花(オムニバス)
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「あのさ、澪士っち」
「なに、黄瀬くん」
「今日ヒマっスか?」
海常高校、1時限目と2時限目の合間の休み時間。
教室の端から端を結び、黄瀬はクラスメイトの澪士に声を掛ける。
「まあ。バイトも委員会もないし」
「マジっスか? じゃあ、よかったらバスケ部の見学に」
「いいよ」
黄瀬の全ての言葉を聞くまでもなく、澪士は答えた。
「俺ちょっとだけ用事があるから、用事終わったら体育館行くよ。30分か1時間くらいだから」
「分かったっス。待ってるから」
「うん」
まるで恋人か何かのような言葉をかわし、2人はすぐ別れる。無論恋人ではない。
黄瀬の周りは相変わらず女子の黄色い歓声に包まれていたし、澪士は澪士で、男子の友人と仲良くやっていた。
ただこのスポーツ強豪校において運動部に所属していない澪士は珍しいタイプで、女子からは近寄りやすい存在と思われているのは確からしかった。
(……まあ、別にいいっスけど)
黄瀬は今、周りを取り囲む女子に興味はない。昔から殆どのものは黄瀬にとって価値がない――努力なく手に入ってしまうから――のだ。一夜限りならそれも悪くはないだろうが、色々なものを抱えている今、それを選択するほど馬鹿ではない。
興味があるのは2つ。1つは勿論バスケだ。惰性で続けている点は否めない。けれど今、これ以上に刺激を与えてくれるものは見当たらない。帝光中の面々がばらばらになってしまったし。
そしてもう1つ、これは誰にも言えない秘密だ。
日が暮れ、放課後を告げる鐘が鳴り響くと、黄瀬はさっさと教室を出て行った。それを澪士は横目で見る。
今日は掃除当番だ。別に、だから黄瀬に遅れるとか言ったわけではない。
「ねえ、澪士くん。黄瀬くんと何話してたの?」
「……ああ」
休み時間、黄瀬を取り巻いている女の子の1人だ。面倒くさいのに捕まった。
別に大したことじゃない、と適当な作り話を答えると、女の子は満足したようだ。さっさと去っていってしまった。
「……はあ」
どうも女子は好きになれそうにない。別に嫌いなわけじゃないんだけど、自分と合う人はどこかにいるのだろうけど、そんな人を捜すのは骨が折れそうだ、と澪士は思った。
その点、黄瀬くんは凄いな、と純粋に尊敬する。日々あんなに沢山の女の子に囲まれ、しかも、どの子からも人気を失うことなく振舞っているのだから。
自分には無理だな、と思いつつ、その思いは別に嫉妬ではないことも知っていた。
(いや? 嫉妬と言えば、嫉妬かも)
楽だ。女の子と居るより、男友達、特に黄瀬と過ごしている方が。黄瀬と街を歩いていれば、すぐに彼は女の子に捕まってしまうけれど。
澪士と黄瀬の付き合いはまだ短い。高校に入学してからだから、まだ2ヶ月程度だ。
それでも心を許し合う仲になり、互いに暇な休日があれば――殆どないが――遊んでいる。
「さあ、早く掃除と宿題を終わらせて、体育館に行くか」
ぽつりと独り言を落とし、澪士は手際よく掃除を進めていく。
掃除を終え、図書館に行って宿題をあらかた終えたのは、大体1時間後だった。これなら黄瀬との約束を守ったことになるだろう。
もう行き慣れたバスケ部の体育館への道をなぞりながら、夕焼けに目を細める。もう暑い時期だな。
「こんにちはー……」
控えめに声を掛けながら体育館の扉を開ける。が、誰も澪士に気づく様子はなかった。
というのも今は真剣に3on3をやっているところだったからだ。
そこで澪士は目立たないように体育館の端へ寄る。
1分か2分ぼーっと眺めていただろうか、終了の笛が鳴った瞬間に、黄瀬の目が澪士を捉えた。
「澪士っち、来るの遅いっスよ!」
「そ、そう? 約束の1時間には間に合ったと思ってたんだけど……ごめん」
「俺の活躍見てたっスか?」
「うん」
ちょっとだけね、と付け加えると、黄瀬は少しむくれてみせた後、すぐ笑顔になった。
