花(オムニバス)
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「……なあ、オリオン」
「ん?」
「たまに、綺麗な服を着た人たちが見えるだろ」
陽の暮れた夜。
束の間の休息時間に、エレフは疲れた声で傍らのオリオンに話しかける。
「何してんのかな」
それらが貴族でないことはエレフにも分かる。真に位の高い者が埃を踏むことなどないのだ、恐らく。
となれば答えは一つしかなく、しかしそれはとてもではないが信じたくないことで、オリオンはきっと迷わず答えるのだろうが。
「何って、娼婦だろ」
まだ幼い彼らにも分かるその存在。
それよりオリオンがあまりにもあっさり答えてしまうのが、何とも言えずエレフの失望を誘ったり。
「……オリオンあのさ、言い方ってモンが」
「何だよ。聞いてきたのはエレフだろ」
「そりゃそうだけどさ」
エレフは思わず双子の妹のことを思い、心を痛めた。今はただ、生き別れてしまった彼女がまさかそんなことをさせられてはいないだろうと根拠なく信じることしかできない。
「でもさ、男の人もいたんだよな」
ふっとその光景について呟くエレフ。
しかしオリオンは微動だにせず答える。
「いるらしいぜ、男の娼婦も」
「えっ、そうなの!?」
思わず大声を上げてしまう。
「エレフうるさい。……いや俺だって知らないからな? そもそもお前と同じくらいの年齢だし、俺にそういうシュミはないし」
「分かってるよ」
「……何だエレフ、そういうのに興味あったのか?」
「違う」
と否定してみるものの、エレフの心の中には、ある人が焼き付いている。ただ見かけただけの人だけれど。
「……寝る」
「おう。おやすみ」
「おやすみ」
そう言ってオリオンに背を向けて寝転がる。
――最近見かけるその人は、明日もいるだろうか。
翌日、昨日と同じ場所に再び陣取り、エレフは作業を開始する。
どんなに丁寧に、急いで石を積み上げたところで、監視役は必ず1日に1度は鞭を振るう。幼いエレフにもそれは分かっていたから、夜までの体力を残しながら身体を動かした。
僅かな昼食を食べ、陽も暮れてきた頃、"その人"は姿を現した。
「あ」
エレフは思わず小さく声を上げ手を止める、あまりの美しさに唾を飲み込んだ。
その人は男だ。深く被った布から覗く金色の短髪、そして横顔が美しい。
もしオリオンが言っていたことが本当だとしたら、――彼は、彼を選ぶ"客"を待っているのだろうか?
その想像はエレフの胸を酷く蝕む。彼も自分と同じように、囚われるように生きているのかと。
(ミーシャ……ミーシャはどうか、俺たちと同じようには)
その姿に重なるのは、双子の妹だった。
その晩、奴隷たちの休息所に悲鳴が響き渡った。女性のものだ。
「! オリオン!」
「おう!」
反射的にエレフとオリオンは、彼らに割り当てられた部屋から飛び出す。
この家屋には女性はいない筈だったから、何かが起きたのは間違いなかった。
いつか混乱に乗じて逃げ出そう、そう密かに企んでいた彼らにとって、この機会は願ってもないものだった。
「……おいエレフ!」
ある部屋を通り過ぎたエレフを、オリオンは小声で呼び止める。
「何だよオリオン、急がなきゃ」
「多分ここだ」
ぱっと顔を上げて確認する。ここは変態神官の部屋だ。
いつか殺してやろう、毎回そう思っていたものだが、今となっちゃ関係ない。
早く逃げよう、とエレフが促そうとした瞬間、部屋の中から再び悲鳴が聞こえた。
「ッ!」
それは女性のものではなく、よくよく聞いてみれば少女のものだった。
エレフは自分でももう押さえようのないくらい頭に血が昇る。ミーシャのことを思い出してしまったせいかもしれなかった。
「オリオンっ」
「任せとけ」
エレフは自室から持ち出した――密かに作っていた――木の剣を握り直し、神官の部屋の扉を強引に開けた。
神官の姿を認めると思い切り木の剣を振り上げ、肩に向かって振り下ろした。
「うおおお!」
奇妙な声を上げ、神官は痛みで床に転がる。
エレフは怯えている少女に手を差し伸べる、がその時、少女の正体に気づいた。
「エレフ……?」
「ミーシャ……ミーシャ!」
