黄金を求めし者(神トラ2/ラヴィオ)
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もし僕たちが、この空に架ける光の道を渡っているのが皆に見えていたら、一体どんな風に見えるのだろうかと、僕は少し考えていた。
空を飛んでいるように見えるだろうか? サンタクロースのようなのかな。
少しどきどきしながら――見える景色が思った以上に高くて、怯えながら――僕たちは光の許へ辿り着いた。
「王子、大丈夫ですか?」
「いや、いつもこのくらいの高さから、外を見てる筈なんだけどね……手すりとかがないせい……?」
光の道には当然ながら手すりなどなく、一際強い光に縁取られたその線からはみ出さないよう、慎重に歩いてきた。
「王子、あれ」
「あれは……石版?」
ぼうっと光っていたのは、石版だった。最初はもう少し発光していたように思うのだが、近づくにつれ弱まったのか?
僕たちは石版に近づく。何やら文字や図が書いてあった。
「この図は……トライフォース?」
「そうだね、トライフォースだと思うけど……上下逆さまだね」
上の方には、トライフォースのような絵が描いてある。
それは2つあって、1つはこのロウラル王国にあったトライフォースと同じで尖った部分が下を向いている。そしてもう1つは、反対に尖った部分が上にある。
「そして……この文章は?」
「なに……ええと……」
僕はラヴィオを見る。ラヴィオも僕を見ていた。
「王子が読めないものを、私が読めるわけがないじゃないですか」
文字が小さくて認識できないとかではなく、この言語を知らない。
「……ユガなら、知ってるかなあ?」
「ユガが知らなければ、もうこの世界に読める者はいないかもしれませんね」
「明日、ユガを連れてきてみようか」
「えっ、明日? 今すぐではなく?」
驚くラヴィオをにらみつけた。
「今何時だと思ってるの?」
「え? あ……」
もうじき、地平線が白み始めてもおかしくない時間だ。そんなに時間が経っていたとは思えなかったが、ラヴィオと過ごす時は本当にあっという間だ。
「申し訳ありません、王子。こんなことに付き合わせてしまって」
しょんぼりと言うラヴィオに、少し笑えてしまう。
「……いいよ。さっきも言ったかもしれないけど、ラヴィオが居てくれるのは、本当に嬉しいんだ。こんな時間でも」
2人にしか共有されない時間を過ごせたから。
「王子……」
「ねえ、ラヴィオ。もうそろそろ寝る?」
僕は遠くを眺める。山々に囲まれているこのロウラル王国、ユガでさえ、その山を越えた"外"は見たことがないという。
こんな高い所からでも、その先の景色は見えない。きっと僕たちには、生涯必要のないものなんだと思う。
「いえ……ああ、王子が寝るなら」
ラヴィオはこくりと頷いた。
「そっか……じゃあ、もう少しだけ付き合ってくれる?」
「王子、」
「何も言わなくていいから。……ただ、隣に居てくれるだけでいいから」
それだけでいい。ラヴィオと言葉を交わさなくたって、その温もりを感じるだけで、僕の時間は進んでいく。
それはとても幸せなことだ。この世界がどうなろうとそう思えてしまうのは、よくないことだと思いながら。
翌日の昼ごろ、僕はラヴィオの部屋を訪れる。
彼の部屋は、他の兵士たちと相部屋だから、あまり僕から訪れることはない。
しかし今は昼食の時間だ。恐らく他の人々はいないだろう。
「ラヴィオ、起きてる?」
結局僕たちが部屋に戻ったのは太陽が顔を出し始めてからのことで、僕も起きたのはついさっきだった。
翌日の業務を心配するラヴィオに一筆認めたので(僕のわがままに振り回されたと)多分部屋にいるだろうと思う。
ラヴィオはあんまりまじめな人間じゃない。
「……王子?」
「あ、ラヴィオ、寝起きだ」
ベッドの中で人がごそごそと動き、中からラヴィオが顔を出す。
僕は笑った。寝ぼけているラヴィオを見るのは、久しぶりだ。
「あれ……今、何時ですか」
「12時半。みんな、お昼ご飯食べてるよ」
「えっ……12時半!?」
布団を跳ね上げ、ラヴィオは起き上がった。
「なんだ、ラヴィオ、そのパジャマまだ着てるの?」
「え? ああ……もちろんですよ」
大抵兵士たちは、どんな時でもすぐに出動できるよう、肌着やTシャツなどで寝るらしいが、ラヴィオはどうやら違うらしい。
彼が着ていたのは、昔僕があげたパジャマだった。何でパジャマをあげたのかは、もう思い出せないが。
うさぎ柄のラベンダー色のパジャマで、男の子にしては可愛すぎると思ったが、着てくれているのは本当に嬉しかった。
胸の高鳴りを抑えて言う。
「ほら、早く着替えて。ユガの所に行かなきゃ」
「そうでした……」
「……へえ、皆の部屋って、こんな風になってるんだねえ」
時折ラヴィオは部屋に入れてくれるが、僕はあまり兵士たちの部屋に入ったことはない。だって、兵士からしても、王子が来るなんて嫌じゃないか?