そうして澪士相手に話を展開しかけたところで、後ろから先輩の笠松が近づいてくる。
「てめー油売ってる暇あると思ってんのか?」
「って! すんません!」
頭を叩かれながらも、じゃあまた、と言って笑みを残して黄瀬は走っていく。
残った笠松は黄瀬の後ろ姿を見ながら、溜息をついて澪士に言う。
「……悪いな、いつも」
「え、えぇ? こちらこそいつも邪魔してるようで……」
「あいつには言わないでほしいんだけどよ、その、お前が来るとあいつやる気出すんだよ。まあこうやってすぐサボろうとするんだけどな……だから、来るのは全然邪魔じゃないからな」
「え、」
「ちょっと笠松先輩! 俺のこと追い払っといて澪士っちと喋るとかずるいっスよ!」
「うるせぇもう一発殴られてぇのか!?」
笠松は、じゃあ、と言って片手を上げ、黄瀬を追いかけていく。黄瀬はそれを見て逃げていく。
残された澪士は体育館の熱気に思わずシャツの胸元をパタパタさせながら、先程笠松が言った言葉の意味を考えていた。
部活が終わり、黄瀬と澪士は共に歩いて帰る。家は同じ方面なのだ。
「ねえさっき、笠松先輩に何言われたっスか?」
「え? なんだっけ」
「ほら、澪士っちが来てすぐの時」
ああ、と言われて澪士は考える振りをする。本当はあまり言いたくない。
言いたくはないが、他にいい嘘も思いつかなかった。
「……黄瀬くんが」
「ん?」
「俺がバスケ部の見学に行くとやる気を出してくれるんだって」
素直にそう答えると、一瞬、黄瀬が足を止める。
「黄瀬くん? どうしたの、」
「……ほんとに笠松先輩がそんなことを?」
「え? ああ、うん」
澪士もつられて少し先で立ち止まった。黄瀬はすぐに大股で追いつく。
気がつけば、いつもの交差点だ。ここで黄瀬と澪士は別れる必要がある。
「あのさ、澪士っち。もしその気がないのなら、どうか忘れてほしいんだけど」
「何、どうしたの、いきなり」
「……俺、澪士のこと、好きなんだ」
「え、」
隣に並んだ黄瀬の真剣な表情。
「気づいたのは、本当に最近なんだけど……俺のものにしたいって思ってる。気持ち悪いって思うかもしれないけど……嫌じゃないなら、付き合って欲しい」
「黄瀬くん、」
「絶対幸せにするから」
あ、やばい。澪士の頭はクラクラする。
「……わかりました。よろしくお願いします」
「マジっスか!?」
いつもの黄瀬くんに戻り、澪士を勢い良く抱きしめる。
「絶対大事にする!」
ああこの人になら任せても問題ないかな、と澪士は偽りなく思った。
付き合い始めてから3ヶ月くらい経って、2人の付き合いはクラスにバレることもなく、順調に穏やかに緩やかに続いていた。
テスト前には澪士が黄瀬に勉強を教え、バスケ部の試合となれば足繁く通う。
毎日のように仲睦まじく登校することはできなかったが、それでも2人は幸せだった。
そんなある日、バスケ部の練習を終え、2人は並んで下校していた。
「ねえ澪士っち」
「なに、黄瀬くん」
「そろそろ俺のこと、下の名前で呼んでほしいんスけど」
「……あー」
不意に黄瀬が言い出した言葉は、だが全く覚えのないことでもなく。
「前は、恥ずかしいって言って呼んでくれなかったじゃないっスか。でも流石にそろそろ3ヶ月経つし、呼んでくれてもいいんじゃないかって思うんすよね」
「……涼太、って?」
「!」
友人同士であればここまで恥ずかしくなかっただろう、同性なのだから。
それでも今まさに澪士が気恥ずかしさを感じているのは、彼らが既に付き合っているせいだろう。
「澪士」
柔らかく呼び返されるのは、聞き慣れたあだ名でなく、その名前そのもの。
あんまりそういう風に言われることは慣れてなくて――他の友人には呼ばれているのに――澪士は思わず目を逸らした。
「可愛い」
黄瀬の左手が澪士の右手を掴む。
そういえば彼と付き合い始めてから、彼は鞄を掛ける向きが変わったよな、と澪士は思った。
大体黄瀬が道路側を歩くのだが、それに合わせて、手を繋ぎやすいように鞄を持ち替えている、気がする。
