過去の話


「翔、お願い」
「なっ、なんだよ……」

姉ちゃんが急に真面目な顔をするから、オレは何か嫌な予感がした。
姉ちゃんが入院して長いこと経つから、最後のお願いとか言われたらどうしよう……。
「明日!明日、 MesseRメッセのDVD BOXが家に届くの!!学校終わったら持ってきて!」
姉ちゃんは、顔の前で手を合わせてそう言った。
なんだ、そんなことか……。変なお願いじゃなくて良かったと、思わずため息をついてしまった。

「大袈裟だなぁ。そんなに頼み込むことじゃなくない?別に持ってくるくらい良いよ」
「あの……それがね……結構大きいのよ。荷物になると思うから悪いなーって。お母さんには頼みにくいし……翔、お願いね」

8歳年上の姉ちゃんは、白血病になって、もう長いこと入院している。
オレは、学校が終わると一度家に戻ってから姉ちゃんに頼まれた物を届けに病院に行くことが多くなっていた。
姉ちゃんは、いわゆるアイドルオタク。
色んな男性アイドルをチェックしては、コンサートに行き、グッズを買い……というタイプで、
伝説的な人気のアイドルから、デビュー間もない新人アイドルまでチェックを怠らない。
だから、だいたい頼まれるのは、アイドル雑誌や発売したDVDやCD。
初めは面倒だなって思ってたんだけど、だんだん、思うように動けなくなっている姉ちゃんも辛いんだろうなって思ってから、大人しく姉ちゃんの言うことを聞いている。





次の日……。
姉ちゃんに頼まれたものを持って病院に来たのはいいが、これじゃ病室のドアを開けるのも大変だ……。

「姉ちゃん、ホントにデカいのな!これ!DVD以外の物が多すぎるでしょ!」
オレは、病室に入るなり横幅60センチくらいの箱を抱えながら姉ちゃんに向かってそう言った。
「だからぁ、翔に頼んだのよー。お母さんには着替えとか持ってきてもらうから、それは一緒に頼めなくて……」
「まぁ、良いけどさ……。それで元気になるなら」

ベッドのそばの大きなテーブルに箱を置くと、傍に置いてある椅子に掛けた。
姉ちゃんは ありがとう と嬉しそうに箱を開けて、中のDVD以外の写真集や、グッズを嬉しそうに開けて見ている。

こういう時は、元気なんだよな……。
休みの日はいつも何処かに出掛けているくらい活発な人だった。
アイドルもそうだけど、部活とか好きなことを一生懸命やってる姉ちゃんはいつも楽しそうだった。
それが、今は自由に出歩くことすらままならない。
姉ちゃんのこんな姿、想像すらしたことない……。



「ねぇ、翔もアイドルになったらいいんじゃない?」

ぼんやり考えていたら姉ちゃんが急にそんなことを言ったものだから、一瞬何を言われたのか分からなかった。
オレが、アイドル?
「は? 何言ってんの?オレがなれると思う?」
「顔はまぁ、悪くないと思うけど。翔は歌がとても上手だから、きっと人気出ると思うなぁ。あ、お姉ちゃん、事務所に書類送ってあげるよ。どこの事務所がいいかな?シュメルヘンプロダクションとかパレットプロデュースとかどうかな?」
「えぇ……そんなこと言われてもアイドルの事務所なんか分からないし、オレ、来年受験だよ……もう受験勉強もやってる子沢山いるし」


今は中学2年の秋。名門校を目指すクラスメイトはもうとっくに受験モード。
かと言って、オレはまだ進路を決めているわけでもないんだけど……。
「そっかぁ。翔の歌声を一般人のままにしておくのはもったいないと思うのになぁ……」
「歌だけじゃアイドルはできないでしょ。オレ、ダンスとかやったことないし」
「大丈夫よ!練習すれば皆できる!弟がアイドルとか最高じゃない。お姉ちゃん全力で推すわ。なんなら、うちの翔をお願いしますって布教する」
「もう、分かったよ。ほら、姉ちゃんもそろそろ横になったら?また無理すると悪化するでしょ?DVD見られなくなるよ」
一人で盛り上がる姉ちゃんがだんだん面倒くさくなって、オレは話を無理やり終わらせた。

オレがアイドルになるとか、書類送るとか、そんなこと考えなくていいから、自分の身体のこと考えろよ っていつも思う。
さっきだって、写真集見てる顔はキラキラしてたし、やっぱりそういう時は元気なんだよ。
どんな薬でも「好きなもの」には勝てないんだなって思うくらい。
だから、こうやって姉ちゃんの好きなものを持ってくれば、そのうち元気になって前の生活に戻れるんじゃないかと思っていた。

「せっかく発売日にゲットしたんだから、少し休んでからそれ見なよ。元気になるでしょ」
「うん、そうだね。翔がそう言うなら、ちゃんと見られるように少し寝るわ」

なんか、今日はやけに素直だな……と思ったけれど、その時は大して気にしなかった。
「じゃあ、オレ、帰るね。またなんか必要なのあったら連絡して」
「うん、ありがと。またね」
そうして、オレは姉ちゃんの病室を出た。