4人が相部屋だそうで、二段ベッドが2つと、小さめの机が4つ、クローゼットとタンスがある。男4人で住むには狭そうだな。
もし改築することがあれば、兵士たちの部屋をそれぞれもっと大きくしてあげなければ、と思った。
「あまり見ないでくださいね」
「何で? 見られたら困るものでもあるの?」
「……そういうわけじゃないですけど」
「わーい、探しちゃおうっと」
そんな僕でも、どれがラヴィオの机で、どこに服がしまってあるかくらい、知っていた。
漸くベッドから起き上がり、タンスを開けたラヴィオの後ろを通り、机に近づく。
「だから、何もないですってばー」
「いやいや、ラヴィオ君がそうやって言う時は、大体何かあるんだよなあ。知ってるよー?」
ラヴィオが嫌そうな顔をする。
が、特に何も言われていないので、僕は物色を続ける。
「ん? 何これ。石?」
机の上に、ぴかぴかした石が置いてある。
「……あ! これ!」
僕はその石を持ったまま、ラヴィオを振り返った。
丁度パジャマを脱ぐところである。
「あのときの?」
「……そうですよ」
「わー懐かしい」
ふて腐れたように言うラヴィオも可愛い。抱きしめてなでなでしてあげたいくらいだ。
この石は、僕とラヴィオがまだ小さかった頃、両親もまだ生きていた頃、ピクニックに行った時に見つけた物だ。
当然ラヴィオは一緒に行ったわけではなかったので、既にラヴィオと仲が良かった僕は、『お土産』として、ぴかぴかした石を拾って帰ったというわけだった。
「まだ持っててくれたんだね! 嬉しい」
「王子から貰った物を捨てられるわけないじゃないですか」
「ラヴィオがこんなに大事にしてくれてるなら、僕も穴空けて、ペンダントとかにしようかな?」
そっと石を元の場所に戻す。僕の机の上にも、この石が置いてある。多分初めてのラヴィオとの"お揃い"で、ラヴィオが持っていても捨てていたとしても、僕は捨てる気にはならなかったのだ。
「あ、これ――」
「王子、お待たせしました! 着替えたんで行きましょう!」
「え、あ、もう着替えたの?」
振り返ると同時に、ずるずるとラヴィオに引きずられていく。何だ、まだまだ懐かしい物が、たくさん机の上にありそうだったのに。
少し不満だったが、同時にとても嬉しかった。僕があげた物を、ラヴィオはとっておいてくれてるのだと。
「急ぎましたよ。お待たせして申し訳ないんで」
「いいよー、僕は机の上見てるの、楽しかったのに」
「それより、早くユガに言わなければ」
「朝、手紙書いて、ユガの部屋に入れておいたんだよ、昼ごろ行くって。だから待っててくれてると思うけど……」
そう言いながら、僕たちはユガの部屋の前に着く。
ノックすると、どうぞ、という声が聞こえた。
「ユガ! お待たせ!」
「どうしました? あんな朝早くから」
「それよりね、見てほしいものがあるの! 来て!」
