花(オムニバス)
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「ウッドロウ様ー」
「レイシ」
レイシが大きな声でその名を呼びながら走ると、彼は振り返って、嬉しそうに笑った。
きっといつものように、その手には"春"を握っているのだろう。
「はい、今日の分。届けに来ました!」
「ありがとう」
そう言ってレイシが差し出したのはピンクの華やかな花。
「これは……カトレアだね」
「覚えててくれたんですか? 嬉しいです!」
「前も届けてくれただろう? 忘れる筈がないよ」
カトレアは、厳しい冬に支配されるこのファンダリアで咲く数少ない花の1つだ。
もう何度も花屋の息子であるレイシによって届けられているので、ウッドロウもすっかり覚えてしまった。
「しかし……大きくなったね、レイシ」
「? なんですかいきなり」
「いやね、突然、君が初めて花を持ってきてくれた時のことを思い出したんだ。あの時はご両親も一緒だったね」
「うわ、恥ずかしい話しないでくださいよ!」
ウッドロウがそう言うと、レイシは慌てて顔を背ける。
「あれから10年くらい経つか? ほぼ毎日来てくれているものな」
「はい、勿論です! 例えファンダリアが年中雪に覆われていても、花でいっぱいにするのが僕の夢ですから!」
ハイデルベルグで小さな花屋を営むレイシは、昔から厳しい寒さの中でも花を育てており、それが当然のことだと思っていた。
しかし以前、船で他の国へ行った際に、ハイデルベルグとは比べ物にならないくらいの綺麗な花が咲き乱れているのを見、母国をぜひそうしたいと決意して帰ってきた。
ファンダリアの冬景色に飽きている大人の中には、レイシのその考えを笑う者もいる。
けれどレイシは諦めるつもりなど毛頭ないし、ウッドロウもそれに協力したいと考えていた。
「そうなる日が楽しみだな」
ウッドロウはそう答えて笑い、では、と言って別れた。
翌日の朝、レイシはかねてより注文していた花が漸く入荷すると聞いて、わざわざスノーフリアまで出向いた。
馴染みの商人と少し話した後、金と荷物とをやり取りする。
さあ、早く帰らねば。早くハイデルベルグへ戻り、ウッドロウ王にいつものように、この花を渡そう。
けれど特別な花だから――花と呼べるようなものでもないが――レイシは慎重に、けれど白い息を弾ませ、走って帰った。
「ウッドロウ様!」
「レイシ、今日は遅かったな」
「今日は僕の所で育てた花じゃないんです。スノーフリアまで取りに行っていたら、遅くなりました!」
「スノーフリアまで?」
ハイデルベルグへ着いてまっすぐ、ウッドロウといつも約束している場所まで向かう。
スノーフリアまで行ったことを告げると、ウッドロウはとても驚いた顔をした。それは当たり前かもしれない。
「怪我はなかったか?」
「大丈夫です! 早くウッドロウ様に、この花を渡したかったんです!」
「これは……」
いつもの花のように綺麗な袋で包んでいるわけではない。そこは恥ずべきところだった。
けれど商人に頼んでおいたように、籐で編まれた籠をレイシは差し出した。
「マユミ、と言います」
「マユミ?」
「……もう花じゃないんですけど」
カゴいっぱいに入っていたのは淡紅色の実と、それらが付いた木。
「綺麗な実でしょう? 実は結構寒い時期でも成るみたいです!」
「確かにこの白い景色の中では、美しく見えるな。これは食べられるのか?」
「いや、人間にとっては毒なので食べられません! 野鳥は食べるみたいですけど」
そんなに焦らなくても食べないよ、とウッドロウは笑う。
「……これにも」
「?」
「この実にも、花言葉はあるのか? いや、実だから花言葉ではないのか」
カトレアは、高貴。
カンツバキは、愛嬌。
冬に咲く花は少ないけれど、その中でも花言葉はちゃんとある。ウッドロウはレイシに教えてもらい、いくつかを覚えていた。
