花(オムニバス)
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最近雷吼は、暇な日の日中に散歩をすることが趣味である。
それは稽古の合間の気分転換ということでもあるし、京の街の異変を見逃さないために必要な作業でもあった。
雷吼が家を出る時、大体金時が着いてくると言うのだが、いつも何とか言い訳を考え、1人で出てくる。
というのも、最近、気になる店が出来たからだった。
「いらっしゃいませー」
明るい娘が1人と、奥に男が1人。見る限り、娘は雇われており、男が店主だろう。
雷吼のいつもの散歩道に、花屋ができたのだった。
最初は珍しく思いながらも店先を通り過ぎたのだが、暫く経ち、今は意志を持ってその道を通っている。
「あ、お兄さん、いつもありがとうございます」
雷吼の存在に気づいた看板娘がにこりと笑顔を向けた。
その瞬間、頬に熱が集まるのだが、雷吼自身は何故そうなるのかは知らない。
「今日は何か買っていかれますか?」
「いや、すまないが、今日は少し見に来ただけだ」
「そうでしたか。ゆっくり見ていってください」
そう言って娘は雷吼の側を離れ、別の客の許へ行く。
この花屋は大分繁盛しているようだが、その中でも、雷吼の姿を認めるなり声を掛けてくれたというのは雷吼にとってとても嬉しいことだった。
店先に並べられた色とりどりの花を見る内に、買っていきたいという気持ちになるが。
(……星明に何を言われるか分からんな)
ただでさえも怪しまれているのだし、今日はやめておくか。
そう思い、そっと花屋を離れた雷吼の背中に、娘の声が聞こえる。
「お兄さん、ありがとう。また明日待ってますね」
雷吼は思わず振り返り、その姿に手を上げた。
翌日は少し曇っていたものの、雷吼はやはり散歩に出た。
そしていつものように花屋の前に差し掛かったのだが、何やらいつもより活気がない。
曇りだから客も減るものだろうか、と思いながら花屋を覗くと、そこにいつもの看板娘の姿はなく、店主だけが花の世話をしていた。
「ご主人」
「ああ、いつもの。今日は#name#はいないんです」
「#name#……あの子か」
雷吼は不意に娘の名を知る。
「厚かましい願いなのですが、お客さんの人柄を見込んで、頼みがあります」
「なんだ」
「#name#の様子を見てきてほしいんです」
「えっ」
普段、火羅退治とか、人を疑うような仕事ばかりをしているせいで、雷吼は思わず不信の声を上げてしまう。
「朝、今日はどうしても働けない、とここまで言いに来てくれたんですけどね。すごく具合が悪そうなものだったから。……それに」
店主が声を潜めたため、一歩耳を寄せる。
「あの子、雇ってる私が言うのもなんですが、可愛いでしょう。あの子目当てに通ってきてくれてる人も多くてね。……ああいや、それは問題じゃないんだが。最近、しつこくしてくる客がいるらしくて、家が知られているかもしれない、と不安がっていた。私が行くのもいいんだが決して喧嘩は強くはないのでね。……お客さん、見たところ、お強そうですからよければ、と思ったんですが」
花屋の看板娘の家を、合法的に教えてもらえるということか。
雷吼は突然降って湧いてきたその頼みを断る理由を見つけられないでいた。
「……ご主人、俺のことを随分と信用しているようだが」
「なあに。これでも商売人として長いですから。わかりますよ、それくらい」
にっこりと笑った店主に、これ以上否を紡ぐ必要もない。
「……ここ、か」
雷吼は、店主から受け取った手書きの地図を片手に娘の家を探していた。
いきなり行ったら驚くだろう、それこそ自分こそ不審者と間違われるのではないか、と告げたが、これを渡してほしいと言われていくつかの書簡を持たされた。
更に、見舞いということでその花屋で何輪か花を購入し、それも持ってきた。
漸く見つけた娘の家の前で暫し逡巡するが、悩んでも変わらぬと、思い切って戸を叩く。
