花(オムニバス)
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小西先輩を失意の内に失った時、陽介の側にずっと居てくれたのは幼馴染の澪士だった。
何も食べる気がしない陽介のために弁当を作ってきてくれたり、塞ぎがちな休日には沖奈市まで誘い出してくれたり。
昔から仲が良かったから互いの家の行き来もあり、両親も澪士が訪ねてくることを嬉しく思っていたようだ。
そんなある晩、陽介は澪士を誘い出した。
「なに? 話って」
夜の公園、呼び出された理由など分からず、澪士は無邪気に笑う。
澪士が陽介のことを特に気にかけてくれるようになってから1ヶ月ほど経っただろうか。
陽介は転校生や千枝と共にテレビの中の世界へ行き、色々な事件を解決してきたのだが、その話を澪士にするためにここに呼び出したわけじゃない。
いやそもそもその話を明かすつもりは一生なかった。
陽介は彼のお陰で最近大分笑顔を取り戻し、テレビと現実を行き来する中でも、平常心を保てるのだ。
「澪士、ありがとな」
「何が?」
本当に心当たりなどないかのように澪士は首を傾げて答える。
「俺が……その、ずっと落ち込んでた時。励ましてくれただろ」
「ああ、いや、別にそういうわけじゃないんだけどね」
ふふ、と照れたように笑う。
「そんな正義感じゃないよ。俺にとっては陽介が大事だからさ。陽介が辛そうにしてるのは見てられなかったってだけ」
でも、俺が一緒に居たことでそう思って立ち直るきっかけになったんなら、嬉しい。
澪士の言葉が本音であることは陽介にも分かる。
「……でさ、そのことなんだけど」
「ん?」
驚かないでほしい、と陽介は大きく前置きした。
「俺……澪士のことが好きなんだ、多分。……付き合ってくれないか」
「――え?」
あまりに唐突な告白に澪士はそう言ったっきり言葉を失ってしまう。
無理もない。ただの幼馴染として接してきたのに、いきなり恋愛感情を吐露されるなんて。
陽介だって自分がその立場だったら同じ反応をしてしまうだろう。
「えーと……それは、恋人、として? ってことだよね?」
「ああ。その……いきなり、混乱させるようなこと言って、悪い」
「いや、えーと……こっちこそ、なんか気の利いたことが言えなくて、ごめん」
2人の間は暫し沈黙が支配する。
「――あのさ、陽介」
澪士は言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「そうだな……俺、いきなりすぎて、あんまりちゃんと考えられてないんだ。ごめん。でもさ、その気持ちに応えたいって思うから」
「澪士……」
「お付き合い、させてください」
ふっと笑みが零れる。いつも安心した時に見せる表情だ。
「いいのか? ほんとに。男同士なのに」
「大丈夫。多分、俺と陽介なら、すごく良い関係になれると思う。そんな気がしてる」
「ありがとう」
買い被られているかも、とも思うが、もう長いこと一緒にいる関係だ。友達同士だったとしても、お互いについて知っていることは余りある。
寧ろ彼と付き合って上手くやっていけないのだったら、どんな女性が相手でも臆病になってしまうだろう。
「これからよろしく」
「こちらこそ」
2人は今までに何度も交わしたハグをする。
けれど今夜からは、意味が少し違った。
それから陽介は更に明るくなり、完全に事件が起きる前と同じ様に、いやそれ以上に元気になった様に見えた。
2人は更に親密になったが、それは学校など表ではあまり悟られないようにし、2人きりになれる時間を選び取っていく。
「……陽介さ、俺になんか隠し事あるでしょ」
「えっ」
委員会もバイトも――陽介はテレビの中の冒険も――お互いにこなす日々では、なかなか2人だけでいられる時間を確保するのは難しかった。それでも今日の放課後はお互いにたまたま何もない日だった。
いや、お互いに意識してそういう日を作らなければなかなかこうして会うことはできない。
毎日学校で顔を合わせてはいるけれど、こうして話すのは2週間ぶりだった。
「隠し事? ねえよ」
「嘘だね。もう何年の付き合いだと思ってんの?」
陽介は言葉に詰まる。――マヨナカテレビのことを、言わなきゃいけないのか?
