誓いの日(オムニバス)
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しとしとと降り続けていた雨が大分落ち着き、仕方のない用があるのなら出掛けても良いか、と思える程になってきた。
随分前に聞いた言葉はまだ俺の中に沈んでいた。もう永久に取り出すことは出来ないであろう深い奈落の底へ。
俺は振り返ってセッツァーに呼びかけた。
「ねえ、セッツァー」
「何だ」
「紫陽花、探さない?」
「急に何だ」
眉を顰めてこちらを見るセッツァー。でもその顔ももう何度も見ているから、機嫌を損ねてしまったのだろうか、と怯えることもない。
「晴れそうだから」
そんな、答えになっていない答えを返し、俺は裁縫道具の入っている棚を開けた。
裁縫箱を取り出し、中から赤い刺繍糸を見つけ出す。それを適当な長さに切って、セッツァーの手を掴んだ。
「行こう。ね?」
有無を言わさず外に出る。
ブラックジャック号は地上に停められており、すっかり綺麗になってしまったこの星は、このちっぽけな甲板から全て見渡せそうだった。
「紫陽花なんかあるわけが……」
「あるよ、きっと」
俺は根拠のない言葉を返す。
でもそんな予感がするのだ。俺たちがまだ生きているということは、きっと。
「ほら!」
少し歩いていくと、紫の花が集まって咲いている箇所を発見した。
その頃には雨もすっかり上がり、分厚い雲の切れ間から、ほんの僅か、陽の光が差し込んでいた。
「……綺麗だな」
不意にセッツァーがそんなことを呟き、俺は驚いて振り向く。
「え?」
「この星は、どんなことが起きても、まだ生き続けているというのか……」
彼のその瞳の奥には、きっとダリル、彼女がまだ宿っている。彼女が死んでも尚、セッツァーは生かされたのだから。
「ここで何をする気だ? レイシ」
「結婚式を、挙げたい」
「はあ?」
さすがのセッツァーも、俺の突飛な提案には声を上げる。
「何を言ってるんだ」
「あなたの過去を断ち切って、ここから始めたい、一緒に」
「……勝手だな」
「そうだよ。ずっと昔からそう。知っているでしょう?」
俺たちは別に幼馴染だとかそういうわけではない。けれどこうして一緒に居るようになってそれなりの時間が経つ。
俺がそういう人間だということは彼はよく知っている筈だった。
そして彼がそれを知っていることを俺は知っていて、更に、拒否していないということに付け込んでいた。
「俺たちはまだ生きてる。一度死んだようなものだから。俺はあなたのことが好きだ。前も言ったと思うけれど」
「……知っている」
「まだ生きているから、あなたと一緒になりたい。あなたと一緒に居られるのなら、もうここが地獄の果てだって構わない」
「おいおい、勝手に地獄に連れて行くな」
俺はポケットからさっき切り取った刺繍糸を取り出した。
それをセッツァーの左手の薬指に巻き、もう片方の端を、自身の薬指に巻こうとする。
「……貸せ」
「え?」
「自分じゃ結びにくいだろう?」
セッツァーの指が俺の手に触れる。その優しさに俺は息を止める。
嗚呼、でも、そうなのだ。こんなことをしてくれているということは、きっと。
「セッツァー、結婚してください」
「……レイシがプロポーズする側なのか?」
「そうじゃないの?」
きっと俺の方が先にセッツァーのことを好きだったでしょう。
「それは、どうだろうな」
「え、どういう意味?」
「まあ、分からないから、そういうことにしておいてやる」
「ねえ待って、それ、どういう意味ってば」
「続けないのか?」
「……続けます」
こんな、「結婚式」と決して呼べはしない代物だ。
世界を覆い尽くす程の雨を降らした黒い雲、あらゆるものを押し流した海の水。そんな暗い風景しか目に映らない。
けれど少し探してみれば、黒い雲の切れ間から差し込む陽の光、まだ強く生き続けている紫陽花。まだ希望を映し出す。
そして、ここに、俺達が。
「病める時も、健やかなる時も」
「喜びの時も、悲しみの時も」
「死が2人を分かつまで」
「あなたを愛すると誓います」
誓いの言葉を口にしながら、涙が滲んでくるのは何故だろう。まさかこんな日が来るとは思っていなかったからだろうか?
