夕暮れに問う(庭球/鳳)
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数日後、昼休みに惰眠を貪っていた俺は、誰かに肩を叩かれて目覚めた。
「何……もう昼休み終わり?」
「じゃなくて」
降ってきた優しい声は長太郎のものだった。
眠い目を擦り身体を起こす。
「何……?」
「映画」
「えいが?」
寝起きの頭には上手く言葉が入ってこず、俺は思わず聞き返した。
「澪士、寝ぼけてる」
「えいが……映画?」
はい、と言って長太郎が差し出してきたのは細長い厚紙。
「これ……映画のチケット?」
「そう。澪士、この間観たいって言ってたよね」
「え、」
寝起きの頭にそれはきつい。
しかし徐々に覚醒していく。
「ちょっと待って長太郎、これわざわざ?」
「わざわざって程の物でもないけど」
「え、嬉しい、すごい嬉しい」
思わずはしゃぐ。日付は3週間後の日曜だ。
「もうチケット渡してから聞くのもなんなんだけど、空いてる? その日」
「勿論! 絶対行く! ありがとう!」
何かしらで絶対観たいと思っていたシリーズ物の作品だったので本当に嬉しい、のもあるし。
わざわざ長太郎がこのチケットを買ってきてくれたのも嬉しかった。
嬉しさに目が覚めてしまったので、俺はその後、長太郎との話に興じた。
同じ日、漸く授業から解放された瞬間、クラスの女子に名を呼ばれた。
殆ど話したことがなかったので一体何かと思ったが、校舎の人気のない所に連れて行かれる。
「あのさ、澪士君」
「何」
その子はどうも何かに苛立っているようだ、決して告白なんかではない雰囲気だった。
「私、あなたのこと邪魔なの」
「邪魔?」
唐突に告げられた言葉に理解が追いつかない。
「いっつも鳳くんと仲良くしてる」
「……ああ」
成る程、それでこの子はそんなに怒っているのか。合点がいった。
確かに俺と長太郎は大抵の場合一緒に居る。
けれどその間に恋愛感情はなく――ないと思ってる――まさか女の子に嫉妬される日が来ようとは思っていなかった。
「今日だって映画に誘われてたでしょ? ずるい」
「ずるいって……」
「何でもいいから、鳳くんと遊ばないで。あなたさえいなければ私は鳳くんと付き合えるのに」
それは流石にちょっと自信過剰が過ぎるとは思ったが、確かに俺と長太郎が一緒にいるせいで何かの時間を奪っているかもしれない、と思わないこともない。
「映画も断って。わかった?」
「何でそんなこと言われなきゃならないんだよ」
「気持ち悪いの。何で男子同士でそんなに仲良くするの? ありえない本当に。これ以上鳳くんと一緒にいるつもりなら、学校中にそういう噂を広めるから」
言いたいことだけ言い放ち、その子はさっさとどこかに行ってしまった。
俺は呆然とする。――彼女の言いたいことも分かるのだ。俺と長太郎の仲はちょっと度が過ぎるかもしれないと思うことがある。
でも気持ち悪いなんて言わなくてもいいじゃないか。本当にそう見えるのかもしれないけど。
「……ショックだな」
あまりの言われように、しかも長太郎の名誉の部分も含まれているので、仕方ないけどこの映画は断ろうか、と考えた。
翌日の授業と授業の合間の短い休み時間、俺は長太郎を教室外へ誘い出す。
昨夜は女子から言われたことが頭の中を駆け巡って仕方なかった。
そんなこと言われる筋合いはないだろうと思ってはいたのだが、やはり堪える部分もあったようだった。
「話って何? 澪士」
「あのさ……本当に申し訳ないんだけど」
昨日もらった映画のチケットを差し出す。
「親に……昨日言ったら、この日はどうしても予定があるから無理だって。返してきなさいって言われて」
「……そっか」
嘘だ。これは全部嘘。どうしたら長太郎をあまり傷つけずに済むか考えた。
でもどう見たって長太郎は悲しそうな表情をしているし、俺の心も血を流しているようにも思えた。
出来るだけ傷を浅くとどめたくて、俺は笑って見せる。
「DVD出たら、一緒に観よう」
「……そうだね」
長太郎は俺の差し出したチケットを受け取る。お互いに気丈に振舞っている。
こんなんで誰かを救えるなんて到底思えないが、休み時間は終了し、俺たちは全く離れた席にそれぞれ戻った。
放課後、すっかり陽も暮れてしまった頃、俺は漸く校門を出た。
委員会、先生からの頼まれごと、勉強。
