く一緒にやっていけるように」
俺の時間が空いたら迎えに行くね、と言い置いて彼はどこかへ行ってしまった。今日は別のメンバーと闘技場に行くと言っていた。
しかしヴァルターは只々首を傾げた。彼にとって、自分に近づくメリットなどあるのだろうかと。
「……まあ、獲物が自ら近づいて来るというのなら、それも悪くはあるまい?」
そう呟き、ヴァルターは自室へ戻っていった。
「ヴァルター、お待たせ」
約束した通り午後3時、レイシはヴァルターの部屋の扉をノックする。
すると低い声が入れ、と言った。まるでいつぞやと同じように。
「ヴァルター、今日は俺の部屋でやろう」
「何か理由でもあるのか?」
「準備しちゃったから」
扉を開けると部屋の中は相変わらず暗かったが、清潔感はある。
レイシが答えると渋々といった感じでヴァルターは部屋から出てきた。
「ヴァルターのこと、俺の部屋に招いた覚えがないんだけど、そうだよね?」
「そうだな」
「そう、じゃあ丁度よかった。俺、皆と一度ずつでもちゃんと話したかったんだ」
しまった、とヴァルターが思った時には遅かった。陥れるつもりが、逆に罠を掛けられていたのか。
その時には既にレイシが自室のドアノブに手を掛けたところだった。
「レイシ、」
開いた扉の向こうには、元々割り当てられていたものを殆どアレンジしていない様な部屋が広がっていた。
部屋の真ん中には大きめのテーブルがあり、椅子が4脚ある。
そのテーブルの上に載っていたのはノート。そしてポットと2つのカップ、茶菓子。
「……どういうつもりだ?」
「言ったでしょ、勉強会って」
教えてほしいんだ、と言い、彼はヴァルターを中へ招き入れる。そして扉を閉めてしまったので、すぐに踵を返して帰ってしまうことも難しかった。無論帰ってしまうのもそれはそれで良いのだが。
「ヴァルター、そっち座って。紅茶は飲むよね?」
「ああ」
「この前、ジョーカーに教えてもらったんだ」
ジョーカーと言えば紅茶を淹れる名手である、元居た世界では、主人によく淹れていたのだとか。しかしこちらに来てからはまだ出会えていないと言うので、レイシはその主人を必死に探しているところでもあった。
「この菓子は?」
「食べていいよ、俺の手作りだけど、美味しいと思う」
2人は向かい合って座る。
こうしたきちんとした形というのは初めてのような気がして、ヴァルターは柄にもなく緊張した。
「それで?」
「……教えてほしいんだ、ヴァルターのこと」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ」
普段、ヴァルターにとってレイシは度し難い存在というわけではない。寧ろ人々からすればヴァルターの方がよく分からないと言うだろう。
しかし今日に限っては違った。彼が何だか別の生き物のように思えて、何をしたいのか何を考えているのか、全く分からなかった。
「俺は、皆のことをよく知らない。だから今後のことも考えたくて、皆と話したいんだ」
「つまりそれは、勉強会ではないということだな?」
「俺が皆のことを勉強する会だから、まあ一応、勉強会と言えば勉強会……」
そう言って笑う彼に、ヴァルターは振り回されていると感じた。なぜ自分が? 捕食者である筈のこの自分が。
「下らんな?」
吐き捨てて立ち上がる。
「ヴァルター、どこへ行くの?」
「貴様の下らない遊びには付き合っていられん。ドラゴンの世話をしに行く」
「世話? 俺も着いていっていい?」
「断る」
こんなに苛立ったのは初めてだった。グラド帝国に所属していたあの頃も確かに尖ってはいた。しかし自分を律する地位があり、仕えるべき王もいた。
対して今は自由の身だ。ここへの扉を開けたのはエンブラ王国の皇女であるから彼女の許へ行っても良いわけだ。誰もヴァルターのことを止める権利はない。
けれどこんなに苛々する理由は分からなかった。
「……ヴァルターって、俺のこと、避けようとしてる?」
「!」
本当に部屋から出ようとドアノブに手を掛けた瞬間、背中に掛けられた声。
その問いが突き刺さり、ヴァルターは手を回すことができない。
「避けようとしている、だと?」
「俺との接触を意図的に避けようとしてる」
「そんな筈あるまい?」
「今日は止めないけど」
また今度誘うから、と。
扉を勢い良く閉めたヴァルターの耳に、その言葉が残った。
(避けようとしている……? そんなわけがない!)
男は足音荒く自室に戻る。その間に誰にも会わないのが救いだった。
部屋に着いてからも椅子に座ることはなくうろうろと歩き回る。何かしていなければ不愉快な想いに囚われそうだった。否、もう囚われていたかもしれない。
「この私が只の獲物に心を乱されるなど……」
そう呟いた瞬間、ヴァルターは全て分かってしまった。
歩みを止め、崩れ落ちるようにベッドの縁に座る。
「……そうか……」
そんなことを考えてしまう時点で既に心は乱されているのだ。最近竜がこちらの言葉に応えてくれないのはそういう訳もあるのだろう。
ヴァルターは、自分の心がレイシに囚われているのを認めざるを得なかった。それは屈辱だった。何故なら自分がピラミッドの頂点に立っていると思っていたからだ。
しかしその事実をゆっくりと受け容れたところで、今度は何故、自分がそのような想いに囚われるのかについて考え始めた。
(恐らく、簡単なことだろう?)
