夕暮れに問う(庭球/鳳)
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練習を1時間くらいやって漸くリズムが取れるようになった。4分の4拍子の1小節の内、1回しかメトロノームが鳴らなくとも、120のテンポが大体均等に取れるようになってきた。
「すごい、澪士。こんな早くできるようになるなんて」
「長太郎の教え方が上手いお陰だ、本当に」
休憩しようか、と言われ俺は頷いた。
「飲み物でも買ってくる」
「一緒に行こうか」
「いい、長太郎はここで待ってて」
そう言って俺は鞄の中から財布を掴み出し、長太郎を置いてさっさと音楽室を出る。ここからだと食堂の自動販売機が一番近いな。
300円を押し込み、ミルクティーとオレンジジュースを買う。長太郎は確かミルクティーが好きだった筈。
食堂は放課後にも関わらず賑わっており、俺は2本のペットボトルを抱えたまま、そそくさと音楽室に戻った。
「長太郎、お待たせ」
「お帰り」
「はい、これ。とりあえずのお礼」
「何で? お礼なんていらないよ」
「いやいや、教えてもらってんだから、当たり前じゃん」
また今度何か奢るから、と言い添える。勿論中学生のお小遣いなんてたかが知れてるのだが。
ありがとう、と長太郎はちゃんと受け取ってくれた。
「でも本当、澪士は上達が早いと思うよ。この調子ならすぐ弾けるようになりそうだね」
「うう、そうかな……家にピアノとかないしさ、明日になったら忘れそう」
「メトロノームはある? 携帯でも最近はあったりするけど」
「まじ? 後で探してみるわ。折角リズム取れるようになったのに、明日できなくなったら申し訳ないし」
それか家に来てもいいよ、と言われ、それは丁重にお断りする。
そりゃあピアノとかバイオリンが弾けてしまう長太郎の家にはメトロノームはあるだろう。
ただ長太郎の家が結構なお金持ちだってことは知っているし、以前長太郎の家に行ったことがあるのだが、庶民の俺からすると普通の友達より気を遣う。
それは長太郎には言わないけど。
「でも、すごいな。長太郎はもう課題曲弾けるんだろ?」
「まあ。前にやったことのある曲だったから」
「さすが」
「って言っても、ずっと前だけどね」
そう言いながらミルクティーを開けて飲む、その喉仏を見ていた。
「……何? 何か付いてる?」
「ううん、別に」
そろそろ再開しようか、と言われ、俺はオレンジジュースを机に置き再びピアノの前に座る。
「リズムは取れるようになったし、ゆっくりでいいから、弾いてみる?」
「え、いきなり?」
「右手だけでいいから」
実際に課題曲を弾くとなるととてつもなく緊張する。
「じゃあゆっくり数えるからやってみよう」
いち、に、さん、し、とすごくゆっくりのテンポで長太郎が口ずさむ。その声も綺麗だと思う、普段から発声練習をしているらしい。
合わせてゆっくり弾いてみたが、所々で躓く。
「澪士、ここ。その動き――運指って言うんだけど」
「運指?」
「そう。指の動きのことね。その運指だとその後が続かないから、こうするといいよ。指くぐりって言うんだけど」
「え? どうやってんの? それ」
そう言いながら長太郎は鍵盤の上で軽やかに指を動かしていく。ただあまりにも綺麗すぎて初心者には分からない。
ゆっくりやってくれたものの、親指を指の下からくぐらせているようなのだが、どうにも分からなかった。
「じゃあ一緒にやろう」
「!」
長太郎の手が俺の手の上に重なった。そうして俺の指を一緒に動かしながら、指くぐりを教えてくれる。
俺より大きい、綺麗な手が俺の手を動かしていく。……どうしたら、スポーツしててこんな綺麗な手でいられるんだろうか。
「わかった?」
「わかった。……けど」
「なに?」
「……近い」
気がつけば長太郎の右手は俺の右手に重なったままで、顔もすぐ近くにあって。息遣いさえ感じられてしまう程だ。
いくら男同士だからって、こんなイケメンが傍に居たら緊張する。
「ごめん。教えるのに夢中で」
そう言って長太郎の顔は一瞬離れたものの、あ、と声を上げた。
「左手でも出てくるのか。澪士右利きだよね、左手は少しコツがいるかも」
「!」
長太郎は俺の右手を未だ解放してくれない、上に、左手にも手を重ねられる。
つまり今、俺は完全に長太郎に囚われている状態だ。まるで後ろから抱きしめられているような。
その上彼は右手側から覗き込むようにして左手を動かす。その顔がさっきよりも近くて、練習に身が入らない。
「こういう感じ。何となく分かった?」
何故この至近距離で長太郎は至極真面目に振る舞えるのだろう、寧ろ俺がおかしいのか?
