夕暮れに問う(庭球/鳳)
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音楽室での出来事から、俺たちの仲は少しだけぎこちなくなったような気もしたけれど、長太郎は相変わらず何もなかったかのように振る舞うので、俺もそれに倣っていた。
「どうだった? 澪士。音楽のテスト」
「もうばっちり! 長太郎のお陰だ、ありがとう」
「それはよかった」
あれ以降も何度か長太郎と共に練習を重ね、あまりにも弾き込んだせいで、いつの間にか楽譜を見なくても弾けるようになっていた。
音楽の先生からはよく頑張ったねと言われたし、成績もこれで心配ないだろう。
「そうだ、お礼させてくれよ。練習の」
「え? いいよそんなの。ジュースも毎回貰ってるし」
「そんなんじゃ足りないだろ。なんせ放課後ずっとだったし」
何がいい、と俺は無理やり長太郎に問う。
少し悩んだ後、彼は口を開いた。
「じゃあ、次の土曜」
「うん」
「一緒に買い物とか、どうかな?」
「買い物?」
驚いた。そんな女子のようなことを言うとは。
でも長太郎が言ったのだし、俺には断る理由はない。
「いいけど。そんなんでいいのか? 買い物って」
「まあ買い物じゃなくて、1日一緒に遊んでくれたら嬉しいけど」
「勿論」
じゃあ次の土曜日、11時に駅前で。
俺たちはそう約束した。
件の土曜日、午前10時50分。
「……待ち合わせ、駅前って言ったけど」
どこと詳細に決めていなかった。まあ会えるだろうと思っていたが。
駅前には有名な待ち合わせスポットがあるのだが、そこは人がごった返しており、その中に混じれば余計に見つけにくくなると思った。
そう考え、じゃあどこで待とうか、と思案するために目を配ると。
「いた」
後ろから声を掛けられ驚いて振り向く。
「長太郎」
「おはよう、澪士。待たせた?」
「いや、今来たとこ」
あまりの偶然に俺は少しうれしくなる。
「よかった」
「どこ行く? 行きたい所あんの? 長太郎」
「服屋行きたいかな」
「へー」
長太郎と並んで歩き出す。
俺は思わず感嘆の声を漏らした。長太郎がどんな所で服を買っているのか、興味がなくはなかったが、そんな所俺なんかが入れるのだろうか、とも思った。
「……何を考えてるのかわかんないけど、別に普通の店だよ」
「そうかなあ」
今日の長太郎の服は、白シャツにベージュのチノパンだ。色味は少ないけれど長身の長太郎が着れば格好良く見えてしまう。
対する俺はくすんだ青色のTシャツにグレーのジョガーパンツ。あんまり背も高くないので似合う服装が限られてくる。
「俺は澪士の服装の趣味、好きだけどね」
「……そう」
一体どういう意図で言っているのか分からなかったので、その言葉はスルーする。
「そういえばテニス部の練習ないの? 普段土曜日とかも練習してなかったっけ」
「昨日まで練習頑張ったからたまには休み」
「……それってズル休みってこと?」
「それは言い方が悪いかな」
長太郎は笑ってそう答えるものの、ズル休みには違いないだろう。
別に俺は構わないのだが、あの練習熱心な宍戸先輩に怒られたりしないのだろうか。
「澪士と一緒に出掛けるって言ったら、じゃあたまには休んだらいいって言ってもらえた」
「……え? 俺の名前出したの?」
「勿論」
「ちょっとそれは」
俺が後で責められることになったりしないだろうか、と突然物凄く不安になる。
「そう、ここ」
「ここ?」
そんなことを話しながら歩いていると急に長太郎が立ち止まる。
見上げてみれば聞いたことのあるブランドだ。並べられている服も長太郎が好みそうなものが多い、まさか本当にこんな所で買っているとは。
「もう買う物決まってんの?」
「新しいシャツを買おうかなって思ってて、似合うかどうか澪士に見てもらいたくて」
「俺そんなセンスないけど」
「大丈夫、思ったことを言ってもらえれば」
