花(オムニバス)
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その日、レノは任務のために八番街に来たのだが、こんな荒廃した街で花を売る者が居るのか、珍しいものだ、と思った。
「これが欲しいぞ、と」
あまりの物珍しさに、思わず花を一輪手に取り、花屋に話しかけてしまう。(タークスの面倒な奴が居たのなら、一体どんな素晴らしい作戦なのか、或いは誰への土産なのか、と後で皮肉を言われるだろう)
その青年はレノの存在に気づくと、ぱっと顔を輝かせ、にっこり笑った。
「ありがとう! ……うん、このお花、あなたによく似合うね」
「!」
普段なら、お世辞と営業スマイルに心を動かされることなどない。そんな弛んだ気持ちではタークスではいられないからだ。
しかし今日は、その笑顔にレノは一瞬で心を奪われてしまう。
「ではこれ、1ギルです」
レノが思わず見とれている間に、青年はレノの選んだ花を綺麗な紙で包んでいた。誰かへのプレゼントだと思われたのだろうか。
レノはポケットに手を突っ込む。先程飲み物を買ったお釣りが丁度あったので、数えずに彼に渡す。
「1ギルだよ。そんなに高級な花じゃなくて申し訳ないけど」
彼は笑いながらレノにそのまま手を返してくる。
「いや、いい。釣りはいらんぞ、と」
「こんなにもらえないよ」
「じゃあ代わりに名前を教えてくれ」
「レイシ。……そんなのでいいの?」
彼は何の躊躇いもなく名乗る。
が、レノはそれを聞き、聞かなければよかった、と思った。
「レイシ、明日もここにいるのか?」
「うん、お昼くらいから。ここで花を売ってるよ」
明日も来てくれるの? と問われる。
「……そうだな。明日も来るぞ、と」
「本当に? 嬉しい。……そうだ、名前、教えて」
「レノだぞ、と」
脊髄反射で名前を答えてしまったことに、我ながら驚く。
「レノ、……いい名前だね。また明日、待ってる」
「……ああ」
綺麗な黄色の花を受け取り、レノは彼に背を向けた。
本当は任務などさっさと終えて帰るつもりでいたが、今日はまっすぐ宿に帰ろう、そう思った。
翌日の昼過ぎ、漸く目覚めたレノは、身支度を整えると再び昨日の花屋があった場所へ向かっていた。
「あ、レノ! お早う」
「……お早う」
いや、レノ自身がここに向かおうと思っていたわけではない。無意識がここへ導いたのかもしれない。
「昨日のお花、気に入ってもらえた?」
「ああ。さっそく飾っておいたぞ、と」
帰ってから花を眺めてみたものの、安物ながらも花瓶があると良いのかもしれない、と柄にもないことを考え、再び宿を出て花瓶を買ってきたのだった。
鮮やかな花は黄色だ。黄色なんて今まで自分で選んだことはなかったような気がしたのだが、成る程昨日レイシが言った様に、案外自分に似合う色なのかもしれないと一晩眺める内に思った。何だか見ているだけで気分が明るくなるのだ。
そうしている内に、もう少し他の色があればもっと部屋が華やかになるのだろうか? そんなことを思っていた。
「じゃあ、昨日の花に似合う花を見繕ってあげるよ」
レイシはそう言って布を広げた、その中にはカゴの中の何倍もの花が包まれていた。
しゃがみ込んで真剣な表情でその花々を吟味するその姿を、いつまでも見ていたいとレノは感じてしまった。
「……どうかな、これ。あの鮮やかな黄色には、こんな引き立てるような、淡い水色も良いと思うけど」
「――レイシは」
「ん?」
「レイシ、お前は、例えるとしたら自分自身は何色の花だと思う?」
不意に口走った言葉は、無意識が告げたことだろうか。
普段のレノを知っている人物なら、別人かと思わず問いたくなるだろう。
饒舌さとかその問いとか、レノ自身ですら、思ってもいない言葉が次々と出てきた。
「んー、そうだな……俺は元気が取り柄だと思ってるから。黄色い花かな。太陽に向かって咲くような、元気を感じるでしょう?」
唐突な問いにも彼は笑顔で答える。
「じゃあ俺は?」
