御伽噺と微笑む(オムニバス)
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※アリス成り代わり
いきなり放り込まれたこの世界は俺の知る常識から相当に逸脱していて、それでも何とか生きようともがいていたけれど、名のある者たちは俺の腕を東西から、いや足までも南北から引っ張った。
命からがら千切れる前に逃げ出したけれど、結局誰も助けてくれない。
どこに隠れても奴らは必ず嗅ぎ付けてきたし、俺の意思なんか関係なく、誘いの言葉を口にして腕を引いた。
元の世界に帰れない。ここに居ても追い詰められていくだけだ。
俺は意を決して、海辺の崖を訪れていた。
(……死ねるのか? この世界って)
打ち寄せる波を見下ろしながら、俺は冷静にそう考える。
最初、ここを訪れた時、この世界の特殊性を少しだけ聞いた。この世界には「役割を持つ者」と「役割を持たない者」が居て、「役割を持たない者」はいくらでも替えがきき、「役割を持つ者」はその名の通りに生きる運命にあるらしい。
俺はどちらに属するのか。呼んでもらえる名があるということは「役割を持つ者」なのか。だとしたら、運命に書かれた筋書に従うことになるのだろうか。どう書かれているのかは知らないけれど。
(まあいいか……可能性の一つとして試してみれば)
思い直して踏み出した瞬間、突然銃声が聞こえ、俺の足元の地面が撃ち抜かれた。
「ひっ!?」
俺は思わず情けない声を出して尻もちを搗く。
後ろから石を踏んで近づいてくる足音が聞こえたので、ぱっと顔を上げた。
「何している? レイシ」
「え……と」
兎の耳が生えた男が俺を見下ろす。
ああ、誰だっけ、こいつ。見たことはある。間違いなく俺の腕を引っ張っていた奴だ。
けど名前までは覚えていない。そう思ったのが分かったのか、男は溜息を吐いた。
「……エリオットだ」
「はあ……」
つい気の抜けた返事をする。別に名前を知りたいわけではない。
「死のうとしていたのか?」
口をつぐむ。答える義理はない。
とはいったって、こんな崖で何をしていたのかと問われれば、それくらいしか選択肢はないだろう。
「レイシ、死ぬことは許さない」
「……誰が?」
「俺が」
「何で?」
「お前が必要だから」
じっとエリオットの目を見返す。
「何で? 俺じゃなくてもいいじゃん」
「じゃあ何でお前は死にたい?」
「この世界が嫌いだ。お前も含めて」
視線を外す。別に、俺が必要だと言ってほしいわけじゃない。色々な人に千切られかけたのでそれは分かっている。
「俺はお前じゃなきゃ駄目なんだ。――今は分からなくても、必ずいつか、分からせるから」
「何言って、」
「もう、嫌いって言わせないようにするから」
「っ!」
エリオットはそう言って俺の方に手を伸ばし、地面に膝をついて俺を抱きしめた。
それでもあからさまに跳ね除ける気にならなかったのは、思えば彼は、初めて出会ったあの時以降、俺の前には現れなかったのだ。他の奴はやってきては俺を甘い言葉で誘い、時には口汚く罵り、どんな手を使っても連れて行こうとしていたけど。
けど、だからといってそんな理由だけで全てを許せる筈もない。だから俺は口を開いた。
「……エリオット」
「?」
「お前、俺と一緒に不幸になる気、ある?」
帰りたい。帰れない。元の世界が心底好きだったわけではないけれど、郷愁を覚えるのは何故だろうか。
エリオットは身体を離して俺の顔を見てくる。止められなかった一筋の涙が頬を伝う。
「レイシが望んでも、俺はお前を不幸にはさせない」
「……そう」
何て返してくれるのを期待していたのか自分でも分からない。けれど不思議と腹は立たなかった。
「レイシ、立てるか?」
「ああ」
「多分レイシはまだ俺のことを信じていないだろうけど、1つだけ聞いてくれ。これを聞いても信じてはくれないだろうけど」
「何?」
どうせ兎の耳の生えた男の言うことだ、もう何を信じるも信じないもないだろうが。
「俺が何でこの役割だったか、この役割が何だったか、思い出したんだ」
エリオットの強い腕に支えられ立ち上がる。さっきまで死にたがっていた感情が少しなりを潜めるのを感じた。
