花(オムニバス)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃないか」
「だって……!」
陽もとっぷりと暮れ、まさに「夜」という言葉が相応しい時間。
僕は何故かフィガロの王、エドガー様の寝室に横たわっていた。
「ぼ、僕にどうしろと仰るのですか!」
あまりの羞恥に耐えかね僕が声を上げると、彼はくすくすと笑う。
――残念ながら僕は上流貴族ではない。ただの花屋だ。
完璧な食事のマナーなんて求められても困る。ましてや寝台の上でのマナーなんて。
(しかも、男同士なんて!)
「いや、どうしろとも言わない。別に私は何もするつもりはない」
「……え? それじゃあ」
「ただ一晩、添い寝に付き合ってほしいだけと言った筈だ」
僕は今朝のことを必死に思い出そうとする。
再び笑ったエドガー王の真意は読みきれなかった。
今朝、僕はいつものように、自分の花屋を開けた。
砂漠がほど近いこの町では花という存在が有難がられ、お陰様で生きていける程度の収入は得られている。
今日もいつもと同じようにお客さんが沢山来てくれて、丁度昼休憩にしようかと思った、その時だった。
「みんな、エドガー様がいらっしゃったぞ!」
「!」
町は色めきたつ。
エドガー様といえば、フィガロの国王だ。城があるのは砂漠の向こうで、ここに来るまでは時間もそれなりにかかるのだが、チョコボに乗って、時折訪ねてきていた。
国王が来る、というだけで町は元気になる。それはエドガー様がよく慕われている証でもあった。
「やあレイシ。店はどうだ?」
「エドガー様! お陰様で、花はよく売れます」
「そうか。これからもよい花を育てて、たまにはフィガロ城まで売りに来てくれ。大変なことだとは思うが」
「勿論です!」
まだそれ程忙しくなかった頃、チョコボに乗ってフィガロ城に花を届けに行っていた頃があったのだ。
サウスフィガロの町は海に面しているため緑も豊富だが、フィガロ城はまさに砂漠の真ん中にあるため、花があると心が安らぐと声を掛けてもらえることが多かった。
まさか多忙な王が、そのことをまだ覚えていてくれるとは。僕は感激した。
「……そうだ、レイシ。この後に予定はあるか?」
「予定ですか? いえ、特には……何か御用でしょうか?」
「そうか。ならば、私は昼食をこちらで摂ってからフィガロ城に戻るつもりだから、その時に一緒に城まで来てくれないか」
「かしこまりました」
僕は頭を下げる。王はまた色々な人に声を掛けながら、もと来た道を戻っていった。
「王様が……一体、何の用だろう?」
あまりに急な提案のため、何の用なのか聞きそびれた。花を届けに来てほしいということだろうか?
そう考え、僕は急いで昼食を済ませた後、正装に着替え、いくつかの花を用意した。
王と約束してから2時間程経っただろうか、店に王と兵士が訪れた。
「待たせたな、レイシ。どうだ、これから出るが、準備はできているか」
「はい。あの、花をご希望ということでよろしいですよね?」
「ああ。花も持ってきてもらえると有り難い」
「花……も?」
含みのある言葉だ。花がメインではないということだろうか?
僕はよく分からないままだったが、王のその提案を断れる筈もなく、用意されていたチョコボに乗りフィガロ城を目指した。
それからあっという間にフィガロ城に着き、僕は城内に花を植えて回った。
砂漠で暑いから、水をやっていても早く枯れるだろう、とは答えたのだが、それでも植えてほしいと王は言った。
そうか。束の間とはいえ、この砂色の世界では大切な彩りだ。
僕が城中に花を植えると、既に陽は暮れかけていた。
そこで部屋で少し休ませてもらうと、夕食をご馳走になったのだ。
「まさか、王と食事できる日がくるとは……」
「そんな風に思われていたのか。もっと皆と食事を摂る時間を作らねばならないな」
王は笑いながら肉を口に運ぶ。メインはステーキだ。
サウスフィガロは海に近い町だから――フィガロ、と名が付くのに砂漠に囲まれた城とは全然違う――魚料理を食べることが多い。
肉の方が高価なので、肉料理を食べるのは久しぶりだった。それがこんな高級な肉となれば尚更だ。
「口に合うか? レイシ」
「ええ美味しすぎて、本当に勿体無いくらいです」
「それならよかった」
談笑している間にすっかり陽も暮れてしまった。
「夜の砂漠は危険だ。レイシ、予定さえ大丈夫であれば、今夜はこの城に泊まっていくといい」
「! 本当ですか!」
「ただ、残念ながら客室の空きはない」
だから私と添い寝することになる、とさらっと告げられた言葉に、僕は耳を疑った。