「レノ? レノっぽい花? ……そうだな……」
少し考え込む、がすぐに、青い花を手に取った。
「何だその花は? 青と黄色の2色なのか、と」
「そう、珍しい花でしょう。まだ昨日と今日、ほんの少しの時間しかレノと話してないけれど」
レイシは立ち上がる。
「俺は、レノと話していて色々感じたんだ。自分を持ってる、すごく強い人だろうなって感じた。それと……自分のことを誰かに知ってもらいたいって、そんな感じ」
「……なるほど、と」
「ちなみにこの花は、ビオラ。物静かで、考え事をするような花だね」
レノは今日こそ用意しておいた1ギルを差し出した。
「え、これ買ってくれるの?」
「ああ。レイシが選んでくれた花だからな、と」
「嬉しい。ちょっと待ってて、今包むから」
そう言うと、昨日とは違う爽やかな青色の包装紙で、ビオラは手早く包まれていく。
綺麗だ。花も、その手も。
「お待たせしました」
レイシの手と、花とギルを交換する。
「……レノ、この辺りの人じゃないでしょう?」
「何でそう思うんだ、と」
「分かるよ。俺はずっとこうやって花を売ってるから」
レノは何かを言うのを躊躇ったが、沈黙は肯定と同じだ。
どうせいつかは言うことになるのだろうと思い、黙って頷いた。
「じゃあもし帰る時になったら、また寄って。レノの大切な人にあげる用の花を一緒に考えてあげる」
レイシはそう言って笑う。その笑顔を見る度に胸が締め付けられるのは何故だろう。
「……そうだな。お願いするぞ、と」
「うん。任せて」
「じゃあまた」
「明日?」
問われ、はたとレノは考えた。
「……そういやこの辺りは、花なんて育つのか、と」
「育つ場所があるんだよ。言わないけれどね」
――聞いていたとおりだ。
ふふ、と楽しそうに笑うレイシに、真実を告げる勇気はなかった。今は、まだ。
「そうか。……じゃあ明日、またな、と」
「うん。ありがとう」
去り際、レノは何度か振り返った。
けれど何度振り返ってもレイシはずっと手を振ってくれているままで、角を曲がって完全に見えなくなってしまうまで、レノもずっと振り返り続けた。
翌日は朝早く起き出し、列車に乗って五番街スラムへ向かう。
最近、魔晄炉に関する嫌なニュースが多い。本当はまだ彼に八番街で会いたかったのだが、こんな簡単な任務をゆっくりやっていると、後で怒られてしまう。
レノは正直気が重かった。人生において楽しいことなどあまりなかったが、かといって、こんな風に気が重いこともそんなになかった。
(――殺すわけじゃないしな、と)
そう言い聞かせる。そうだ、それだけがまだ救いだ。
今回のレノの任務は「"彼"を捕らえること」。勿論捕らえてしまえばもうレノが会えるわけではないだろう。
それでも、どこかで生きていてくれているのだ、と思えばまだ気が楽だった。
「……ここだな、と」
五番街のプレートの下、スラム街。本来であればレノのような人間が来るべき場所ではないだろう。
そしてこんな所に教会があるのは違和感があった。この世にまだ神を信じている者などいるものか。
レノは諦めた。
教会の扉をゆっくりと開けた。
「! 誰?」
驚いた声はレノに向けられている。それはレノにとって予想の範囲内だった。
「……レノ?」
がしかし、唯一予想と違うことは、そこに金髪の男が一緒にいることだった。
「レイシ、また会ったな、と」
「……レノ、レノだよね? まさか……そんな」
レイシは首を振って俯く。
レノの正体を察したようだった。
さすがに市井の人ではないことは感づいていたようだったが、まさか神羅の者だとは思わなかったのだろう。
「騙していたわけじゃないぞ、と」
「……そう、だね。別に嘘を吐いていたわけじゃない」
「大人しく一緒に来るなら痛い目には遭わない、……多分」
「――ねえ、クラウド」
レイシは傍らにいた金髪の男に話しかける。
そうか、クラウド。こいつが。
「ボディーガード、なってくれる?」
「そのつもりならこちらも容赦しないぞ、と」
レノは銃を構える。
