庭球
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声変わりを終えたばかりの声でその曲を歌い上げた後、黙って聴いていた俺に目を合わせてリョーマは言った。
「曲のカバーってのはさ」
「うん」
「そのまま自分の声で歌うとか、単にアレンジを加えるだけじゃダメなんだ。……分かる?」
ここはリョーマの部屋。彼は机の前の椅子に座り、俺はベッドを借りて腰掛けていた。
その言い方はいつもの通り、生意気な態度が出ている。
勿論俺は彼みたいにギターが弾けるわけではなく、歌が特別上手いわけでもなく。
素直に首を横に振った。彼に嘘を吐いたところで無駄だ。
「その曲への愛が如実に現れるのがカバーだよ。まずはそのアーティストが歌ったその曲に、心底惚れ込まないと。何度も何度も聴いて、咀嚼する。で、飲み込んだ後に反芻して、吐き出す」
「そんなに苦しい作業なの?」
「当然でしょ」
こんなに饒舌なリョーマも珍しいが、彼の言うことには一理ある気がした。
無料の動画投稿サイトで好きな曲を検索すれば、たくさんのカバー動画が出てくる。プロもいればアマもおり、何度も聴きたいという曲がある反面、運営に通報してやろうかと思うようなものもある。
「澪士、カバーって自分の好きな曲を聴くでしょ」
「うん、まあ」
「それで下手くそなやつを聴いて腹が立つのは、澪士がその曲を本当に好きだからだよ。中途半端な歌い方で歌われるとムカつくってこと」
「あ、なるほど」
リョーマのその言葉がすとんと腹に落ちてきた。
今まで何だか無性に腹が立ってしまうカバー曲があるのは、単純にその人の歌の技術力のせいかと思っていた。所詮素人だったか、とか。
でも一方で、心に響く曲もたくさんある。その違いは何だろうと思っていたのだ。
「で、今のオレのはどうだった?」
突然問われ、思わず黙る。ああ、うん、そうだな。
「よかった、と思うよ?」
それは勿論、俺の大好きな曲だっていうのもあるし、リョーマがまさかそんなに歌が上手いとは思っていなかった、という驚きの部分もある。
本人の目の前で下手くそだ、という勇気がないのもある(勿論決して下手くそではないし、上手い部類だと思う)。
「そうだ、曲のカバーは、その曲に対する愛が大事だって言ったけど」
「うん」
「もういっこある」
オレ別にこの曲が特別好きってわけでもないし、と言われ、衝撃を受ける。何の前振りだ。
「なに、もういっこって」
「その曲を歌いたい人のことを想ってること。」
不遜な態度の多いリョーマだが、その分、今のような純粋な笑顔の時はギャップに思わず胸が鳴ってしまう。
相手が年下とは思えないくらいのめり込んでしまっているのはやばいだろうか。
「……ばか」
「もっかい歌ってあげようか?」
「うん」
ストレートなラブソングではなく、ところどころに愛が散りばめられた歌。だからこそ彼はこの曲を選んだのだろうか?
リョーマは笑って、再びギターを鳴らした。
それから3ヶ月くらい経ち、久々にリョーマの部屋でデートをしようとなった時。
俺が大きな楽器を背負っていったので、リョーマは驚いていた。当然だ。
「なにそれ?」
「ベースだよ」
学業の合間にバイトをし、なおかつ恋人であるリョーマとも会う。これはなかなかのハードスケジュールだった。
ちなみにバイトといってもまだ中学生なので大抵の職には就けず、自営業の親を手伝って駄賃として貰っている形だ。勿論世間様の相場とはおよそかけ離れている。
俺はそれをずっと前から貯めてきていて、3ヶ月前、リョーマがあの曲を弾き語りしてくれた翌日にベースを買ったのだ。
「ふーん。何も言ってなかったじゃん」
あ、マズイ。俺は反射的に思う。
リョーマがそういう言い方をする時は、いつも拗ねている時だ。
「だってさ、驚かせたくて……」
こういう時は変に嘘を吐いてはいけない、というのは既に学んでいた。下手な繕い方をすれば、今日いっぱいは機嫌が直らない可能性がある。
「澪士、楽譜読めないんじゃなかったっけ?」
「うん。でもギターって、普通の、ピアノとかみたいな楽譜とは違うでしょ? TAB譜だっけ。あれなら少し読めるようになったよ!」
はあ、とリョーマは溜息をつく。
「言わなくてごめんね。ずっとこっそり練習してたんだ、リョーマと一緒に弾きたくて」
そう言って俺はギグバッグからベースを取り出しチューニングを始める。
最初はチューニングの方法も分からなかったし、そもそもギターとベースの違いすらよく分かっていなかった。
けれどベースを買ってから、3ヶ月毎晩練習する内に、どんどんのめり込んでいったのだ。
「何を弾きたいの?」
溜息混じりのその台詞さえ愛しい。
「これ。」
バッグのポケットからクリアファイルを取り出し、楽譜を手渡す。
タイトルを見たリョーマの目が驚きに見開かれるのが嬉しくてたまらない。
「……呆れた。前、俺が弾いたやつ」
「うん。俺がベースを始めるきっかけになった曲だから、どうしても一緒に弾きたかったんだよ」