僕はユガを手招きする。ユガは億劫そうに立ち上がり、僕たちの後についてきた。
僕の部屋を抜け、屋上への螺旋階段を上る。
そこには、少し光が弱くなっているものの、昨日と同じ光の道があった。
「よかった、まだあった」
「これは……?」
「これが何なのかは僕たちにも分からないんだけど、見せたいのはこれじゃないんだよ。ついてきて」
その道を辿り、昨夜と同じように、石版の前にたどり着く。
「あのね、この文字を、ユガに読んでほしいんだ」
これに何か、僕たちの助けになることが書いてあればいい。そんな淡い期待を抱いていた。
もしかしたら、僕たちの前にこの道が現れたことは、偶然じゃないかもしれない。神様が見ていてくれたのかも。
そう思いたい。
「これは……」
「……読める? ユガ」
「ええ、まあ」
「やった!」
ユガはじっくりと石版に目を通す。その間僕は、ユガの後ろで踊って待っていた。
「王子、何ですかその踊りは」
「気まぐれな踊り。兵士長に教えてもらったんだよ。ラヴィオにも教えてあげようか?」
「……あの人、王子にまでそんなことを……」
ラヴィオは嫌そうな顔をしてため息をつく。
「私も踊れるので、大丈夫です。」
「えっ何だ、じゃあ一緒に踊ろうよ」
「ユガの邪魔になりますよ」
「大丈夫だよ、ユガの後ろだし」
僕たちがそんな話をしていると、ユガがようやく振り返った。
「お待たせしました。解読が完了しましたよ」
「えっもう!?」
「大変興味深い内容ですね、これは。どうやって見つけたのですか、王子?」
ユガが怪しい笑みで問う。
「うーん、昨日、ラヴィオとそこで話してたらさ、この石版が光っているのをラヴィオが見つけてね。そしたら、あそこからここまで、この光の道が繋がったってわけ」
「なるほど……随分非科学的な話ですね」
「ユガは科学者じゃないでしょ?」
で、何が書いてあったの、と僕は尋ねた。
僕たちに関係のないことであっても、第一発見者なんだし、聞いてもいいはずだ。
「トライフォースのことですね」
「トライフォースの?」
「はい。ここと異なる世界が存在し――そこはハイラルと言うらしいですが――そこにもトライフォースが存在していると」
「!」
僕とラヴィオは顔を見合わせる。
「ハイラルへの行き方なども書いてありましたが、信憑性は何とも言えませんね。大体、この世界にはもうトライフォースが存在しませんから、仮にその方法が正しかったとしても、行き来できる保障はどこにもありません」
「あの……もうひとつの世界って、そこの、僕たちのトライフォースと反対の?」
「ええ、そうです」
ちょっと理解に苦しむ。僕たち以外の人が存在する世界があるなんて。
「見たところ、ここロウラルとハイラルは、よく似た世界のようですね」
「そうなんだ……」
ちょっと気になった。その世界は、光に溢れているのだろうか?