元気な姉ちゃんと話したのは、実質、これが最後だった。



***




「……」

姉ちゃんは、あの後容体が悪化して、春を迎える前に亡くなった。
好きなもの追っかけてた姉ちゃん、元気だったのにな……。
なんで、治らなかったんだろな……。
オレ、頭良くないから、考えたところで分かりゃしないんだろうけど……。


学校で配られた進路アンケート。
3月だもん。春休みに入る前にある程度は決めていないといけないのだろう。
けれど、今は自分の進路なんて考えられなかった。
週明けには提出なのに、両親ともロクに話ができていない。


「花の部屋、片付けられないわね……」

お母さんがそう言ったのが廊下から聞こえた。
隣の姉ちゃんの部屋を片付けようとしたのだろう……。
オレは、あることが気になって、自分の部屋を出た。

「あら、翔どうしたの……?」
「姉ちゃんの部屋のDVD……ちょっと気になって。借りていいかな……?」
「借りる分にはいいんじゃないかしら?」
お母さんも滅入っているのが見てわかる。
オレが姉ちゃんの部屋に入ると、お母さんは部屋には入らず、多分リビングに戻っていった。


「……と、これだったかな?」

姉ちゃんが、入院中ずっと見ていたお気に入り。
MesseRのDVD。
それを借りて、自分の部屋に戻って、プレイヤーで再生する。




姉ちゃんが見ていた世界は……
あんなに目を輝かせて見ていた世界はどんなところだったの?

なんで オレに その世界を 勧めたの?






DVDは二時間くらいのライブパフォーマンスだった。
彼らのことは今初めて見たからよく知らない。
けれど、かっこよかった。
そう、ステージに立ってる3人がすごく輝いてた。それを見ているファンの人達も、みんな笑顔だった。
姉ちゃんが、元気になっていた理由が少しだけ分かったかもしれない。
そして、姉ちゃんが、オレに「アイドルになったら?」と言ったのも分かった気がした。


オレ、 もっと 歌える

何故か、そう思った。
根拠なんてない。

ただ、あの場所で歌いたい。
オレの歌で、みんなを笑顔にしたい。

そう思ったら、居ても立っても居られなくなって、オレはパソコンの前に座った。



***


「ねぇ、明日……学校に出すんだけど……」

夕飯の後、お父さんもお母さんも揃っていたから、進路アンケートのプリントを出した。

「翔ったら、明日提出なのに白紙じゃない!どうするの?決めてるの?」
「……盛名高校」
「盛名高校?この辺りの学校じゃないわよね?ちゃんと通える距離なの?」
「あ、うん。そんなに遠くないよ。寮に入らなきゃいけないとかじゃないし……」
進路のことを話したのが初めてだったから、お母さんの質問攻めがなかなか終わらなくて、なかなか本題を切り出せないでいた。
「それでっ……ここ、一年の時は普通の学科なんだけど、二年からアイドル養成クラスがあって……」
「アイドル?」
お母さんの表情が固くなる。隣に座るお父さんは黙ったままだった。
「あなたがアイドルを目指しても、花が追いかけていたような人達になるのなんて、ほんの一握りよ。それで将来どうするのよ?デビューできて、人気が出るなんて補償どこにもないじゃない。もう少し、自分の人生よく考えなさいよ」
お母さんの言うことは、当たり前のことだ。
親としては、きちんとした仕事に就けるように勉強してもらいたいだろう……。
けど……


「姉ちゃんが……!姉ちゃんが言ってくれたんだよ!翔もアイドルになったら?って!翔は歌が上手だからって!言われた時は、オレにできるわけないって、姉ちゃんに適当に返事したけど……。
オレ、ずっと歌うことが好きだし、この前の合唱コンクールだって、ソロパート歌いきって賞ももらった!
お母さんだって、姉ちゃんのこと見てたでしょ?入院中でも、好きなもの見てる時は元気だったじゃん!!だから……オレ……そういうものになりたい……アイドルは……人を元気にできるんだよ……」

喋っているうちに、だんだん涙が滲んできて、2人の顔がよく見えなくなってきた。
袖で顔を拭うと、さっきまでずっと黙っていたお父さんが口を開く。

「翔の、好きにしなさい。まずは、その高校に合格できるように今からしっかり勉強しなさい」
「お父さん……」
お母さんはまだ何か言いたげな様子だったけれど、お父さんが制するように手を挙げたので、それ以上は何も言わなかった。

「花が……翔にはできると思ったんだろう。やってみたらいい。きっと、花が見ていてくれている」
そう言うと、お父さんは席を立った。

「あっ……ありがとう!!」
オレは慌てて、お父さんの背中にそう言った。






それから、受験勉強をしっかり始めて、
無事、盛名高校に入学ができたオレは、軽音部に所属して楽しい高校生活を送っていた。

そして、秋の高校の文化祭でステージに立った後、オレは先輩に声を掛けられた。

「新山 翔くんだよね?良かったら、俺の所属している事務所で、一緒にユニットを組んでくれない?」


それが、オレの「アイドル」のスタートだった。

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