それでもそのことについて白状するには時間を要する。話していれば澪士は必ず信じてくれるだろうが、話すことで危険に巻き込みたくはない。
しかしいずれはバレてしまうだろう、そう葛藤しながら、諦めて話すことに決めた瞬間。
「おじさんとおばさんから聞いたよ。陽介最近メガネ掛けてるんだって?」
「……え?」
あまりに真剣な顔で問いかけてくる澪士に、陽介は間抜けな声で返さざるを得ない。
「陽介、昔は目よかったじゃんか。いつの間にそんな悪くなったの? ゲームのしすぎ?」
「え、あ、いや」
「でも俺の前で掛けてるの見たことないんだけど。別にそんなこと秘密にしなくてもさあ」
「……ああ」
陽介は思い返す、確かにジュネスの家電売り場のテレビで行き来していることもあるから、両親に見られたことはあるかもしれない。メガネを掛けたまま夕飯を食べたりしたことはない筈だが。
しかしそんなことか、と心底安堵した。てっきりマヨナカテレビのことを言われるのかと思っていた。
「そういや澪士」
「ん?」
「澪士も隠し事、してるだろ」
「!」
問い詰められ、窮地の陽介が思い出したことがある。そう指摘すると、澪士の顔が強張った。
「な、何のこと?」
「それは何のつもりだ? しらばっくれようとしてんのか、それとも心当たりがいくつかあんのか?」
「知らないよー!」
そう言って目を逸らそうとする澪士の頬を掴む。
「お前、バイト先今まで俺に言ったことなかったろ」
「! そ、そうだっけ?」
「そうだよ」
実は澪士は長いことバイトをしているのだが――それは陽介も知っていた――どこでバイトしているのかということは何だかんだ教えてくれていなかった。
そういえば商店街を歩いていても澪士が働いているところを見かけたことはないし、一体どこでバイトしているのだろうと思っていたのだ。
「この間、えーと……誰だったかな? ……とにかく、誰かに聞いたんだよ。澪士が花屋でバイトしてるって」
「!」
「ほんとか? ほんとだよな」
「……はい、本当です」
もう逃げられないと思ったのか、観念したように打ち明ける。
「何で今まで俺に言わなかったんだよ」
「いや別に、そんな大した理由じゃないし」
「花屋とか恥ずかしいってこと? 男なのにとか」
「いや本当に、そういうことじゃないんだって」
追及の手を緩めない陽介。
澪士は諦めて全て話すことにした。
「来てほしくなかったんだよー」
「なんで」
「だってバイト先言ったら絶対陽介遊びに来るじゃん? それが嫌だ」
「はあ? 何で」
「は、恥ずかしいんだって……」
陽介の手を振り払い、澪士は顔を背ける。
ははあどうやら本当に恥ずかしがっているらしい、と陽介は合点した。しかしそこまで恥じ入るほどのものなのか。
「ますます気になる」
「ほら……絶対そう言うと思ったから、言いたくなかったんだって」
「じゃあ今度出勤の日行くから。いつ?」
「絶対言わない!」
そう言い切り、澪士は走って逃げ出す。
「おい、待てよ!」
「待たない!」
束の間の鬼ごっこをする、しかしすぐそこが澪士の家なので、すぐに終わってしまった。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、またな」
先程、恥ずかしさ故に全力疾走して逃げていた人とは思えない爽やかな笑顔を見せて、澪士は家に入っていく。
そんな切り替えの早さも魅力だが、
「……そんなにバイト先に来てほしくないって言われたら、行くしかないだろ」
執念を燃やす人が1人。
陽介は澪士のバイト先を聞いていた。
そこでその日から毎日、予定がない日はその花屋に通うことにした。
花屋なんてまた可愛い所で働いてるな、と思ったが、実際にその花屋に足を運んでみると――実際前を通ったことはあるのだがそんなに意識したことはなかった――なんと運良く澪士を見つけることができ、そんな思いは吹き飛んだ。
「いらっしゃいませ、……あ、陽介!」
