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終末の日(オムニバス)

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「……何だ?」

 魔法王国ジールの大地が、揺れている。
 俺だけではない、共に住む天空人たちが、みな怯えている。

「ジャキ! どこへ!?」

 そんな中、ジャキが慌てて禁じられた部屋の方へ向かうのを見た。
 俺が思わず声を掛けると、ジャキは振り返る。

「助けに行かないと」
「だめだ、危ないから動いちゃだめだ!」
「……1つだけ、教えてあげる」

 ジャキは足を止めて言う。

レイシ、あなたに黒い風は吹いてない」
「え……?」
「行かなきゃ」
「ちょっと、ジャキ!」

 足早に去るジャキ。
 王家に仕え、幼い頃からジャキを見守っている俺としては、今直ぐにでもジャキを引き留めなければいけない。きっと彼は母や姉の身を案じているのだろう。
 しかし揺れる大地で足元がおぼつかず、彼を追いかけることは叶わなかった。

「ジャキ……どうか無事で……」

 俺は自分のことも構わず、彼の身の安全だけを祈った。





 俺はその後必死に、ジャキに懐いていた黒猫アルファドを探し出し、その子をしっかりと抱いて大地の崩壊に備えた。
 普段アルファドはジャキにしか甘えず、俺の手からするりと抜け出していくような猫だったのだが、今回はきちんと分かっているのか、しっかり俺の腕の中から動かなかった。
 作りかけの飛行艇に乗って飛び立とうとしている天空人も沢山居たが、俺はその行列の中には間に合わない。
 俺の足元の大地も例外なく崩れ去り、幾億もの星が、共に空から流れ落ちているような錯覚に陥った。

「……ごめんね、ジャキ。約束、守れなかった」

 もしジャキが大きくなってアルファドの世話を出来なくなるほど忙しくなったら、代わりに俺が面倒を見てあげる、と言ったのに。
 どうやらここで死ぬみたいだ。遥か天空に浮かんだその魔法王国から、冷たい暗い海に向かって真っ逆さまに落ちていく。当然アルファドは離してやらないけど。
 でも唯一つ、彼が言った「黒い風は吹いていない」という言葉がどういう意味だったのか、それだけを知りたかった。






 アルファドの声が聞こえる、と思い、目が覚める。

「ん……?」
「目覚めたか、天空人」
「……?」

 声を掛けられ、俺は身体を横に向けようとする。
 しかしその瞬間、全身に痛みが走った。

「痛ッ!」
「あまり動くでない。お前、上から落ちてきたんだからな。しかしよく命があったものだ」
「俺……生き、てる?」

 夢の中で痛いということはないらしいので、こんなに明確な痛みがあるのなら、多分生きているということになるのだろう。目の前の老人も「命があった」と言っているし。
 けれど、あの高さから落ちて生きているなんて、どういう奇跡なのだろう。海に落ちたってただでは済まないと思うけれど。

「ここ……は……」
「お前らの捨てていった地上だ」

 そこまで聞いて初めて、この老人は地上人だ、と悟った。
 俺は思わず身体を上げるが、痛みに思わずうめいた。

「安心しろ。我々は命を取ろうなどと思ってはいない」
「え……でも、憎んでいるのでは」
「昔の話だ」

 それに、と続ける。

「お前はもう、当時のことなど知らない世代だろう? どうして人々が地上と天空に分かれているのか、と」
「それは、まあ……」
「なら、それでいい。もう全ては終わり、この世界も完全な冬に覆われた。作物も育たないだろうが、これ以上争う意味もない」

 アルファドが近づいてきた。
 無事だったのか、と安心する。

「……それは……」
「謝る必要はない。お前が悪いわけではないのだろう? お前以外にも天空人は沢山ここに落ちてきている」
「? 本当に?」
「ただ、この絶望に耐えきれず、北の岬から身を投げている者も多いがね」
「!」

 老人の言葉に、思わず言葉を詰まらせる。

「お前を助けておいてなんだが、まあ行きたいのなら止めはしないよ。私は、生きていればいいこともあるだろうと思っているが、こんな世界など居る価値もないと考えている者もいるだろうからね」
「……まだ、天空人は幾人か、残っている?」
「ああ、いるはずだ。このテントを出たら広場になっているから、身体が大丈夫なようなら、行ってみるといい」
「ありがとうございます」