だとしたら、羨ましい。羨望と、少しの嫉妬。
「――レイシ王子、提案があるのですが」
「なに?」
ユガは悪人のような笑顔を浮かべる。
「そのハイラルの世界に行って、トライフォースを持ってくる、というのはどうでしょうか」
「!」
僕は思わず後ずさりした。
「ユガ、何言って、」
「よく似た世界です。そしてトライフォースも存在しています。――そこからトライフォースを持ってくれば、ロウラルの世界は再び、光を取り戻せる筈です」
「えっでも」
「王子、事は一刻を争います。最近、お気づきでしょう? 兵士たちの様子がおかしいことを」
「それは……」
俯く。否定できない事実だった。
失踪する兵士も増えたし、ある日突然異形のものに変化した兵士もいた。ただ、異形のものに変化したからといって魔物になったわけではなく、僕や他の兵士に危害を加えるわけではない。
ただ、恐ろしかった。その変化は明らかに、トライフォースの喪失によって招かれたものだった。
「このままだと、街の者たちも、ああなる可能性があります。それを止めるためには、再びトライフォースを掲げるしかない」
「でも……ユガ、それは……」
ハイラルの世界に、闇をもたらすということじゃないか。
「安心してください。トライフォースを奪うのは、私が行きます。私が万が一失敗しても、王子は、この王国を治め続ければいい。何の問題もありません」
「!」
「ですが、それしかありません。私たちが調べ続けた文献は、無能だった。ただそれだけのことです」
僕は弾かれるように顔を上げる。
「――本当に、それしかないのかな?」
「ええ、そうでしょう、恐らく」
いや――そうなのだ。何も成果がなかった。少なくとも僕には、この世界を平和的に救う方法は、見つけられなかった。
もう、神には何度も祈った。それでも誰も、救ってはくれなかったのだ。
「……仕方ないよね、ユガ」
「王子っ!」
まだ見ぬ世界より、この世界を、僕は愛しているから。
「王子、正気ですか!? トライフォースを奪うということは、」
「ユガ、頼むね。できるだけ早い方がいいだろう。あすにでも出立をお願いできるかな?」
「仰せのままに、王子」
「レイシ王子……」
ラヴィオの責めるような声は、聞こえなかった振りをする。
「そうしたら、明日の夕方、またここで。僕はユガを見送るよ」
「ありがとうございます。王子、このことは、くれぐれも内密に」
「もちろん」
ユガはそう言うと、去っていった。知らぬ世界に行くというのに、随分と楽しそうに見えた。
僕はため息をつく。後悔と、期待と。
「王子……本当に、仰っているのですか」
「当たり前じゃないか」
ラヴィオの方は見ないことにする。
「それ以外に、どんな方法があるっていうの? この世界の崩壊を止めるために。このままじゃ、この世界が沈むのは、時間の問題だ」
返答はない。
「僕は、足掻きたい。生まれた時に与えられた世界がこんなだって、僕の住む世界だもの、愛してるんだよ。結局は、ユガに全てを託してしまうことになるんだけどね」
僕はそう言って、足早に立ち去る。心を決めてしまった以上、もうラヴィオに話すことはなかった。
分かってくれとは言わない、ラヴィオが止める気持ちもわかる。でも、それでも。
「僕には……こうするしかないとは、思わないかい?」
ねえ、この、ロウラル王国の王子がとれる選択肢は。
空を飛んでいるように見えるだろうか? サンタクロースのようなのかな。
少しどきどきしながら――見える景色が思った以上に高くて、怯えながら――僕たちは光の許へ辿り着いた。
「王子、大丈夫ですか?」
「いや、いつもこのくらいの高さから、外を見てる筈なんだけどね……手すりとかがないせい……?」
光の道には当然ながら手すりなどなく、一際強い光に縁取られたその線からはみ出さないよう、慎重に歩いてきた。
「王子、あれ」
「あれは……石版?」
ぼうっと光っていたのは、石版だった。最初はもう少し発光していたように思うのだが、近づくにつれ弱まったのか?