長太郎について店に入っていく。それほど広くない店内に所狭しと商品が並べられていた。
シャツのコーナーで立ち止まる彼の隣で俺も眺める。
「こういうのさ、長太郎に合いそうじゃない?」
「本当に?」
そう言いながら俺は水色のリネンシャツを手に取った。
このシャツと白Tシャツなんかを着れば、これから先、暑くなっていく日々でも爽やかな感じがする。
「じゃあこれ着てみようかな」
「え、本気で言ってんの?」
「澪士が合いそうって言ってくれたから」
長太郎が存外本気で俺は焦った。軽い気持ちで提案しただけなのにまさか本気にするとは。
まあ大体のシャツは似合いそうだし、まさかこのシャツが似合わないわけないだろうとは思う。
それでも嬉しそうに試着室に入っていく長太郎を見、もう少し吟味して選んでやるべきだっただろうか、とちょっと思った。
「どう? これ。俺はすごくいいと思うけど」
「ああ、似合うと思う」
「良かった。じゃあこれ買う」
「え」
一瞬だけ出てきた長太郎は俺の言葉に満足げに頷くと、さっとまたカーテンの向こうに消えてしまった。店員さんの言葉さえ聞かない。
俺はまた少し後悔した。勿論似合うという言葉は嘘ではなかったが。
(……ホント、即決だな)
彼は本当に優しそうに振る舞うので、ともすれば優柔不断だとか頼りないという言葉に結びついてしまいそうだが、意外とそういうわけでもないと俺は知っていた。
少なくとも俺と居る時は色々なことを知っていて自信も持っているし、俺が悩んだ時はいつも助けてくれた。
あの音楽室の時のように。
「お待たせ。澪士は何か見ない?」
「俺? 俺はいいかな……」
「そう、じゃあ買ってくるから、もう少しだけ待ってて」
「分かった」
そう答え、俺は店の外に出て、行き交う人々を眺める。土曜日だからかカップルと家族連れが多かった。
もうあっという間に11時半になっていて、そろそろお腹が空いてきたな、と思っていると、長太郎が戻ってくる。
「? 何で紙袋2つも」
「これあげる」
「え?」
店名がプリントされた2つの紙袋、その内の1つを長太郎が差し出してくる。
「どういうこと?」
そう言いながらその紙袋を開けると、中にはグレーのカーディガン。
先程見たばかりの服に、あまりに驚いて長太郎と服を交互に見る。
「さっき見てたよね?」
「見てたけど……」
「俺もこの服、澪士に合うんじゃないかって思ったから」
「いや、だからって!」
大体この服は高い、さっき値札を見て諦めたから。長太郎には何てことないのかもしれないが、普段俺が着ている服よりは確実に高い。
こんな物貰えないと言って返そうとするが、俺は着れないから、と言われる。まあ俺に合うサイズなら長太郎は着れないだろう、そりゃそうだ。
「返してくる、」
「待って」
返品しようと店に入ろうとするが、ぐいと腕を引かれ、長太郎の腕の中に倒れ込む。
「何、」
「もし澪士がその服を気に入らないって言うなら、返品してもらってもいいけど。そうじゃないなら着て欲しい。単純にプレゼントだと思って受け取って」
「でも」
「さっき澪士が俺に服を選んでくれたように、俺も澪士に服を選んだだけだから」
だから、こんな至近距離でそんなことを言われても困る。
長太郎の腕は俺の腰に回されており、逃げるに逃げられない状態。
「……わか、った」
「分かってくれたんならよかった」
にっこりと笑って長太郎は俺を解放してくれる。本当は今すぐにでも返品してその代金を返したいくらいだが、確かにこのカーディガンはすごく魅力的だった。
大体こう言わなければ彼は離してくれなかったんじゃないかと思うような雰囲気だった。
「そろそろお腹空いた?」
そうだな、と答えるが、どこか上の空だったりする。
「何食べたい?」
「特に……何でも。嫌いなものも特に無いし」
「そっか、じゃあ俺のおすすめの店でいい?」
「勿論」