 俺は身体を起こした状態のまま深々と頭を下げた。
 以前のままなら、地上人に頭を下げることなど、死んでも嫌だったに違いない。
 ――そして恐らく、それを苦にして死んでいった者も、何人か居るだろう。
 でも俺は違った。

「この命は、生きていてこその命。何か理由が有って生かされたのなら、俺はその命を大切にしたい」

 とはいうものの、一歩テントの外に出てみれば、確かにそこは極寒の地だった。
 雪風は容赦なく頬を叩き、植物なんか全く存在しない。
 広場には確かに地上人と天空人が混ざっていたが、その誰もが希望を失ったような顔をしていて、一緒に居ると何だかこちらまで生気を失ってしまいそうだった。
 当然その中にジャキの姿はない。

「……アルファド、とりあえず、北の岬にも行ってみようか」

 先程老人に教えられた場所。何人もの人が身投げをしたらしい場所。
 まだ死ぬ気は到底ないけれど、もしかしたらジャキがいるかもしれない。
 いない可能性が99%なのは分かっていても、足を止めることはできなかった。
 しかし北の岬に着いた瞬間、アルファドが腕の中から飛び降りる。

「ちょっと、どこ行くの!?」

 まだ痛む身体を引きずりながら、切岸へ向かう。
 そこには人影が居て、アルファドがその人の足元をうろうろしていた。

「こらアルファド、こっちに来なさい! あの、ごめんなさい、」

 俺はそう言いながらまだ足元から離れようとしないアルファドを引き剥がそうとする。
 しかしその人は振り向いた、髪の長い男だった。

「……アルファド?」
「え?」
「にー」

 名前を呼ばれたアルファドは嬉しそうに鳴く。
 その鳴き方、どこかで聞いたことがある。
 そもそもアルファドは普通、呼ばれたって返事はしない。懐いている相手にしか鳴かないのだ。だって俺にすら鳴いてくれない。
 ということは。

「え……? どういう……こと?」

 男はしゃがみ、アルファドを抱き上げる。
 猫は嬉しそうにその首筋に身体をこすりつける。

「待って……あなたは、もしかして……」
「……何年前、だったか」

 静かに話し出す。

「確か、あの時……黒い風は吹いていないと言った筈だ」
「ねえ……待って、本当に、」
「それは正しかったということだ」

 混乱してきた。
 もし彼が、目の前の彼が、そうなら。

「そして今も尚、その風は、ここにはない」

 彼はアルファドを雪の上に下ろす。
 アルファドはまだ離れようとしない。

「ねえ、あなた……もしかして、ジャキ……?」

 男は微動だにしなかった。

「ううん、じゃないと考えられない。だってこのアルファドが懐くのは、ジャキだけ。俺にだって心を開いてくれない……でも、だとしたらどうして……ついこの前まで、あんなに小さい子供だったジャキが、こんなに大人になるのか……?」
「世界は、一度終わった。それだけで十分だろう」

 俺の問いには答えないつもりのようだった。

「ジャキ、どうして……ううん、とにかく……無事で、よかった」

 一歩近づくと、来るな、と彼は言う。

「私は汚れすぎた。本来ならば、今更話す気もなかった」
「え……?」
「……でも1つだけ、伝えておこう」

 どこかで聞いたような言葉だ。

「お前が無事でいることを、確認できてよかった」
「!」

 その言葉は、あのジャキから発せられたものとは信じられなかった。魔法王国に居た時、彼はあんなに小さい少年だったのに?
 風貌は大分変わってしまったけれど、その1つ1つは昔のものと何ら変わりなかった。

「ねえ、ジャキ。どこに行くつもり? ここではないどこかへ行くつもりなら、俺も着いていく」
「ここから先は全て私がやるべきことだ」
「でも、せっかく会えたのに」
「先程も言っただろう。お前には知り得ないことが私の身に起こった。それだけだ」

 それと。

「私のことは金輪際忘れろ」
「え……」
「恐らくもう二度と会わない」
「そんな」

 折角再会できたのに。彼のことをまだジャキだと受け容れきれていなくても。
 彼は俺の横を通り過ぎ、歩き去ろうとした。

「もう一回……全てが終わったら、俺と会ってほしい!」

 背中に向けて大声で言ったが、彼が振り返ることも、立ち止まることもなく。
 アルファドとたった2人で残されて途方に暮れたけれど、これで死ぬわけにもいかなくなった。
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