「えっ?」
「それで良ければ。……いや、違うな」
王は立ち上がって座っている僕の側までやってくる。
僕も思わず立ち上がりかけたが、それを押し留め、突然跪く王。
「王、一体何を……!」
「レイシ、どうか今夜は、私と共に寝て欲しい」
「どうか、王、立ち上がってください! そんなことをしないでください」
「どうだレイシ、受けてくれるか?」
「わかりました、分かりましたから……!」
僕が必死にそう言うと、にっこり笑って王は立ち上がる。
「よかった、ありがとう。私の寝室は向こうだ。私は執務をこなしてから眠るから、好きなように使ってくれ」
「え、あ、あの……?」
「必要な物があれば用意させるから、そこの兵士に申し付けるといい。ではまた後で、寝室でな」
にっこり笑って、王はダイニングから出ていく。
残されたのは僕と、一連の流れを聞いていた兵士だけ。
「……どう、しろと?」
王に言われた言葉を考えすぎ、僕は悩んだ。
そして、冒頭に戻る。
僕は我に返る。
僕はベッドに寝転がり、王はベッドの真ん中辺りに腰掛けて笑っていた。
「……エドガー様。聞いてもいいでしょうか」
「何だ」
「なぜ僕なのです?」
フィガロ国王は大変気さくな方だ。特に女性に対して。
まあ一国の王が毎日毎晩女性を城に連れ込んだり、どこかで女性と一夜を共にしたりということがある方が問題だろうが、恐らく軽いジョークだけで済んでいるのだろう。じゃなければこの国はとっくに滅亡している筈だ。
なのになぜ、今回は、僕を寝室に連れてきたのだろうか。この程度ならよくある話なのだろうか?
「それは女性じゃなくて、という意味か? なぜ男であるレイシを、と?」
「そうです。女性であればまだ理解はできます。ですが男性を寝室に入れるというのは……その、あまり考えにくいことです」
勿論そういう人が居るだろうことは分かってはいるが、一国の王が堂々とやるべきことではないと思う。
「何だ、そんなことを気にしていたのか」
「そんなことって……」
「安心しろ。本当は帰りに持たせるつもりだったが……今やる」
「え?」
そう言って王は立ち上がり、大きなクローゼットを開けた。ウォークインクローゼットだ。が、こんなに巨大なものは見たことがない。
王はその中に消えていき、暫くして出てきた。
「それ……は?」
「花」
素っ気ない言葉と共に渡されたのは、カゴ。カゴの中には白い花が一杯に入っている。
しかし、一般的に花屋で売られている花とは違い、長い茎の部分が殆どない。
そういうわけで、これは果樹の花ではないかとぴんときた。
「これは……レモンの花、ですか」
「ご名答。さすが花屋だな」
「まさか、本当に? 正直、レモンの花なんて図鑑で見たくらいです。……これを、僕に下さるのですか?」
「ああ。花屋に花を渡すかどうか、少し悩んだが」
僕は思いを巡らせた。何故彼は、僕にレモンの花を渡したのか。
ふっと、昔学んだ花言葉が脳裏を掠める。勿論自分の花屋で取り扱っている花の花言葉は熟知しているが、レモンなど花屋が取り扱うわけがない。少なくとも僕の花屋ではやっていない。
思い出せたのが奇跡だったが、その花の真意を漸く知り、頬に熱が集まった。
「……エドガー様。レモンの花言葉は何か、ご存知ですか」
「レイシこそ」
「僕は花屋ですから」
緊張と恥ずかしさで、王の目を真っ直ぐ見ることも叶わない。
できることなら今すぐこの花に埋もれてしまい、そのまま花になってしまいたいくらいだ。
「分かってもらえたのなら、嬉しい。そういうことだ」
「いきなりそんなことを言われても……困ります」
「そうだろうな」
またいつものようにからかっているのかもしれない、と思ったが、王の表情は真剣そのもの。
レモンの花言葉は、「誠実な愛」だ。
僕はそれ以上何も言えずにいた。だってそんな風に思われているとは思わなかったのだ。
「けれどこれは真剣だ、冗談じゃない。それだけは信じてほしい」
「……はい」
「前に、花を売りに来てくれていただろう? その時からずっと、瞼の裏に焼き付いて消えなかった。何故かは未だに、私も分からないんだ」
僕の脳裏に刷り込むように、王は静かに話し出す。
「君の理解をすぐに得ることが難しいのは分かっている。それどころか、拒否されることだって勿論考えている。ただ……ただ、君がそのレモンの花を受け取ってくれるのだとしたら、私は必ず祝福されるようにしてみせる」
空いた僕の左手が、王の温かな手に包まれた。
「すぐに返事をしてくれとは言わない。また迎えに行く。その時までに、考えておいてほしい」