僕たちは石版に近づく。何やら文字や図が書いてあった。
「この図は……トライフォース?」
「そうだね、トライフォースだと思うけど……上下逆さまだね」
上の方には、トライフォースのような絵が描いてある。
それは2つあって、1つはこのロウラル王国にあったトライフォースと同じで尖った部分が下を向いている。そしてもう1つは、反対に尖った部分が上にある。
「そして……この文章は?」
「なに……ええと……」
僕はラヴィオを見る。ラヴィオも僕を見ていた。
「王子が読めないものを、私が読めるわけがないじゃないですか」
文字が小さくて認識できないとかではなく、この言語を知らない。
「……ユガなら、知ってるかなあ?」
「ユガが知らなければ、もうこの世界に読める者はいないかもしれませんね」
「明日、ユガを連れてきてみようか」
「えっ、明日? 今すぐではなく?」
驚くラヴィオをにらみつけた。
「今何時だと思ってるの?」
「え? あ……」
もうじき、地平線が白み始めてもおかしくない時間だ。そんなに時間が経っていたとは思えなかったが、ラヴィオと過ごす時は本当にあっという間だ。
「申し訳ありません、王子。こんなことに付き合わせてしまって」
しょんぼりと言うラヴィオに、少し笑えてしまう。
「……いいよ。さっきも言ったかもしれないけど、ラヴィオが居てくれるのは、本当に嬉しいんだ。こんな時間でも」
2人にしか共有されない時間を過ごせたから。
「王子……」
「ねえ、ラヴィオ。もうそろそろ寝る?」
僕は遠くを眺める。山々に囲まれているこのロウラル王国、ユガでさえ、その山を越えた"外"は見たことがないという。
こんな高い所からでも、その先の景色は見えない。きっと僕たちには、生涯必要のないものなんだと思う。
「いえ……ああ、王子が寝るなら」
ラヴィオはこくりと頷いた。
「そっか……じゃあ、もう少しだけ付き合ってくれる?」
「王子、」
「何も言わなくていいから。……ただ、隣に居てくれるだけでいいから」
それだけでいい。ラヴィオと言葉を交わさなくたって、その温もりを感じるだけで、僕の時間は進んでいく。
それはとても幸せなことだ。この世界がどうなろうとそう思えてしまうのは、よくないことだと思いながら。
翌日の昼ごろ、僕はラヴィオの部屋を訪れる。
彼の部屋は、他の兵士たちと相部屋だから、あまり僕から訪れることはない。
しかし今は昼食の時間だ。恐らく他の人々はいないだろう。
「ラヴィオ、起きてる?」
結局僕たちが部屋に戻ったのは太陽が顔を出し始めてからのことで、僕も起きたのはついさっきだった。
翌日の業務を心配するラヴィオに一筆認めたので(僕のわがままに振り回されたと)多分部屋にいるだろうと思う。
ラヴィオはあんまりまじめな人間じゃない。
「……王子?」
「あ、ラヴィオ、寝起きだ」
ベッドの中で人がごそごそと動き、中からラヴィオが顔を出す。
僕は笑った。寝ぼけているラヴィオを見るのは、久しぶりだ。
「あれ……今、何時ですか」
「12時半。みんな、お昼ご飯食べてるよ」
「えっ……12時半!?」
布団を跳ね上げ、ラヴィオは起き上がった。
「なんだ、ラヴィオ、そのパジャマまだ着てるの?」
「え? ああ……もちろんですよ」
大抵兵士たちは、どんな時でもすぐに出動できるよう、肌着やTシャツなどで寝るらしいが、ラヴィオはどうやら違うらしい。
彼が着ていたのは、昔僕があげたパジャマだった。何でパジャマをあげたのかは、もう思い出せないが。
うさぎ柄のラベンダー色のパジャマで、男の子にしては可愛すぎると思ったが、着てくれているのは本当に嬉しかった。
胸の高鳴りを抑えて言う。
「ほら、早く着替えて。ユガの所に行かなきゃ」
「そうでした……」
「……へえ、皆の部屋って、こんな風になってるんだねえ」
時折ラヴィオは部屋に入れてくれるが、僕はあまり兵士たちの部屋に入ったことはない。だって、兵士からしても、王子が来るなんて嫌じゃないか?
