Stella Peluche

アルバムリリースと、リリースイベントも無事に終えたステラペルーシェは、瑞貴の受験が終わるまでの間、活動を縮小していた。
翔は今後の活動がしやすいようにと、卒業後は音楽の専門学校に行く為、瑞貴のように受験らしい受験は無い。彼曰く『書類と入学金出せばOK』だそうだ。

アルバムリリースから約一ヶ月経った頃。
彼らが学業に専念している間、事務所では今後のスケジュールや仕事の調整、リリースのスケジュールをどうするかプロデューサーの霞鳥が毎日のように頭を悩ませていたのだった。
「ねぇ、玲香さーん。ステラペちゃん達元気かなー?」
霞鳥が、自分のデスクでパソコンを開きながら、資料を散らかして、斜め前のデスクに座る高嶺にそう声を掛けた。
「元気ですよ。翔くんは受験らしいことはないとはいえ、安慈くんも課題がありますし、瑞貴くんは今一番大事な時なので邪魔しないでくださいね?」
「ハイ。スミマセン。いや、でもねぇ」
「どうしました?」
作業する手を止めて、高嶺が霞鳥を見る。
「アルバムの初動もこちらの予想以上だったし、ネットの反応も上々。特にソロ曲はそれぞれで評判も良かったじゃない?」
「そうですね」
「安慈くんのソロ曲は、一番意外だったみたいだから、SNS見てると堕ちた女達いっぱいいたわよ♡」
「霞鳥さん、その言い方」
高嶺が思わず笑いながら返すと、霞鳥も笑って『ほんとレイさんに頼んで良かった』と付け加えた。
「それでね、今後どう動かしていこうかなぁ……って、できたら3人の意見を聞きたいのよね。ああいう路線もいけるなら、少しずつシフトしてっても良いのかなぁ?って。でも、そうするとだいぶ『可愛い小動物』コンセプトから外れていきそうだし……」
霞鳥が、うーんと考え込んだところで、彼女のスマホが鳴る。
「あ、ちょっと出るわ。……はい、霞鳥です。どうも、ご無沙汰してますー!えぇ、本当にありがとうございました。評判も良くって、えぇ」
大抵、電話応対もピリピリしている霞鳥が、ものすごく機嫌良く話している。その様子を見て、高嶺は誰と話してるのだろう……と、思っていたら、霞鳥の顔色が変わる。
「え?ちょ、ちょっと待ってください。え?もう上と話したって? ちょっとトキさんってば仕事が早い……。えぇ、えぇ。……わかりました。でも、今あの子達、受験もあって……。えぇ。それは有難いんですけど……。一度確認して折り返しても良いですか? はい、よろしくお願いします」
蒼い顔をしたまま、電話を切った霞鳥は暫く黙っていた。高嶺は、ただならぬ様子に心配になったが、今は彼女に話しかけられる様子ではない。電話口で『トキさん』と口にしていたから、相手はLuarのトキなのだろう。
「……玲香さん」
「はい」
「安慈くんの課題はいつ終わるって言ってた?」
霞鳥の質問に、高嶺は慌ててスケジュール帳を開く。
「1月25日が提出期限って言ってましたね。それ以降は大学は休みになるみたいです」
「オッケー。瑞貴くんの受験は?」
「2月2日です。それ以降も学校は自宅学習期間で殆ど行かないと言ってました。翔くんも2月は同じような感じですね」
霞鳥は、高嶺が読み上げたスケジュールを、自分の手帳に素早くメモをしていた。
「どうしたんですか?顔色が悪いですし……」
「あぁ、うん。ちょっとね、予想外過ぎて頭が回らないわぁ……。トキさんが、ステラペちゃんを『うちの事務所に入れたい』って……」
「え⁉︎」
「もちろん、色んな条件だったり本人達の意向もあるから即答なんかできないけど……正直、私の手から離したくないなぁ……」
霞鳥がそう言い終わったタイミングで、霞鳥のデスクの電話が鳴った。
「うわ、社長室から内線だ……。はい、霞鳥です。……はい、第二会議室ですね。分かりました。すぐ行きます」
手短にそう返事をして内線を切ると、彼女は立ち上がった。
「玲香さん、今あの子達に話すのは動揺させるから、少なくとも瑞貴くんの受験が終わるまでは黙ってて」
「分かりました」
「よろしくね」
彼女は、そう言って自分の荷物を持って部屋を出て行った。