だから自然と気になって尋ねると、レイシは少し迷った後、こう答えた。
「……あなたの魅力を、心に刻む」
「ほう、いい花言葉だな」
「そういうことです、ウッドロウ様」
「……ん?」
きっとウッドロウは、自分のことなど気にも留めていないに違いない。今の反応からレイシはそう悟ったが、一度零してしまった言葉を再び口の中に戻すのは、困難なことのように思えた。
「あなたは、王! ……僕にだって分かっています、そんなこと」
「レイシ?」
「それでもあなたはこんなに立派なお方で、僕たち民を正しい方向に導いてくださる。そんなお方と10年も毎日お話しさせていただいて……ウッドロウ様の良さが分からないわけないです」
「レイシ……」
「僕は馬鹿かもしれません、このファンダリアを花で埋めたいだなんて。でも、僕はあなたが――」
「レイシ」
柔らかな、諭すような声が、堰を切った様に流れ出すその言葉を止める。
「それ以上は言う必要はない」
「ウッドロウ様……」
思わずレイシの瞳から涙が零れ落ちそうになる。
「私はファンダリアの王だ。……言いたいことは、分かるな?」
「……はい」
「必ず、君を隣に迎えることを認めさせるから、それまでは待っていてくれないか」
「え……」
思いもよらなかった言葉にレイシは言葉を失った。
ウッドロウは優しく微笑む。
「分かっていたよ。君の気持ちも、その気持ちに応えようとする私自身の気持ちもね」
「ウッドロウ様……!」
「この実がファンダリア中に成るように、花が咲き誇るほど平和な国になるように、私も尽力していこう」
言葉を滑らせてしまったから、もう彼と会うこともなくなるのかと思っていた。
しかし望外の返答を受け、レイシは思わずウッドロウに近づいて手を広げる。
「ウッドロウ様! ずっとお慕いしておりました……!」
「ああ、知っているよ」
「この日をどれだけ夢見たことか……」
抱き合う2人の影にも、ファンダリアの深い深い雪は降り積もる。
マユミ///あなたの魅力を心に刻む
「レイシ」
レイシが大きな声でその名を呼びながら走ると、彼は振り返って、嬉しそうに笑った。
きっといつものように、その手には"春"を握っているのだろう。
「はい、今日の分。届けに来ました!」
「ありがとう」
そう言ってレイシが差し出したのはピンクの華やかな花。
「これは……カトレアだね」
「覚えててくれたんですか? 嬉しいです!」
「前も届けてくれただろう? 忘れる筈がないよ」
カトレアは、厳しい冬に支配されるこのファンダリアで咲く数少ない花の1つだ。
もう何度も花屋の息子であるレイシによって届けられているので、ウッドロウもすっかり覚えてしまった。
「しかし……大きくなったね、レイシ」
「? なんですかいきなり」
「いやね、突然、君が初めて花を持ってきてくれた時のことを思い出したんだ。あの時はご両親も一緒だったね」
「うわ、恥ずかしい話しないでくださいよ!」
ウッドロウがそう言うと、レイシは慌てて顔を背ける。
「あれから10年くらい経つか? ほぼ毎日来てくれているものな」
「はい、勿論です! 例えファンダリアが年中雪に覆われていても、花でいっぱいにするのが僕の夢ですから!」
ハイデルベルグで小さな花屋を営むレイシは、昔から厳しい寒さの中でも花を育てており、それが当然のことだと思っていた。
しかし以前、船で他の国へ行った際に、ハイデルベルグとは比べ物にならないくらいの綺麗な花が咲き乱れているのを見、母国をぜひそうしたいと決意して帰ってきた。
ファンダリアの冬景色に飽きている大人の中には、レイシのその考えを笑う者もいる。
けれどレイシは諦めるつもりなど毛頭ないし、ウッドロウもそれに協力したいと考えていた。
「そうなる日が楽しみだな」
ウッドロウはそう答えて笑い、では、と言って別れた。
翌日の朝、レイシはかねてより注文していた花が漸く入荷すると聞いて、わざわざスノーフリアまで出向いた。