陽介の姿を認めた恋人は顔色を赤く変える。
何とかして陽介から逃げようとしていたらしいが、他のバイト仲間や店長に迷惑を掛けるわけにもいかなかったのだろう、観念して、自分から近づいてきた。
「陽介、来なくていいって言ったのに……」
「お前がそこまで言うから逆に気になった」
「うう……」
花屋で働いている人は、澪士以外はみな女性だった。但し珍しいことでもないだろう。
みんな腰から下だけの白エプロンを身につけ、白シャツとデニムもしくは黒ズボンで統一していた。思ったよりお洒落だ。(少なくともジュネスの制服よりは。)
「……そうだ陽介、折角来てくれたんだから、お花何か買っていってよ」
「花? そう言ってもな」
陽介は自宅を思い返す。恐らく澪士も知っていて言ったのだろうが、自宅に花が飾られているのは殆ど見たことがない。
花瓶さえあるかどうか定かではないのだ。
「大丈夫、ペットボトルとか、牛乳パックでも飾れちゃったりするからね、切り花は」
「へえ、そうなんだ」
「ていうかジュネスなら花瓶とか何かそういうの売ってるでしょ? ……ねえ陽介、この花、いいと思うんだけど」
言いながら澪士が手に取ったのは黄色の花。
その花は全てが黄色い。花弁が黄色なのは勿論なのだが、真ん中の雄しべや雌しべも同じ黄色というのは珍しいのではないだろうか。
陽介は今まで、花弁と真ん中部分が少しでも異なる色合いの花しか見たことがなかったため、そこに惹かれる。
「なんか、不思議な花だな」
「そうだね。フクジュソウって言うんだけど」
「フクジュソウ」
「幸福とか長寿を意味する花だね。花言葉は勿論別にあるけど」
どうかな、と言って差し出される花を受け取る陽介。
成る程切り花なら小さくて場所も取らないかもしれない。陽介自身の部屋に飾ることもできる。
「じゃ、これ買っていこうかな」
「ありがとう。100円でいいよ」
そう言われ財布から100円を取り出すが、陽介には相場が分からない。安いような気はしているのだが。
包むから暫く他の花を眺めていてくれと言われ、花屋に所狭しと並べられた色とりどりの花々を見る。
――もし毎日、こんなに花に囲まれていたら、幸せになるかもしれないな。
花に全く興味のない陽介でもそんな風に思える程の幸福感。花という存在だけでこんな気持ちになれることを陽介は知らなかった。
「陽介、お待たせ。まっすぐ帰るでしょ?」
「サンキュー」
気がつけばフクジュソウは何本も綺麗に包まれていた。
こんなに良いのか? と問うと、サービス。という答えが返ってくる。
「そうだ、陽介」
「ん?」
「フクジュソウって、毒草だから。気をつけてね」
「は!?」
澪士の笑顔のカミングアウトに思わず焦る。
「ど、毒草って! どうすりゃいいんだ!?」
「どうもしなくていいよ、別に。食べたりしなきゃね」
「そ、そっか……」
一度は納得するものの、何だかこの小さな花が恐ろしく感じられる。
そりゃあ食べる気など毛頭なかったが、これじゃあ飾っておいても、気が気じゃないな……。
「来てくれてありがとう、陽介」
「こちらこそ」
じゃあまた明日、と言って陽介は花屋を去った。
翌日の休み時間、校内で会った澪士が珍しく近づいてくる。
「陽介。昨日の花、飾ってくれた?」
「ああ、そうだ。写真送るの忘れてた。家に花瓶あったんだよ」
そう言って陽介は携帯を取り出し澪士に見せる。
白い陶器の花瓶と鮮やかな黄色の花がよく合う。
澪士は頷いて笑った。
「良かった、合ったみたいで。店長に無理言った甲斐があった」
「え? どういう意味だよ?」
「あはは、フクジュソウなんてね、普通の花屋じゃ扱ってないからね」
「え?」
まだその意味するところを理解できず、陽介は首を捻る。
「多分、陽介はうちの花屋に来るだろうなーって思ってたからさ。その時のために、店長にどうしてもってお願いしたわけ」
それはつまり、陽介に売ることを前提として、という意味だろうか?