ヴィア ラクテアへ移籍。
本人達が望めば、私の手からも離れるのか……。

高嶺は、霞鳥が顔色を変えるのも無理はないと思いつつも、同じように寂しさを感じてしまい、それを振り切るように作業に戻った。



***

瑞貴の受験が終わった翌日の午後。
高嶺が3人にまとめてメッセージを送った。

【お疲れ様です。高嶺です。
まずは、瑞貴くん。受験お疲れ様でした。
本当はゆっくり休んでもらいたいところなのですが、5日午前中にミーティングを入れさせてください。場所は第一会議室です。その後、15時からヴィア ラクテアでもミーティングがあります。

実は、先月の半ばからヴィア ラクテア社長直々に、貴方たちの移籍を打診されています。
貴方達の課題や受験が終わるまで、霞鳥さんから口止めされていたので、伝えるのが遅くなってごめんなさい。

向こうがどのような条件を出してきたかなどは土曜日の午前中のミーティングでお伝えします。
突然の話で不安などあるかと思いますが、心配なことがあればいつでも連絡ください。 高嶺】



「って……これ……」
自室で、ゴロゴロと寛いでいた翔は、高嶺のメールに驚き過ぎて理解が追いついていなかった。
「えぇぇぇ……と? だめだ。頭がいつも以上に働かない。アンジー助けてっと……」
翔は、すぐに三人のグループチャットに『アンジー助けて』と入力して送った。
程なくして、安慈から『メール見た?』と返事がくる。翔は素直に『見た。けど、理解が追いつかない』と返した。
すると、瑞貴からも『見た。トキさんが僕たちを引き抜こうとしてるってことだよね?』とメッセージが送られてくる。
「引き抜く……」
翔は、ぽつりと呟く。
以前、レコーディングでトキと一緒だった翔は、その時に『ソロシンガーでも充分やっていけそうだ』と言われたことを思い出した。
安慈も、瑞貴もソロ曲はカッコよかったし、評判も良いと聞いている。

もし、移籍したら、ステラペルーシェは解体されてしまうのではないか……?

「……そんなの嫌だ」
翔が今考えたことを打ち込もうとしたら、安慈から『ここで話すのは効率が悪いから、もし2人が空いてるなら俺の家で話そうか? 2人が大丈夫なら泊まっていってもいいよ』ときた。
そのメッセージを見て、翔は自室を出て、 バタバタと一階に降りて行った……。


***

「お邪魔しまーす!」
「はい、どうぞ」

あれから、安慈の家に集まることになった。
瑞貴が執事の車で向かうとのことだったので、途中で翔を迎えに寄り、2人一緒に安慈の家に着いたところだ。
「翔、そんなにたくさん何買ってきたの?」
安慈が、翔にそう訊ねた。
翔の手には大きなビニール袋に目一杯何かが詰められていた。
「途中でさ、コンビニ寄りたいって言うから寄ったんだけど……。いくらなんでも買いすぎじゃない?って僕は言ったんだよ?」
「でもさ、真剣な話すると血糖値下がるから……甘いもの食べながら話したいじゃん」
「それにしたって多いと思うけど」
「まぁ、話は長くなるだろうから食べながらやろうか」
安慈は、部屋の中に二人を入れると、荷物を預かった。
「とりあえず、おやつの前に手を洗っておいで」
「はーい。洗面所借りるね」
「こっちだよ」
一度安慈の部屋に遊びに来ていた瑞貴は、翔を洗面所に案内していた。
二人が手を洗ってリビングに戻ってくると、翔は早速買ってきたものを袋から出して、ローテーブルの上に並べる。
シュークリームやプリンといった甘い物に、ポテトチップスやチョコレートなどお菓子ばかりが並べられる。
「シュークリームとプリンは一人一個ね。瑞貴はアールグレイで、アンジーはカフェオレ」
「ありがとう。テーブルの半分はメモ取るから空けておいてね」
安慈は翔にそう言って、隣の部屋のデスクから数枚の紙とペンを持ってきて、ラグの上に座る。
瑞貴はソファに掛けて、翔は安慈と同じようにラグの上に座った。