4人が相部屋だそうで、二段ベッドが2つと、小さめの机が4つ、クローゼットとタンスがある。男4人で住むには狭そうだな。
もし改築することがあれば、兵士たちの部屋をそれぞれもっと大きくしてあげなければ、と思った。
「あまり見ないでくださいね」
「何で? 見られたら困るものでもあるの?」
「……そういうわけじゃないですけど」
「わーい、探しちゃおうっと」
そんな僕でも、どれがラヴィオの机で、どこに服がしまってあるかくらい、知っていた。
漸くベッドから起き上がり、タンスを開けたラヴィオの後ろを通り、机に近づく。
「だから、何もないですってばー」
「いやいや、ラヴィオ君がそうやって言う時は、大体何かあるんだよなあ。知ってるよー?」
ラヴィオが嫌そうな顔をする。
が、特に何も言われていないので、僕は物色を続ける。
「ん? 何これ。石?」
机の上に、ぴかぴかした石が置いてある。
「……あ! これ!」
僕はその石を持ったまま、ラヴィオを振り返った。
丁度パジャマを脱ぐところである。
「あのときの?」
「……そうですよ」
「わー懐かしい」
ふて腐れたように言うラヴィオも可愛い。抱きしめてなでなでしてあげたいくらいだ。
この石は、僕とラヴィオがまだ小さかった頃、両親もまだ生きていた頃、ピクニックに行った時に見つけた物だ。
当然ラヴィオは一緒に行ったわけではなかったので、既にラヴィオと仲が良かった僕は、『お土産』として、ぴかぴかした石を拾って帰ったというわけだった。
「まだ持っててくれたんだね! 嬉しい」
「王子から貰った物を捨てられるわけないじゃないですか」
「ラヴィオがこんなに大事にしてくれてるなら、僕も穴空けて、ペンダントとかにしようかな?」
そっと石を元の場所に戻す。僕の机の上にも、この石が置いてある。多分初めてのラヴィオとの"お揃い"で、ラヴィオが持っていても捨てていたとしても、僕は捨てる気にはならなかったのだ。
「あ、これ――」
「王子、お待たせしました! 着替えたんで行きましょう!」
「え、あ、もう着替えたの?」
振り返ると同時に、ずるずるとラヴィオに引きずられていく。何だ、まだまだ懐かしい物が、たくさん机の上にありそうだったのに。
少し不満だったが、同時にとても嬉しかった。僕があげた物を、ラヴィオはとっておいてくれてるのだと。
「急ぎましたよ。お待たせして申し訳ないんで」
「いいよー、僕は机の上見てるの、楽しかったのに」
「それより、早くユガに言わなければ」
「朝、手紙書いて、ユガの部屋に入れておいたんだよ、昼ごろ行くって。だから待っててくれてると思うけど……」
そう言いながら、僕たちはユガの部屋の前に着く。
ノックすると、どうぞ、という声が聞こえた。
「ユガ! お待たせ!」
「どうしました? あんな朝早くから」
「それよりね、見てほしいものがあるの! 来て!」
僕はユガを手招きする。ユガは億劫そうに立ち上がり、僕たちの後についてきた。
僕の部屋を抜け、屋上への螺旋階段を上る。
そこには、少し光が弱くなっているものの、昨日と同じ光の道があった。
「よかった、まだあった」
「これは……?」
「これが何なのかは僕たちにも分からないんだけど、見せたいのはこれじゃないんだよ。ついてきて」
その道を辿り、昨夜と同じように、石版の前にたどり着く。
「あのね、この文字を、ユガに読んでほしいんだ」
これに何か、僕たちの助けになることが書いてあればいい。そんな淡い期待を抱いていた。
もしかしたら、僕たちの前にこの道が現れたことは、偶然じゃないかもしれない。神様が見ていてくれたのかも。
そう思いたい。
「これは……」
「……読める? ユガ」
「ええ、まあ」
「やった!」
ユガはじっくりと石版に目を通す。その間僕は、ユガの後ろで踊って待っていた。
「王子、何ですかその踊りは」
「気まぐれな踊り。兵士長に教えてもらったんだよ。ラヴィオにも教えてあげようか?」
「……あの人、王子にまでそんなことを……」
ラヴィオは嫌そうな顔をしてため息をつく。
「私も踊れるので、大丈夫です。」
「えっ何だ、じゃあ一緒に踊ろうよ」
「ユガの邪魔になりますよ」
「大丈夫だよ、ユガの後ろだし」
僕たちがそんな話をしていると、ユガがようやく振り返った。
「お待たせしました。解読が完了しましたよ」
「えっもう!?」
「大変興味深い内容ですね、これは。どうやって見つけたのですか、王子?」
ユガが怪しい笑みで問う。
「うーん、昨日、ラヴィオとそこで話してたらさ、この石版が光っているのをラヴィオが見つけてね。そしたら、あそこからここまで、この光の道が繋がったってわけ」
「なるほど……随分非科学的な話ですね」
「ユガは科学者じゃないでしょ?」
で、何が書いてあったの、と僕は尋ねた。
僕たちに関係のないことであっても、第一発見者なんだし、聞いてもいいはずだ。
「トライフォースのことですね」
「トライフォースの?」
「はい。ここと異なる世界が存在し――そこはハイラルと言うらしいですが――そこにもトライフォースが存在していると」
「!」
僕とラヴィオは顔を見合わせる。
「ハイラルへの行き方なども書いてありましたが、信憑性は何とも言えませんね。大体、この世界にはもうトライフォースが存在しませんから、仮にその方法が正しかったとしても、行き来できる保障はどこにもありません」
「あの……もうひとつの世界って、そこの、僕たちのトライフォースと反対の?」
「ええ、そうです」
ちょっと理解に苦しむ。僕たち以外の人が存在する世界があるなんて。
「見たところ、ここロウラルとハイラルは、よく似た世界のようですね」
「そうなんだ……」
ちょっと気になった。その世界は、光に溢れているのだろうか?