だとしたら、何故フクジュソウなのだろうか。他にももっと綺麗な花はいくつもあった筈だ。
「何でフクジュソウなんだ?」
「さあ、それは自分で調べてね」
澪士は意地悪に笑って携帯を返す。
「もう、休み時間終わっちゃうね。じゃあまた」
「澪士! 今日の放課後は、」
「なんもない。陽介は?」
もう何度もメールをして、相手の予定なんて知り尽くしている筈なのに。
どうしても言葉で確認したくなってしまう。
「俺もなんもない!」
「じゃあいつもの時間に」
「いつもの所で!」
そう言って澪士と別れる、直後に休み時間の終わりを告げるベルが鳴る。
それでも陽介はどうしてもフクジュソウに込められた意味が知りたくて、席に戻ってそっと携帯を開いた。
フクジュソウ///幸せを招く・永久の幸福
何も食べる気がしない陽介のために弁当を作ってきてくれたり、塞ぎがちな休日には沖奈市まで誘い出してくれたり。
昔から仲が良かったから互いの家の行き来もあり、両親も澪士が訪ねてくることを嬉しく思っていたようだ。
そんなある晩、陽介は澪士を誘い出した。
「なに? 話って」
夜の公園、呼び出された理由など分からず、澪士は無邪気に笑う。
澪士が陽介のことを特に気にかけてくれるようになってから1ヶ月ほど経っただろうか。
陽介は転校生や千枝と共にテレビの中の世界へ行き、色々な事件を解決してきたのだが、その話を澪士にするためにここに呼び出したわけじゃない。
いやそもそもその話を明かすつもりは一生なかった。
陽介は彼のお陰で最近大分笑顔を取り戻し、テレビと現実を行き来する中でも、平常心を保てるのだ。
「澪士、ありがとな」
「何が?」
本当に心当たりなどないかのように澪士は首を傾げて答える。
「俺が……その、ずっと落ち込んでた時。励ましてくれただろ」
「ああ、いや、別にそういうわけじゃないんだけどね」
ふふ、と照れたように笑う。
「そんな正義感じゃないよ。俺にとっては陽介が大事だからさ。陽介が辛そうにしてるのは見てられなかったってだけ」
でも、俺が一緒に居たことでそう思って立ち直るきっかけになったんなら、嬉しい。
澪士の言葉が本音であることは陽介にも分かる。
「……でさ、そのことなんだけど」
「ん?」
驚かないでほしい、と陽介は大きく前置きした。
「俺……澪士のことが好きなんだ、多分。……付き合ってくれないか」
「――え?」
あまりに唐突な告白に澪士はそう言ったっきり言葉を失ってしまう。
無理もない。ただの幼馴染として接してきたのに、いきなり恋愛感情を吐露されるなんて。
陽介だって自分がその立場だったら同じ反応をしてしまうだろう。
「えーと……それは、恋人、として? ってことだよね?」
「ああ。その……いきなり、混乱させるようなこと言って、悪い」
「いや、えーと……こっちこそ、なんか気の利いたことが言えなくて、ごめん」
2人の間は暫し沈黙が支配する。
「――あのさ、陽介」
澪士は言葉を選ぶようにゆっくりと話し始めた。
「そうだな……俺、いきなりすぎて、あんまりちゃんと考えられてないんだ。ごめん。でもさ、その気持ちに応えたいって思うから」
「澪士……」
「お付き合い、させてください」
ふっと笑みが零れる。いつも安心した時に見せる表情だ。
「いいのか? ほんとに。男同士なのに」
「大丈夫。多分、俺と陽介なら、すごく良い関係になれると思う。そんな気がしてる」
「ありがとう」
買い被られているかも、とも思うが、もう長いこと一緒にいる関係だ。友達同士だったとしても、お互いについて知っていることは余りある。
寧ろ彼と付き合って上手くやっていけないのだったら、どんな女性が相手でも臆病になってしまうだろう。
「これからよろしく」
「こちらこそ」
2人は今までに何度も交わしたハグをする。
けれど今夜からは、意味が少し違った。
それから陽介は更に明るくなり、完全に事件が起きる前と同じ様に、いやそれ以上に元気になった様に見えた。
2人は更に親密になったが、それは学校など表ではあまり悟られないようにし、2人きりになれる時間を選び取っていく。
「……陽介さ、俺になんか隠し事あるでしょ」
「えっ」
委員会もバイトも――陽介はテレビの中の冒険も――お互いにこなす日々では、なかなか2人だけでいられる時間を確保するのは難しかった。それでも今日の放課後はお互いにたまたま何もない日だった。
いや、お互いに意識してそういう日を作らなければなかなかこうして会うことはできない。
毎日学校で顔を合わせてはいるけれど、こうして話すのは2週間ぶりだった。
「隠し事? ねえよ」
「嘘だね。もう何年の付き合いだと思ってんの?」
陽介は言葉に詰まる。――マヨナカテレビのことを、言わなきゃいけないのか?
