アルファの受難(FEif/ゼロ)
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あの後、自室に戻ってからも怒りのなすまま僕は復讐の計画を立てていた。
けれどいつの間にか寝てしまったらしく、フェリシアが起こしに来た時、僕は机の上で目覚めた。
「ハヤミ様、なぜ机で寝てらっしゃるんですか!」
「おはよう、フェリシア……痛っ」
寝違えた。フェリシアのノックで目覚めた僕は、振り返ろうとすると首が痛んだ。
「ハヤミ様、もしかして寝違えですか?」
「ああ、そうみたいだ……」
「フェリシア、直せますよ!」
そう言って何度か腕を動かしてもらうと、完全に痛みが抜けたわけではないが、最初より大分よくなった。フェリシアに言わせると、神経の圧迫が原因だとかなんだとか。
「ありがとう、フェリシア。よくなったよ」
「それは良かったです。それより、ハヤミ様」
「ん?」
「それ、何です?」
フェリシアが指したのは、僕が昨夜殴り書きしたメモ。
あっと声を上げて慌てて丸めてゴミ箱へ投げ入れる。
「えっ、捨ててしまって大丈夫なんですか?」
「ああ、うん。ちょっと考え事をしてただけだから」
「そうなんですか? あっ、ハヤミ様、朝食は出来ておりますから、お仕度が終わりましたら食堂にいらしてくださいね」
「分かったよ。ありがとう、フェリシア」
彼女はそのメモを気にしながらも部屋を出ていく。足音が遠ざかって、漸く安堵の溜息をついた。
このメモ、見られていないだろうか? せめてゼロの名さえ見られていなければ何とでも言い訳できる。
「……そういえば」
ゼロのことを思い出すと怒りが甦ってきた。絶対に許さない。
しかしその前に部屋の本棚から本を取り出し、開く。ぱらぱらと適当にめくっていくとすぐに目的のページにたどり着いた。
「やっぱり」
そこに書いてあったのは「アルファ」と「オメガ」の性行為のこと。その二者の性行為においては「アルファ」が優位を取る、と書いてある。
だったら何だ? 僕が本当は「オメガ」でゼロが「アルファ」だとでも言うのか? いや、そんなわけがない。僕は愚図ではない。
しかしまあ性行為の優位性のことが書いてある本など信用ならないのも確かだ。そう結論づけて僕は本を本棚にしまう。
「僕が、奴にやられたのは事実だからな」
さて、あまり遅れればフェリシアが心配する。まだ計画が定まっているわけではないがとりあえずこれはおいておこう。
そう考え、身支度を整えて部屋を出た。
食堂へ向かう途中、向かいからレオンがやってくるのが見えた。
「レオン、おは――」
僕が声を掛けようとすると、レオンの後ろにもう一人、誰かが居ることに気づく。
その人の姿を漸く認めると、僕は言葉を呑まざるを得なかった。
「おはよう、ハヤミ兄さん」
「……おはよう」
「ああ、ハヤミ兄さんに、ついに会わせることになっちゃったね」
その後ろに居たのは紛れもない、ゼロだ。僕は腸が煮えくり返るような気持ちになる。
しかし何故かレオンの表情があまりよくない。彼はあまり感情を表に出す方ではない筈だが、一体何があったのだろうか。
「レオン、顔色がよくないようだけど」
努めてゼロのことを気にしないように、普通に振る舞って話しかける。
「ああ、さっき、彼、ゼロから辞意を伝えられて」
「辞意?」
「引き留めたんだけどね。僕が何度言っても聞かないから、とりあえず父上に報告することにしたんだよ」
「え……」
僕は何とも言えない気になった。辞める、だって?