「でもこんなマイナーな曲、弾き語りの楽譜はあるけど、ベースの楽譜なんてないでしょ」
「うん。だから、詳しい人の手を借りて、自分で起こしたよ」
「は」
3ヶ月前、この部屋でリョーマは机の前の椅子に座り、俺はリョーマのベッドに座り。今と同じ位置で俺に乞われるまま何度も弾いてくれたあの曲の楽譜だ。
あの曲は歌とギターだけじゃ物足りない。本当はドラムがあれば最高だったのだが、ドラムなんて気軽に始められる楽器じゃないし、独学では難しいと思った。そもそもそんなにリズム感ないし。
その点ベースはもっと始めやすいし、ドラム寄りの楽器だ。曲を下から支えてくれるような。リョーマのギターと歌を補完するには最高じゃないか。
けれどこの曲のベースの楽譜はネットや楽器店で探してみても無く、仕方なく、友達や親の友達の手を借りて、楽譜起こしも勉強した。
「はあ……そんなに弾きたかったの?」
「うん」
チューナーは正しい音を指す。リョーマも諦めてギターを持ち上げる。
「ねえリョーマ。俺が飽きるまで、歌ってくれる?」
実はこの3ヶ月間、基礎練習と、この曲しか練習していない。
人と合わせるのは初めてだが、リョーマとなら何とかなるだろ。それに、時間はたっぷりある。
「きっともっといいアレンジになるよ。ね?」
「そうだね」
元々そのロックバンドが歌っている曲は勿論好きだ。どの歌手が好きかと問われれば、真っ先に彼らを挙げるくらいには。
今はリョーマの為に弾きたいと思うし、リョーマのことはこの上なく好きだ。あんまりストレートに言ったことはないけれど。
だからリョーマの言った条件は満たしているだろう。俺たちのこの曲が酷いアレンジになることなんて、あるわけないだろう?
「いくよ」
リョーマが足で取るリズムに合わせる。
これは至福の時だ。俺達は音楽だけに没頭した。
2016.09.03
(Honey, honey)
(It's so brilliant!)
(僕らに天国が)
(落ちてくる日まで)
「弾き語りに向いていない曲なんじゃないか?」と思っていたけれど、それはつまり、ドラムがあるからこその曲なんじゃないかと思っていたわけです。でもリョーマには弾いて歌ってほしかった。
ギターだけではつまらんので、ボーカル・ギター・ベースで脳内補完です。
「曲のカバーってのはさ」
「うん」
「そのまま自分の声で歌うとか、単にアレンジを加えるだけじゃダメなんだ。……分かる?」
ここはリョーマの部屋。彼は机の前の椅子に座り、俺はベッドを借りて腰掛けていた。
その言い方はいつもの通り、生意気な態度が出ている。
勿論俺は彼みたいにギターが弾けるわけではなく、歌が特別上手いわけでもなく。
素直に首を横に振った。彼に嘘を吐いたところで無駄だ。
「その曲への愛が如実に現れるのがカバーだよ。まずはそのアーティストが歌ったその曲に、心底惚れ込まないと。何度も何度も聴いて、咀嚼する。で、飲み込んだ後に反芻して、吐き出す」
「そんなに苦しい作業なの?」
「当然でしょ」
こんなに饒舌なリョーマも珍しいが、彼の言うことには一理ある気がした。
無料の動画投稿サイトで好きな曲を検索すれば、たくさんのカバー動画が出てくる。プロもいればアマもおり、何度も聴きたいという曲がある反面、運営に通報してやろうかと思うようなものもある。
「澪士、カバーって自分の好きな曲を聴くでしょ」
「うん、まあ」
「それで下手くそなやつを聴いて腹が立つのは、澪士がその曲を本当に好きだからだよ。中途半端な歌い方で歌われるとムカつくってこと」
「あ、なるほど」
リョーマのその言葉がすとんと腹に落ちてきた。
今まで何だか無性に腹が立ってしまうカバー曲があるのは、単純にその人の歌の技術力のせいかと思っていた。所詮素人だったか、とか。
でも一方で、心に響く曲もたくさんある。その違いは何だろうと思っていたのだ。
「で、今のオレのはどうだった?」
突然問われ、思わず黙る。ああ、うん、そうだな。
「よかった、と思うよ?」
それは勿論、俺の大好きな曲だっていうのもあるし、リョーマがまさかそんなに歌が上手いとは思っていなかった、という驚きの部分もある。
本人の目の前で下手くそだ、という勇気がないのもある(勿論決して下手くそではないし、上手い部類だと思う)。
「そうだ、曲のカバーは、その曲に対する愛が大事だって言ったけど」
「うん」
「もういっこある」
オレ別にこの曲が特別好きってわけでもないし、と言われ、衝撃を受ける。何の前振りだ。
「なに、もういっこって」
「その曲を歌いたい人のことを想ってること。」
不遜な態度の多いリョーマだが、その分、今のような純粋な笑顔の時はギャップに思わず胸が鳴ってしまう。
相手が年下とは思えないくらいのめり込んでしまっているのはやばいだろうか。
「……ばか」
「もっかい歌ってあげようか?」
「うん」
ストレートなラブソングではなく、ところどころに愛が散りばめられた歌。だからこそ彼はこの曲を選んだのだろうか?
