君が好きだ(オムニバス)
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※マネージャー成り代わり
「はいそこ、休憩終わったんだからダラダラしない!」
「はーい」
「はいは伸ばさない!」
「はいはい」
「はいは1回!」
レッスン室で繰り広げられるいつもの光景に、オシリスは思わず苦笑する。
怒られているのはホルスとアヌビス、怒っているのは我がM.P.5のマネージャー、レイシだ。
普通ならマネージャーがこんな風にレッスンに口を出してくることなんてなかなかない。
「……ん? オシリス、どうかした?」
「いいや? 別に何も」
「そう」
ぱっとレイシの目線がこちらを向く。その瞬間、オシリスの脳裏によぎるのは、(怒られるのか?)という焦燥ではなく、(こっちを見てくれた)という胸の高鳴り。
「皆、この後も引き続き宜しくね。俺はちょっと事務所から離れたりするから、時間になったら帰ってもらって構わないから」
「はーい」
「……あのさあ、ホルス……」
ホルスと少しやり取りした後、レイシはレッスン室から去っていく。
その後ろ姿を見届けて、トトは笑った。
「なかなかいないよね、あんなにレッスンにまめに顔を出してくれるマネージャーも」
「ああ」
レイシは昼休憩の時や果てはこんな小休憩の時まで、自分の時間が空けば見に来て、コミュニケーションを取っていく。
そうやってメンバーの特性を知りながら合っている仕事にアサインしようとしてくれているのだろう。
直接的に金を稼いでいるのは彼らM.P.5だが、マネージャーがいなければそれも不可能。本当に頭が下がる思いだった。
「よし、練習を頑張ろうか。レイシのためにも」
「ああ」
「ではまず、先程のところからーー」
「やっ、オシリス。調子はどう」
「……ああ、レイシか」
ある日、事務所のソファに座って何やら難しい顔をしていたオシリスは、レイシが近づいてきたことにも気づいていなかった。当然、事務所の戸を開けた瞬間は沈んだ表情をしていたことも。オシリスに気づいた時、ぱっと顔を明るくしたことも。
言いたくなければ言わなくてもいい、とでも言いたげに、レイシは向かいのソファに座る。
「他のメンバー、皆帰っちゃったみたいだね? おいてけぼり?」
そう言って笑うと、いくら疎いオシリスでも分かった。
他のメンバーはいないのだから、リーダーという立場でも弱音を吐いていいんだ、と言っているのだと。
「……レイシ、少し話に付き合ってもらってもいいか?」
「うん、勿論。俺でいいなら」
「ありがとう」
ああ、頼りっぱなしだな。自分はリーダーなのに。皆をまとめなければいけないのに。
そう思いながらも、オシリスは話し出してしまった。そして話し始めたらもう途中では止められない。
悩みはそんなに根深くはない。自分のソロパートが上手く歌えないということだ。こんなのマネージャーに相談したってどうとなるものか。最後は自分の努力なのに。
しかしレイシはうんうんと頷いて聞いていた。そしてオシリスが話し終わった後、おもむろに口を開いた。
「今のレッスンのやり方が合っていないとか、気分を変えてみたいということだったら、別の先生探してみようか」
「……なるほど、そういう手があったか」
「俺はオシリスは歌が上手いと思うよ。この前の録音聴かせてもらったけど」
「録音? ……ああ、アヌビスの?」
「うん」
隣の彼の率直な言葉を聞く。
レイシはレッスンの休憩中にわざわざ声を掛けに来るような人だから、歌やダンスにも当然厳しい。
そんなレイシが「歌が上手い」と言うのだから、それは嘘ではないのだろう、とオシリスは思う。
「でも、オシリス自身が納得するのが一番だと思うから。任せて、明日中には、どこかに予約を入れられるようにするから」
「ああ、ありがとう。いつも助かる、レイシ」
「うん」
それじゃ、と言ってオシリスは立ち上がった。聞いてもらっただけで大分気持ちが軽くなっていた、これは何故なのだろう。
「ごめんオシリス、送っていきたいのだけれど、生憎社用車が出払ってしまっていて。タクシー呼ぼうか?」
「いや、大丈夫だ。自分で捕まえるから。遅くまでお疲れ様、レイシ。また明日」
「オシリスこそ、こんな時間までありがとう。身体には気を付けて。また明日ね」
互いに別れの挨拶をし、オシリスは事務所から出る。M.P.5も人気が出てきたとはいえ、まだ恨みを持たれてつけられる程の知名度はない。
だから1人で帰っても全く問題はなかった。ラープロデューサーからは、出来るだけレイシに送ってもらうか、タクシーを使えと言われているけれど。
さあ今日は駅まで歩こうか、と思っていると、ふっと視界の端に人影が映る。
「……アヌビス?」
「ああ、オシリスか」
外はすっかり暗く、月が空に昇っている。そんな中、アヌビスは事務所の壁にもたれて立っていた。まるで何かを待つように。
彼は全体的に黒っぽいので闇に溶け込んでいて、オシリスは一瞬驚く。
「先に帰ったのかと思っていた」
「ああ、ちょっと忘れ物を思い出して」
「忘れ物か。気を付けて帰るんだぞ」
「オシリスこそ」
2人は短く言葉を交わし、すぐ別れる。
しかし角を曲がった後、オシリスも忘れ物を思い出した。レッスン室のロッカーに上着を置きっぱなしだ。どうりで寒いと思った。
すぐにくるりと向きを変えて戻ってみると、そこにアヌビスはいなかった。
(忘れ物が見つかったのか?)