彼の言った言葉が分からず目を見つめ返すと、エリオットはただ笑った。もしかするとここまでが、いやこれからも、運命の筋書き通りなのかもしれない。
いきなり放り込まれたこの世界は俺の知る常識から相当に逸脱していて、それでも何とか生きようともがいていたけれど、名のある者たちは俺の腕を東西から、いや足までも南北から引っ張った。
命からがら千切れる前に逃げ出したけれど、結局誰も助けてくれない。
どこに隠れても奴らは必ず嗅ぎ付けてきたし、俺の意思なんか関係なく、誘いの言葉を口にして腕を引いた。
元の世界に帰れない。ここに居ても追い詰められていくだけだ。
俺は意を決して、海辺の崖を訪れていた。
(……死ねるのか? この世界って)
打ち寄せる波を見下ろしながら、俺は冷静にそう考える。
最初、ここを訪れた時、この世界の特殊性を少しだけ聞いた。この世界には「役割を持つ者」と「役割を持たない者」が居て、「役割を持たない者」はいくらでも替えがきき、「役割を持つ者」はその名の通りに生きる運命にあるらしい。
俺はどちらに属するのか。呼んでもらえる名があるということは「役割を持つ者」なのか。だとしたら、運命に書かれた筋書に従うことになるのだろうか。どう書かれているのかは知らないけれど。
(まあいいか……可能性の一つとして試してみれば)
思い直して踏み出した瞬間、突然銃声が聞こえ、俺の足元の地面が撃ち抜かれた。
「ひっ!?」
俺は思わず情けない声を出して尻もちを搗く。
後ろから石を踏んで近づいてくる足音が聞こえたので、ぱっと顔を上げた。
「何している? レイシ」
「え……と」
兎の耳が生えた男が俺を見下ろす。
ああ、誰だっけ、こいつ。見たことはある。間違いなく俺の腕を引っ張っていた奴だ。
けど名前までは覚えていない。そう思ったのが分かったのか、男は溜息を吐いた。
「……エリオットだ」
「はあ……」
つい気の抜けた返事をする。別に名前を知りたいわけではない。
「死のうとしていたのか?」
口をつぐむ。答える義理はない。
とはいったって、こんな崖で何をしていたのかと問われれば、それくらいしか選択肢はないだろう。
「レイシ、死ぬことは許さない」
「……誰が?」
「俺が」
「何で?」
「お前が必要だから」
じっとエリオットの目を見返す。
「何で? 俺じゃなくてもいいじゃん」
「じゃあ何でお前は死にたい?」
「この世界が嫌いだ。お前も含めて」
視線を外す。別に、俺が必要だと言ってほしいわけじゃない。色々な人に千切られかけたのでそれは分かっている。
「俺はお前じゃなきゃ駄目なんだ。――今は分からなくても、必ずいつか、分からせるから」
「何言って、」
「もう、嫌いって言わせないようにするから」
「っ!」
エリオットはそう言って俺の方に手を伸ばし、地面に膝をついて俺を抱きしめた。
それでもあからさまに跳ね除ける気にならなかったのは、思えば彼は、初めて出会ったあの時以降、俺の前には現れなかったのだ。他の奴はやってきては俺を甘い言葉で誘い、時には口汚く罵り、どんな手を使っても連れて行こうとしていたけど。
けど、だからといってそんな理由だけで全てを許せる筈もない。だから俺は口を開いた。
「……エリオット」
「?」
「お前、俺と一緒に不幸になる気、ある?」
帰りたい。帰れない。元の世界が心底好きだったわけではないけれど、郷愁を覚えるのは何故だろうか。
エリオットは身体を離して俺の顔を見てくる。止められなかった一筋の涙が頬を伝う。
「レイシが望んでも、俺はお前を不幸にはさせない」
「……そう」
何て返してくれるのを期待していたのか自分でも分からない。けれど不思議と腹は立たなかった。
「レイシ、立てるか?」
「ああ」
「多分レイシはまだ俺のことを信じていないだろうけど、1つだけ聞いてくれ。これを聞いても信じてはくれないだろうけど」
「何?」
どうせ兎の耳の生えた男の言うことだ、もう何を信じるも信じないもないだろうが。
「俺が何でこの役割だったか、この役割が何だったか、思い出したんだ」
エリオットの強い腕に支えられ立ち上がる。さっきまで死にたがっていた感情が少しなりを潜めるのを感じた。
彼の言った言葉が分からず目を見つめ返すと、エリオットはただ笑った。もしかするとここまでが、いやこれからも、運命の筋書き通りなのかもしれない。