リョーマは笑って、再びギターを鳴らした。
それから3ヶ月くらい経ち、久々にリョーマの部屋でデートをしようとなった時。
俺が大きな楽器を背負っていったので、リョーマは驚いていた。当然だ。
「なにそれ?」
「ベースだよ」
学業の合間にバイトをし、なおかつ恋人であるリョーマとも会う。これはなかなかのハードスケジュールだった。
ちなみにバイトといってもまだ中学生なので大抵の職には就けず、自営業の親を手伝って駄賃として貰っている形だ。勿論世間様の相場とはおよそかけ離れている。
俺はそれをずっと前から貯めてきていて、3ヶ月前、リョーマがあの曲を弾き語りしてくれた翌日にベースを買ったのだ。
「ふーん。何も言ってなかったじゃん」
あ、マズイ。俺は反射的に思う。
リョーマがそういう言い方をする時は、いつも拗ねている時だ。
「だってさ、驚かせたくて……」
こういう時は変に嘘を吐いてはいけない、というのは既に学んでいた。下手な繕い方をすれば、今日いっぱいは機嫌が直らない可能性がある。
「澪士、楽譜読めないんじゃなかったっけ?」
「うん。でもギターって、普通の、ピアノとかみたいな楽譜とは違うでしょ? TAB譜だっけ。あれなら少し読めるようになったよ!」
はあ、とリョーマは溜息をつく。
「言わなくてごめんね。ずっとこっそり練習してたんだ、リョーマと一緒に弾きたくて」
そう言って俺はギグバッグからベースを取り出しチューニングを始める。
最初はチューニングの方法も分からなかったし、そもそもギターとベースの違いすらよく分かっていなかった。
けれどベースを買ってから、3ヶ月毎晩練習する内に、どんどんのめり込んでいったのだ。
「何を弾きたいの?」
溜息混じりのその台詞さえ愛しい。
「これ。」
バッグのポケットからクリアファイルを取り出し、楽譜を手渡す。
タイトルを見たリョーマの目が驚きに見開かれるのが嬉しくてたまらない。
「……呆れた。前、俺が弾いたやつ」
「うん。俺がベースを始めるきっかけになった曲だから、どうしても一緒に弾きたかったんだよ」
「でもこんなマイナーな曲、弾き語りの楽譜はあるけど、ベースの楽譜なんてないでしょ」
「うん。だから、詳しい人の手を借りて、自分で起こしたよ」
「は」
3ヶ月前、この部屋でリョーマは机の前の椅子に座り、俺はリョーマのベッドに座り。今と同じ位置で俺に乞われるまま何度も弾いてくれたあの曲の楽譜だ。
あの曲は歌とギターだけじゃ物足りない。本当はドラムがあれば最高だったのだが、ドラムなんて気軽に始められる楽器じゃないし、独学では難しいと思った。そもそもそんなにリズム感ないし。
その点ベースはもっと始めやすいし、ドラム寄りの楽器だ。曲を下から支えてくれるような。リョーマのギターと歌を補完するには最高じゃないか。
けれどこの曲のベースの楽譜はネットや楽器店で探してみても無く、仕方なく、友達や親の友達の手を借りて、楽譜起こしも勉強した。
「はあ……そんなに弾きたかったの?」
「うん」
チューナーは正しい音を指す。リョーマも諦めてギターを持ち上げる。
「ねえリョーマ。俺が飽きるまで、歌ってくれる?」
実はこの3ヶ月間、基礎練習と、この曲しか練習していない。
人と合わせるのは初めてだが、リョーマとなら何とかなるだろ。それに、時間はたっぷりある。
「きっともっといいアレンジになるよ。ね?」
「そうだね」
元々そのロックバンドが歌っている曲は勿論好きだ。どの歌手が好きかと問われれば、真っ先に彼らを挙げるくらいには。
今はリョーマの為に弾きたいと思うし、リョーマのことはこの上なく好きだ。あんまりストレートに言ったことはないけれど。
だからリョーマの言った条件は満たしているだろう。俺たちのこの曲が酷いアレンジになることなんて、あるわけないだろう?
「いくよ」
リョーマが足で取るリズムに合わせる。
これは至福の時だ。俺達は音楽だけに没頭した。
2016.09.03
(Honey, honey)
(It's so brilliant!)
(僕らに天国が)
(落ちてくる日まで)
「弾き語りに向いていない曲なんじゃないか?」と思っていたけれど、それはつまり、ドラムがあるからこその曲なんじゃないかと思っていたわけです。でもリョーマには弾いて歌ってほしかった。
ギターだけではつまらんので、ボーカル・ギター・ベースで脳内補完です。