Stella Peluche
とある日の放課後。
今日も翔と安慈はレッスンのために事務所に向かっていた。
瑞貴は、二人と学校が違うのと大抵は彼の執事が送迎しているので事務所に直接集合することが多い。
「ところでさ、アンジーにずっと聞いてみたかったんだけど」
「何?」
翔の問いに小首を傾げる安慈。
「なんで、アンジーはCトイに入ったの?」
「え?随分と急な質問だね。やっぱり、俺、Cトイぽくないかな?」
翔の問いに思わず苦笑いをした安慈。彼の返答に翔が慌てて弁明する。
「いや、そういうわけじゃないんだけど! 安慈って、瑞貴みたいに明らかに可愛い系というよりは、背も高いしカッコいい方じゃん。まぁ、イメージ動物が猫だから、最近それでしっくりきてるけどさ、もっと、カッコいい人がいっぱいいるB’sプロとかエーデルとかにいてもおかしくないよなぁと思って」
翔がそう言うと、安慈は、あぁーと間延びした返事をした。
「それね、よく言われるんだけど、ちゃんとワケがあってね……」
昨年の春頃。
安慈は新しいアルバイト先を探していた。
学校の近辺や自宅近辺も含めて色々と探していたのだがなかなかピンとくるものがなかった。
そんなある日、安慈は
『新規オープン! オープニングスタッフ募集!』
の文字が踊る広告を見つけた。
「……?ここ?こんなところにカフェができるんだー。へー」
大きなビルの一角にその広告が貼られていた。
……カフェなのに、募集は調理スタッフだけなんだ。ホールスタッフを募集しないなんて変わってるなぁ。と、思いながら安慈はその広告をスマホで撮影した。
帰宅後、安慈がその広告の詳細を調べてみると、
最近、立ち上がったばかりのアイドル事務所、Office Cutoyが運営するカフェだった。
ホールスタッフは、所属アイドルが行うため、調理スタッフの募集だったのだと納得したところで、料理も得意だし、アイドルと一緒にバイトできるなら色々と勉強になることあるかもなぁ なんて思いながら、彼はそのアルバイトに応募してみることにした。
***
後日……。
ドアを開けると真新しい木の香りがする店内だった。
オープン前の店舗に入る機会はあまりないので、安慈は少し緊張しながらも歩みを進める。
「こんにちは!アルバイトの面接に来ました倉光です!」
中に向かってそう言うと、奥の扉から女性が出てきた。
「こんにちはー。お待ちしてました。店長の原です。本日はよろしくお願いします」
と、彼女は安慈の側に寄ってきながら挨拶すると、彼の顔を見て一瞬動きを止めた。
その様子に、安慈は不思議そうな顔をする。
「……どうかしましたか?」
「あ!いえ!何でも!とりあえず、こちらのテーブルにどうぞ!」
座るように促されたので、安慈はテーブルについてバッグから履歴書を出した。
店長もテーブルについて安慈から履歴書を受け取ると、しばらく中を見ていた。
「ふむふむ。あら、盛名高校なの。アイドル科あるわよね?」
「そうです。僕、アイドル科のクラスなんですけど、二年生になったばかりなのでまだ本格的なことはしてないのですが……」
「じゃあ、まだどこにも所属してたりはしないのかしら?」
「はい。なので、アルバイト探してて……所属アイドルがホールスタッフをするなら、一緒に働いたら色々話しを聞けるかな?なんて思って応募しました」
安慈がニコニコしながらそう言うと、店長が『ちょっと待ってね』と言って一度席を立った。
そのまま、奥の部屋へと消えていったが、しばらくすると誰かと話している声が聞こえてきた。
どうやら電話しているようだ。
「……そぅ、すごく、顔が良いの! 多分、×××さん好き! 今までとはタイプ違うけど! すごく 顔が 良いの!!だから、すぐ来てください!」