「さて、何から話そうかな?」
安慈がそう切り出すと瑞貴が『ねぇ……』と、口を開いた。
「そもそもの話なんだけど、ヴィア ラクテアってLuarが作った事務所だよね。どうしてバンドの事務所に僕たちアイドルが引き抜かれるの?」
瑞貴がアールグレイのペットボトルの蓋を開けながらそう言った。
「あぁ、二人が来るまでにヴィア ラクテアのことを調べてたんだけど……」
持ってきた紙の一枚を見ながら安慈が話す。
「Luarが、昔いた事務所と色々あって、そこから独立するために7年前に作った事務所。だから、初めはLuarだけだったんだけど、ここ数年は後輩バンドも所属していたり、ダンサーとかミュージシャンもいるみたいだね。その辺りは問わないのか、新しい要素を入れたいのか。これはトキさんに聞いてみないと本当のところは分からないけれど」
そう言って、安慈はチルドカップのカフェオレにストローを挿して口にした。
「さて……。移籍する、しない。この話を聞いて二人はどう思った?」
「どうって……」
言葉に詰まる二人を見て、安慈が少し考えてから口を開く。
「じゃあ、言い方を変えるね。Luarとのレコーディングはどうだった? 俺は、正直に言うと面白かった。新しいことが出来たと思えたから」
安慈がそう言うと、瑞貴も翔も頷いた。
「それは僕も思った。今まで歌ってきた曲が悪いわけじゃないけれど、こういうのもできるんだって。こういう見せ方があるんだって思った」
「オレも。今までと全然違う雰囲気の曲で、レコーディングが本当に楽しかった」
「……そこは一致したね。俺たちも、もう結成して二年経つ。アルバムも出したし、二人も高校を卒業する。そろそろステラペルーシェの見せ方を変えても良いのかもしれないなって、俺は漠然と思っていて……。だから、移籍の話、悪くないかもって思った」
「でもさっ……!」
翔がローテーブルに手をついて、前のめりになって声を上げた。
「……トキさんとレコーディングしてた時に、オレ、ソロシンガーでもいけるって言われて……。安慈も瑞貴も、ソロでもいけるんじゃないってくらい曲がカッコよかったし、実際、評判が良いじゃん。でもさ、移籍したらさ、ステラペ……解体されないかな……?」
そう言って、翔は不安そうに俯いた。
「そんなのっ……僕が許さないよ。それなら移籍なんてしない」
翔の言葉に不快感を露わにして瑞貴がそう言うと、安慈は落ち着いた様子でペンを手に取った。
「……じゃあ、俺たちから出す条件の一つ目。移籍後の活動も3人で。ステラペルーシェとして活動させてもらうこと。誰か一人だけ引き抜くことは絶対しないこと」
安慈はそう言って、サラサラと口にしたことを紙に書いていく。
「安慈……」
「あまり時間がないから、移籍にあたって、俺たちが絶対譲れないことを洗い出そう。今の事務所よりも好条件でなければ移籍する意味がないでしょ? 」
そう言って、安慈はニコリと笑った。
そして、くるりと手元でペンを回すと二人の顔をジッと見る。
「移籍にあたって、トキさん側も事務所に何らかのメリットを提示しているはずだし、俺たちにも出してくると思う。でも、いい? まだ子供だからって遠慮しちゃダメ。俺たちは、一アイドル。ステージに立つ人間として、ちゃんとプライドを持って条件出していいところだから。二人もどんどん言って。もし、移籍するなら、絶対に後悔しない条件で移籍しよう。俺たちが出した条件を承諾してもらえないなら、移籍しなくてもいいし」
安慈の言葉に、不安が和らいだのか、翔も瑞貴も安慈に近づいてそのまま抱き付いた。
「わっ!ちょっと!重い!」
「さすがアンジー! カッコいい!」
「翔が余計なこと言うから!僕、どうしようかと……」
「ハイハイ。大丈夫、落ち着いて。今までやってきたことと、これからやっていきたいことを考えていこう。まずは、ざっくりした言葉でいいよ。どんどん挙げていこう」