赤い糸が揺れる。セッツァーと、同じ目線の高さで目が合った。
随分前に聞いた言葉はまだ俺の中に沈んでいた。もう永久に取り出すことは出来ないであろう深い奈落の底へ。
俺は振り返ってセッツァーに呼びかけた。
「ねえ、セッツァー」
「何だ」
「紫陽花、探さない?」
「急に何だ」
眉を顰めてこちらを見るセッツァー。でもその顔ももう何度も見ているから、機嫌を損ねてしまったのだろうか、と怯えることもない。
「晴れそうだから」
そんな、答えになっていない答えを返し、俺は裁縫道具の入っている棚を開けた。
裁縫箱を取り出し、中から赤い刺繍糸を見つけ出す。それを適当な長さに切って、セッツァーの手を掴んだ。
「行こう。ね?」
有無を言わさず外に出る。
ブラックジャック号は地上に停められており、すっかり綺麗になってしまったこの星は、このちっぽけな甲板から全て見渡せそうだった。
「紫陽花なんかあるわけが……」
「あるよ、きっと」
俺は根拠のない言葉を返す。
でもそんな予感がするのだ。俺たちがまだ生きているということは、きっと。
「ほら!」
少し歩いていくと、紫の花が集まって咲いている箇所を発見した。
その頃には雨もすっかり上がり、分厚い雲の切れ間から、ほんの僅か、陽の光が差し込んでいた。
「……綺麗だな」
不意にセッツァーがそんなことを呟き、俺は驚いて振り向く。
「え?」
「この星は、どんなことが起きても、まだ生き続けているというのか……」
彼のその瞳の奥には、きっとダリル、彼女がまだ宿っている。彼女が死んでも尚、セッツァーは生かされたのだから。
「ここで何をする気だ? レイシ」
「結婚式を、挙げたい」
「はあ?」
さすがのセッツァーも、俺の突飛な提案には声を上げる。
「何を言ってるんだ」
「あなたの過去を断ち切って、ここから始めたい、一緒に」
「……勝手だな」
「そうだよ。ずっと昔からそう。知っているでしょう?」
俺たちは別に幼馴染だとかそういうわけではない。けれどこうして一緒に居るようになってそれなりの時間が経つ。
俺がそういう人間だということは彼はよく知っている筈だった。
そして彼がそれを知っていることを俺は知っていて、更に、拒否していないということに付け込んでいた。
「俺たちはまだ生きてる。一度死んだようなものだから。俺はあなたのことが好きだ。前も言ったと思うけれど」
「……知っている」
「まだ生きているから、あなたと一緒になりたい。あなたと一緒に居られるのなら、もうここが地獄の果てだって構わない」
「おいおい、勝手に地獄に連れて行くな」
俺はポケットからさっき切り取った刺繍糸を取り出した。
それをセッツァーの左手の薬指に巻き、もう片方の端を、自身の薬指に巻こうとする。
「……貸せ」
「え?」
「自分じゃ結びにくいだろう?」
セッツァーの指が俺の手に触れる。その優しさに俺は息を止める。
嗚呼、でも、そうなのだ。こんなことをしてくれているということは、きっと。
「セッツァー、結婚してください」
「……レイシがプロポーズする側なのか?」
「そうじゃないの?」
きっと俺の方が先にセッツァーのことを好きだったでしょう。
「それは、どうだろうな」
「え、どういう意味?」
「まあ、分からないから、そういうことにしておいてやる」
「ねえ待って、それ、どういう意味ってば」
「続けないのか?」
「……続けます」
こんな、「結婚式」と決して呼べはしない代物だ。
世界を覆い尽くす程の雨を降らした黒い雲、あらゆるものを押し流した海の水。そんな暗い風景しか目に映らない。
けれど少し探してみれば、黒い雲の切れ間から差し込む陽の光、まだ強く生き続けている紫陽花。まだ希望を映し出す。
そして、ここに、俺達が。
「病める時も、健やかなる時も」
「喜びの時も、悲しみの時も」
「死が2人を分かつまで」
「あなたを愛すると誓います」
誓いの言葉を口にしながら、涙が滲んでくるのは何故だろう。まさかこんな日が来るとは思っていなかったからだろうか?
赤い糸が揺れる。セッツァーと、同じ目線の高さで目が合った。