君が好きだ(オムニバス)
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※現代パロ
(押し付けた縁は続かぬ、……というけれど)
太陽が漸く山から全容を現したくらいの、朝早い時間。
トン、トンと包丁が規則正しくまな板を叩く音が家に響く。
「おはよう、#s#」
「あ、……おはよう、ココさん」
自室から出てきた僕は迷わずキッチンへ向かう。音の主、同居人はそこにいるからだ。
背中から声を掛ければ、彼はびくりと振り返る。
ああやはり、まだ怯えているのだ、と僕に思わせる。
「今日の朝食は?」
「あ……ええと……」
返事を待つ前に背中側から覗き込めば、何とも美味しそうなものがずらりと並んでいる。
僕の好物ばかりだ。まさか気を遣っているのだろうか。昨晩あれだけ伝えたのに。
僕が何か言いたげなのを察したのか、彼は慌てて口を開いた。
「ええと、これはこの前トリコさんから頂いた物で、こっちは昨日、スーパーで安かったので……」
「うん、分かっているよ」
必死に弁明する#s#が、可愛いような可哀相なような。
だから僕は彼の頭を撫でた。最初、触れた時はびくりと強張る。しかし撫で続けている間に、徐々に緊張が解れていったようだった。
「ええと、ココさん……?」
「ああ、邪魔して悪かったね。僕は向こうで待っているから。手伝いが必要だったら呼んで」
「あ、うん、」
それだけ言い置いて僕はリビングのソファに座る。
またしても失敗か。ふっと息を吐き出した。
僕と彼、#s#は新婚だ。結婚してまだ1か月も経っていないが。
それまでの交際歴は殆どない。何故なら僕たちの出会いはお見合いだからだ。
僕の場合、適齢期になっても女性の影が全くなかったことを心配して、世話好きな叔母が口を出してきた。僕が嫌だと断ると、一度だけ行ってみてそれでも駄目なら断ってもいいからと。だからしょうがなく来た場だったのだ。
それが行ってみると、何故か相手は男だった。叔母は一体何を考えているのか。
憤りながらどうやって断ろうかと考えていると、相手――#s#だ――は言った。
「ごめんなさい。僕は代理です。あなたのお見合い相手は僕の妹なんですが、妹はもう心に決めた人が居るからと言って……」
開口一番、彼はそう切り出したので僕は驚いた。いや、男性という時点で何かあるのかと疑っていたから、そういう意味では少し安心したかもしれない。
けれど申し訳なさそうにする、その顔があまりにも魅力的で――少し困らせてやろうか、という悪戯心を刺激するものだったので――僕は少し言葉を考えた後、口を開いた。
「じゃあ、本当に君が、僕とお見合いするのはどう?」
「……えっ?」
当然だが、彼は困惑した表情を見せた。当然の反応だろう。というか、その反応が見たかった。
しかしその後の言葉は僕の予想を裏切って。
「あ、じゃあ……はい」
聞き間違いかと思い訊き返そうとしたが、彼の表情には恥じらいが浮かんでいる。だから多分肯定なのだろう。
でも、何故了承したのだろうか?
とはいえ、それならそれで、僕はお見合いを続ければいい。
「じゃあ、君のことを色々教えてほしいな」
叔母から貰ったプロフィールは当然女性のものだった。だから僕は彼のことを何一つ知らない。名前さえも。
今日は叔母はどうしても外せない用事があるとかで、僕と出会ったのが男性ということは知らない。
でも彼に興味が湧いた今、それはそれで好都合だった。
聞けば聞くほど、僕たちの趣味は合わないということが分かった。しかし嫌いなものは同じだった。
結婚というのは、好きなものが同じより、嫌いなものが同じ方がいいと叔母も言っていたので、1週間経たない内に、彼にプロポーズした。
彼は当然驚いていたが、何故か今回も了承された。
不思議だと思いながら、しかしプロポーズも了承されてしまったので、これは結婚生活を営まないといけないな、と思い覚悟を決めたのだった。
そこからとんとん拍子に同居するようになって、僕たちの役割分担は自然に決まって。
サラリーマンとして働いている僕が主に外で稼いできて、彼は身体が弱く定職に就けないので主に家事を担当しながら時折単発のアルバイトをして。
そうはなっているのだけれど、僕と#s#の仲は依然として深まらない。それは何故だろう、と考えていた。
(……セツばあに言わせれば)
セツばあとは、近所に住む老女だ。尤も老女と思えないほどの元気さがあるが。
その彼女に言わせれば、僕は愛情表現が下手なのだから、もっと言葉にして伝えていく必要があるらしい。
一体何故? 僕はこんなに#s#に優しくしているのに。