それから、それぞれが意見を出し合う。
安慈は出てきた案を紙に書き出して、できること、難しいと思われることを整理していた。
こうして、三人だけの会議は、夜遅くまで続いた……。


***

ミーティング当日。
午前中のミーティングを終え、三人はヴィア ラクテアに来ていた。同行したのは高嶺と霞鳥だ。
三人だけの会議でまとめた移籍の条件は『一つだけを除いて』高嶺と霞鳥にも伝えてある。
霞鳥は三人がまとめてきた条件がかなり強気だったことに驚いたが、彼らの意見として尊重した。

応接室に案内された一行は、トキが来るまでソファに掛けて待つことにした。
テーブルのそばの三人掛けのソファに翔たちが、入り口そばの一人掛けに霞鳥が座る。
高嶺は、すぐ動けるようにするためか霞鳥のすぐ側で立っていた。
翔は、慣れない感触の革張りのソファに座りながらソワソワと辺りを見回していた。
以前、楽曲提供の件で来た時も落ち着かなかったが、今回は自分達の今後を左右する話だ。
左隣に座る安慈は、終始落ち着いている様子だったが、表情がいつもよりも硬く感じた。
右隣の瑞貴を見ると、まだこの場に来ていないトキに対して敵対心を剥き出しにしているように見えるが、彼も落ち着いている。
……この状況で落ち着かないのは自分だけか……。
ステージに立つよりも今の方が緊張するな……と翔は思いながら、トキが来るのを待っていた。
待っている間の静かな空間に耐えられなくなって口を開いたのは霞鳥だった。
「……ホント、移籍にあたってトキさんが出してきた条件もあり得ないくらい良いけどねぇ。貴方たちの条件は、それにさらに吹っ掛けるようなものだからどうかしらと思ってるけど。もし、これを先方に飲ませたら貴方達、最強だわ。ここまで育てた甲斐があるってものよぉ。もう、独り立ちする息子を見送るお母さんの気分だわ」
霞鳥が改めて三人を見てそう笑うと、三人もつられて笑った。
「そうそう。いい顔。みんな、肩の力抜いてね」
彼女の言葉に、三人はニコリと笑って深呼吸をした。

暫くすると、部屋のドアが開いてトキが部屋に入ってきた。
「お待たせして申し訳ない。ステラペのみんなは元気だった?」
「はい」
優しい微笑みを浮かべながらトキがそう言うと、三人が少し緊張した様子で返事をした。
「みんな、今日は来てくれてありがとう。それから、霞鳥さん、高嶺さんもありがとうございました。早速だけど……まず、この子たちと話をさせて頂きたい。お二人共、席を外して頂いて良いですか?」
トキは、霞鳥と高嶺の方を見てそう訊ねた。
可否を訊ねてはいるが、彼の目からは『No』とは言わせない圧があった。
「え、それは……」
「僕たちは大丈夫です」
霞鳥が言いかけたのを安慈が制した。
「安慈くん……」
「大丈夫です。僕たちだけで話します」
安慈が霞鳥に向かってそう言うと、彼女は小さく息を吐いて了承した。
「分かりました。私達は外で待ってますね」
「霞鳥さんごめんね。外にスタッフがいて、別室に案内するよう言ってあるから二人でお茶して待っててください」
トキがそう言うと、高嶺がまだ何か言いたげな霞鳥に早く立つように促し、二人で連れ立って部屋を出て行った。