それにしては早いな、と思いながら事務所に入り、レッスン室の隣のロッカーへ向かう。もしレイシが帰るところだったのなら誘いたいな、と思いながら。
しかしオシリスがレッスン室に近づくにつれ、誰かの声が聞こえてくる。それはあまりに耳馴染みのある声で。
「……ビス、」
「レイシ」
レッスン室の扉は僅かに開いている。オシリスは思わず足を止めた。
「今日は……大きい仕事、逃しちゃって……」
(!)
普段は気丈な声だ。でも今は震えている。涙を含んでいる。
オシリスは聞いたことのない声音だった。しかし相対しているであろう男の声は優しい。それも聞いたことがなかった。
「レイシ、すまない。俺たちの実力が足りないばかりに……」
「いや、俺がもっとアピールできていれば、きっと……」
嗚咽が混じり始めた。オシリスは思わず自分の胸を、服の上から掴んだ。
間違いない、この中にいるのはレイシとアヌビスだ。何故今この時間にレッスン室で、2人きりで?
でもどちらも聞いたことのない程の甘えた声、優しい声をしていて。只ならぬ関係なのはそういうことに疎いオシリスでも分かった。
「レイシ、今日は俺の家に来るか?」
「……うん」
「!」
オシリスは音を立てないよう踵を返す。もう上着なんて要らない。一刻も早くここから立ち去りたい。その一心で廊下を早足で行く。
「これが、及ばぬ恋の滝登り……か」
鯉は最終的に龍になるのか、それは大した問題ではない。少なくとも、今目の前の滝を登れぬようであればこの先などない。
オシリスは何も考えないように家路を辿った。明日から、レイシとアヌビスの前で普通の顔をできるか、それは分からなかった。
及ばぬ恋の滝登り///どんなに努力しても到底不可能なことのたとえ
「はいそこ、休憩終わったんだからダラダラしない!」
「はーい」
「はいは伸ばさない!」
「はいはい」
「はいは1回!」
レッスン室で繰り広げられるいつもの光景に、オシリスは思わず苦笑する。
怒られているのはホルスとアヌビス、怒っているのは我がM.P.5のマネージャー、レイシだ。
普通ならマネージャーがこんな風にレッスンに口を出してくることなんてなかなかない。
「……ん? オシリス、どうかした?」
「いいや? 別に何も」
「そう」
ぱっとレイシの目線がこちらを向く。その瞬間、オシリスの脳裏によぎるのは、(怒られるのか?)という焦燥ではなく、(こっちを見てくれた)という胸の高鳴り。
「皆、この後も引き続き宜しくね。俺はちょっと事務所から離れたりするから、時間になったら帰ってもらって構わないから」
「はーい」
「……あのさあ、ホルス……」
ホルスと少しやり取りした後、レイシはレッスン室から去っていく。
その後ろ姿を見届けて、トトは笑った。
「なかなかいないよね、あんなにレッスンにまめに顔を出してくれるマネージャーも」
「ああ」
レイシは昼休憩の時や果てはこんな小休憩の時まで、自分の時間が空けば見に来て、コミュニケーションを取っていく。
そうやってメンバーの特性を知りながら合っている仕事にアサインしようとしてくれているのだろう。
直接的に金を稼いでいるのは彼らM.P.5だが、マネージャーがいなければそれも不可能。本当に頭が下がる思いだった。
「よし、練習を頑張ろうか。レイシのためにも」
「ああ」
「ではまず、先程のところからーー」
「やっ、オシリス。調子はどう」
「……ああ、レイシか」
ある日、事務所のソファに座って何やら難しい顔をしていたオシリスは、レイシが近づいてきたことにも気づいていなかった。当然、事務所の戸を開けた瞬間は沈んだ表情をしていたことも。オシリスに気づいた時、ぱっと顔を明るくしたことも。
言いたくなければ言わなくてもいい、とでも言いたげに、レイシは向かいのソファに座る。
「他のメンバー、皆帰っちゃったみたいだね? おいてけぼり?」
そう言って笑うと、いくら疎いオシリスでも分かった。
他のメンバーはいないのだから、リーダーという立場でも弱音を吐いていいんだ、と言っているのだと。
「……レイシ、少し話に付き合ってもらってもいいか?」
「うん、勿論。俺でいいなら」
「ありがとう」
ああ、頼りっぱなしだな。自分はリーダーなのに。皆をまとめなければいけないのに。
そう思いながらも、オシリスは話し出してしまった。そして話し始めたらもう途中では止められない。