本当はそんなつもりなどないのに、湧いてしまった情が、その銃口を鈍らせるようだった。
ビオラ///少女の恋・私の胸はあなたでいっぱい
「これが欲しいぞ、と」
あまりの物珍しさに、思わず花を一輪手に取り、花屋に話しかけてしまう。(タークスの面倒な奴が居たのなら、一体どんな素晴らしい作戦なのか、或いは誰への土産なのか、と後で皮肉を言われるだろう)
その青年はレノの存在に気づくと、ぱっと顔を輝かせ、にっこり笑った。
「ありがとう! ……うん、このお花、あなたによく似合うね」
「!」
普段なら、お世辞と営業スマイルに心を動かされることなどない。そんな弛んだ気持ちではタークスではいられないからだ。
しかし今日は、その笑顔にレノは一瞬で心を奪われてしまう。
「ではこれ、1ギルです」
レノが思わず見とれている間に、青年はレノの選んだ花を綺麗な紙で包んでいた。誰かへのプレゼントだと思われたのだろうか。
レノはポケットに手を突っ込む。先程飲み物を買ったお釣りが丁度あったので、数えずに彼に渡す。
「1ギルだよ。そんなに高級な花じゃなくて申し訳ないけど」
彼は笑いながらレノにそのまま手を返してくる。
「いや、いい。釣りはいらんぞ、と」
「こんなにもらえないよ」
「じゃあ代わりに名前を教えてくれ」
「レイシ。……そんなのでいいの?」
彼は何の躊躇いもなく名乗る。
が、レノはそれを聞き、聞かなければよかった、と思った。
「レイシ、明日もここにいるのか?」
「うん、お昼くらいから。ここで花を売ってるよ」
明日も来てくれるの? と問われる。
「……そうだな。明日も来るぞ、と」
「本当に? 嬉しい。……そうだ、名前、教えて」
「レノだぞ、と」
脊髄反射で名前を答えてしまったことに、我ながら驚く。
「レノ、……いい名前だね。また明日、待ってる」
「……ああ」
綺麗な黄色の花を受け取り、レノは彼に背を向けた。
本当は任務などさっさと終えて帰るつもりでいたが、今日はまっすぐ宿に帰ろう、そう思った。
翌日の昼過ぎ、漸く目覚めたレノは、身支度を整えると再び昨日の花屋があった場所へ向かっていた。
「あ、レノ! お早う」
「……お早う」
いや、レノ自身がここに向かおうと思っていたわけではない。無意識がここへ導いたのかもしれない。
「昨日のお花、気に入ってもらえた?」
「ああ。さっそく飾っておいたぞ、と」
帰ってから花を眺めてみたものの、安物ながらも花瓶があると良いのかもしれない、と柄にもないことを考え、再び宿を出て花瓶を買ってきたのだった。
鮮やかな花は黄色だ。黄色なんて今まで自分で選んだことはなかったような気がしたのだが、成る程昨日レイシが言った様に、案外自分に似合う色なのかもしれないと一晩眺める内に思った。何だか見ているだけで気分が明るくなるのだ。
そうしている内に、もう少し他の色があればもっと部屋が華やかになるのだろうか? そんなことを思っていた。
「じゃあ、昨日の花に似合う花を見繕ってあげるよ」
レイシはそう言って布を広げた、その中にはカゴの中の何倍もの花が包まれていた。
しゃがみ込んで真剣な表情でその花々を吟味するその姿を、いつまでも見ていたいとレノは感じてしまった。
「……どうかな、これ。あの鮮やかな黄色には、こんな引き立てるような、淡い水色も良いと思うけど」
「――レイシは」
「ん?」
「レイシ、お前は、例えるとしたら自分自身は何色の花だと思う?」
不意に口走った言葉は、無意識が告げたことだろうか。
普段のレノを知っている人物なら、別人かと思わず問いたくなるだろう。
饒舌さとかその問いとか、レノ自身ですら、思ってもいない言葉が次々と出てきた。
「んー、そうだな……俺は元気が取り柄だと思ってるから。黄色い花かな。太陽に向かって咲くような、元気を感じるでしょう?」
唐突な問いにも彼は笑顔で答える。
「じゃあ俺は?」
「レノ? レノっぽい花? ……そうだな……」
少し考え込む、がすぐに、青い花を手に取った。
「何だその花は? 青と黄色の2色なのか、と」