「さて、お待たせ。もう聞いてると思うけれど、君達をうちの事務所にスカウトしたいと思っていてね」
トキがそう言いながら三人の向かいのソファに掛けた。
「君達のパフォーマンスと、レコーディングの時の実力を見て、これから先もっと伸びるし、もっと伸ばしたいと思った。今後、君達が活動していく上で必要なものは全てこちらで用意するよ」
「……それが、専用のダンスレッスンルームとボイストレーニングルームですね」
安慈がそう言うとトキが頷いた。
「楽曲に関しては、元々別のところに提供してもらっていたと聞いてるから、今後も同じ所に頼んでもいいし、俺達が今後も何曲か提供しても良いと思っているよ」
トキの淡々と喋る様子に、目に見えない圧を感じていた翔は、チラリと安慈の方を見ると、彼もジッとトキの顔を見ていて、トキの言葉が終わると彼の目つきが変わった。

「トキさん、ありがとうございます。午前中に霞鳥さんからその点は伺っていました。そこまで用意して頂けるなら、今以上に練習ができる良い環境だと思います」
安慈はそう言うと、一度咳払いをしてから言葉を続ける。
「4月で、僕達も結成して3年目になります。翔も瑞貴も来月には高校を卒業して、今までと違った仕事もできるようになります。僕も含め全員、先日のレコーディングはとても勉強になりましたし、自分達の可能性にも気付けました。だから、ステラペルーシェとしても、少し見せ方を変えてもいいのかな?と思っていたところに、このお話を頂いたので、僕は良い機会かなと思いました」
「それは、翔君も瑞貴君も同じ意見と思っていいのかな?」
トキはそう言って、翔と瑞貴の顔を順番に見る。
「はい。トキさんの曲も、レコーディングもとても楽しかったです。それに……二人のソロ曲もとても良かったから、今までと違うこと、もっと表現の幅は広げたいと思いました」
「その点は僕も同じです。ただ……」
瑞貴は、そう言葉を区切って安慈の方を見る。
「……トキさん。これだけのものを用意してくださるのに、生意気を言うようですが、移籍にあたり、お願いがあります。これは僕達が絶対に譲れないことです」
決意のこもった目で安慈がそう言った。
少し意外だ、といった様子でトキの目が少し見開かれたが、彼はすぐに柔らかい笑顔を浮かべる。
「いいよ。言ってみてくれるかい?おそらく、大抵のことはできると思うけれど」
「……では、一つ目はオレから……」

緊張を解すようにゆっくりと息を吐いてから翔が話し始める。
「移籍した後も、ステラペルーシェとして、三人で活動すること。例えばの話ですが、オレだけソロで楽曲をリリースする、というのはやりません。ステラペルーシェは三人で完全体なんです。解体しないでください」
『お願いします』と言いながら、翔はトキに向かって頭を下げた。
「翔君、顔を上げて。これは絶対に約束を守ろう。三人で完全体。それだけの絆があることは素晴らしい」
トキは静かに、そして穏やかな口調でそう答えると、翔はホッとしたように笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます」
「うん。安慈君、他にもあるかい?」
「はい。では、僕からいくつか……。二つ目、学業に支障がないスケジューリングをお願いしたいです。現在の事務所だと、他のユニットの兼ね合いもあったのでレッスンやトレーニングのスケジューリングがタイトだったのですが……。
もし、専用の部屋を用意して頂けるなら、ある程度この点は解消できそうです。ただ、僕も課題が多かったり、今後瑞貴も大学に行くので、その辺りは配慮して頂きたいです」
「その点は安心して。俺にも君達くらいの息子がいるものでね。学生は勉強が本分だから、そこは支障がないようにするよ」
「ありがとうございます。続いて、三つ目は、僕達の目標としているTKドーム公演をやること。これは、移籍したとしても、数年後でもいいので絶対成し遂げたいことです」
「いいねぇ。俺達も若い頃はドーム目指したし、一度やると最高だよ」
トキが嬉しそうに笑う。その様子に、安慈も少し気持ちが解れる。
「そして四つ目です。霞鳥さんに聞いたらこれが一番難しいと言われたのですが……」
「何だろう?」
次に口にするのは一番言いづらい条件だ。安慈は、気持ちを落ちつけるように深呼吸をしてから、意を決して話し始める。
「今までの僕達の楽曲を、移籍後も僕達が自由に歌ったり使ったりできるよう、楽曲の権利も一緒に移籍して欲しいです」
「それはつまり……原盤権を買い取るということだね?」
「そういうことです。霞鳥さんには、かなりのお金を動かさないといけないと言われました。けれど、今まで出してきた曲はどれも大切な曲です。今後もライブで歌ったりパフォーマンスをしたいですし、ベストアルバムを作りたいとなった時に使えない曲があるのは、自分達が納得のいくものが作れなくなる可能性がある。そういった不安を無くしたいです」
安慈の言葉に、顎に手をあてて暫く考える様子を見せたトキ。
さすがに、これは即OKとはならないか……。
そう思いながら三人は黙ってトキの返事を待った。