まさか、彼女ともう一度出会えるとは。
2人は思わず涙ぐみ、再会を喜ぼうとしたが、オリオンが一喝する。
「時間ねーぞ、早く行くぞ!」
エレフは頷き、ミーシャの手を取り走り出した。
彼らの休憩所、その建物を飛び出した瞬間に、エレフは"彼"のことを思い出した。
名も知らぬ彼、このままこの道を通って行けば、夕暮れに彼を見かける場所に着く。
彼が居る保証はない、そして居たところで何をしようもない。そう思いながら、海への道を駆け抜ける。
「あ!」
その時だった。路に立つ、その人を見つける。
「なに?」
月明かり、映し出されるのは細部でなく輪郭。そのはっきりとしない光の下でさえ、美しい。
エレフは実際、何度か彼を見かけていたのだが、こうなっては何を言っていいか分からなかった。しかも、こちらは子供で、向こうは大人に見える。
「何やってんだエレフ、早く行くぞ!」
躊躇うエレフの背中を、オリオンの怒号が押す。
「――変なことを聞いてもいい」
「うん。なに?」
「俺はエレフ。あなたの名前を教えてほしい」
「レイシ」
「それは本名?」
「もちろん」
金髪が月光にきらりと煌めく。
「君は、そこで城壁を築いている者の1人だね」
「! なんで」
「たまに視線を感じる時がある。好奇でなく」
そう言って、彼――レイシは花を一輪、差し出した。
「これは?」
「ヒナギク。この出会いと別れに」
エレフは受け取る。
オリオンがぐいとエレフの服を引く。
「早く! 捕まるぞ!」
その勢いに走り出さざるを得なかった。
最後まで笑わなかった、彼を1度だけ振り返る。
「いいから、エレフ。君は前に進まなきゃ」
春を鬻ぎ、花を売る。その声が聞こえた気がした。
エレフはもう振り返ることはない。
仲間たちと共に、自由を求めて広大な海原を目指した。
ヒナギク///平和・希望
「ん?」
「たまに、綺麗な服を着た人たちが見えるだろ」
陽の暮れた夜。
束の間の休息時間に、エレフは疲れた声で傍らのオリオンに話しかける。
「何してんのかな」
それらが貴族でないことはエレフにも分かる。真に位の高い者が埃を踏むことなどないのだ、恐らく。
となれば答えは一つしかなく、しかしそれはとてもではないが信じたくないことで、オリオンはきっと迷わず答えるのだろうが。
「何って、娼婦だろ」
まだ幼い彼らにも分かるその存在。
それよりオリオンがあまりにもあっさり答えてしまうのが、何とも言えずエレフの失望を誘ったり。
「……オリオンあのさ、言い方ってモンが」
「何だよ。聞いてきたのはエレフだろ」
「そりゃそうだけどさ」
エレフは思わず双子の妹のことを思い、心を痛めた。今はただ、生き別れてしまった彼女がまさかそんなことをさせられてはいないだろうと根拠なく信じることしかできない。
「でもさ、男の人もいたんだよな」
ふっとその光景について呟くエレフ。
しかしオリオンは微動だにせず答える。
「いるらしいぜ、男の娼婦も」
「えっ、そうなの!?」
思わず大声を上げてしまう。
「エレフうるさい。……いや俺だって知らないからな? そもそもお前と同じくらいの年齢だし、俺にそういうシュミはないし」
「分かってるよ」
「……何だエレフ、そういうのに興味あったのか?」
「違う」
と否定してみるものの、エレフの心の中には、ある人が焼き付いている。ただ見かけただけの人だけれど。
「……寝る」
「おう。おやすみ」
「おやすみ」
そう言ってオリオンに背を向けて寝転がる。
――最近見かけるその人は、明日もいるだろうか。
翌日、昨日と同じ場所に再び陣取り、エレフは作業を開始する。
どんなに丁寧に、急いで石を積み上げたところで、監視役は必ず1日に1度は鞭を振るう。幼いエレフにもそれは分かっていたから、夜までの体力を残しながら身体を動かした。
僅かな昼食を食べ、陽も暮れてきた頃、"その人"は姿を現した。
「あ」
エレフは思わず小さく声を上げ手を止める、あまりの美しさに唾を飲み込んだ。
その人は男だ。深く被った布から覗く金色の短髪、そして横顔が美しい。
もしオリオンが言っていたことが本当だとしたら、――彼は、彼を選ぶ"客"を待っているのだろうか?