「……エドガー様」
僕は掠れた声で名前を呼ぶ。
嗚呼、頬に集まる熱のせいで、僕の水分は蒸発してしまった。何とかしてほしい。
「寝るか、今日は」
そう言って彼はもう一度クローゼットの中に入っていき、暫くして着替えた状態で出てきた。正装とか、鎧を着ていないエドガー様は初めて見た。
――もし王の申し出を受けるのだとしたら、こんな姿を毎日見るのだろうか。
僕はそんなことを想像し、自分で恥ずかしくなった。
「レイシ」
甘い言葉が聞こえる。その腕に頭を載せろということだ。
躊躇いながら腕に包まれる。あまりに距離が近すぎて困惑する。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
それから僕が眠るのにはかなり時間がかかった。
しかし王が始めに言った通り"添い寝"以上のことは何も起きなかったし、その寝顔を見ているだけで何だか幸福な気持ちになれるのは何故なんだろう、と考えていた。
翌日、レモンの花が沢山詰まったカゴをそのまま持たされ、いくつかの土産――高級な肉らしい――と共にチョコボに乗せられた。
多忙な中見送りに来てくれたエドガー王はウインクしながら言う。
「帰ったら、そのカゴの中身をかき分けて見るといい」
「え? 何か秘密でも?」
「それはその時に取っておいてくれ。また迎えに行く」
チョコボは尻を叩かれ走り出す。僕は手綱を掴まえた。
チョコボは自動的にサウスフィガロまで走ってくれるようなので、僕は手綱を離さないよう注意しながら、カゴの中をかき分ける。
すると、中から黄色の身が現れた。
「そうか……どうりで重いと思ったら」
正直何で始めに気づかなかったのかという話だが、中にはレモンの身が隠れていた。しかしあの時は緊張していてそれどころではなかったのだ。
「そういえばレモンの身って、花とは違う花言葉があったような……?」
僕はそんなことを考えながら、帰ったら花言葉事典で調べよう、と考えた。
レモン
花///誠実な愛・思慮分別
身///熱情
「だって……!」
陽もとっぷりと暮れ、まさに「夜」という言葉が相応しい時間。
僕は何故かフィガロの王、エドガー様の寝室に横たわっていた。
「ぼ、僕にどうしろと仰るのですか!」
あまりの羞恥に耐えかね僕が声を上げると、彼はくすくすと笑う。
――残念ながら僕は上流貴族ではない。ただの花屋だ。
完璧な食事のマナーなんて求められても困る。ましてや寝台の上でのマナーなんて。
(しかも、男同士なんて!)
「いや、どうしろとも言わない。別に私は何もするつもりはない」
「……え? それじゃあ」
「ただ一晩、添い寝に付き合ってほしいだけと言った筈だ」
僕は今朝のことを必死に思い出そうとする。
再び笑ったエドガー王の真意は読みきれなかった。
今朝、僕はいつものように、自分の花屋を開けた。
砂漠がほど近いこの町では花という存在が有難がられ、お陰様で生きていける程度の収入は得られている。
今日もいつもと同じようにお客さんが沢山来てくれて、丁度昼休憩にしようかと思った、その時だった。
「みんな、エドガー様がいらっしゃったぞ!」
「!」
町は色めきたつ。
エドガー様といえば、フィガロの国王だ。城があるのは砂漠の向こうで、ここに来るまでは時間もそれなりにかかるのだが、チョコボに乗って、時折訪ねてきていた。
国王が来る、というだけで町は元気になる。それはエドガー様がよく慕われている証でもあった。
「やあレイシ。店はどうだ?」
「エドガー様! お陰様で、花はよく売れます」
「そうか。これからもよい花を育てて、たまにはフィガロ城まで売りに来てくれ。大変なことだとは思うが」
「勿論です!」
まだそれ程忙しくなかった頃、チョコボに乗ってフィガロ城に花を届けに行っていた頃があったのだ。
サウスフィガロの町は海に面しているため緑も豊富だが、フィガロ城はまさに砂漠の真ん中にあるため、花があると心が安らぐと声を掛けてもらえることが多かった。
まさか多忙な王が、そのことをまだ覚えていてくれるとは。僕は感激した。
「……そうだ、レイシ。この後に予定はあるか?」
「予定ですか? いえ、特には……何か御用でしょうか?」
「そうか。ならば、私は昼食をこちらで摂ってからフィガロ城に戻るつもりだから、その時に一緒に城まで来てくれないか」
「かしこまりました」
僕は頭を下げる。王はまた色々な人に声を掛けながら、もと来た道を戻っていった。
「王様が……一体、何の用だろう?」
あまりに急な提案のため、何の用なのか聞きそびれた。花を届けに来てほしいということだろうか?