思わずゼロの方を睨み付けるが彼はこちらを見ない。
まさかこんな所で会うとも思っていなかったが、そんな風に逃げるだなんて思っていなかった。
「ゼロ。お前のやっていることは、逃げだ」
「!」
思わず声を上げる。
レオンは驚いたような表情をして、ゼロもふっとこちらを見て、漸く目が合って心臓が強く鳴り出した。
「お前、逃げて何になる? 問題を先送りにしているだけじゃないか。お前のその理由は本当に正当なの?」
「ハヤミ兄さん」
「僕に、お前が辞める理由を教えて。ここで、今すぐ」
「……わかりました」
ゼロは観念したように言う。
「ハヤミ様、あなたが納得される理由を用意して、出直してきます」
「うん、そうして」
「ハヤミ様、レオン様、失礼いたします」
それだけ言うと、踵を返して立ち去るゼロ。
感情の波はまだ収まりそうになかった。そしてレオンは僕たちの間に何が起きたか分かっていないようだった。
「ハヤミ兄さん、ゼロと何かあったわけ?」
「いや、会うのは初めてだよ。でも優秀な人材だとは聞いているから。辞められるのは惜しいと思っただけ」
それに、と付け加える。
「父上に言えば多分、ただでは済まないだろう。レオンもそこはよく分かってるんでしょ?」
「まあ、それは……」
「だったら彼にはまだ勤めていてほしいね。例え彼が「オメガ」であっても」
すらすらと嘘が出てきたのは、多分レオンの目を見て話していないからだ。
レオンは黙って頷く。
「じゃあ、僕はこれで」
そう言って食堂へ向かう。今度こそ行かなければ、いつフェリシアが迎えに来てもおかしくない。
案の定、食堂の扉を開けてみれば、フェリシアと目が合って彼女は安堵したような表情を見せた。
「ハヤミ様、おはようございます。全然来ないので心配しましたよ」
「ああ、ごめん。そこでレオンと会ったから、少し立ち話をしてたんだ」
言いながら僕はいつもの定位置に座る。その言葉は勿論嘘じゃない。
給仕をしてくれるフェリシアに、そう言えば、と声を掛ける。
「あのさ、性検査の準備をしてほしいんだけど」
「えっ、性検査ですか?」
「うん」
食事中に悪いけど。
「どうしたんですか? もうハヤミ様が「アルファ」なのはご存知ではないですか」
「うん、そうなんだけれどね。色々気になることがあって、念のために」
「分かりました。ハヤミ様の仰ることに異論はありませんから」
これがジョーカーだったらもっと色々尋ねられていただろう。そこをあまり聞かないのがフェリシアのいいところだ。
けれど僕は、僕自身が「アルファ」であることは疑いようがないと思っている。そう思わせるだけの実績も出してきているわけだし。
それでも検査をしてまで再び確かめたい訳は、やはり昨夜のあの出来事だった。思い出すだけで胸に重りが詰まったようになる。
「……ハヤミ様」
「ん?」
「カウンセラーもお呼びしましょうか?」
「!」
不意に尋ねられ、驚く。
「最近、ハヤミ様、お疲れなのかと思いまして。本日はカウンセラーが城に来ていますので、お昼過ぎにはお話しできるかと思いますけれど」
「……そうだね。遠征に向けて、不安なことは全て潰しておくべきだね」
そうか。バレていたのか。もしかすると、今日机で寝ていたことが彼女の中で決定打となったのかもしれない。僕はベッドが大好きで、ふかふかのベッドでないと寝れない、と常々皆に話していたから。
けれどその申し出はとても有難かった。明日からの遠征にゼロは同行しないらしいが、精神的に不安定なようでは荷物になってしまう。それは絶対に嫌だった。
「それじゃ、昼過ぎに会えるよう、手配してもらえる?」
「はい、わかりました」
うん、やはり、ジョーカーでなくて良かった。フェリシアの笑顔を見ながらそう思った。
昼過ぎ、カウンセラーとの話を終えると、僕は自室へ戻って色々と考えた。
勿論全てを話したわけではない。けれど彼の言っていることは良く的を得ていた。
「でも結局は、自分が許せるか、どうか」
彼は昔から僕たち王族のカウンセラーとして勤めていて、時折城を訪ねてきては、ストレスの多い僕たちの話を聞いてくれていた。
話すだけで助かることがあるのは事実だ。曝け出す場所が限られている王族にとって、守秘義務を負うカウンセラーは非常に大切な存在なのだ。
「僕は……僕は、本当は、どう思っているんだろう?」
初めて会ったのは暗夜の森。抱きしめられ、キスされた時、どうして罵倒しなかったのか?