「そういえば澪士っち」
「ん?」
「澪士っちの実家って、花屋なんスよね」
「うん」
黄瀬は不意に問う。
「じゃあ澪士っちは花詳しい?」
「詳しいって程じゃないよ、たまに手伝ってるけどね。でもいずれ実家を継ぎたいから、大学は農業を学べるところに行くつもり」
「農業って……花屋は農業するんスか?」
「いやまさか、しないけど。でも何かに役立つかもしれないじゃん?」
そういうところが好きなんだ、と黄瀬は改めて思う。そういう努力を惜しまないところが、自分と違って好きだ。
「じゃあ、これ。」
「……なに? これ」
黄瀬は今日ずっと持ち歩いていた紙袋を差し出す。澪士は困惑しながら受け取り、黄瀬の手を放して紙袋を開く。
中から出てきたのは小さな花束。あっと声を上げる。
「これ、ブルースター?」
「そう、さすが澪士っち」
「英語ではオキシペタルムって言うんだよね」
何この花、どうしたの? と澪士は尋ねた。
「いっつも一緒に居てくれるお礼、したかったから」
「お礼って、そんな……俺だって、きせくん、いや、涼太と一緒に居たいからいるのに」
思わずいつものくせで苗字で呼びそうになる。でもまた呼んでしまうと黄瀬がむくれてしまいそうだったから訂正した。
「この花の花言葉、知ってる?」
「花言葉……ああ、教えてもらったことがある気がするんだけど……何だっけ?」
ヒント、と黄瀬は笑う。
「この花は、欧米の結婚式で、よく花嫁のブーケに入れられるらしいっスよ」
「あ、分かった! ――って」
言いながら澪士の頬に熱が集まる。その言葉の意味が分かってしまえば簡単なことだ。
なんで、と声にならない声で問う。
「だから、お礼。いつも一緒にいてくれる」
だとしたら自分は何をすればいいのか? こんなに普段、彼は優しく、自分に足りないものを埋めてくれているのに。
澪士はそう思ったが、まだ交際期間3ヶ月だ。そんなものの答えはこれから探せばいい、と言い聞かせる。
「ねえ、澪士。これからも一緒にいてくれる?」
「もちろん」
涼太、と呼び返した。
オキシペタルム///幸福な愛
「なに、黄瀬くん」
「今日ヒマっスか?」
海常高校、1時限目と2時限目の合間の休み時間。
教室の端から端を結び、黄瀬はクラスメイトの澪士に声を掛ける。
「まあ。バイトも委員会もないし」
「マジっスか? じゃあ、よかったらバスケ部の見学に」
「いいよ」
黄瀬の全ての言葉を聞くまでもなく、澪士は答えた。
「俺ちょっとだけ用事があるから、用事終わったら体育館行くよ。30分か1時間くらいだから」
「分かったっス。待ってるから」
「うん」
まるで恋人か何かのような言葉をかわし、2人はすぐ別れる。無論恋人ではない。
黄瀬の周りは相変わらず女子の黄色い歓声に包まれていたし、澪士は澪士で、男子の友人と仲良くやっていた。
ただこのスポーツ強豪校において運動部に所属していない澪士は珍しいタイプで、女子からは近寄りやすい存在と思われているのは確からしかった。
(……まあ、別にいいっスけど)
黄瀬は今、周りを取り囲む女子に興味はない。昔から殆どのものは黄瀬にとって価値がない――努力なく手に入ってしまうから――のだ。一夜限りならそれも悪くはないだろうが、色々なものを抱えている今、それを選択するほど馬鹿ではない。
興味があるのは2つ。1つは勿論バスケだ。惰性で続けている点は否めない。けれど今、これ以上に刺激を与えてくれるものは見当たらない。帝光中の面々がばらばらになってしまったし。
そしてもう1つ、これは誰にも言えない秘密だ。
日が暮れ、放課後を告げる鐘が鳴り響くと、黄瀬はさっさと教室を出て行った。それを澪士は横目で見る。
今日は掃除当番だ。別に、だから黄瀬に遅れるとか言ったわけではない。
「ねえ、澪士くん。黄瀬くんと何話してたの?」
「……ああ」
休み時間、黄瀬を取り巻いている女の子の1人だ。面倒くさいのに捕まった。
別に大したことじゃない、と適当な作り話を答えると、女の子は満足したようだ。さっさと去っていってしまった。