BGMもない静かな店内。やたら興奮気味で話す店長の声は安慈にも聞こえていた。
一体誰と話しているのだろう……?顔が良いを2回言っていたぞ? と、思っていたら奥の部屋から店長が戻ってきた。
「急にごめんなさいね!後でもう一人来るのでその人とも一緒にお話ししていいかしら?」
「え、えぇ。よろしくお願いします」
「そしたら、勤務時間の希望とか先に聞いておこうかな?」
それから、安慈はアルバイトの面接でよく聞かれることに答えていたのだが、暫くすると、背後のドアが開く音と共にコツコツとヒールの高い靴の足音が聞こえてきた。
「原ちゃん!本当に顔が良い子なんでしょうね?私も忙しいんだから……!」
背後から聞こえた声に安慈が振り向くと、黒地に白の細いストライプの入ったパンツスーツに、艶やかな黒髪をまとめた眼鏡の女性が立っていた。
と、思ったら安慈に急接近してきた。
「わ!」
突然のことに全く動けなくなる安慈をよそに、眼鏡の女性は安慈の顔をジーッと至近距離で見ている。
この眼鏡の女性はなかなかの美人でもあるから、そんな彼女に穴が開きそうなほど見つめられると、安慈もだんだん恥ずかしくなってきてしまった。
「あ……あの……」
安慈の声に、眼鏡の女性はパッと離れる。
「うん。確かに。顔が良い。とても良い」
「でしょ?♡」
眼鏡の女性の言葉に店長が頷く。
「君、ちょっと立ってみて」
眼鏡の女性にそう言われて、安慈は椅子から立ち上がった。
「君、身長は?」
「178です」
「さっき、この人から電話で聞いたんだけど、盛名のアイドル科のクラスだっけ?」
「はい、そうです」
眼鏡の女性は、顎に手を当てて数秒考えるような素振りを見せると、安慈の方に向き直った。
「君、カフェの方じゃなくて、私の方で採用するわ!」
「え?」
「私はOfficeCutoyのマネージャー、高嶺 玲香よ。君を、OfficeCutoyの所属アイドルとしてスカウトします。所属アイドルになれば、学校以上のレッスンも受けられるし、デビューできれば、ここのバイト以上に稼げるわよ♡」
「……ということなんだ。俺、本当はカフェのバイトのつもりだったの」
「へぇ、高嶺さん直々のスカウトだったんだ……それにしても、何で店長が高嶺さんに連絡したの?」
「原さんも、元々はマネージャーしていた人で高嶺さんの部下だったの。原さんが、食品管理の資格とか持ってたからカフェ立ち上げの時にマネージャー業からカフェの方に転身したんだって」
「なーるほど」
「あの時ほど、露骨に 顔が良い を連呼された日も無いと思うなぁ」
その時のことを思い出して、安慈は苦笑いをする。
「そういえば、高嶺さん、他のアイドル見てる時も同業者っていうより、本当に『顔が良い』とか『可愛い』しか言ってない時あるもんね」
「そうそう。この前、何かを見ながら 『マジアワまじかわ』って呟いてたよ」
「うっそ、マジで?」
「うん」
『出来る女』というイメージの高嶺マネージャーの『マジアワまじかわ』は、翔にとっては衝撃的な発言だったようで、事務所に着くまで彼はずっとニヤニヤしていた。
そして、事務所に着くなり高嶺マネージャーの顔を見て吹き出してしまい、翔は彼女に怒られていた。
それを見ていた瑞貴は、安慈に訊ねる。
「ねぇ、なんかあったの?」
「うーん、ここに来るまでに俺がCトイに入ったきっかけを話しただけなんだけどね、その後から翔がずっとニヤニヤしてるんだよねぇ」
「ふぅん……翔のことはどうでもいいけど、その話、僕も聞きたい」
「あ、そう?大したことじゃないけど……」
翔が高嶺マネージャーに怒られている間、安慈は瑞貴にも同じ話をしたのだが、瑞貴には翔が何故ニヤニヤしていたのかはさっぱり分からなかった……。