すると暫くの沈黙ののち、するすると扉が滑って開いた。
「どちら様?」
中から出てきたのは――男。長髪の男である。
雷吼は一瞬怯むが、その髪色に見覚えがあったので――花屋の娘と同じ髪色だから、恐らく兄か親族だろう――用件を伝える。
「#name#さんの家だとお聞きしたが」
「それで?」
「花屋の店主から、書簡を届けてほしいと言われた」
「――ああ」
男は一瞬考えたあと、理解したように笑った。
「どうぞ。いつも花屋に来てくれてるお兄さん」
そう言って男は戸の前から離れ、中に雷吼を招き入れる。
雷吼は素直にそれに従ったが、男の素性は知れなかった。
「俺は雷吼と申す。――失礼だが、あなたは」
「ああ、雷吼さんて言うのか。……店主には、なんて言われた?」
「何、とは」
「そっか。じゃあいいや」
中はそれ程広くもなく、せいぜい一人で暮らしているような様子だった。
男は小さなちゃぶ台の前に座る。雷吼もそれに倣う。
口を開いた男はいきなり咳き込み、落ち着いてから彼は漸く名乗った。
「……こう言ったら、分かりますか? 私は花屋の#name#」
「ッ!?」
その口から紡がれたのは、綺麗な女声。花が咲き、鳥が歌うような明るい声。
見た目からは想像もできないものだった。
「それは……その、つまり……」
「そんなに驚かなくても。……まあ、驚くか。花屋の娘が本当は男だった、なんて」
雷吼が絞り出せたのはほんの数語だけだった。
しかし受け容れきれないその真実を、男は更に突き付けてくる。
「騙していて申し訳ない。騙せる限りはずっと騙しておくつもりだったんだけれど。……風邪を引いてしまってね、あんまり長いこと、女の様には振る舞ってられないんだ」
「……だとしたら、その、#name#という名前は」
「いや、#name#は本当の名だよ」
男――#name#、というらしいが――は明るく答える。
「――すまない、混乱している」
「無理もない」
そう笑うが、たちまち咳き込む。
「……悪い。性質の悪い風邪ではないと思うんだけれど、ここにいると、伝染すかもしれないから」
「咳の具合は大分悪いのか? 医者に見せた方が」
「ううん、大丈夫」
思わず親身になってしまう雷吼に、苦しそうだった#name#は苦笑した。
「変なの」
「何がだ」
「騙された、とか言って、怒るのかと思ったから」
「……いや、そんなことは」
勿論騙されたのは事実だが、こうして押しかけてこなければ知ることもなかった真実だ。
「こちらこそ、勝手に来て勝手に知ってしまったのだから、申し訳ない」
「いや、いい。どうせずっとは出来ない商売だ」
「店主はこのことを?」
「知らない。いつか言おうとは思っているが」
「……成る程」
#name#は雷吼から受け取った書簡を読んだ。
三枚あった内の三枚目を何度か読み直し、そして、声を上げて笑った。
「どうかしたか?」
「ふふ……あの人、なかなか面白いことを書いている。そうだ、雷吼さん、あなたは見舞いに来てくれたのだったな」
「雷吼でいい」
「……そう、じゃあ、雷吼」
彼は笑った。
その笑顔は、いつもの花屋で見る笑顔と全く変わらない。
そしてそれは変わらず、雷吼の鼓動を押し上げた。
「明日、またうちの花屋に来てくれる?」
「ああ、勿論」
間髪入れずに答える。
「そう、よかった。どうか、荷物を持たないで来て」
「荷物を? 分かった」
「その時に話すから」
#name#は雷吼が持ってきた花を見る。
「ああ、そうだ、これは見舞いの花だ。出すには遅すぎるが」
「いや、嬉しいよ、ありがとう。……これは店主が?」
「そうだ。店主と俺とで見繕ったものだ」
そうか、成る程どうりで。
そんなことを言いながら#name#は嬉しそうに受け取る。
その嬉しそうな顔を見るだけで雷吼も嬉しくなるのは不思議だ。
「……花が好きなんだな」
「そう、好き。本当はいずれ自分の店を持ちたいんだけれど、それまでの間は、資金を貯めるのも兼ねて花屋で働こうと思って」