悩みはそんなに根深くはない。自分のソロパートが上手く歌えないということだ。こんなのマネージャーに相談したってどうとなるものか。最後は自分の努力なのに。
しかしレイシはうんうんと頷いて聞いていた。そしてオシリスが話し終わった後、おもむろに口を開いた。
「今のレッスンのやり方が合っていないとか、気分を変えてみたいということだったら、別の先生探してみようか」
「……なるほど、そういう手があったか」
「俺はオシリスは歌が上手いと思うよ。この前の録音聴かせてもらったけど」
「録音? ……ああ、アヌビスの?」
「うん」
隣の彼の率直な言葉を聞く。
レイシはレッスンの休憩中にわざわざ声を掛けに来るような人だから、歌やダンスにも当然厳しい。
そんなレイシが「歌が上手い」と言うのだから、それは嘘ではないのだろう、とオシリスは思う。
「でも、オシリス自身が納得するのが一番だと思うから。任せて、明日中には、どこかに予約を入れられるようにするから」
「ああ、ありがとう。いつも助かる、レイシ」
「うん」
それじゃ、と言ってオシリスは立ち上がった。聞いてもらっただけで大分気持ちが軽くなっていた、これは何故なのだろう。
「ごめんオシリス、送っていきたいのだけれど、生憎社用車が出払ってしまっていて。タクシー呼ぼうか?」
「いや、大丈夫だ。自分で捕まえるから。遅くまでお疲れ様、レイシ。また明日」
「オシリスこそ、こんな時間までありがとう。身体には気を付けて。また明日ね」
互いに別れの挨拶をし、オシリスは事務所から出る。M.P.5も人気が出てきたとはいえ、まだ恨みを持たれてつけられる程の知名度はない。
だから1人で帰っても全く問題はなかった。ラープロデューサーからは、出来るだけレイシに送ってもらうか、タクシーを使えと言われているけれど。
さあ今日は駅まで歩こうか、と思っていると、ふっと視界の端に人影が映る。
「……アヌビス?」
「ああ、オシリスか」
外はすっかり暗く、月が空に昇っている。そんな中、アヌビスは事務所の壁にもたれて立っていた。まるで何かを待つように。
彼は全体的に黒っぽいので闇に溶け込んでいて、オシリスは一瞬驚く。
「先に帰ったのかと思っていた」
「ああ、ちょっと忘れ物を思い出して」
「忘れ物か。気を付けて帰るんだぞ」
「オシリスこそ」
2人は短く言葉を交わし、すぐ別れる。
しかし角を曲がった後、オシリスも忘れ物を思い出した。レッスン室のロッカーに上着を置きっぱなしだ。どうりで寒いと思った。
すぐにくるりと向きを変えて戻ってみると、そこにアヌビスはいなかった。
(忘れ物が見つかったのか?)
それにしては早いな、と思いながら事務所に入り、レッスン室の隣のロッカーへ向かう。もしレイシが帰るところだったのなら誘いたいな、と思いながら。
しかしオシリスがレッスン室に近づくにつれ、誰かの声が聞こえてくる。それはあまりに耳馴染みのある声で。
「……ビス、」
「レイシ」
レッスン室の扉は僅かに開いている。オシリスは思わず足を止めた。
「今日は……大きい仕事、逃しちゃって……」
(!)
普段は気丈な声だ。でも今は震えている。涙を含んでいる。
オシリスは聞いたことのない声音だった。しかし相対しているであろう男の声は優しい。それも聞いたことがなかった。
「レイシ、すまない。俺たちの実力が足りないばかりに……」
「いや、俺がもっとアピールできていれば、きっと……」
嗚咽が混じり始めた。オシリスは思わず自分の胸を、服の上から掴んだ。
間違いない、この中にいるのはレイシとアヌビスだ。何故今この時間にレッスン室で、2人きりで?
でもどちらも聞いたことのない程の甘えた声、優しい声をしていて。只ならぬ関係なのはそういうことに疎いオシリスでも分かった。
「レイシ、今日は俺の家に来るか?」
「……うん」
「!」
オシリスは音を立てないよう踵を返す。もう上着なんて要らない。一刻も早くここから立ち去りたい。その一心で廊下を早足で行く。
「これが、及ばぬ恋の滝登り……か」
鯉は最終的に龍になるのか、それは大した問題ではない。少なくとも、今目の前の滝を登れぬようであればこの先などない。
オシリスは何も考えないように家路を辿った。明日から、レイシとアヌビスの前で普通の顔をできるか、それは分からなかった。
及ばぬ恋の滝登り///どんなに努力しても到底不可能なことのたとえ
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