今日も翔と安慈はレッスンのために事務所に向かっていた。
瑞貴は、二人と学校が違うのと大抵は彼の執事が送迎しているので事務所に直接集合することが多い。
「ところでさ、アンジーにずっと聞いてみたかったんだけど」
「何?」
翔の問いに小首を傾げる安慈。
「なんで、アンジーはCトイに入ったの?」
「え?随分と急な質問だね。やっぱり、俺、Cトイぽくないかな?」
翔の問いに思わず苦笑いをした安慈。彼の返答に翔が慌てて弁明する。
「いや、そういうわけじゃないんだけど! 安慈って、瑞貴みたいに明らかに可愛い系というよりは、背も高いしカッコいい方じゃん。まぁ、イメージ動物が猫だから、最近それでしっくりきてるけどさ、もっと、カッコいい人がいっぱいいるB’sプロとかエーデルとかにいてもおかしくないよなぁと思って」
翔がそう言うと、安慈は、あぁーと間延びした返事をした。
「それね、よく言われるんだけど、ちゃんとワケがあってね……」
昨年の春頃。
安慈は新しいアルバイト先を探していた。
学校の近辺や自宅近辺も含めて色々と探していたのだがなかなかピンとくるものがなかった。
そんなある日、安慈は
『新規オープン! オープニングスタッフ募集!』
の文字が踊る広告を見つけた。
「……?ここ?こんなところにカフェができるんだー。へー」
大きなビルの一角にその広告が貼られていた。
……カフェなのに、募集は調理スタッフだけなんだ。ホールスタッフを募集しないなんて変わってるなぁ。と、思いながら安慈はその広告をスマホで撮影した。
帰宅後、安慈がその広告の詳細を調べてみると、
最近、立ち上がったばかりのアイドル事務所、Office Cutoyが運営するカフェだった。
ホールスタッフは、所属アイドルが行うため、調理スタッフの募集だったのだと納得したところで、料理も得意だし、アイドルと一緒にバイトできるなら色々と勉強になることあるかもなぁ なんて思いながら、彼はそのアルバイトに応募してみることにした。
***
後日……。
ドアを開けると真新しい木の香りがする店内だった。
オープン前の店舗に入る機会はあまりないので、安慈は少し緊張しながらも歩みを進める。
「こんにちは!アルバイトの面接に来ました倉光です!」
中に向かってそう言うと、奥の扉から女性が出てきた。
「こんにちはー。お待ちしてました。店長の原です。本日はよろしくお願いします」
と、彼女は安慈の側に寄ってきながら挨拶すると、彼の顔を見て一瞬動きを止めた。
その様子に、安慈は不思議そうな顔をする。
「……どうかしましたか?」
「あ!いえ!何でも!とりあえず、こちらのテーブルにどうぞ!」
座るように促されたので、安慈はテーブルについてバッグから履歴書を出した。
店長もテーブルについて安慈から履歴書を受け取ると、しばらく中を見ていた。
「ふむふむ。あら、盛名高校なの。アイドル科あるわよね?」
「そうです。僕、アイドル科のクラスなんですけど、二年生になったばかりなのでまだ本格的なことはしてないのですが……」
「じゃあ、まだどこにも所属してたりはしないのかしら?」
「はい。なので、アルバイト探してて……所属アイドルがホールスタッフをするなら、一緒に働いたら色々話しを聞けるかな?なんて思って応募しました」
安慈がニコニコしながらそう言うと、店長が『ちょっと待ってね』と言って一度席を立った。
そのまま、奥の部屋へと消えていったが、しばらくすると誰かと話している声が聞こえてきた。
どうやら電話しているようだ。
「……そぅ、すごく、顔が良いの! 多分、×××さん好き! 今までとはタイプ違うけど! すごく 顔が 良いの!!だから、すぐ来てください!」
