過去の話


小さい頃から、周りの人間は僕のことを

『可愛い』

と言っていた。
色白で、お人形さんみたいね。
男の子に見えないくらい可愛いね。
これらは、耳にタコができるくらい、よく言われた台詞だった。
そして、それと同じくらい、言われていたことがある。
「後妻の子」
「妾の子」
「だから、可愛がってもらえないのだ 」
と、使用人たちが陰で言っていたのを僕は小さい頃から聞いていた。


僕の家、飛鳥井家は今では知らない者はいないくらいの有名グループ企業をもつ財閥だ。
事業も、エネルギー開発やら、自然保護やら色々なことをやっていて、正直僕も把握しきれていない。
そんな家だから、僕には小さな頃から執事……じいやが付いていたし、生きていく上で困ったことなんて殆どなかった。
ただ、僕は、父さんと兄さんたちとはものすごく折り合いが悪かった。

12歳年上の 龍登りゅうと兄さんと、10歳年上の 由鷹ゆたか兄さん。
この2人と僕は異母兄弟。
兄さんたちの実の母親は、交通事故で亡くなったそう。
でも、そのすぐ後に父さんは僕の母さんと再婚したから、裏では黒い噂が流れているそうだ。

僕の母さんは、元 歌劇団の女優、 朝風 雫あさかぜ しずく
歌劇団を引退した後に父さんと結婚したそうだ。だから、あながち噂は間違っていないのかもしれない。
そうでなければ、後妻の子 なんてわざわざ言われないだろう。
たしかに、僕は父さんには可愛がってもらった記憶がない。
だから、僕は、父さんが兄さんたちばかりを構っているのが、羨ましくて、褒めてもらいたくて、僕は学校の勉強や運動を頑張った。
だんだん勉強が難しくなれば、じいやにお願いして家庭教師をつけてもらったし、運動もたくさん努力した。

父さんは昔から弓道をやっていたから、僕も含めた子供たちには全員やらせていた。
家に弓道場を作らせるくらい熱心にやらせていたんだ。
僕が、兄さん達と唯一同じ土俵に立てたのが弓道だった。
今度こそ褒めてもらおうって、
兄さん達よりもたくさん練習したし、大会に出れば必ず表彰台に乗れるような成績を修めていた。

学校のことは、頑張っても構ってくれない。
それくらいできて当たり前だ と切り捨てられていたから、せめて、兄さんたちよりも良い成績を修めようとするのが僕のモチベーションだった。




中学2年の時。
僕は、弓道の全国大会で優勝した。
二年生の優勝者が出たのは十数年ぶりだと、その大会でも、学校中でも盛大に祝われた。
素直に嬉しかったけれど、僕の中では、これで父さんや兄さん達にも褒められる と思っていた方が大きかった。




「父さん!見てください!」

僕は家に帰るなり、不躾に父の仕事部屋のドアを開けて、優勝トロフィーを抱えながらそう言った。
部屋には、兄さん達もいた。
ちょうど良かった。二人にも、僕の方が腕は上なんだと知らしめることができる。
「今日の全国大会、優勝しました」
何て言ってくれるかな……?
あまり褒められたことがないから、想像つかない。いっそのこと、ありきたりな言葉でも良い。
たった一言、褒めてくれれば。
なのに、




「……そうか」

父さんは短くそう答えた。
それから、続く言葉もなかった。

なんで……?

こんなに頑張ったのに。
たった一言、良かったね とか、おめでとう とか、
言って欲しかっただけなのに。


「瑞貴、父さんと今後の事業の話をしているんだ。後にしろ」
「下がれ、瑞貴」
「……兄さん達に、何が分かるんだよ……」
鬱陶しそうにそう言った兄さん達に腹が立って、気づけばそう言い返してた。
「兄さん達に何が分かる!!!大した成績でもないくせに父さんには可愛がってもらってさ!!!
勉強も運動も弓道だって僕の方が上なのに!!なんで兄さん達ばっかり!!!後妻の子供だからって何が違うんだよ!!!」
「瑞貴お前、誰に向かってそんな口を聞いてるんだ⁉︎」
由鷹兄さんが、そう言った。
「……実力も無いくせに、媚びばっか売って……先に生まれただけで何が偉いっていうの?父さんにとって、僕はいらないんでしょ……実力が認められないんだったら、こんな家……こんな家族いらない!!!」
僕は持っていたトロフィーを床に投げつけて、父さんの部屋を走って出て行った。
途中の廊下で執事にすれ違ったけれど、振り返りもせず、僕は家を飛び出した。