そう答えてから、照れたように笑う。
「……喋りすぎたな。今日は来てくれてありがとう」
「ああこちらこそ、長居してすまない。養生してくれ。では」
雷吼はそう言って辞去した。
帰り道、もうこれ以上の散歩はやめにして、自宅までの道をゆく。
(――随分多くのことを知ってしまったな)
何はともあれ、明日は必ず花屋に行かなければ。そう思った。
翌日の昼過ぎ、雷吼はいつもより少し足早に花屋へ向かう。
その足取りが軽くなってしまうのは、誰にも諌められないことだろう。
「あ、待ってたよ、雷吼」
そこに居たのはいつもと変わらない花屋の娘、#name#。笑顔で出迎えてくれるところも全く変わらない。
「風邪は? よくなったか」
「お陰様で。商売繁盛よ」
その声を聞くと不思議な気持ちになる。
昨日は確かに男だったのに、と雷吼は思わず口にしそうになった。
「そうそう、昨日言っていたことだけれどね」
他の客もいるのに、#name#は一瞬裏に引っ込んでしまう。
そこに雷吼は思わず優越感を覚える――この中の客の何割かは、恐らく、#name#目当てで来ているのだろう。
けれど今はその秘密もいくつも知っている。そんな優越感だ。
「はい、これ」
戻ってきた#name#が持ってきたのは、幾輪もの花が束ねられた包みだった。
「これを、俺に?」
「そう」
「この花は、」
「キキョウ」
キキョウ、桔梗。
花に疎い雷吼でも聞いたことはある。
「それともう一つ、お願い。聞いてくれる?」
「ん?」
#name#は――彼は、そう言って雷吼の耳元に口を寄せる。
男だと知っているのに、その魅力に騙されそうになる。
「よかったら毎朝、私の家に迎えに来て、夜も送ってほしいの。女1人で歩くには不安だから――ねえ、いいでしょう?」
雷吼はごくりと唾を飲み込み、そして、頷いた。
「ありがとう、雷吼」
男だと知っているのに、知っている筈なのに。
抗えないのは、もうとっくの昔に、恋に落ちてしまっているからか。
キキョウ///永遠の愛・誠実
それは稽古の合間の気分転換ということでもあるし、京の街の異変を見逃さないために必要な作業でもあった。
雷吼が家を出る時、大体金時が着いてくると言うのだが、いつも何とか言い訳を考え、1人で出てくる。
というのも、最近、気になる店が出来たからだった。
「いらっしゃいませー」
明るい娘が1人と、奥に男が1人。見る限り、娘は雇われており、男が店主だろう。
雷吼のいつもの散歩道に、花屋ができたのだった。
最初は珍しく思いながらも店先を通り過ぎたのだが、暫く経ち、今は意志を持ってその道を通っている。
「あ、お兄さん、いつもありがとうございます」
雷吼の存在に気づいた看板娘がにこりと笑顔を向けた。
その瞬間、頬に熱が集まるのだが、雷吼自身は何故そうなるのかは知らない。
「今日は何か買っていかれますか?」
「いや、すまないが、今日は少し見に来ただけだ」
「そうでしたか。ゆっくり見ていってください」
そう言って娘は雷吼の側を離れ、別の客の許へ行く。
この花屋は大分繁盛しているようだが、その中でも、雷吼の姿を認めるなり声を掛けてくれたというのは雷吼にとってとても嬉しいことだった。
店先に並べられた色とりどりの花を見る内に、買っていきたいという気持ちになるが。
(……星明に何を言われるか分からんな)
ただでさえも怪しまれているのだし、今日はやめておくか。
そう思い、そっと花屋を離れた雷吼の背中に、娘の声が聞こえる。
「お兄さん、ありがとう。また明日待ってますね」
雷吼は思わず振り返り、その姿に手を上げた。
翌日は少し曇っていたものの、雷吼はやはり散歩に出た。
そしていつものように花屋の前に差し掛かったのだが、何やらいつもより活気がない。
曇りだから客も減るものだろうか、と思いながら花屋を覗くと、そこにいつもの看板娘の姿はなく、店主だけが花の世話をしていた。
「ご主人」
「ああ、いつもの。今日は#name#はいないんです」