それでもそのことについて白状するには時間を要する。話していれば澪士は必ず信じてくれるだろうが、話すことで危険に巻き込みたくはない。
しかしいずれはバレてしまうだろう、そう葛藤しながら、諦めて話すことに決めた瞬間。
「おじさんとおばさんから聞いたよ。陽介最近メガネ掛けてるんだって?」
「……え?」
あまりに真剣な顔で問いかけてくる澪士に、陽介は間抜けな声で返さざるを得ない。
「陽介、昔は目よかったじゃんか。いつの間にそんな悪くなったの? ゲームのしすぎ?」
「え、あ、いや」
「でも俺の前で掛けてるの見たことないんだけど。別にそんなこと秘密にしなくてもさあ」
「……ああ」
陽介は思い返す、確かにジュネスの家電売り場のテレビで行き来していることもあるから、両親に見られたことはあるかもしれない。メガネを掛けたまま夕飯を食べたりしたことはない筈だが。
しかしそんなことか、と心底安堵した。てっきりマヨナカテレビのことを言われるのかと思っていた。
「そういや澪士」
「ん?」
「澪士も隠し事、してるだろ」
「!」
問い詰められ、窮地の陽介が思い出したことがある。そう指摘すると、澪士の顔が強張った。
「な、何のこと?」
「それは何のつもりだ? しらばっくれようとしてんのか、それとも心当たりがいくつかあんのか?」
「知らないよー!」
そう言って目を逸らそうとする澪士の頬を掴む。
「お前、バイト先今まで俺に言ったことなかったろ」
「! そ、そうだっけ?」
「そうだよ」
実は澪士は長いことバイトをしているのだが――それは陽介も知っていた――どこでバイトしているのかということは何だかんだ教えてくれていなかった。
そういえば商店街を歩いていても澪士が働いているところを見かけたことはないし、一体どこでバイトしているのだろうと思っていたのだ。
「この間、えーと……誰だったかな? ……とにかく、誰かに聞いたんだよ。澪士が花屋でバイトしてるって」
「!」
「ほんとか? ほんとだよな」
「……はい、本当です」
もう逃げられないと思ったのか、観念したように打ち明ける。
「何で今まで俺に言わなかったんだよ」
「いや別に、そんな大した理由じゃないし」
「花屋とか恥ずかしいってこと? 男なのにとか」
「いや本当に、そういうことじゃないんだって」
追及の手を緩めない陽介。
澪士は諦めて全て話すことにした。
「来てほしくなかったんだよー」
「なんで」
「だってバイト先言ったら絶対陽介遊びに来るじゃん? それが嫌だ」
「はあ? 何で」
「は、恥ずかしいんだって……」
陽介の手を振り払い、澪士は顔を背ける。
ははあどうやら本当に恥ずかしがっているらしい、と陽介は合点した。しかしそこまで恥じ入るほどのものなのか。
「ますます気になる」
「ほら……絶対そう言うと思ったから、言いたくなかったんだって」
「じゃあ今度出勤の日行くから。いつ?」
「絶対言わない!」
そう言い切り、澪士は走って逃げ出す。
「おい、待てよ!」
「待たない!」
束の間の鬼ごっこをする、しかしすぐそこが澪士の家なので、すぐに終わってしまった。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ、またな」
先程、恥ずかしさ故に全力疾走して逃げていた人とは思えない爽やかな笑顔を見せて、澪士は家に入っていく。
そんな切り替えの早さも魅力だが、
「……そんなにバイト先に来てほしくないって言われたら、行くしかないだろ」
執念を燃やす人が1人。
陽介は澪士のバイト先を聞いていた。
そこでその日から毎日、予定がない日はその花屋に通うことにした。
花屋なんてまた可愛い所で働いてるな、と思ったが、実際にその花屋に足を運んでみると――実際前を通ったことはあるのだがそんなに意識したことはなかった――なんと運良く澪士を見つけることができ、そんな思いは吹き飛んだ。
「いらっしゃいませ、……あ、陽介!」
陽介の姿を認めた恋人は顔色を赤く変える。
何とかして陽介から逃げようとしていたらしいが、他のバイト仲間や店長に迷惑を掛けるわけにもいかなかったのだろう、観念して、自分から近づいてきた。
「陽介、来なくていいって言ったのに……」
「お前がそこまで言うから逆に気になった」
「うう……」
花屋で働いている人は、澪士以外はみな女性だった。但し珍しいことでもないだろう。