次に会ったのは厩舎。無理やり想いを遂げられた時、どうして剣で切り捨てなかったのか?
「今朝、会った時……どうして、辞めるのを引き留めたのか?」
勿論、怒りだってある。昨晩あんな事をしておきながら、僕から逃げようとするなんて最低だと思った。責任も果たさず逃げようとした、そんなの許せないと思った。
けれど僕は引き留めた時、レオンに本当の理由を告げなかった。それが最高の手段でなくたって、あの時事実を話していれば、ゼロに復讐を始めることが出来た筈だ。
何でだろう? その理由が自分でも分からない。
「だめだ。奴が絡むと、僕は理性的じゃない」
まともな思い出がないっていう所為もある。
「分からない……これは、「運命のつがい」だから……?」
以前、カウンセラーは「オメガ」だと言っていた。だから、先程「運命のつがい」とはどういうものか、と尋ねてみたら、言葉では表せないものだと言っていた。
それは論理的に語れる関係じゃない。理屈でなく、もう最初からDNAに刻み付けられているような、そんな関係なのだと。
そして、そんな相手と出会った時、一目で恋に落ちるのだそうだ。理由なんか分からないまま衝動に冒され、その人のことを愛してしまったのだとか。
「僕の場合は、少し違うような気がしている。恋に落ちたとかは思わなかった。けど……」
抵抗し難い何かを感じているのは事実だ。僕が理性的になれないのもその辺りが関係しているのだろうか? だとしたら、本当ならゼロをここから解雇すべきじゃなかったか。
考えれば考えるほど、僕のさっきの決断は間違っている気がしてきた。
「だめだ、分からない……」
僕はゼロにどうあってほしいのか、今後どうなってほしいのか。それが分からない、自分でも。
でも少し分かっていることはある。これも理屈じゃない。
「このまま逃がすなんてことは絶対にしない。何かしらの罰は、必ず受けてもらう」
そう呟いて目を閉じた。
けれどいつの間にか寝てしまったらしく、フェリシアが起こしに来た時、僕は机の上で目覚めた。
「ハヤミ様、なぜ机で寝てらっしゃるんですか!」
「おはよう、フェリシア……痛っ」
寝違えた。フェリシアのノックで目覚めた僕は、振り返ろうとすると首が痛んだ。
「ハヤミ様、もしかして寝違えですか?」
「ああ、そうみたいだ……」
「フェリシア、直せますよ!」
そう言って何度か腕を動かしてもらうと、完全に痛みが抜けたわけではないが、最初より大分よくなった。フェリシアに言わせると、神経の圧迫が原因だとかなんだとか。
「ありがとう、フェリシア。よくなったよ」
「それは良かったです。それより、ハヤミ様」
「ん?」
「それ、何です?」
フェリシアが指したのは、僕が昨夜殴り書きしたメモ。
あっと声を上げて慌てて丸めてゴミ箱へ投げ入れる。
「えっ、捨ててしまって大丈夫なんですか?」
「ああ、うん。ちょっと考え事をしてただけだから」
「そうなんですか? あっ、ハヤミ様、朝食は出来ておりますから、お仕度が終わりましたら食堂にいらしてくださいね」
「分かったよ。ありがとう、フェリシア」
彼女はそのメモを気にしながらも部屋を出ていく。足音が遠ざかって、漸く安堵の溜息をついた。
このメモ、見られていないだろうか? せめてゼロの名さえ見られていなければ何とでも言い訳できる。
「……そういえば」
ゼロのことを思い出すと怒りが甦ってきた。絶対に許さない。
しかしその前に部屋の本棚から本を取り出し、開く。ぱらぱらと適当にめくっていくとすぐに目的のページにたどり着いた。
「やっぱり」
そこに書いてあったのは「アルファ」と「オメガ」の性行為のこと。その二者の性行為においては「アルファ」が優位を取る、と書いてある。
だったら何だ? 僕が本当は「オメガ」でゼロが「アルファ」だとでも言うのか? いや、そんなわけがない。僕は愚図ではない。