「#name#……あの子か」
雷吼は不意に娘の名を知る。
「厚かましい願いなのですが、お客さんの人柄を見込んで、頼みがあります」
「なんだ」
「#name#の様子を見てきてほしいんです」
「えっ」
普段、火羅退治とか、人を疑うような仕事ばかりをしているせいで、雷吼は思わず不信の声を上げてしまう。
「朝、今日はどうしても働けない、とここまで言いに来てくれたんですけどね。すごく具合が悪そうなものだったから。……それに」
店主が声を潜めたため、一歩耳を寄せる。
「あの子、雇ってる私が言うのもなんですが、可愛いでしょう。あの子目当てに通ってきてくれてる人も多くてね。……ああいや、それは問題じゃないんだが。最近、しつこくしてくる客がいるらしくて、家が知られているかもしれない、と不安がっていた。私が行くのもいいんだが決して喧嘩は強くはないのでね。……お客さん、見たところ、お強そうですからよければ、と思ったんですが」
花屋の看板娘の家を、合法的に教えてもらえるということか。
雷吼は突然降って湧いてきたその頼みを断る理由を見つけられないでいた。
「……ご主人、俺のことを随分と信用しているようだが」
「なあに。これでも商売人として長いですから。わかりますよ、それくらい」
にっこりと笑った店主に、これ以上否を紡ぐ必要もない。
「……ここ、か」
雷吼は、店主から受け取った手書きの地図を片手に娘の家を探していた。
いきなり行ったら驚くだろう、それこそ自分こそ不審者と間違われるのではないか、と告げたが、これを渡してほしいと言われていくつかの書簡を持たされた。
更に、見舞いということでその花屋で何輪か花を購入し、それも持ってきた。
漸く見つけた娘の家の前で暫し逡巡するが、悩んでも変わらぬと、思い切って戸を叩く。
すると暫くの沈黙ののち、するすると扉が滑って開いた。
「どちら様?」
中から出てきたのは――男。長髪の男である。
雷吼は一瞬怯むが、その髪色に見覚えがあったので――花屋の娘と同じ髪色だから、恐らく兄か親族だろう――用件を伝える。
「#name#さんの家だとお聞きしたが」
「それで?」
「花屋の店主から、書簡を届けてほしいと言われた」
「――ああ」
男は一瞬考えたあと、理解したように笑った。
「どうぞ。いつも花屋に来てくれてるお兄さん」
そう言って男は戸の前から離れ、中に雷吼を招き入れる。
雷吼は素直にそれに従ったが、男の素性は知れなかった。
「俺は雷吼と申す。――失礼だが、あなたは」
「ああ、雷吼さんて言うのか。……店主には、なんて言われた?」
「何、とは」
「そっか。じゃあいいや」
中はそれ程広くもなく、せいぜい一人で暮らしているような様子だった。
男は小さなちゃぶ台の前に座る。雷吼もそれに倣う。
口を開いた男はいきなり咳き込み、落ち着いてから彼は漸く名乗った。
「……こう言ったら、分かりますか? 私は花屋の#name#」
「ッ!?」
その口から紡がれたのは、綺麗な女声。花が咲き、鳥が歌うような明るい声。
見た目からは想像もできないものだった。
「それは……その、つまり……」
「そんなに驚かなくても。……まあ、驚くか。花屋の娘が本当は男だった、なんて」
雷吼が絞り出せたのはほんの数語だけだった。
しかし受け容れきれないその真実を、男は更に突き付けてくる。
「騙していて申し訳ない。騙せる限りはずっと騙しておくつもりだったんだけれど。……風邪を引いてしまってね、あんまり長いこと、女の様には振る舞ってられないんだ」
「……だとしたら、その、#name#という名前は」
「いや、#name#は本当の名だよ」
男――#name#、というらしいが――は明るく答える。
「――すまない、混乱している」
「無理もない」
そう笑うが、たちまち咳き込む。
「……悪い。性質の悪い風邪ではないと思うんだけれど、ここにいると、伝染すかもしれないから」
「咳の具合は大分悪いのか? 医者に見せた方が」