そう思いつつ、それでも#s#の態度が未だに硬化しているのは、セツばあの言うことも一理あるのではないかとも思っていた。
「お、お待たせ、ココさん」
「ああ、ありがとう#s#」
考えても分からない。朝食を運んできた#s#の瞳の奥にはやはり恐怖と似たようなものが宿っているのだ。それは恐怖そのものかもしれない、もっと似た別の何かかもしれない。
「ねえ、#s#」
「ん……?」
「この後、予定はある?」
「え? 別に……ないけど」
今日は休日だ。2人で過ごす休日はまだ数えるほどしかない。
「じゃあ、少し話をしない? どうかな」
「話……うん」
「うん、ありがとう」
話、どういう話なのだろうか、ときっと彼は思っているだろう。しかし僕が、怖い話ではない、と言ったところで、簡単に緊張は解けないだろう。
僕も立ち上がって一緒に朝食を運び、向かい合って摂った。話があまり弾まないのはいつものことだった。
「……#s#」
「な、何? ココさん」
朝食を食べ終えた後、#s#の名を呼ぶと、いつものように不安な表情を見せる。
「僕が本当に君のことを好きだっていうのは、どうしたら分かってもらえるのかな」
「え……?」
「ここには僕と君しかいない。僕には君のことを面白おかしく話す相手もいない。だから嘘を吐く理由なんてないと思うんだけれど」
「……っ」
出来るだけ優しく、冷たく聞こえないように言葉を選ぶ。
とはいえ僕は外資系の企業でのし上がって今の年収を得ているわけだし、他人に抗議する方法をよく知っている。
でも#s#にそんなやり方をしたって無駄だ。彼はあまりに脆い。
「……僕は……」
きつく結んだ口の端から無理やり押し出すように#s#は言う。
「僕は……怖いんです」
「怖い? 何が?」
「あなたが……あなたが、本当は、冗談のつもりだったとしたら」
「冗談?」
何を言っているのか分からなかった。冗談? 何が?
しかし彼の表情は真剣だし今にも泣いてしまいそうなので、口をはさむのは控える。
「覚えてますか、お見合いの時のこと」
「ああ、勿論」
「僕は本当は妹の代わりだった。ココさんは女性が来ると思っていたよね。だから先に騙したのは僕だった」
「騙した、って……」
「あなたのことがずっと好きだったんだ。だから……」
「!」
ぽろり、と#s#の瞳から涙が落ちた。しかしそれ以上に僕は戸惑っていた。
好き? 一体、誰が誰を?
「妹にお願いして僕はあなたとちゃんと出会った。当然断られると思っていたんだ。だってまさかココさんにとって男性もそういう対象だとは思わなかったから。でも断られたら、それはそれでいいかなって思ったんだ。諦められるかなって。でも、そうしたら……」
「まさか僕にプロポーズされるとは、って?」
「そう……だから、最初はココさんが冗談を言っているんじゃないかと……」
それはそうだろう。まさか好きだった人とお見合いをして、プロポーズされたら何かのドッキリではないかと僕も思ってしまう筈だ。
だからそれをまだ信じられないでいるのか。
だから毎日僕の顔色を窺っているのか。もう1か月くらい経つのに。
「……馬鹿だなあ、#s#は」
僕は手を伸ばす。向かいの#s#の涙を掬う。
「もう1か月も経つよ。僕の人生もかかっているし、こんな冗談なんて言わないよ」
「……そうだけど……」
「じゃあ、どうしたら信じてくれる? #s#、どうしたら君は、僕がこんなに君のことが好きだって伝えられるのかな」
こういう時は多分、心配性な彼に合わせてあげた方がいい。
こんなに長い間心配させていたことに僕は全く気付かなくて、それなら彼が一番安心できる方法で解決してあげたいから。
「じゃあ……あの、その」
「ん?」
「一緒に……一緒に、」
震える声。もう殆ど消えかけていった言葉は何故か僕の耳にはちゃんと届く。
ふっと笑った。そんなことでいいのか。もっと沢山のものを、きっと僕はあげられるのに。
「うん、いいよ」
「え……」
「#s#のこと、好きって言ったでしょ。何でもしてあげる。ずっと気づいてあげられなくてごめん」
「ココさん……」
#s#はぽろぽろと涙を零し始める。僕は立ち上がって#s#の手を取った。
「ああ、もう。そんなに泣かないで。後でつらいから」
「だって、だって、」
「大丈夫。これからもっと大事にするから」
幸せはこんなことで終わらせてはあげない。僕たちは遠回りの果て、ようやくここに辿り着いたのに。
#s#を立ち上がらせて抱きしめた。僕たちの生活はここからだ。
押し付けた縁は続かぬ///むりやりに押し付けて結婚させた男女は、所詮長続きしないということ