みんな腰から下だけの白エプロンを身につけ、白シャツとデニムもしくは黒ズボンで統一していた。思ったよりお洒落だ。(少なくともジュネスの制服よりは。)
「……そうだ陽介、折角来てくれたんだから、お花何か買っていってよ」
「花? そう言ってもな」
陽介は自宅を思い返す。恐らく澪士も知っていて言ったのだろうが、自宅に花が飾られているのは殆ど見たことがない。
花瓶さえあるかどうか定かではないのだ。
「大丈夫、ペットボトルとか、牛乳パックでも飾れちゃったりするからね、切り花は」
「へえ、そうなんだ」
「ていうかジュネスなら花瓶とか何かそういうの売ってるでしょ? ……ねえ陽介、この花、いいと思うんだけど」
言いながら澪士が手に取ったのは黄色の花。
その花は全てが黄色い。花弁が黄色なのは勿論なのだが、真ん中の雄しべや雌しべも同じ黄色というのは珍しいのではないだろうか。
陽介は今まで、花弁と真ん中部分が少しでも異なる色合いの花しか見たことがなかったため、そこに惹かれる。
「なんか、不思議な花だな」
「そうだね。フクジュソウって言うんだけど」
「フクジュソウ」
「幸福とか長寿を意味する花だね。花言葉は勿論別にあるけど」
どうかな、と言って差し出される花を受け取る陽介。
成る程切り花なら小さくて場所も取らないかもしれない。陽介自身の部屋に飾ることもできる。
「じゃ、これ買っていこうかな」
「ありがとう。100円でいいよ」
そう言われ財布から100円を取り出すが、陽介には相場が分からない。安いような気はしているのだが。
包むから暫く他の花を眺めていてくれと言われ、花屋に所狭しと並べられた色とりどりの花々を見る。
――もし毎日、こんなに花に囲まれていたら、幸せになるかもしれないな。
花に全く興味のない陽介でもそんな風に思える程の幸福感。花という存在だけでこんな気持ちになれることを陽介は知らなかった。
「陽介、お待たせ。まっすぐ帰るでしょ?」
「サンキュー」
気がつけばフクジュソウは何本も綺麗に包まれていた。
こんなに良いのか? と問うと、サービス。という答えが返ってくる。
「そうだ、陽介」
「ん?」
「フクジュソウって、毒草だから。気をつけてね」
「は!?」
澪士の笑顔のカミングアウトに思わず焦る。
「ど、毒草って! どうすりゃいいんだ!?」
「どうもしなくていいよ、別に。食べたりしなきゃね」
「そ、そっか……」
一度は納得するものの、何だかこの小さな花が恐ろしく感じられる。
そりゃあ食べる気など毛頭なかったが、これじゃあ飾っておいても、気が気じゃないな……。
「来てくれてありがとう、陽介」
「こちらこそ」
じゃあまた明日、と言って陽介は花屋を去った。
翌日の休み時間、校内で会った澪士が珍しく近づいてくる。
「陽介。昨日の花、飾ってくれた?」
「ああ、そうだ。写真送るの忘れてた。家に花瓶あったんだよ」
そう言って陽介は携帯を取り出し澪士に見せる。
白い陶器の花瓶と鮮やかな黄色の花がよく合う。
澪士は頷いて笑った。
「良かった、合ったみたいで。店長に無理言った甲斐があった」
「え? どういう意味だよ?」
「あはは、フクジュソウなんてね、普通の花屋じゃ扱ってないからね」
「え?」
まだその意味するところを理解できず、陽介は首を捻る。
「多分、陽介はうちの花屋に来るだろうなーって思ってたからさ。その時のために、店長にどうしてもってお願いしたわけ」
それはつまり、陽介に売ることを前提として、という意味だろうか?
だとしたら、何故フクジュソウなのだろうか。他にももっと綺麗な花はいくつもあった筈だ。
「何でフクジュソウなんだ?」
「さあ、それは自分で調べてね」
澪士は意地悪に笑って携帯を返す。
「もう、休み時間終わっちゃうね。じゃあまた」
「澪士! 今日の放課後は、」
「なんもない。陽介は?」
もう何度もメールをして、相手の予定なんて知り尽くしている筈なのに。
どうしても言葉で確認したくなってしまう。
「俺もなんもない!」
「じゃあいつもの時間に」
「いつもの所で!」
そう言って澪士と別れる、直後に休み時間の終わりを告げるベルが鳴る。
それでも陽介はどうしてもフクジュソウに込められた意味が知りたくて、席に戻ってそっと携帯を開いた。
フクジュソウ///幸せを招く・永久の幸福