こっち、と言って長太郎は先を歩き出す。俺はそれにただ着いていくだけ。
先程の距離のせいで、まだ心臓がうるさく鳴っていた。
そして密かに音楽室のことを思い出していた。
「どうだった? 澪士。音楽のテスト」
「もうばっちり! 長太郎のお陰だ、ありがとう」
「それはよかった」
あれ以降も何度か長太郎と共に練習を重ね、あまりにも弾き込んだせいで、いつの間にか楽譜を見なくても弾けるようになっていた。
音楽の先生からはよく頑張ったねと言われたし、成績もこれで心配ないだろう。
「そうだ、お礼させてくれよ。練習の」
「え? いいよそんなの。ジュースも毎回貰ってるし」
「そんなんじゃ足りないだろ。なんせ放課後ずっとだったし」
何がいい、と俺は無理やり長太郎に問う。
少し悩んだ後、彼は口を開いた。
「じゃあ、次の土曜」
「うん」
「一緒に買い物とか、どうかな?」
「買い物?」
驚いた。そんな女子のようなことを言うとは。
でも長太郎が言ったのだし、俺には断る理由はない。
「いいけど。そんなんでいいのか? 買い物って」
「まあ買い物じゃなくて、1日一緒に遊んでくれたら嬉しいけど」
「勿論」
じゃあ次の土曜日、11時に駅前で。
俺たちはそう約束した。
件の土曜日、午前10時50分。
「……待ち合わせ、駅前って言ったけど」
どこと詳細に決めていなかった。まあ会えるだろうと思っていたが。
駅前には有名な待ち合わせスポットがあるのだが、そこは人がごった返しており、その中に混じれば余計に見つけにくくなると思った。
そう考え、じゃあどこで待とうか、と思案するために目を配ると。
「いた」
後ろから声を掛けられ驚いて振り向く。
「長太郎」
「おはよう、澪士。待たせた?」
「いや、今来たとこ」
あまりの偶然に俺は少しうれしくなる。
「よかった」
「どこ行く? 行きたい所あんの? 長太郎」
「服屋行きたいかな」
「へー」
長太郎と並んで歩き出す。
俺は思わず感嘆の声を漏らした。長太郎がどんな所で服を買っているのか、興味がなくはなかったが、そんな所俺なんかが入れるのだろうか、とも思った。
「……何を考えてるのかわかんないけど、別に普通の店だよ」
「そうかなあ」
今日の長太郎の服は、白シャツにベージュのチノパンだ。色味は少ないけれど長身の長太郎が着れば格好良く見えてしまう。
対する俺はくすんだ青色のTシャツにグレーのジョガーパンツ。あんまり背も高くないので似合う服装が限られてくる。
「俺は澪士の服装の趣味、好きだけどね」
「……そう」
一体どういう意図で言っているのか分からなかったので、その言葉はスルーする。
「そういえばテニス部の練習ないの? 普段土曜日とかも練習してなかったっけ」
「昨日まで練習頑張ったからたまには休み」
「……それってズル休みってこと?」
「それは言い方が悪いかな」
長太郎は笑ってそう答えるものの、ズル休みには違いないだろう。
別に俺は構わないのだが、あの練習熱心な宍戸先輩に怒られたりしないのだろうか。
「澪士と一緒に出掛けるって言ったら、じゃあたまには休んだらいいって言ってもらえた」
「……え? 俺の名前出したの?」
「勿論」
「ちょっとそれは」
俺が後で責められることになったりしないだろうか、と突然物凄く不安になる。
「そう、ここ」
「ここ?」
そんなことを話しながら歩いていると急に長太郎が立ち止まる。
見上げてみれば聞いたことのあるブランドだ。並べられている服も長太郎が好みそうなものが多い、まさか本当にこんな所で買っているとは。
「もう買う物決まってんの?」
「新しいシャツを買おうかなって思ってて、似合うかどうか澪士に見てもらいたくて」
「俺そんなセンスないけど」
「大丈夫、思ったことを言ってもらえれば」
長太郎について店に入っていく。それほど広くない店内に所狭しと商品が並べられていた。
シャツのコーナーで立ち止まる彼の隣で俺も眺める。