俺は問いに首をゆっくり横に振った。
「やっぱり難しい? じゃあもう一回――」
「近い」
「ん?」
「……緊張、する」
もう俺は頬まで真っ赤だろうか、でもそんなことは関係ない。
小さな声で抗議する。
するとこの距離で長太郎が目を合わせてきた。
「ちょうたろ、」
「やっぱり可愛い、澪士」
「なにを、」
その表情はいつもの笑顔と違って真剣だった。
「んっ」
俺がそこで言葉をやめたのは、その表情に驚いたからだけではない。
長太郎の唇が、俺の唇に触れたからだった。
「なに、?」
一瞬触れ合っただけ。しかしそれは友人同士がすることではない。
その目は俺の目を覗いていた。
恥ずかしくて堪らなかったけど、そこで目を逸らしてはいけない気がした。
「……ごめん、続き、しようか」
そう言って平然と俺たちは練習を続ける。
「すごい、澪士。こんな早くできるようになるなんて」
「長太郎の教え方が上手いお陰だ、本当に」
休憩しようか、と言われ俺は頷いた。
「飲み物でも買ってくる」
「一緒に行こうか」
「いい、長太郎はここで待ってて」
そう言って俺は鞄の中から財布を掴み出し、長太郎を置いてさっさと音楽室を出る。ここからだと食堂の自動販売機が一番近いな。
300円を押し込み、ミルクティーとオレンジジュースを買う。長太郎は確かミルクティーが好きだった筈。
食堂は放課後にも関わらず賑わっており、俺は2本のペットボトルを抱えたまま、そそくさと音楽室に戻った。
「長太郎、お待たせ」
「お帰り」
「はい、これ。とりあえずのお礼」
「何で? お礼なんていらないよ」
「いやいや、教えてもらってんだから、当たり前じゃん」
また今度何か奢るから、と言い添える。勿論中学生のお小遣いなんてたかが知れてるのだが。
ありがとう、と長太郎はちゃんと受け取ってくれた。
「でも本当、澪士は上達が早いと思うよ。この調子ならすぐ弾けるようになりそうだね」
「うう、そうかな……家にピアノとかないしさ、明日になったら忘れそう」
「メトロノームはある? 携帯でも最近はあったりするけど」
「まじ? 後で探してみるわ。折角リズム取れるようになったのに、明日できなくなったら申し訳ないし」
それか家に来てもいいよ、と言われ、それは丁重にお断りする。
そりゃあピアノとかバイオリンが弾けてしまう長太郎の家にはメトロノームはあるだろう。
ただ長太郎の家が結構なお金持ちだってことは知っているし、以前長太郎の家に行ったことがあるのだが、庶民の俺からすると普通の友達より気を遣う。
それは長太郎には言わないけど。
「でも、すごいな。長太郎はもう課題曲弾けるんだろ?」
「まあ。前にやったことのある曲だったから」
「さすが」
「って言っても、ずっと前だけどね」
そう言いながらミルクティーを開けて飲む、その喉仏を見ていた。
「……何? 何か付いてる?」
「ううん、別に」
そろそろ再開しようか、と言われ、俺はオレンジジュースを机に置き再びピアノの前に座る。
「リズムは取れるようになったし、ゆっくりでいいから、弾いてみる?」
「え、いきなり?」
「右手だけでいいから」
実際に課題曲を弾くとなるととてつもなく緊張する。
「じゃあゆっくり数えるからやってみよう」
いち、に、さん、し、とすごくゆっくりのテンポで長太郎が口ずさむ。その声も綺麗だと思う、普段から発声練習をしているらしい。
合わせてゆっくり弾いてみたが、所々で躓く。
「澪士、ここ。その動き――運指って言うんだけど」
「運指?」
「そう。指の動きのことね。その運指だとその後が続かないから、こうするといいよ。指くぐりって言うんだけど」
「え? どうやってんの? それ」
そう言いながら長太郎は鍵盤の上で軽やかに指を動かしていく。ただあまりにも綺麗すぎて初心者には分からない。
ゆっくりやってくれたものの、親指を指の下からくぐらせているようなのだが、どうにも分からなかった。
「じゃあ一緒にやろう」
「!」
長太郎の手が俺の手の上に重なった。そうして俺の指を一緒に動かしながら、指くぐりを教えてくれる。
俺より大きい、綺麗な手が俺の手を動かしていく。……どうしたら、スポーツしててこんな綺麗な手でいられるんだろうか。
「わかった?」
「わかった。……けど」
「なに?」
「……近い」
気がつけば長太郎の右手は俺の右手に重なったままで、顔もすぐ近くにあって。息遣いさえ感じられてしまう程だ。
いくら男同士だからって、こんなイケメンが傍に居たら緊張する。
「ごめん。教えるのに夢中で」
そう言って長太郎の顔は一瞬離れたものの、あ、と声を上げた。
「左手でも出てくるのか。澪士右利きだよね、左手は少しコツがいるかも」
「!」
長太郎は俺の右手を未だ解放してくれない、上に、左手にも手を重ねられる。
つまり今、俺は完全に長太郎に囚われている状態だ。まるで後ろから抱きしめられているような。
その上彼は右手側から覗き込むようにして左手を動かす。その顔がさっきよりも近くて、練習に身が入らない。
「こういう感じ。何となく分かった?」
何故この至近距離で長太郎は至極真面目に振る舞えるのだろう、寧ろ俺がおかしいのか?
俺は問いに首をゆっくり横に振った。
「やっぱり難しい? じゃあもう一回――」
「近い」
「ん?」
「……緊張、する」
もう俺は頬まで真っ赤だろうか、でもそんなことは関係ない。
小さな声で抗議する。
するとこの距離で長太郎が目を合わせてきた。
「ちょうたろ、」
「やっぱり可愛い、澪士」
「なにを、」
その表情はいつもの笑顔と違って真剣だった。
「んっ」
俺がそこで言葉をやめたのは、その表情に驚いたからだけではない。
長太郎の唇が、俺の唇に触れたからだった。
「なに、?」
一瞬触れ合っただけ。しかしそれは友人同士がすることではない。
その目は俺の目を覗いていた。
恥ずかしくて堪らなかったけど、そこで目を逸らしてはいけない気がした。
「……ごめん、続き、しようか」
そう言って平然と俺たちは練習を続ける。