続き
(押し付けた縁は続かぬ、……というけれど)
太陽が漸く山から全容を現したくらいの、朝早い時間。
トン、トンと包丁が規則正しくまな板を叩く音が家に響く。
「おはよう、#s#」
「あ、……おはよう、ココさん」
自室から出てきた僕は迷わずキッチンへ向かう。音の主、同居人はそこにいるからだ。
背中から声を掛ければ、彼はびくりと振り返る。
ああやはり、まだ怯えているのだ、と僕に思わせる。
「今日の朝食は?」
「あ……ええと……」
返事を待つ前に背中側から覗き込めば、何とも美味しそうなものがずらりと並んでいる。
僕の好物ばかりだ。まさか気を遣っているのだろうか。昨晩あれだけ伝えたのに。
僕が何か言いたげなのを察したのか、彼は慌てて口を開いた。
「ええと、これはこの前トリコさんから頂いた物で、こっちは昨日、スーパーで安かったので……」
「うん、分かっているよ」
必死に弁明する#s#が、可愛いような可哀相なような。
だから僕は彼の頭を撫でた。最初、触れた時はびくりと強張る。しかし撫で続けている間に、徐々に緊張が解れていったようだった。
「ええと、ココさん……?」
「ああ、邪魔して悪かったね。僕は向こうで待っているから。手伝いが必要だったら呼んで」
「あ、うん、」
それだけ言い置いて僕はリビングのソファに座る。
またしても失敗か。ふっと息を吐き出した。
僕と彼、#s#は新婚だ。結婚してまだ1か月も経っていないが。
それまでの交際歴は殆どない。何故なら僕たちの出会いはお見合いだからだ。
僕の場合、適齢期になっても女性の影が全くなかったことを心配して、世話好きな叔母が口を出してきた。僕が嫌だと断ると、一度だけ行ってみてそれでも駄目なら断ってもいいからと。だからしょうがなく来た場だったのだ。
それが行ってみると、何故か相手は男だった。叔母は一体何を考えているのか。
憤りながらどうやって断ろうかと考えていると、相手――#s#だ――は言った。
「ごめんなさい。僕は代理です。あなたのお見合い相手は僕の妹なんですが、妹はもう心に決めた人が居るからと言って……」
開口一番、彼はそう切り出したので僕は驚いた。いや、男性という時点で何かあるのかと疑っていたから、そういう意味では少し安心したかもしれない。
けれど申し訳なさそうにする、その顔があまりにも魅力的で――少し困らせてやろうか、という悪戯心を刺激するものだったので――僕は少し言葉を考えた後、口を開いた。
「じゃあ、本当に君が、僕とお見合いするのはどう?」
「……えっ?」
当然だが、彼は困惑した表情を見せた。当然の反応だろう。というか、その反応が見たかった。
しかしその後の言葉は僕の予想を裏切って。
「あ、じゃあ……はい」
聞き間違いかと思い訊き返そうとしたが、彼の表情には恥じらいが浮かんでいる。だから多分肯定なのだろう。
でも、何故了承したのだろうか?
とはいえ、それならそれで、僕はお見合いを続ければいい。
「じゃあ、君のことを色々教えてほしいな」
叔母から貰ったプロフィールは当然女性のものだった。だから僕は彼のことを何一つ知らない。名前さえも。
今日は叔母はどうしても外せない用事があるとかで、僕と出会ったのが男性ということは知らない。
でも彼に興味が湧いた今、それはそれで好都合だった。
聞けば聞くほど、僕たちの趣味は合わないということが分かった。しかし嫌いなものは同じだった。
結婚というのは、好きなものが同じより、嫌いなものが同じ方がいいと叔母も言っていたので、1週間経たない内に、彼にプロポーズした。
彼は当然驚いていたが、何故か今回も了承された。
不思議だと思いながら、しかしプロポーズも了承されてしまったので、これは結婚生活を営まないといけないな、と思い覚悟を決めたのだった。
そこからとんとん拍子に同居するようになって、僕たちの役割分担は自然に決まって。
サラリーマンとして働いている僕が主に外で稼いできて、彼は身体が弱く定職に就けないので主に家事を担当しながら時折単発のアルバイトをして。
そうはなっているのだけれど、僕と#s#の仲は依然として深まらない。それは何故だろう、と考えていた。
(……セツばあに言わせれば)
セツばあとは、近所に住む老女だ。尤も老女と思えないほどの元気さがあるが。
その彼女に言わせれば、僕は愛情表現が下手なのだから、もっと言葉にして伝えていく必要があるらしい。
一体何故? 僕はこんなに#s#に優しくしているのに。
そう思いつつ、それでも#s#の態度が未だに硬化しているのは、セツばあの言うことも一理あるのではないかとも思っていた。