そう考え、僕は急いで昼食を済ませた後、正装に着替え、いくつかの花を用意した。
王と約束してから2時間程経っただろうか、店に王と兵士が訪れた。
「待たせたな、レイシ。どうだ、これから出るが、準備はできているか」
「はい。あの、花をご希望ということでよろしいですよね?」
「ああ。花も持ってきてもらえると有り難い」
「花……も?」
含みのある言葉だ。花がメインではないということだろうか?
僕はよく分からないままだったが、王のその提案を断れる筈もなく、用意されていたチョコボに乗りフィガロ城を目指した。
それからあっという間にフィガロ城に着き、僕は城内に花を植えて回った。
砂漠で暑いから、水をやっていても早く枯れるだろう、とは答えたのだが、それでも植えてほしいと王は言った。
そうか。束の間とはいえ、この砂色の世界では大切な彩りだ。
僕が城中に花を植えると、既に陽は暮れかけていた。
そこで部屋で少し休ませてもらうと、夕食をご馳走になったのだ。
「まさか、王と食事できる日がくるとは……」
「そんな風に思われていたのか。もっと皆と食事を摂る時間を作らねばならないな」
王は笑いながら肉を口に運ぶ。メインはステーキだ。
サウスフィガロは海に近い町だから――フィガロ、と名が付くのに砂漠に囲まれた城とは全然違う――魚料理を食べることが多い。
肉の方が高価なので、肉料理を食べるのは久しぶりだった。それがこんな高級な肉となれば尚更だ。
「口に合うか? レイシ」
「ええ美味しすぎて、本当に勿体無いくらいです」
「それならよかった」
談笑している間にすっかり陽も暮れてしまった。
「夜の砂漠は危険だ。レイシ、予定さえ大丈夫であれば、今夜はこの城に泊まっていくといい」
「! 本当ですか!」
「ただ、残念ながら客室の空きはない」
だから私と添い寝することになる、とさらっと告げられた言葉に、僕は耳を疑った。
「えっ?」
「それで良ければ。……いや、違うな」
王は立ち上がって座っている僕の側までやってくる。
僕も思わず立ち上がりかけたが、それを押し留め、突然跪く王。
「王、一体何を……!」
「レイシ、どうか今夜は、私と共に寝て欲しい」
「どうか、王、立ち上がってください! そんなことをしないでください」
「どうだレイシ、受けてくれるか?」
「わかりました、分かりましたから……!」
僕が必死にそう言うと、にっこり笑って王は立ち上がる。
「よかった、ありがとう。私の寝室は向こうだ。私は執務をこなしてから眠るから、好きなように使ってくれ」
「え、あ、あの……?」
「必要な物があれば用意させるから、そこの兵士に申し付けるといい。ではまた後で、寝室でな」
にっこり笑って、王はダイニングから出ていく。
残されたのは僕と、一連の流れを聞いていた兵士だけ。
「……どう、しろと?」
王に言われた言葉を考えすぎ、僕は悩んだ。
そして、冒頭に戻る。
僕は我に返る。
僕はベッドに寝転がり、王はベッドの真ん中辺りに腰掛けて笑っていた。
「……エドガー様。聞いてもいいでしょうか」
「何だ」
「なぜ僕なのです?」
フィガロ国王は大変気さくな方だ。特に女性に対して。
まあ一国の王が毎日毎晩女性を城に連れ込んだり、どこかで女性と一夜を共にしたりということがある方が問題だろうが、恐らく軽いジョークだけで済んでいるのだろう。じゃなければこの国はとっくに滅亡している筈だ。
なのになぜ、今回は、僕を寝室に連れてきたのだろうか。この程度ならよくある話なのだろうか?