しかしまあ性行為の優位性のことが書いてある本など信用ならないのも確かだ。そう結論づけて僕は本を本棚にしまう。
「僕が、奴にやられたのは事実だからな」
さて、あまり遅れればフェリシアが心配する。まだ計画が定まっているわけではないがとりあえずこれはおいておこう。
そう考え、身支度を整えて部屋を出た。
食堂へ向かう途中、向かいからレオンがやってくるのが見えた。
「レオン、おは――」
僕が声を掛けようとすると、レオンの後ろにもう一人、誰かが居ることに気づく。
その人の姿を漸く認めると、僕は言葉を呑まざるを得なかった。
「おはよう、ハヤミ兄さん」
「……おはよう」
「ああ、ハヤミ兄さんに、ついに会わせることになっちゃったね」
その後ろに居たのは紛れもない、ゼロだ。僕は腸が煮えくり返るような気持ちになる。
しかし何故かレオンの表情があまりよくない。彼はあまり感情を表に出す方ではない筈だが、一体何があったのだろうか。
「レオン、顔色がよくないようだけど」
努めてゼロのことを気にしないように、普通に振る舞って話しかける。
「ああ、さっき、彼、ゼロから辞意を伝えられて」
「辞意?」
「引き留めたんだけどね。僕が何度言っても聞かないから、とりあえず父上に報告することにしたんだよ」
「え……」
僕は何とも言えない気になった。辞める、だって?
思わずゼロの方を睨み付けるが彼はこちらを見ない。
まさかこんな所で会うとも思っていなかったが、そんな風に逃げるだなんて思っていなかった。
「ゼロ。お前のやっていることは、逃げだ」
「!」
思わず声を上げる。
レオンは驚いたような表情をして、ゼロもふっとこちらを見て、漸く目が合って心臓が強く鳴り出した。
「お前、逃げて何になる? 問題を先送りにしているだけじゃないか。お前のその理由は本当に正当なの?」
「ハヤミ兄さん」
「僕に、お前が辞める理由を教えて。ここで、今すぐ」
「……わかりました」
ゼロは観念したように言う。
「ハヤミ様、あなたが納得される理由を用意して、出直してきます」
「うん、そうして」
「ハヤミ様、レオン様、失礼いたします」
それだけ言うと、踵を返して立ち去るゼロ。
感情の波はまだ収まりそうになかった。そしてレオンは僕たちの間に何が起きたか分かっていないようだった。
「ハヤミ兄さん、ゼロと何かあったわけ?」
「いや、会うのは初めてだよ。でも優秀な人材だとは聞いているから。辞められるのは惜しいと思っただけ」
それに、と付け加える。
「父上に言えば多分、ただでは済まないだろう。レオンもそこはよく分かってるんでしょ?」
「まあ、それは……」
「だったら彼にはまだ勤めていてほしいね。例え彼が「オメガ」であっても」
すらすらと嘘が出てきたのは、多分レオンの目を見て話していないからだ。
レオンは黙って頷く。
「じゃあ、僕はこれで」
そう言って食堂へ向かう。今度こそ行かなければ、いつフェリシアが迎えに来てもおかしくない。
案の定、食堂の扉を開けてみれば、フェリシアと目が合って彼女は安堵したような表情を見せた。
「ハヤミ様、おはようございます。全然来ないので心配しましたよ」
「ああ、ごめん。そこでレオンと会ったから、少し立ち話をしてたんだ」
言いながら僕はいつもの定位置に座る。その言葉は勿論嘘じゃない。
給仕をしてくれるフェリシアに、そう言えば、と声を掛ける。
「あのさ、性検査の準備をしてほしいんだけど」
「えっ、性検査ですか?」
「うん」
食事中に悪いけど。
「どうしたんですか? もうハヤミ様が「アルファ」なのはご存知ではないですか」
「うん、そうなんだけれどね。色々気になることがあって、念のために」
「分かりました。ハヤミ様の仰ることに異論はありませんから」
これがジョーカーだったらもっと色々尋ねられていただろう。そこをあまり聞かないのがフェリシアのいいところだ。