BGMもない静かな店内。やたら興奮気味で話す店長の声は安慈にも聞こえていた。
一体誰と話しているのだろう……?顔が良いを2回言っていたぞ? と、思っていたら奥の部屋から店長が戻ってきた。
「急にごめんなさいね!後でもう一人来るのでその人とも一緒にお話ししていいかしら?」
「え、えぇ。よろしくお願いします」
「そしたら、勤務時間の希望とか先に聞いておこうかな?」
それから、安慈はアルバイトの面接でよく聞かれることに答えていたのだが、暫くすると、背後のドアが開く音と共にコツコツとヒールの高い靴の足音が聞こえてきた。
「原ちゃん!本当に顔が良い子なんでしょうね?私も忙しいんだから……!」
背後から聞こえた声に安慈が振り向くと、黒地に白の細いストライプの入ったパンツスーツに、艶やかな黒髪をまとめた眼鏡の女性が立っていた。
と、思ったら安慈に急接近してきた。
「わ!」
突然のことに全く動けなくなる安慈をよそに、眼鏡の女性は安慈の顔をジーッと至近距離で見ている。
この眼鏡の女性はなかなかの美人でもあるから、そんな彼女に穴が開きそうなほど見つめられると、安慈もだんだん恥ずかしくなってきてしまった。
「あ……あの……」
安慈の声に、眼鏡の女性はパッと離れる。
「うん。確かに。顔が良い。とても良い」
「でしょ?♡」
眼鏡の女性の言葉に店長が頷く。
「君、ちょっと立ってみて」
眼鏡の女性にそう言われて、安慈は椅子から立ち上がった。
「君、身長は?」
「178です」
「さっき、この人から電話で聞いたんだけど、盛名のアイドル科のクラスだっけ?」
「はい、そうです」
眼鏡の女性は、顎に手を当てて数秒考えるような素振りを見せると、安慈の方に向き直った。
「君、カフェの方じゃなくて、私の方で採用するわ!」
「え?」
「私はOfficeCutoyのマネージャー、高嶺 玲香よ。君を、OfficeCutoyの所属アイドルとしてスカウトします。所属アイドルになれば、学校以上のレッスンも受けられるし、デビューできれば、ここのバイト以上に稼げるわよ♡」
「……ということなんだ。俺、本当はカフェのバイトのつもりだったの」
「へぇ、高嶺さん直々のスカウトだったんだ……それにしても、何で店長が高嶺さんに連絡したの?」
「原さんも、元々はマネージャーしていた人で高嶺さんの部下だったの。原さんが、食品管理の資格とか持ってたからカフェ立ち上げの時にマネージャー業からカフェの方に転身したんだって」
「なーるほど」
「あの時ほど、露骨に 顔が良い を連呼された日も無いと思うなぁ」
その時のことを思い出して、安慈は苦笑いをする。
「そういえば、高嶺さん、他のアイドル見てる時も同業者っていうより、本当に『顔が良い』とか『可愛い』しか言ってない時あるもんね」
「そうそう。この前、何かを見ながら 『マジアワまじかわ』って呟いてたよ」
「うっそ、マジで?」
「うん」
『出来る女』というイメージの高嶺マネージャーの『マジアワまじかわ』は、翔にとっては衝撃的な発言だったようで、事務所に着くまで彼はずっとニヤニヤしていた。
そして、事務所に着くなり高嶺マネージャーの顔を見て吹き出してしまい、翔は彼女に怒られていた。
それを見ていた瑞貴は、安慈に訊ねる。
「ねぇ、なんかあったの?」
「うーん、ここに来るまでに俺がCトイに入ったきっかけを話しただけなんだけどね、その後から翔がずっとニヤニヤしてるんだよねぇ」
「ふぅん……翔のことはどうでもいいけど、その話、僕も聞きたい」
「あ、そう?大したことじゃないけど……」
翔が高嶺マネージャーに怒られている間、安慈は瑞貴にも同じ話をしたのだが、瑞貴には翔が何故ニヤニヤしていたのかはさっぱり分からなかった……。