「お、お待たせ、ココさん」
「ああ、ありがとう#s#」
考えても分からない。朝食を運んできた#s#の瞳の奥にはやはり恐怖と似たようなものが宿っているのだ。それは恐怖そのものかもしれない、もっと似た別の何かかもしれない。
「ねえ、#s#」
「ん……?」
「この後、予定はある?」
「え? 別に……ないけど」
今日は休日だ。2人で過ごす休日はまだ数えるほどしかない。
「じゃあ、少し話をしない? どうかな」
「話……うん」
「うん、ありがとう」
話、どういう話なのだろうか、ときっと彼は思っているだろう。しかし僕が、怖い話ではない、と言ったところで、簡単に緊張は解けないだろう。
僕も立ち上がって一緒に朝食を運び、向かい合って摂った。話があまり弾まないのはいつものことだった。
「……#s#」
「な、何? ココさん」
朝食を食べ終えた後、#s#の名を呼ぶと、いつものように不安な表情を見せる。
「僕が本当に君のことを好きだっていうのは、どうしたら分かってもらえるのかな」
「え……?」
「ここには僕と君しかいない。僕には君のことを面白おかしく話す相手もいない。だから嘘を吐く理由なんてないと思うんだけれど」
「……っ」
出来るだけ優しく、冷たく聞こえないように言葉を選ぶ。
とはいえ僕は外資系の企業でのし上がって今の年収を得ているわけだし、他人に抗議する方法をよく知っている。
でも#s#にそんなやり方をしたって無駄だ。彼はあまりに脆い。
「……僕は……」
きつく結んだ口の端から無理やり押し出すように#s#は言う。
「僕は……怖いんです」
「怖い? 何が?」
「あなたが……あなたが、本当は、冗談のつもりだったとしたら」
「冗談?」
何を言っているのか分からなかった。冗談? 何が?
しかし彼の表情は真剣だし今にも泣いてしまいそうなので、口をはさむのは控える。
「覚えてますか、お見合いの時のこと」
「ああ、勿論」
「僕は本当は妹の代わりだった。ココさんは女性が来ると思っていたよね。だから先に騙したのは僕だった」
「騙した、って……」
「あなたのことがずっと好きだったんだ。だから……」
「!」
ぽろり、と#s#の瞳から涙が落ちた。しかしそれ以上に僕は戸惑っていた。
好き? 一体、誰が誰を?
「妹にお願いして僕はあなたとちゃんと出会った。当然断られると思っていたんだ。だってまさかココさんにとって男性もそういう対象だとは思わなかったから。でも断られたら、それはそれでいいかなって思ったんだ。諦められるかなって。でも、そうしたら……」
「まさか僕にプロポーズされるとは、って?」
「そう……だから、最初はココさんが冗談を言っているんじゃないかと……」
それはそうだろう。まさか好きだった人とお見合いをして、プロポーズされたら何かのドッキリではないかと僕も思ってしまう筈だ。
だからそれをまだ信じられないでいるのか。
だから毎日僕の顔色を窺っているのか。もう1か月くらい経つのに。
「……馬鹿だなあ、#s#は」
僕は手を伸ばす。向かいの#s#の涙を掬う。
「もう1か月も経つよ。僕の人生もかかっているし、こんな冗談なんて言わないよ」
「……そうだけど……」
「じゃあ、どうしたら信じてくれる? #s#、どうしたら君は、僕がこんなに君のことが好きだって伝えられるのかな」
こういう時は多分、心配性な彼に合わせてあげた方がいい。
こんなに長い間心配させていたことに僕は全く気付かなくて、それなら彼が一番安心できる方法で解決してあげたいから。
「じゃあ……あの、その」
「ん?」
「一緒に……一緒に、」
震える声。もう殆ど消えかけていった言葉は何故か僕の耳にはちゃんと届く。
ふっと笑った。そんなことでいいのか。もっと沢山のものを、きっと僕はあげられるのに。
「うん、いいよ」
「え……」
「#s#のこと、好きって言ったでしょ。何でもしてあげる。ずっと気づいてあげられなくてごめん」
「ココさん……」
#s#はぽろぽろと涙を零し始める。僕は立ち上がって#s#の手を取った。
「ああ、もう。そんなに泣かないで。後でつらいから」
「だって、だって、」
「大丈夫。これからもっと大事にするから」
幸せはこんなことで終わらせてはあげない。僕たちは遠回りの果て、ようやくここに辿り着いたのに。
#s#を立ち上がらせて抱きしめた。僕たちの生活はここからだ。
押し付けた縁は続かぬ///むりやりに押し付けて結婚させた男女は、所詮長続きしないということ
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