「ううん、大丈夫」
思わず親身になってしまう雷吼に、苦しそうだった#name#は苦笑した。
「変なの」
「何がだ」
「騙された、とか言って、怒るのかと思ったから」
「……いや、そんなことは」
勿論騙されたのは事実だが、こうして押しかけてこなければ知ることもなかった真実だ。
「こちらこそ、勝手に来て勝手に知ってしまったのだから、申し訳ない」
「いや、いい。どうせずっとは出来ない商売だ」
「店主はこのことを?」
「知らない。いつか言おうとは思っているが」
「……成る程」
#name#は雷吼から受け取った書簡を読んだ。
三枚あった内の三枚目を何度か読み直し、そして、声を上げて笑った。
「どうかしたか?」
「ふふ……あの人、なかなか面白いことを書いている。そうだ、雷吼さん、あなたは見舞いに来てくれたのだったな」
「雷吼でいい」
「……そう、じゃあ、雷吼」
彼は笑った。
その笑顔は、いつもの花屋で見る笑顔と全く変わらない。
そしてそれは変わらず、雷吼の鼓動を押し上げた。
「明日、またうちの花屋に来てくれる?」
「ああ、勿論」
間髪入れずに答える。
「そう、よかった。どうか、荷物を持たないで来て」
「荷物を? 分かった」
「その時に話すから」
#name#は雷吼が持ってきた花を見る。
「ああ、そうだ、これは見舞いの花だ。出すには遅すぎるが」
「いや、嬉しいよ、ありがとう。……これは店主が?」
「そうだ。店主と俺とで見繕ったものだ」
そうか、成る程どうりで。
そんなことを言いながら#name#は嬉しそうに受け取る。
その嬉しそうな顔を見るだけで雷吼も嬉しくなるのは不思議だ。
「……花が好きなんだな」
「そう、好き。本当はいずれ自分の店を持ちたいんだけれど、それまでの間は、資金を貯めるのも兼ねて花屋で働こうと思って」
そう答えてから、照れたように笑う。
「……喋りすぎたな。今日は来てくれてありがとう」
「ああこちらこそ、長居してすまない。養生してくれ。では」
雷吼はそう言って辞去した。
帰り道、もうこれ以上の散歩はやめにして、自宅までの道をゆく。
(――随分多くのことを知ってしまったな)
何はともあれ、明日は必ず花屋に行かなければ。そう思った。
翌日の昼過ぎ、雷吼はいつもより少し足早に花屋へ向かう。
その足取りが軽くなってしまうのは、誰にも諌められないことだろう。
「あ、待ってたよ、雷吼」
そこに居たのはいつもと変わらない花屋の娘、#name#。笑顔で出迎えてくれるところも全く変わらない。
「風邪は? よくなったか」
「お陰様で。商売繁盛よ」
その声を聞くと不思議な気持ちになる。
昨日は確かに男だったのに、と雷吼は思わず口にしそうになった。
「そうそう、昨日言っていたことだけれどね」
他の客もいるのに、#name#は一瞬裏に引っ込んでしまう。
そこに雷吼は思わず優越感を覚える――この中の客の何割かは、恐らく、#name#目当てで来ているのだろう。
けれど今はその秘密もいくつも知っている。そんな優越感だ。
「はい、これ」
戻ってきた#name#が持ってきたのは、幾輪もの花が束ねられた包みだった。
「これを、俺に?」
「そう」
「この花は、」
「キキョウ」
キキョウ、桔梗。
花に疎い雷吼でも聞いたことはある。
「それともう一つ、お願い。聞いてくれる?」
「ん?」
#name#は――彼は、そう言って雷吼の耳元に口を寄せる。
男だと知っているのに、その魅力に騙されそうになる。
「よかったら毎朝、私の家に迎えに来て、夜も送ってほしいの。女1人で歩くには不安だから――ねえ、いいでしょう?」
雷吼はごくりと唾を飲み込み、そして、頷いた。
「ありがとう、雷吼」
男だと知っているのに、知っている筈なのに。
抗えないのは、もうとっくの昔に、恋に落ちてしまっているからか。
キキョウ///永遠の愛・誠実
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