「それは女性じゃなくて、という意味か? なぜ男であるレイシを、と?」
「そうです。女性であればまだ理解はできます。ですが男性を寝室に入れるというのは……その、あまり考えにくいことです」
勿論そういう人が居るだろうことは分かってはいるが、一国の王が堂々とやるべきことではないと思う。
「何だ、そんなことを気にしていたのか」
「そんなことって……」
「安心しろ。本当は帰りに持たせるつもりだったが……今やる」
「え?」
そう言って王は立ち上がり、大きなクローゼットを開けた。ウォークインクローゼットだ。が、こんなに巨大なものは見たことがない。
王はその中に消えていき、暫くして出てきた。
「それ……は?」
「花」
素っ気ない言葉と共に渡されたのは、カゴ。カゴの中には白い花が一杯に入っている。
しかし、一般的に花屋で売られている花とは違い、長い茎の部分が殆どない。
そういうわけで、これは果樹の花ではないかとぴんときた。
「これは……レモンの花、ですか」
「ご名答。さすが花屋だな」
「まさか、本当に? 正直、レモンの花なんて図鑑で見たくらいです。……これを、僕に下さるのですか?」
「ああ。花屋に花を渡すかどうか、少し悩んだが」
僕は思いを巡らせた。何故彼は、僕にレモンの花を渡したのか。
ふっと、昔学んだ花言葉が脳裏を掠める。勿論自分の花屋で取り扱っている花の花言葉は熟知しているが、レモンなど花屋が取り扱うわけがない。少なくとも僕の花屋ではやっていない。
思い出せたのが奇跡だったが、その花の真意を漸く知り、頬に熱が集まった。
「……エドガー様。レモンの花言葉は何か、ご存知ですか」
「レイシこそ」
「僕は花屋ですから」
緊張と恥ずかしさで、王の目を真っ直ぐ見ることも叶わない。
できることなら今すぐこの花に埋もれてしまい、そのまま花になってしまいたいくらいだ。
「分かってもらえたのなら、嬉しい。そういうことだ」
「いきなりそんなことを言われても……困ります」
「そうだろうな」
またいつものようにからかっているのかもしれない、と思ったが、王の表情は真剣そのもの。
レモンの花言葉は、「誠実な愛」だ。
僕はそれ以上何も言えずにいた。だってそんな風に思われているとは思わなかったのだ。
「けれどこれは真剣だ、冗談じゃない。それだけは信じてほしい」
「……はい」
「前に、花を売りに来てくれていただろう? その時からずっと、瞼の裏に焼き付いて消えなかった。何故かは未だに、私も分からないんだ」
僕の脳裏に刷り込むように、王は静かに話し出す。
「君の理解をすぐに得ることが難しいのは分かっている。それどころか、拒否されることだって勿論考えている。ただ……ただ、君がそのレモンの花を受け取ってくれるのだとしたら、私は必ず祝福されるようにしてみせる」
空いた僕の左手が、王の温かな手に包まれた。
「すぐに返事をしてくれとは言わない。また迎えに行く。その時までに、考えておいてほしい」
「……エドガー様」
僕は掠れた声で名前を呼ぶ。
嗚呼、頬に集まる熱のせいで、僕の水分は蒸発してしまった。何とかしてほしい。
「寝るか、今日は」
そう言って彼はもう一度クローゼットの中に入っていき、暫くして着替えた状態で出てきた。正装とか、鎧を着ていないエドガー様は初めて見た。
――もし王の申し出を受けるのだとしたら、こんな姿を毎日見るのだろうか。
僕はそんなことを想像し、自分で恥ずかしくなった。
「レイシ」
甘い言葉が聞こえる。その腕に頭を載せろということだ。
躊躇いながら腕に包まれる。あまりに距離が近すぎて困惑する。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
それから僕が眠るのにはかなり時間がかかった。
しかし王が始めに言った通り"添い寝"以上のことは何も起きなかったし、その寝顔を見ているだけで何だか幸福な気持ちになれるのは何故なんだろう、と考えていた。
翌日、レモンの花が沢山詰まったカゴをそのまま持たされ、いくつかの土産――高級な肉らしい――と共にチョコボに乗せられた。
多忙な中見送りに来てくれたエドガー王はウインクしながら言う。
「帰ったら、そのカゴの中身をかき分けて見るといい」
「え? 何か秘密でも?」
「それはその時に取っておいてくれ。また迎えに行く」
チョコボは尻を叩かれ走り出す。僕は手綱を掴まえた。
チョコボは自動的にサウスフィガロまで走ってくれるようなので、僕は手綱を離さないよう注意しながら、カゴの中をかき分ける。
すると、中から黄色の身が現れた。
「そうか……どうりで重いと思ったら」
正直何で始めに気づかなかったのかという話だが、中にはレモンの身が隠れていた。しかしあの時は緊張していてそれどころではなかったのだ。
「そういえばレモンの身って、花とは違う花言葉があったような……?」
僕はそんなことを考えながら、帰ったら花言葉事典で調べよう、と考えた。
レモン
花///誠実な愛・思慮分別
身///熱情