心の奥の問いかけは聞こえてくる。どうにかして黙殺してしまいたいような、そんな気分だった。
それを認めたレイシは素早く食べ終わった後、男の側に近づいて言った。
「ねえ、ヴァルター。今日の午後、時間ある?」
「何も予定はないが、何の用だ?」
「少し勉強会をしたいと思ってね」
しかし彼が自ら男の所にやってくることは滅多にないので、男は少し警戒する。
その警戒を察して彼は言い添えた。
「勉強会?」
「そう。俺たちが今後とも長く一緒にやっていけるように」
俺の時間が空いたら迎えに行くね、と言い置いて彼はどこかへ行ってしまった。今日は別のメンバーと闘技場に行くと言っていた。
しかしヴァルターは只々首を傾げた。彼にとって、自分に近づくメリットなどあるのだろうかと。
「……まあ、獲物が自ら近づいて来るというのなら、それも悪くはあるまい?」
そう呟き、ヴァルターは自室へ戻っていった。
「ヴァルター、お待たせ」
約束した通り午後3時、レイシはヴァルターの部屋の扉をノックする。
すると低い声が入れ、と言った。まるでいつぞやと同じように。
「ヴァルター、今日は俺の部屋でやろう」
「何か理由でもあるのか?」
「準備しちゃったから」
扉を開けると部屋の中は相変わらず暗かったが、清潔感はある。
レイシが答えると渋々といった感じでヴァルターは部屋から出てきた。
「ヴァルターのこと、俺の部屋に招いた覚えがないんだけど、そうだよね?」
「そうだな」
「そう、じゃあ丁度よかった。俺、皆と一度ずつでもちゃんと話したかったんだ」
しまった、とヴァルターが思った時には遅かった。陥れるつもりが、逆に罠を掛けられていたのか。
その時には既にレイシが自室のドアノブに手を掛けたところだった。
「レイシ、」
開いた扉の向こうには、元々割り当てられていたものを殆どアレンジしていない様な部屋が広がっていた。
部屋の真ん中には大きめのテーブルがあり、椅子が4脚ある。
そのテーブルの上に載っていたのはノート。そしてポットと2つのカップ、茶菓子。
「……どういうつもりだ?」
「言ったでしょ、勉強会って」
教えてほしいんだ、と言い、彼はヴァルターを中へ招き入れる。そして扉を閉めてしまったので、すぐに踵を返して帰ってしまうことも難しかった。無論帰ってしまうのもそれはそれで良いのだが。
「ヴァルター、そっち座って。紅茶は飲むよね?」
「ああ」
「この前、ジョーカーに教えてもらったんだ」
ジョーカーと言えば紅茶を淹れる名手である、元居た世界では、主人によく淹れていたのだとか。しかしこちらに来てからはまだ出会えていないと言うので、レイシはその主人を必死に探しているところでもあった。
「この菓子は?」
「食べていいよ、俺の手作りだけど、美味しいと思う」
2人は向かい合って座る。
こうしたきちんとした形というのは初めてのような気がして、ヴァルターは柄にもなく緊張した。
「それで?」
「……教えてほしいんだ、ヴァルターのこと」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味だよ」
普段、ヴァルターにとってレイシは度し難い存在というわけではない。寧ろ人々からすればヴァルターの方がよく分からないと言うだろう。
しかし今日に限っては違った。彼が何だか別の生き物のように思えて、何をしたいのか何を考えているのか、全く分からなかった。
「俺は、皆のことをよく知らない。だから今後のことも考えたくて、皆と話したいんだ」
「つまりそれは、勉強会ではないということだな?」
「俺が皆のことを勉強する会だから、まあ一応、勉強会と言えば勉強会……」
そう言って笑う彼に、ヴァルターは振り回されていると感じた。なぜ自分が? 捕食者である筈のこの自分が。
「下らんな?」
吐き捨てて立ち上がる。
「ヴァルター、どこへ行くの?」
「貴様の下らない遊びには付き合っていられん。ドラゴンの世話をしに行く」
「世話? 俺も着いていっていい?」
「断る」
こんなに苛立ったのは初めてだった。グラド帝国に所属していたあの頃も確かに尖ってはいた。しかし自分を律する地位があり、仕えるべき王もいた。
対して今は自由の身だ。ここへの扉を開けたのはエンブラ王国の皇女であるから彼女の許へ行っても良いわけだ。誰もヴァルターのことを止める権利はない。
けれどこんなに苛々する理由は分からなかった。
「……ヴァルターって、俺のこと、避けようとしてる?」
「!」
本当に部屋から出ようとドアノブに手を掛けた瞬間、背中に掛けられた声。
その問いが突き刺さり、ヴァルターは手を回すことができない。
「避けようとしている、だと?」
「俺との接触を意図的に避けようとしてる」
「そんな筈あるまい?」
「今日は止めないけど」
また今度誘うから、と。
扉を勢い良く閉めたヴァルターの耳に、その言葉が残った。
(避けようとしている……? そんなわけがない!)
男は足音荒く自室に戻る。その間に誰にも会わないのが救いだった。
部屋に着いてからも椅子に座ることはなくうろうろと歩き回る。何かしていなければ不愉快な想いに囚われそうだった。否、もう囚われていたかもしれない。
「この私が只の獲物に心を乱されるなど……」
そう呟いた瞬間、ヴァルターは全て分かってしまった。
歩みを止め、崩れ落ちるようにベッドの縁に座る。
「……そうか……」
そんなことを考えてしまう時点で既に心は乱されているのだ。最近竜がこちらの言葉に応えてくれないのはそういう訳もあるのだろう。
ヴァルターは、自分の心がレイシに囚われているのを認めざるを得なかった。それは屈辱だった。何故なら自分がピラミッドの頂点に立っていると思っていたからだ。
しかしその事実をゆっくりと受け容れたところで、今度は何故、自分がそのような想いに囚われるのかについて考え始めた。
(恐らく、簡単なことだろう?)
心の奥の問いかけは聞こえてくる。どうにかして黙殺してしまいたいような、そんな気分だった。