「うーん……そうだな。君たちの移籍と同時に、とはいかないかも知れないけれど、検討しよう。この件は少し遅れるかもしれないけれど、君達の大切な楽曲は君達のそばにあるべきだろう。俺も、この事務所を立ち上げる時に自分達の曲の権利を前の事務所から買い上げたからね。君達の気持ちは分かるつもりだよ」
三人は、一番難関だろうと思っていた条件を飲んでもらえたことにホッと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます」
「もちろん、君達にはその分しっかりお仕事をしてもらうけれどね」
「はい!」
「トキさん。これが最後の条件です。これは、社長の手前、午前中のミーティングで言わなかったのですが……」
安慈が濁すようにそう言うとトキが不思議そうな顔をする。
「安慈、これは僕が提示したことだから僕が言う」
ずっと、静かに見ていた瑞貴がここで口を挟んだ。
「もし、僕達が移籍するなら、霞鳥さんと高嶺さんも一緒に、今後も僕達のプロデューサー、マネージャーでいてもらうことです。理由は、信用できる大人と仕事をしたい。霞鳥さんも、高嶺さんも、ステラペルーシェの一部なんです。それだけです」
キッパリと言い切った瑞貴に、安慈が少し苦笑いしてから話を付け加える。
「あとは、二つ目の学業に支障がないスケジューリングという点では、高嶺さんが一番僕達のことを把握してくれています。あとは、霞鳥さんは僕達が一番輝く見せ方を知っています。イベントやリリースの度に新しい要素を持ってきてくれる人です。僕達は、二人と移籍することを望んでいますが、これは二人に強制できることではないので、午前中に言わなかったというのもありますが……」
安慈がそこまで言うと、トキがクスクスと笑い出す。
「トキさん?」
「いやぁ、すまない。君達の結束が強くて驚いた。それと、それだけ本気だというのも伝わった」
先程よりも、いくらかリラックスした様子でトキはソファに座り直す。
「今、君たちが話してくれたことを俺が受け入れれば、前向きな気持ちでうちに移籍してくれるということでいいかな?」
トキの言葉に、三人は頷いた。
「了解。君達の率直な気持ちをぶつけてくれてありがとう。あとは大人で話すことにしよう。別室で待っていてくれるかい?」
その言葉に、三人は少しだけ緊張を解いた。
「分かりました。トキさん、ありがとうございました」
安慈が、すっと立ち上がって礼をすると、翔と瑞貴もそれに倣って礼をした。
『失礼します』と、三人はそのままドアへと向かって歩き出した。

「あのっ、トキさん!」
部屋を出ようとしたタイミングで、翔が中にいるトキに向かってそう言った。
「何だい?」
「もし、移籍しないことになったとしても、オレはまたトキさんの曲歌いたいです!また一緒に仕事しましょうね!」
翔はそう言って部屋を出てドアを閉めた。
それを見送ったトキは、目を丸くしていたがすぐに微笑んだ。