「……はあ」
どうも女子は好きになれそうにない。別に嫌いなわけじゃないんだけど、自分と合う人はどこかにいるのだろうけど、そんな人を捜すのは骨が折れそうだ、と澪士は思った。
その点、黄瀬くんは凄いな、と純粋に尊敬する。日々あんなに沢山の女の子に囲まれ、しかも、どの子からも人気を失うことなく振舞っているのだから。
自分には無理だな、と思いつつ、その思いは別に嫉妬ではないことも知っていた。
(いや? 嫉妬と言えば、嫉妬かも)
楽だ。女の子と居るより、男友達、特に黄瀬と過ごしている方が。黄瀬と街を歩いていれば、すぐに彼は女の子に捕まってしまうけれど。
澪士と黄瀬の付き合いはまだ短い。高校に入学してからだから、まだ2ヶ月程度だ。
それでも心を許し合う仲になり、互いに暇な休日があれば――殆どないが――遊んでいる。
「さあ、早く掃除と宿題を終わらせて、体育館に行くか」
ぽつりと独り言を落とし、澪士は手際よく掃除を進めていく。
掃除を終え、図書館に行って宿題をあらかた終えたのは、大体1時間後だった。これなら黄瀬との約束を守ったことになるだろう。
もう行き慣れたバスケ部の体育館への道をなぞりながら、夕焼けに目を細める。もう暑い時期だな。
「こんにちはー……」
控えめに声を掛けながら体育館の扉を開ける。が、誰も澪士に気づく様子はなかった。
というのも今は真剣に3on3をやっているところだったからだ。
そこで澪士は目立たないように体育館の端へ寄る。
1分か2分ぼーっと眺めていただろうか、終了の笛が鳴った瞬間に、黄瀬の目が澪士を捉えた。
「澪士っち、来るの遅いっスよ!」
「そ、そう? 約束の1時間には間に合ったと思ってたんだけど……ごめん」
「俺の活躍見てたっスか?」
「うん」
ちょっとだけね、と付け加えると、黄瀬は少しむくれてみせた後、すぐ笑顔になった。
そうして澪士相手に話を展開しかけたところで、後ろから先輩の笠松が近づいてくる。
「てめー油売ってる暇あると思ってんのか?」
「って! すんません!」
頭を叩かれながらも、じゃあまた、と言って笑みを残して黄瀬は走っていく。
残った笠松は黄瀬の後ろ姿を見ながら、溜息をついて澪士に言う。
「……悪いな、いつも」
「え、えぇ? こちらこそいつも邪魔してるようで……」
「あいつには言わないでほしいんだけどよ、その、お前が来るとあいつやる気出すんだよ。まあこうやってすぐサボろうとするんだけどな……だから、来るのは全然邪魔じゃないからな」
「え、」
「ちょっと笠松先輩! 俺のこと追い払っといて澪士っちと喋るとかずるいっスよ!」
「うるせぇもう一発殴られてぇのか!?」
笠松は、じゃあ、と言って片手を上げ、黄瀬を追いかけていく。黄瀬はそれを見て逃げていく。
残された澪士は体育館の熱気に思わずシャツの胸元をパタパタさせながら、先程笠松が言った言葉の意味を考えていた。
部活が終わり、黄瀬と澪士は共に歩いて帰る。家は同じ方面なのだ。
「ねえさっき、笠松先輩に何言われたっスか?」
「え? なんだっけ」
「ほら、澪士っちが来てすぐの時」
ああ、と言われて澪士は考える振りをする。本当はあまり言いたくない。
言いたくはないが、他にいい嘘も思いつかなかった。
「……黄瀬くんが」
「ん?」
「俺がバスケ部の見学に行くとやる気を出してくれるんだって」
素直にそう答えると、一瞬、黄瀬が足を止める。
「黄瀬くん? どうしたの、」
「……ほんとに笠松先輩がそんなことを?」
「え? ああ、うん」
澪士もつられて少し先で立ち止まった。黄瀬はすぐに大股で追いつく。
気がつけば、いつもの交差点だ。ここで黄瀬と澪士は別れる必要がある。
「あのさ、澪士っち。もしその気がないのなら、どうか忘れてほしいんだけど」
「何、どうしたの、いきなり」
「……俺、澪士のこと、好きなんだ」
「え、」
隣に並んだ黄瀬の真剣な表情。
「気づいたのは、本当に最近なんだけど……俺のものにしたいって思ってる。気持ち悪いって思うかもしれないけど……嫌じゃないなら、付き合って欲しい」