だとしたら、羨ましい。羨望と、少しの嫉妬。
「――レイシ王子、提案があるのですが」
「なに?」
ユガは悪人のような笑顔を浮かべる。
「そのハイラルの世界に行って、トライフォースを持ってくる、というのはどうでしょうか」
「!」
僕は思わず後ずさりした。
「ユガ、何言って、」
「よく似た世界です。そしてトライフォースも存在しています。――そこからトライフォースを持ってくれば、ロウラルの世界は再び、光を取り戻せる筈です」
「えっでも」
「王子、事は一刻を争います。最近、お気づきでしょう? 兵士たちの様子がおかしいことを」
「それは……」
俯く。否定できない事実だった。
失踪する兵士も増えたし、ある日突然異形のものに変化した兵士もいた。ただ、異形のものに変化したからといって魔物になったわけではなく、僕や他の兵士に危害を加えるわけではない。
ただ、恐ろしかった。その変化は明らかに、トライフォースの喪失によって招かれたものだった。
「このままだと、街の者たちも、ああなる可能性があります。それを止めるためには、再びトライフォースを掲げるしかない」
「でも……ユガ、それは……」
ハイラルの世界に、闇をもたらすということじゃないか。
「安心してください。トライフォースを奪うのは、私が行きます。私が万が一失敗しても、王子は、この王国を治め続ければいい。何の問題もありません」
「!」
「ですが、それしかありません。私たちが調べ続けた文献は、無能だった。ただそれだけのことです」
僕は弾かれるように顔を上げる。
「――本当に、それしかないのかな?」
「ええ、そうでしょう、恐らく」
いや――そうなのだ。何も成果がなかった。少なくとも僕には、この世界を平和的に救う方法は、見つけられなかった。
もう、神には何度も祈った。それでも誰も、救ってはくれなかったのだ。
「……仕方ないよね、ユガ」
「王子っ!」
まだ見ぬ世界より、この世界を、僕は愛しているから。
「王子、正気ですか!? トライフォースを奪うということは、」
「ユガ、頼むね。できるだけ早い方がいいだろう。あすにでも出立をお願いできるかな?」
「仰せのままに、王子」
「レイシ王子……」
ラヴィオの責めるような声は、聞こえなかった振りをする。
「そうしたら、明日の夕方、またここで。僕はユガを見送るよ」
「ありがとうございます。王子、このことは、くれぐれも内密に」
「もちろん」
ユガはそう言うと、去っていった。知らぬ世界に行くというのに、随分と楽しそうに見えた。
僕はため息をつく。後悔と、期待と。
「王子……本当に、仰っているのですか」
「当たり前じゃないか」
ラヴィオの方は見ないことにする。
「それ以外に、どんな方法があるっていうの? この世界の崩壊を止めるために。このままじゃ、この世界が沈むのは、時間の問題だ」
返答はない。
「僕は、足掻きたい。生まれた時に与えられた世界がこんなだって、僕の住む世界だもの、愛してるんだよ。結局は、ユガに全てを託してしまうことになるんだけどね」
僕はそう言って、足早に立ち去る。心を決めてしまった以上、もうラヴィオに話すことはなかった。
分かってくれとは言わない、ラヴィオが止める気持ちもわかる。でも、それでも。
「僕には……こうするしかないとは、思わないかい?」
ねえ、この、ロウラル王国の王子がとれる選択肢は。