***

応接室を出てすぐ、三人は廊下にいたスタッフに別の部屋に案内された。
ここも応接室のようにソファがあって、ゆっくり出来そうな明るい部屋だった。
霞鳥と高嶺は居なかったから、二人は他の部屋に案内されていたのだろう。
「ケータリングもご用意してますので、ご自由にお召し上がりくださいね」
スタッフがそう言って部屋を出ていくと、三人は、ローテーブルを挟んで置かれている二つのソファにそれぞれ安慈と瑞貴、翔に分かれて腰掛けた。
ふかふかとしたソファの座り心地に、三人の緊張が緩んだのだろう。三人同時に大きな溜息をついた。
「はぁぁぁ……緊張した……。やばい。トキさんの目力やばい。潰れるかと思った。こういう面談は二度とやりたくない」
安慈がソファの背もたれに寄りかかって天井を見上げてそう言った。
「わかる。すごい圧だった……淡々としてて腹の中で何考えてるか分からなかったし」
「でも、オレたちの言ったことちゃんと受け止めてくれたじゃん。楽曲のことだって、すぐにはできないけどちゃんとしてくれるって」
瑞貴の言葉に、翔がテーブルの上にあるクッキーの袋を開けながらそう返した。
「そうだけど、ちゃんとやってくれるかどうかなんて分からないよ。大人だもん。僕はまだ信用してないからね」
そう言って瑞貴もテーブルの上のクッキーに手を出した。
「俺は大丈夫だと思うよ。あとは、霞鳥さんと高嶺さんがどう返事してくれるかだけどね」
「オレ、その辺は大丈夫だと思う。勘だけどね」
翔はニコニコしながら、またクッキーの袋を開けて口に放り込んだ。
「そっか。翔がそう言うなら大丈夫かな」
ホッとしたように安慈はそう言うと、ソファから立ち上がって部屋に置いてあるドリンクコーナーへと向かっていった。
それから、暫く三人はお菓子を食べながら、二人が戻ってくるのを待っていた。



小一時間程度経った頃、三人がいる部屋のドアがノックされた。
「失礼します。霞鳥さんと高嶺さんをお連れしました」
先程、三人を案内してくれたスタッフがそう言った。彼女の後ろには二人がいて、小さく手を振っている。
「あ、ありがとうございます」
「あの!すみません!お菓子全部食べちゃいました!」
「翔、全部食べたの⁉︎いつの間に⁉︎」
テーブルの上に散らかったお菓子の小袋の量に苦笑いする安慈と瑞貴。
「お気になさらずに。食べてもらった方が無駄にならなくていいので」
スタッフは笑顔でそう言うと、霞鳥と高嶺を部屋に通した。

「お疲れ様です!」
三人が二人に駆け寄ると、高嶺が三人をまとめて抱き締めた。
「おわ!高嶺さんどうしたんですか⁉︎」
「ほんっと、貴方達って良い子ね!」
「あ、トキさんから……」
安慈がそう言うと、霞鳥が『そうよ』と短く答える。
「そんなの聞いてない!って思ったけど、午前中は社長がいたから言えなかったんでしょ? ホント、頭良いのね。機転が効くというか」
「前に、高嶺さんには言ったんですけど、この業界で一番信用できる大人なんです。僕達は今後も二人と仕事をしたいんです。二人が望まないのなら、移籍も無しにして良かったので」
霞鳥の言葉に、瑞貴がニコリと笑う。
「そっかー……ありがとうね。ステラペちゃん」
三人に向かって、霞鳥は微笑むとスマホを取り出した。
「ここで決まったことを、明日社長に言うわ。全て決定し次第、貴方達に伝える。それまでは数日だけどゆっくりしてね」
「はい!」
「ってことで、行くわよ」
霞鳥が、急に踵を返して部屋を出ようとする。
「本当に良いんですか?霞鳥さん」
「当たり前よ」
「何処行くんですか?」
三人は慌ててソファから荷物を取って二人の後を追いかける。
「うふふ。アタシは今最高に気分がいいからね。ご飯行くわよ!何食べたい?肉?寿司?美味しい所連れてくわよ!付いてきな!」
「わーい!」
霞鳥の言葉に目を輝かせて喜ぶ三人。
そうして、彼らはヴィア ラクテアを後にした。







それから3週間後、芸能ニュースに一つの記事
が上がる。

『Stella Peluche。Luar事務所 Via lacteaに移籍。新体制は4月から』

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