その想像はエレフの胸を酷く蝕む。彼も自分と同じように、囚われるように生きているのかと。
(ミーシャ……ミーシャはどうか、俺たちと同じようには)
その姿に重なるのは、双子の妹だった。
その晩、奴隷たちの休息所に悲鳴が響き渡った。女性のものだ。
「! オリオン!」
「おう!」
反射的にエレフとオリオンは、彼らに割り当てられた部屋から飛び出す。
この家屋には女性はいない筈だったから、何かが起きたのは間違いなかった。
いつか混乱に乗じて逃げ出そう、そう密かに企んでいた彼らにとって、この機会は願ってもないものだった。
「……おいエレフ!」
ある部屋を通り過ぎたエレフを、オリオンは小声で呼び止める。
「何だよオリオン、急がなきゃ」
「多分ここだ」
ぱっと顔を上げて確認する。ここは変態神官の部屋だ。
いつか殺してやろう、毎回そう思っていたものだが、今となっちゃ関係ない。
早く逃げよう、とエレフが促そうとした瞬間、部屋の中から再び悲鳴が聞こえた。
「ッ!」
それは女性のものではなく、よくよく聞いてみれば少女のものだった。
エレフは自分でももう押さえようのないくらい頭に血が昇る。ミーシャのことを思い出してしまったせいかもしれなかった。
「オリオンっ」
「任せとけ」
エレフは自室から持ち出した――密かに作っていた――木の剣を握り直し、神官の部屋の扉を強引に開けた。
神官の姿を認めると思い切り木の剣を振り上げ、肩に向かって振り下ろした。
「うおおお!」
奇妙な声を上げ、神官は痛みで床に転がる。
エレフは怯えている少女に手を差し伸べる、がその時、少女の正体に気づいた。
「エレフ……?」
「ミーシャ……ミーシャ!」
まさか、彼女ともう一度出会えるとは。
2人は思わず涙ぐみ、再会を喜ぼうとしたが、オリオンが一喝する。
「時間ねーぞ、早く行くぞ!」
エレフは頷き、ミーシャの手を取り走り出した。
彼らの休憩所、その建物を飛び出した瞬間に、エレフは"彼"のことを思い出した。
名も知らぬ彼、このままこの道を通って行けば、夕暮れに彼を見かける場所に着く。
彼が居る保証はない、そして居たところで何をしようもない。そう思いながら、海への道を駆け抜ける。
「あ!」
その時だった。路に立つ、その人を見つける。
「なに?」
月明かり、映し出されるのは細部でなく輪郭。そのはっきりとしない光の下でさえ、美しい。
エレフは実際、何度か彼を見かけていたのだが、こうなっては何を言っていいか分からなかった。しかも、こちらは子供で、向こうは大人に見える。
「何やってんだエレフ、早く行くぞ!」
躊躇うエレフの背中を、オリオンの怒号が押す。
「――変なことを聞いてもいい」
「うん。なに?」
「俺はエレフ。あなたの名前を教えてほしい」
「レイシ」
「それは本名?」
「もちろん」
金髪が月光にきらりと煌めく。
「君は、そこで城壁を築いている者の1人だね」
「! なんで」
「たまに視線を感じる時がある。好奇でなく」
そう言って、彼――レイシは花を一輪、差し出した。
「これは?」
「ヒナギク。この出会いと別れに」
エレフは受け取る。
オリオンがぐいとエレフの服を引く。
「早く! 捕まるぞ!」
その勢いに走り出さざるを得なかった。
最後まで笑わなかった、彼を1度だけ振り返る。
「いいから、エレフ。君は前に進まなきゃ」
春を鬻ぎ、花を売る。その声が聞こえた気がした。
エレフはもう振り返ることはない。
仲間たちと共に、自由を求めて広大な海原を目指した。
ヒナギク///平和・希望