***




「……はぁ……はぁ……」

家を飛び出して、あてもなく歩いていた。
もう日も沈んできて、だいぶ空気も冷えてきた。
学校の制服のまま大した防寒もせずに飛び出してきたから肌寒かった。

こんな家いらない なんて、啖呵切って飛び出したところで、どこかに居場所があるわけでもない。
所詮、僕は何もできない子供である現実を叩きつけられている。

でも、ひとつ確信した。

僕は、
はじめから
いらない子だった。
それなら、可愛がってもらえない。
はじめから、そうだったのに、
いつかは って、願って、縋ってしまったんだ……。
なんて、馬鹿だったんだろう……。



暫く歩き続けていたら、人の流れも増えてきて、気づけば繁華街まで来ていた。
辺りが暗くなった代わりに、街のギラギラした灯が目に入って何もかもがうるさく感じた。
でも、この方が、紛れていいのかもしれない……。
どうせ、僕はいらない子なんだ。
僕が消えたところで、あの家は何も変わらないのだろうから……。人混みに紛れて消えてしまいたい。


そう、自暴自棄なことを考えていたら、突然、澄んだ歌声が耳に響いてきた。
ハッとして顔を上げると、街頭ビジョンからその歌声は流れていた。

映像には、同じ顔の白い髪と黒い髪の少年……。
澄んだ歌声と同じくらい、儚くて綺麗で……


天使だ……


と、僕は思った。
その歌はほんの十数秒。CMか何かだったのだろう…。歌声とその姿に釘付けになっていて、一体彼らが何者だったのか分からないまま、別の映像が画面に流れていった。



《ここに いて いいよ》


あの歌声にそう言われた気がして……。
心が救われたような気がしたんだ……。
あれは、誰だったの……?
もしかしたら、僕が見た幻だったのかな……なんて思っていたら、背後から名前を呼ばれて振り向いた。

「坊ちゃん。こちらにいらっしゃいましたか」

執事の水嶋だった。
「……じいや……。何で来たの……。僕は、父さんにとっていらない子だから、探しに来なくて良かったんだよ」
そう突き放すように言ったけれど、水嶋は穏やかな雰囲気を崩すことはなかった。
「旦那様の御意向でお迎えに上がったのではありません。勝手ながら、私の独断でございます。それから、奥方様が大変ご心配をなさってます」
「……ママ……」
「えぇ。坊ちゃんが飛び出して行ったと聞いて、かなり狼狽えておられました。それから、旦那様にも大層お怒りでございました。日も暮れて寒くなって参りました。帰りましょう」

じいやにそう言われて、僕は素直にじいやと帰ることにした。
母さん……ママに、無駄に心配をかけてはいけない……。
それが、帰った理由だった。


***


「瑞貴!!」
家に着くと、母さんが玄関の前で待っていて、僕が車から降りるとすぐに駆け寄ってきて僕を抱きしめた。

「あぁ良かった……飛び出していったと聞いて本当に心配したのよ……無事で良かった……」
母さんは、僕の頭を撫でながら泣きそうな声でそう言った。
「ごめんなさい……僕……」
「謝らないといけないのはお父さんの方よ。こんなに瑞貴は頑張っているのに……」
そう言ってさっきよりも強く抱きしめられる。
「……奥方様、お身体に障ります。お部屋に戻りましょう」
水嶋がそう言ったので、ひとまず中に入ることにした。
僕が出ていっても、出迎えてくれたのはママだけだった。それが結果なのだろう……。
けれど、今はもうそれでも良いと思えた。
たった一人でも味方はいてくれるのだと思えたから。