けれど僕は、僕自身が「アルファ」であることは疑いようがないと思っている。そう思わせるだけの実績も出してきているわけだし。
それでも検査をしてまで再び確かめたい訳は、やはり昨夜のあの出来事だった。思い出すだけで胸に重りが詰まったようになる。
「……ハヤミ様」
「ん?」
「カウンセラーもお呼びしましょうか?」
「!」
不意に尋ねられ、驚く。
「最近、ハヤミ様、お疲れなのかと思いまして。本日はカウンセラーが城に来ていますので、お昼過ぎにはお話しできるかと思いますけれど」
「……そうだね。遠征に向けて、不安なことは全て潰しておくべきだね」
そうか。バレていたのか。もしかすると、今日机で寝ていたことが彼女の中で決定打となったのかもしれない。僕はベッドが大好きで、ふかふかのベッドでないと寝れない、と常々皆に話していたから。
けれどその申し出はとても有難かった。明日からの遠征にゼロは同行しないらしいが、精神的に不安定なようでは荷物になってしまう。それは絶対に嫌だった。
「それじゃ、昼過ぎに会えるよう、手配してもらえる?」
「はい、わかりました」
うん、やはり、ジョーカーでなくて良かった。フェリシアの笑顔を見ながらそう思った。
昼過ぎ、カウンセラーとの話を終えると、僕は自室へ戻って色々と考えた。
勿論全てを話したわけではない。けれど彼の言っていることは良く的を得ていた。
「でも結局は、自分が許せるか、どうか」
彼は昔から僕たち王族のカウンセラーとして勤めていて、時折城を訪ねてきては、ストレスの多い僕たちの話を聞いてくれていた。
話すだけで助かることがあるのは事実だ。曝け出す場所が限られている王族にとって、守秘義務を負うカウンセラーは非常に大切な存在なのだ。
「僕は……僕は、本当は、どう思っているんだろう?」
初めて会ったのは暗夜の森。抱きしめられ、キスされた時、どうして罵倒しなかったのか?
次に会ったのは厩舎。無理やり想いを遂げられた時、どうして剣で切り捨てなかったのか?
「今朝、会った時……どうして、辞めるのを引き留めたのか?」
勿論、怒りだってある。昨晩あんな事をしておきながら、僕から逃げようとするなんて最低だと思った。責任も果たさず逃げようとした、そんなの許せないと思った。
けれど僕は引き留めた時、レオンに本当の理由を告げなかった。それが最高の手段でなくたって、あの時事実を話していれば、ゼロに復讐を始めることが出来た筈だ。
何でだろう? その理由が自分でも分からない。
「だめだ。奴が絡むと、僕は理性的じゃない」
まともな思い出がないっていう所為もある。
「分からない……これは、「運命のつがい」だから……?」
以前、カウンセラーは「オメガ」だと言っていた。だから、先程「運命のつがい」とはどういうものか、と尋ねてみたら、言葉では表せないものだと言っていた。
それは論理的に語れる関係じゃない。理屈でなく、もう最初からDNAに刻み付けられているような、そんな関係なのだと。
そして、そんな相手と出会った時、一目で恋に落ちるのだそうだ。理由なんか分からないまま衝動に冒され、その人のことを愛してしまったのだとか。
「僕の場合は、少し違うような気がしている。恋に落ちたとかは思わなかった。けど……」
抵抗し難い何かを感じているのは事実だ。僕が理性的になれないのもその辺りが関係しているのだろうか? だとしたら、本当ならゼロをここから解雇すべきじゃなかったか。
考えれば考えるほど、僕のさっきの決断は間違っている気がしてきた。
「だめだ、分からない……」
僕はゼロにどうあってほしいのか、今後どうなってほしいのか。それが分からない、自分でも。
でも少し分かっていることはある。これも理屈じゃない。
「このまま逃がすなんてことは絶対にしない。何かしらの罰は、必ず受けてもらう」
そう呟いて目を閉じた。