色々なことが積み重なって遅くなってしまった。
「……澪士!」
「!」
足早に家路を辿ろうとした所、聞き慣れた声――でも今は聞きたくない声――に引き留められる。
「長太郎」
運が悪い。またテニス部と帰宅のタイミングが被ってしまった。
しかも今日は先輩方はおらず、丁度1人で帰ろうとしていたところらしかった。
「会えてよかった。よかったら一緒に、」
「いやごめん、俺今日は急いでるから」
「送らせて」
一緒に帰ろうという言葉を拒否したつもりだったが、長太郎はいつもより強い口調でそう言う。
その言葉の強さに俺はこれ以上拒否しきれずただ黙って頷いた。
大体もうあの子も帰っていて見ていないだろう。
なぜこんなに他人の目を気にしてしまうのか、気にしてしまうようになったのか、俺にはよく分からなかった。
「澪士、あのさ」
「何?」
「……何かあった?」
「え、」
いつかも見た真剣な表情。俺は戸惑い、思わず言葉を失う。
「何かって、何?」
「何か変だった。あの時」
「そうかな」
別に何も、と言って目を逸らそうとするが、頬に手が添えられそれも叶わない。
「あんなに映画喜んでくれたのに」
「長太郎……」
「あんな断り方、いつもの澪士じゃない」
お前は俺の何を知ってるんだよ、と茶化して逃げようとする。
「俺は澪士のこと、まだ全然知らないと思ってるけど、知ってることも多いよ」
まっすぐそう言われ、考えてみればあまりに恥ずかしい言葉なのに、俺はそれ以上何も言えなくなった。
当然、足も進まない。夕焼けが俺たちの後を追いかけてくる。
「……ごめん」
手が離れてく。その熱がなぜだか惜しく思えた。
俺たちの間には沈黙が流れ、いつの間にか、家の前に着いていた。
「長太郎」
このまま別れてしまうのはダメな気がする。
でも昨日言われたことは絶対に言ってはいけない気がしていた。
「……本当に、ごめん」
そう言うと、長太郎に強い力で抱きしめられる。
「長太郎、」
「……諦めないから」
「え?」
少し力を緩められる。
また視線が物凄く近い距離でぶつかる。
「話してくれるまで、ずっと待ってる」
俺が嘘をついているのがバレているのだろうか。
心臓がきゅっとなる。でも、言えない。
「……ごめん、ね」
小さな声で謝り、俺も長太郎の背中に腕を回した。
「何……もう昼休み終わり?」
「じゃなくて」
降ってきた優しい声は長太郎のものだった。
眠い目を擦り身体を起こす。
「何……?」
「映画」
「えいが?」
寝起きの頭には上手く言葉が入ってこず、俺は思わず聞き返した。
「澪士、寝ぼけてる」
「えいが……映画?」
はい、と言って長太郎が差し出してきたのは細長い厚紙。
「これ……映画のチケット?」
「そう。澪士、この間観たいって言ってたよね」
「え、」
寝起きの頭にそれはきつい。
しかし徐々に覚醒していく。
「ちょっと待って長太郎、これわざわざ?」
「わざわざって程の物でもないけど」
「え、嬉しい、すごい嬉しい」
思わずはしゃぐ。日付は3週間後の日曜だ。
「もうチケット渡してから聞くのもなんなんだけど、空いてる? その日」
「勿論! 絶対行く! ありがとう!」
何かしらで絶対観たいと思っていたシリーズ物の作品だったので本当に嬉しい、のもあるし。
わざわざ長太郎がこのチケットを買ってきてくれたのも嬉しかった。
嬉しさに目が覚めてしまったので、俺はその後、長太郎との話に興じた。
同じ日、漸く授業から解放された瞬間、クラスの女子に名を呼ばれた。
殆ど話したことがなかったので一体何かと思ったが、校舎の人気のない所に連れて行かれる。
「あのさ、澪士君」
「何」
その子はどうも何かに苛立っているようだ、決して告白なんかではない雰囲気だった。
「私、あなたのこと邪魔なの」
「邪魔?」
唐突に告げられた言葉に理解が追いつかない。
「いっつも鳳くんと仲良くしてる」
「……ああ」
成る程、それでこの子はそんなに怒っているのか。合点がいった。
確かに俺と長太郎は大抵の場合一緒に居る。
けれどその間に恋愛感情はなく――ないと思ってる――まさか女の子に嫉妬される日が来ようとは思っていなかった。
「今日だって映画に誘われてたでしょ? ずるい」
「ずるいって……」
「何でもいいから、鳳くんと遊ばないで。あなたさえいなければ私は鳳くんと付き合えるのに」