「瑞貴、ごめんなさいね……ママがちゃんとしてないから、あなたに辛い思いさせて……」

僕はママの部屋にいた。
ママは部屋に戻るとベッドに腰掛けたので、僕も隣に座った。
ママは、ここ暫くあまり体調が優れなくて、ずっと療養していた。
僕が父さん達と折り合いが悪いのも、ママはずっと前から知っていた。
むしろ、ママも後妻だから肩身が狭かったのだろう。父さんが というよりも、お爺ちゃんやお婆ちゃんたち、親戚達との関わりで、段々と体調を崩していったのだった。
「……ママに……心配はかけたくなかったのに……」
「ママなんだから心配するのは当たり前なの。それに、お父さんのあの態度はダメよ。前々から言ってはいたのだけど、全然変わらなくて……。ママが力不足で本当にごめんね……」

そう言って、ママは僕の頭を抱きしめる。
ママの温かさに張っていた気持ちが解けて、大きく溜息をついた。

「……ねぇ、ママ……僕、もう……疲れちゃった。兄さん達と同じことしてもダメなんだもん……」

紛れもない本音だった。そう、僕は疲れたんだ。結果を出しても認めてもらえない。
もう、心が限界だった。
「だから、僕、こんな家嫌だって……出て行ったけど……結局、まだ子供だから何も出来なかった……」
「……ねぇ、瑞貴。それなら……違うことをしたらいいのよ」
「え?」
ママの言葉に驚いて顔を上げる。
「お兄さん達ができないことをやりましょう。だって、瑞貴はこんなに努力できる子なんだもの。きっとなんでもできるわ。お兄さん達が、絶対できないことを瑞貴がやればいいのよ」
ニコニコしながらそう言ったママの意図が分からずに戸惑ってしまう。
一体、何をしたらいいの?

「瑞貴は、ママの天使よ……。こんなに可愛いもの……」
「ねぇ、ママ。どういうこと?」
僕の疑問に、母さんはにっこりと笑った。
「ママの昔の知り合いがね、白錫学園にいるのよ」


***


あれから、二度目の春。
僕は、白錫学園に入学した。

ママの昔の知り合いが、講師を務めているというのもあったけれど、それがきっかけで教えてもらった道。

アイドルになること。

ママが提案してくれた僕にしかできないこと。兄さん達が絶対にできないこと。

そう、僕は 『可愛い』 のだから。
それが僕の武器だから。
絶対に、トップになるって決めたんだ。




「あ、誰か来たよ」
「こんにちは、新入生かな?」

ある日の休み時間。学園の噴水広場に行くと声を掛けられたので顔を上げた。

「あ……」

僕が あの日見た 白黒の天使がいた。

うたってば、新入生にいきなり声掛けたらびっくりするよ!」
「だって、こんなところでお昼食べてるの僕達くらいしか今までいなかったから、新しいお友達になれるかなって」

コロコロと鈴が鳴るような声で話す二人に、僕は思わず歩み寄っていた。

「あのっ……僕……ずっと前に、あなた達の歌に……」

あの時、ひとりぼっちだった僕の心を救ってくれた天使が目の前にいる。
こんなところで逢えるとは思わなかった。
あの時のお礼が言いたかったのに、言葉が詰まって、涙で前が見えなくなってしまった。

「あっ!ちょっと!詩ってば、この子泣いちゃったよ!いきなり先輩に声掛けられたからびっくりしちゃったんじゃ……」
「そんな怖い顔で話しかけてないよ⁉︎りつがそう言うこと言うからびっくりしたんじゃないの?ごめんね。どうしたの? 君。どこのクラス?」


僕が出会った『天使』は、Magic hourの二人だった。同じ学園の一つ先輩。
無事にお礼は言えたけれど、いきなり迷惑をかけてしまった。
それでも、二人はものすごく優しかった。



……こうして、僕の新しい道が拓けた。
父さんにも兄さん達にもできないことを、僕が、僕の力で成し遂げてみせる。

春の暖かい陽射しの中、僕はそう決意した。


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