「黄瀬くん、」
「絶対幸せにするから」
あ、やばい。澪士の頭はクラクラする。
「……わかりました。よろしくお願いします」
「マジっスか!?」
いつもの黄瀬くんに戻り、澪士を勢い良く抱きしめる。
「絶対大事にする!」
ああこの人になら任せても問題ないかな、と澪士は偽りなく思った。
付き合い始めてから3ヶ月くらい経って、2人の付き合いはクラスにバレることもなく、順調に穏やかに緩やかに続いていた。
テスト前には澪士が黄瀬に勉強を教え、バスケ部の試合となれば足繁く通う。
毎日のように仲睦まじく登校することはできなかったが、それでも2人は幸せだった。
そんなある日、バスケ部の練習を終え、2人は並んで下校していた。
「ねえ澪士っち」
「なに、黄瀬くん」
「そろそろ俺のこと、下の名前で呼んでほしいんスけど」
「……あー」
不意に黄瀬が言い出した言葉は、だが全く覚えのないことでもなく。
「前は、恥ずかしいって言って呼んでくれなかったじゃないっスか。でも流石にそろそろ3ヶ月経つし、呼んでくれてもいいんじゃないかって思うんすよね」
「……涼太、って?」
「!」
友人同士であればここまで恥ずかしくなかっただろう、同性なのだから。
それでも今まさに澪士が気恥ずかしさを感じているのは、彼らが既に付き合っているせいだろう。
「澪士」
柔らかく呼び返されるのは、聞き慣れたあだ名でなく、その名前そのもの。
あんまりそういう風に言われることは慣れてなくて――他の友人には呼ばれているのに――澪士は思わず目を逸らした。
「可愛い」
黄瀬の左手が澪士の右手を掴む。
そういえば彼と付き合い始めてから、彼は鞄を掛ける向きが変わったよな、と澪士は思った。
大体黄瀬が道路側を歩くのだが、それに合わせて、手を繋ぎやすいように鞄を持ち替えている、気がする。
「そういえば澪士っち」
「ん?」
「澪士っちの実家って、花屋なんスよね」
「うん」
黄瀬は不意に問う。
「じゃあ澪士っちは花詳しい?」
「詳しいって程じゃないよ、たまに手伝ってるけどね。でもいずれ実家を継ぎたいから、大学は農業を学べるところに行くつもり」
「農業って……花屋は農業するんスか?」
「いやまさか、しないけど。でも何かに役立つかもしれないじゃん?」
そういうところが好きなんだ、と黄瀬は改めて思う。そういう努力を惜しまないところが、自分と違って好きだ。
「じゃあ、これ。」
「……なに? これ」
黄瀬は今日ずっと持ち歩いていた紙袋を差し出す。澪士は困惑しながら受け取り、黄瀬の手を放して紙袋を開く。
中から出てきたのは小さな花束。あっと声を上げる。
「これ、ブルースター?」
「そう、さすが澪士っち」
「英語ではオキシペタルムって言うんだよね」
何この花、どうしたの? と澪士は尋ねた。
「いっつも一緒に居てくれるお礼、したかったから」
「お礼って、そんな……俺だって、きせくん、いや、涼太と一緒に居たいからいるのに」
思わずいつものくせで苗字で呼びそうになる。でもまた呼んでしまうと黄瀬がむくれてしまいそうだったから訂正した。
「この花の花言葉、知ってる?」
「花言葉……ああ、教えてもらったことがある気がするんだけど……何だっけ?」
ヒント、と黄瀬は笑う。
「この花は、欧米の結婚式で、よく花嫁のブーケに入れられるらしいっスよ」
「あ、分かった! ――って」
言いながら澪士の頬に熱が集まる。その言葉の意味が分かってしまえば簡単なことだ。
なんで、と声にならない声で問う。
「だから、お礼。いつも一緒にいてくれる」
だとしたら自分は何をすればいいのか? こんなに普段、彼は優しく、自分に足りないものを埋めてくれているのに。
澪士はそう思ったが、まだ交際期間3ヶ月だ。そんなものの答えはこれから探せばいい、と言い聞かせる。
「ねえ、澪士。これからも一緒にいてくれる?」
「もちろん」
涼太、と呼び返した。
オキシペタルム///幸福な愛