「こういうのさ、長太郎に合いそうじゃない?」
「本当に?」
そう言いながら俺は水色のリネンシャツを手に取った。
このシャツと白Tシャツなんかを着れば、これから先、暑くなっていく日々でも爽やかな感じがする。
「じゃあこれ着てみようかな」
「え、本気で言ってんの?」
「澪士が合いそうって言ってくれたから」
長太郎が存外本気で俺は焦った。軽い気持ちで提案しただけなのにまさか本気にするとは。
まあ大体のシャツは似合いそうだし、まさかこのシャツが似合わないわけないだろうとは思う。
それでも嬉しそうに試着室に入っていく長太郎を見、もう少し吟味して選んでやるべきだっただろうか、とちょっと思った。
「どう? これ。俺はすごくいいと思うけど」
「ああ、似合うと思う」
「良かった。じゃあこれ買う」
「え」
一瞬だけ出てきた長太郎は俺の言葉に満足げに頷くと、さっとまたカーテンの向こうに消えてしまった。店員さんの言葉さえ聞かない。
俺はまた少し後悔した。勿論似合うという言葉は嘘ではなかったが。
(……ホント、即決だな)
彼は本当に優しそうに振る舞うので、ともすれば優柔不断だとか頼りないという言葉に結びついてしまいそうだが、意外とそういうわけでもないと俺は知っていた。
少なくとも俺と居る時は色々なことを知っていて自信も持っているし、俺が悩んだ時はいつも助けてくれた。
あの音楽室の時のように。
「お待たせ。澪士は何か見ない?」
「俺? 俺はいいかな……」
「そう、じゃあ買ってくるから、もう少しだけ待ってて」
「分かった」
そう答え、俺は店の外に出て、行き交う人々を眺める。土曜日だからかカップルと家族連れが多かった。
もうあっという間に11時半になっていて、そろそろお腹が空いてきたな、と思っていると、長太郎が戻ってくる。
「? 何で紙袋2つも」
「これあげる」
「え?」
店名がプリントされた2つの紙袋、その内の1つを長太郎が差し出してくる。
「どういうこと?」
そう言いながらその紙袋を開けると、中にはグレーのカーディガン。
先程見たばかりの服に、あまりに驚いて長太郎と服を交互に見る。
「さっき見てたよね?」
「見てたけど……」
「俺もこの服、澪士に合うんじゃないかって思ったから」
「いや、だからって!」
大体この服は高い、さっき値札を見て諦めたから。長太郎には何てことないのかもしれないが、普段俺が着ている服よりは確実に高い。
こんな物貰えないと言って返そうとするが、俺は着れないから、と言われる。まあ俺に合うサイズなら長太郎は着れないだろう、そりゃそうだ。
「返してくる、」
「待って」
返品しようと店に入ろうとするが、ぐいと腕を引かれ、長太郎の腕の中に倒れ込む。
「何、」
「もし澪士がその服を気に入らないって言うなら、返品してもらってもいいけど。そうじゃないなら着て欲しい。単純にプレゼントだと思って受け取って」
「でも」
「さっき澪士が俺に服を選んでくれたように、俺も澪士に服を選んだだけだから」
だから、こんな至近距離でそんなことを言われても困る。
長太郎の腕は俺の腰に回されており、逃げるに逃げられない状態。
「……わか、った」
「分かってくれたんならよかった」
にっこりと笑って長太郎は俺を解放してくれる。本当は今すぐにでも返品してその代金を返したいくらいだが、確かにこのカーディガンはすごく魅力的だった。
大体こう言わなければ彼は離してくれなかったんじゃないかと思うような雰囲気だった。
「そろそろお腹空いた?」
そうだな、と答えるが、どこか上の空だったりする。
「何食べたい?」
「特に……何でも。嫌いなものも特に無いし」
「そっか、じゃあ俺のおすすめの店でいい?」
「勿論」
こっち、と言って長太郎は先を歩き出す。俺はそれにただ着いていくだけ。
先程の距離のせいで、まだ心臓がうるさく鳴っていた。
そして密かに音楽室のことを思い出していた。