それは流石にちょっと自信過剰が過ぎるとは思ったが、確かに俺と長太郎が一緒にいるせいで何かの時間を奪っているかもしれない、と思わないこともない。
「映画も断って。わかった?」
「何でそんなこと言われなきゃならないんだよ」
「気持ち悪いの。何で男子同士でそんなに仲良くするの? ありえない本当に。これ以上鳳くんと一緒にいるつもりなら、学校中にそういう噂を広めるから」
言いたいことだけ言い放ち、その子はさっさとどこかに行ってしまった。
俺は呆然とする。――彼女の言いたいことも分かるのだ。俺と長太郎の仲はちょっと度が過ぎるかもしれないと思うことがある。
でも気持ち悪いなんて言わなくてもいいじゃないか。本当にそう見えるのかもしれないけど。
「……ショックだな」
あまりの言われように、しかも長太郎の名誉の部分も含まれているので、仕方ないけどこの映画は断ろうか、と考えた。
翌日の授業と授業の合間の短い休み時間、俺は長太郎を教室外へ誘い出す。
昨夜は女子から言われたことが頭の中を駆け巡って仕方なかった。
そんなこと言われる筋合いはないだろうと思ってはいたのだが、やはり堪える部分もあったようだった。
「話って何? 澪士」
「あのさ……本当に申し訳ないんだけど」
昨日もらった映画のチケットを差し出す。
「親に……昨日言ったら、この日はどうしても予定があるから無理だって。返してきなさいって言われて」
「……そっか」
嘘だ。これは全部嘘。どうしたら長太郎をあまり傷つけずに済むか考えた。
でもどう見たって長太郎は悲しそうな表情をしているし、俺の心も血を流しているようにも思えた。
出来るだけ傷を浅くとどめたくて、俺は笑って見せる。
「DVD出たら、一緒に観よう」
「……そうだね」
長太郎は俺の差し出したチケットを受け取る。お互いに気丈に振舞っている。
こんなんで誰かを救えるなんて到底思えないが、休み時間は終了し、俺たちは全く離れた席にそれぞれ戻った。
放課後、すっかり陽も暮れてしまった頃、俺は漸く校門を出た。
委員会、先生からの頼まれごと、勉強。
色々なことが積み重なって遅くなってしまった。
「……澪士!」
「!」
足早に家路を辿ろうとした所、聞き慣れた声――でも今は聞きたくない声――に引き留められる。
「長太郎」
運が悪い。またテニス部と帰宅のタイミングが被ってしまった。
しかも今日は先輩方はおらず、丁度1人で帰ろうとしていたところらしかった。
「会えてよかった。よかったら一緒に、」
「いやごめん、俺今日は急いでるから」
「送らせて」
一緒に帰ろうという言葉を拒否したつもりだったが、長太郎はいつもより強い口調でそう言う。
その言葉の強さに俺はこれ以上拒否しきれずただ黙って頷いた。
大体もうあの子も帰っていて見ていないだろう。
なぜこんなに他人の目を気にしてしまうのか、気にしてしまうようになったのか、俺にはよく分からなかった。
「澪士、あのさ」
「何?」
「……何かあった?」
「え、」
いつかも見た真剣な表情。俺は戸惑い、思わず言葉を失う。
「何かって、何?」
「何か変だった。あの時」
「そうかな」
別に何も、と言って目を逸らそうとするが、頬に手が添えられそれも叶わない。
「あんなに映画喜んでくれたのに」
「長太郎……」
「あんな断り方、いつもの澪士じゃない」
お前は俺の何を知ってるんだよ、と茶化して逃げようとする。
「俺は澪士のこと、まだ全然知らないと思ってるけど、知ってることも多いよ」
まっすぐそう言われ、考えてみればあまりに恥ずかしい言葉なのに、俺はそれ以上何も言えなくなった。
当然、足も進まない。夕焼けが俺たちの後を追いかけてくる。
「……ごめん」
手が離れてく。その熱がなぜだか惜しく思えた。
俺たちの間には沈黙が流れ、いつの間にか、家の前に着いていた。
「長太郎」
このまま別れてしまうのはダメな気がする。
でも昨日言われたことは絶対に言ってはいけない気がしていた。
「……本当に、ごめん」
そう言うと、長太郎に強い力で抱きしめられる。
「長太郎、」
「……諦めないから」
「え?」
少し力を緩められる。
また視線が物凄く近い距離でぶつかる。
「話してくれるまで、ずっと待ってる」
俺が嘘をついているのがバレているのだろうか。
心臓がきゅっとなる。でも、言えない。
「……ごめん、ね」
小さな声で謝り、俺も長太郎の背中に腕を回した。