「そう、珍しい花でしょう。まだ昨日と今日、ほんの少しの時間しかレノと話してないけれど」
レイシは立ち上がる。
「俺は、レノと話していて色々感じたんだ。自分を持ってる、すごく強い人だろうなって感じた。それと……自分のことを誰かに知ってもらいたいって、そんな感じ」
「……なるほど、と」
「ちなみにこの花は、ビオラ。物静かで、考え事をするような花だね」
レノは今日こそ用意しておいた1ギルを差し出した。
「え、これ買ってくれるの?」
「ああ。レイシが選んでくれた花だからな、と」
「嬉しい。ちょっと待ってて、今包むから」
そう言うと、昨日とは違う爽やかな青色の包装紙で、ビオラは手早く包まれていく。
綺麗だ。花も、その手も。
「お待たせしました」
レイシの手と、花とギルを交換する。
「……レノ、この辺りの人じゃないでしょう?」
「何でそう思うんだ、と」
「分かるよ。俺はずっとこうやって花を売ってるから」
レノは何かを言うのを躊躇ったが、沈黙は肯定と同じだ。
どうせいつかは言うことになるのだろうと思い、黙って頷いた。
「じゃあもし帰る時になったら、また寄って。レノの大切な人にあげる用の花を一緒に考えてあげる」
レイシはそう言って笑う。その笑顔を見る度に胸が締め付けられるのは何故だろう。
「……そうだな。お願いするぞ、と」
「うん。任せて」
「じゃあまた」
「明日?」
問われ、はたとレノは考えた。
「……そういやこの辺りは、花なんて育つのか、と」
「育つ場所があるんだよ。言わないけれどね」
――聞いていたとおりだ。
ふふ、と楽しそうに笑うレイシに、真実を告げる勇気はなかった。今は、まだ。
「そうか。……じゃあ明日、またな、と」
「うん。ありがとう」
去り際、レノは何度か振り返った。
けれど何度振り返ってもレイシはずっと手を振ってくれているままで、角を曲がって完全に見えなくなってしまうまで、レノもずっと振り返り続けた。
翌日は朝早く起き出し、列車に乗って五番街スラムへ向かう。
最近、魔晄炉に関する嫌なニュースが多い。本当はまだ彼に八番街で会いたかったのだが、こんな簡単な任務をゆっくりやっていると、後で怒られてしまう。
レノは正直気が重かった。人生において楽しいことなどあまりなかったが、かといって、こんな風に気が重いこともそんなになかった。
(――殺すわけじゃないしな、と)
そう言い聞かせる。そうだ、それだけがまだ救いだ。
今回のレノの任務は「"彼"を捕らえること」。勿論捕らえてしまえばもうレノが会えるわけではないだろう。
それでも、どこかで生きていてくれているのだ、と思えばまだ気が楽だった。
「……ここだな、と」
五番街のプレートの下、スラム街。本来であればレノのような人間が来るべき場所ではないだろう。
そしてこんな所に教会があるのは違和感があった。この世にまだ神を信じている者などいるものか。
レノは諦めた。
教会の扉をゆっくりと開けた。
「! 誰?」
驚いた声はレノに向けられている。それはレノにとって予想の範囲内だった。
「……レノ?」
がしかし、唯一予想と違うことは、そこに金髪の男が一緒にいることだった。
「レイシ、また会ったな、と」
「……レノ、レノだよね? まさか……そんな」
レイシは首を振って俯く。
レノの正体を察したようだった。
さすがに市井の人ではないことは感づいていたようだったが、まさか神羅の者だとは思わなかったのだろう。
「騙していたわけじゃないぞ、と」
「……そう、だね。別に嘘を吐いていたわけじゃない」
「大人しく一緒に来るなら痛い目には遭わない、……多分」
「――ねえ、クラウド」
レイシは傍らにいた金髪の男に話しかける。
そうか、クラウド。こいつが。
「ボディーガード、なってくれる?」
「そのつもりならこちらも容赦しないぞ、と」
レノは銃を構える。
本当はそんなつもりなどないのに、湧いてしまった情が、その銃口を鈍らせるようだった。
ビオラ///少女の恋・私の胸はあなたでいっぱい