馴染みの商人と少し話した後、金と荷物とをやり取りする。
さあ、早く帰らねば。早くハイデルベルグへ戻り、ウッドロウ王にいつものように、この花を渡そう。
けれど特別な花だから――花と呼べるようなものでもないが――レイシは慎重に、けれど白い息を弾ませ、走って帰った。
「ウッドロウ様!」
「レイシ、今日は遅かったな」
「今日は僕の所で育てた花じゃないんです。スノーフリアまで取りに行っていたら、遅くなりました!」
「スノーフリアまで?」
ハイデルベルグへ着いてまっすぐ、ウッドロウといつも約束している場所まで向かう。
スノーフリアまで行ったことを告げると、ウッドロウはとても驚いた顔をした。それは当たり前かもしれない。
「怪我はなかったか?」
「大丈夫です! 早くウッドロウ様に、この花を渡したかったんです!」
「これは……」
いつもの花のように綺麗な袋で包んでいるわけではない。そこは恥ずべきところだった。
けれど商人に頼んでおいたように、籐で編まれた籠をレイシは差し出した。
「マユミ、と言います」
「マユミ?」
「……もう花じゃないんですけど」
カゴいっぱいに入っていたのは淡紅色の実と、それらが付いた木。
「綺麗な実でしょう? 実は結構寒い時期でも成るみたいです!」
「確かにこの白い景色の中では、美しく見えるな。これは食べられるのか?」
「いや、人間にとっては毒なので食べられません! 野鳥は食べるみたいですけど」
そんなに焦らなくても食べないよ、とウッドロウは笑う。
「……これにも」
「?」
「この実にも、花言葉はあるのか? いや、実だから花言葉ではないのか」
カトレアは、高貴。
カンツバキは、愛嬌。
冬に咲く花は少ないけれど、その中でも花言葉はちゃんとある。ウッドロウはレイシに教えてもらい、いくつかを覚えていた。
だから自然と気になって尋ねると、レイシは少し迷った後、こう答えた。
「……あなたの魅力を、心に刻む」
「ほう、いい花言葉だな」
「そういうことです、ウッドロウ様」
「……ん?」
きっとウッドロウは、自分のことなど気にも留めていないに違いない。今の反応からレイシはそう悟ったが、一度零してしまった言葉を再び口の中に戻すのは、困難なことのように思えた。
「あなたは、王! ……僕にだって分かっています、そんなこと」
「レイシ?」
「それでもあなたはこんなに立派なお方で、僕たち民を正しい方向に導いてくださる。そんなお方と10年も毎日お話しさせていただいて……ウッドロウ様の良さが分からないわけないです」
「レイシ……」
「僕は馬鹿かもしれません、このファンダリアを花で埋めたいだなんて。でも、僕はあなたが――」
「レイシ」
柔らかな、諭すような声が、堰を切った様に流れ出すその言葉を止める。
「それ以上は言う必要はない」
「ウッドロウ様……」
思わずレイシの瞳から涙が零れ落ちそうになる。
「私はファンダリアの王だ。……言いたいことは、分かるな?」
「……はい」
「必ず、君を隣に迎えることを認めさせるから、それまでは待っていてくれないか」
「え……」
思いもよらなかった言葉にレイシは言葉を失った。
ウッドロウは優しく微笑む。
「分かっていたよ。君の気持ちも、その気持ちに応えようとする私自身の気持ちもね」
「ウッドロウ様……!」
「この実がファンダリア中に成るように、花が咲き誇るほど平和な国になるように、私も尽力していこう」
言葉を滑らせてしまったから、もう彼と会うこともなくなるのかと思っていた。
しかし望外の返答を受け、レイシは思わずウッドロウに近づいて手を広げる。
「ウッドロウ様! ずっとお慕いしておりました……!」
「ああ、知っているよ」
「この日をどれだけ夢見たことか……」
抱き合う2人の影にも、ファンダリアの深い深い雪は降り積もる。
マユミ///あなたの魅力を心に刻む