Stella Peluche

翔のレコーディングの翌日。
ヴィア ラクテアのレコーディングスタジオには、安慈と高嶺、そしてレイがいた。
今日は、安慈のソロ曲のレコーディングだ。
レコーディングブースでは、安慈が歌っていて、その様子をガラス越しにレイがディレクターテーブルでじっと見つめている。
高嶺は、壁際のソファに掛けて、レコーディングの様子を見つつ、資料やスケジュール帳を広げながら仕事をしている。

「はい、OK」
一通り最後まで歌ったところで、レイがエンジニアに指示を出す。
曲が終わると、エンジニアがキューボタンを押しながら『OKです』と安慈に伝えると、マイク越しに安慈が『ありがとうございます』と答えた。
『OK』という言葉とは裏腹に、レイは手を顔の前で組んで何かを考えている様子だった。
そして、キューボタンを押して話し出した。
「アンジー、お疲れ様。一旦休憩しようか」
「はい」

『休憩』ということは、もう少し録るんだなと思いながら、安慈はヘッドホンを外して、レコーディングブースからコントロールルームに戻ってきた。
「お疲れ様」
「ありがとうございました」
「30分くらい休憩しようか」
「はい」
レイの表情は穏やかだが、何を考えているのかは読めないな、と思いながら安慈は頷いてソファに掛けた。
レイは、下ろしていた長い髪を手首に付けていたゴムで結くと、エンジニアが操作していたパソコンを自分で動かし、先程録ったヴォーカルトラックを再生しては止めてを繰り返して何かを考えているようだった。
安慈のソロ曲は、エッジの効いたギターサウンドが印象的なロック。ステラペルーシェとしては歌ったことがない曲の雰囲気というのもあり、安慈は自分なりに解釈して歌っていたが、正直、正解と呼べるものがわからなかった。
「……俺、あんまり上手く歌えてなかったですか?」
レイの様子に不安になり、声をひそめて高嶺にそう訊いた安慈。
「そんなことないわよ?安慈くんらしく歌えてたと思うけれど」
「そうですか……」
「あ、ちょっとごめんね。はい、高嶺です」
高嶺は、電話に出るとスタジオを出て行ってしまった。エンジニアもいつの間にか席を外していて、スタジオにはレイと安慈の二人きりになってしまった。

「アンジーって、今いくつだっけ?」
「19です」
「そっか。来年には大人だねぇ」
レイの質問の意図が分からず、安慈は戸惑ってしまう。
「あの……俺、上手く歌えてなかったですか?」
思い切ってレイにそうぶつけると、レイが目を丸くした後、すぐに笑った。
「いや、上手に歌えてたよ。綺麗に歌うなって思ってた」
けどね、とレイは続ける。
「何か足らないなぁって……」
「足らない……」
レイは顎に手を当てて、考える素振りを見せる。
足らないって、何が足らないのだろう……?
安慈はレイの言葉を待ちながらも、何を突きつけられるのか不安で鼓動が早くなるのを感じていた。
「あ、分かった!もうちょっとね、棘とか毒みたいなもの乗せて歌ってほしい」
答えが見つかってパッと表情が明るくなったレイがそう言った。
「棘とか毒?」
ステラペルーシェとは対極にあるような単語に驚いた安慈。
棘とか毒……確かにLuarの雰囲気や曲ならそういうのはたくさんあるけれど……と頭の中で思い返していた。
「そう。カサネさんから聞いたけど、アンジーってめちゃくちゃ頭も良いんでしょ? それに礼儀正しい好青年じゃない?この曲に関しては、その優等生なアンジーは置いてきて」
「……置いてきていいんですか?」
「うん。この曲『君の虜』って意味で書いてるけど、純粋な気持ちじゃなくていい。歌詞にはあまり表してないけれど『君を手に入れる為なら誰かを傷つけてもいい』とか『手に入らないなら、いっそ君を壊してしまおうか』みたいな、どす黒い気持ちで歌っていいの」
レイの言葉に、安慈は顎に手を当てて少し考える。求められていたのは、自分が解釈していたのよりずっと暗くて激しい感情だった。
「分かりました……。やってみます」
「ありがとう。そうだな、アンジーのダークサイドで歌って」
安慈は、ダークサイドという言葉に思わず笑ってしまった。
「ダークサイドですね」
「そう。他の二人の曲は、割とそれぞれのキャラに沿ってるんだけど、俺は敢えて君のイメージを壊してる」
「何故です?」
「君の新しい一面が見られたらファンは嬉しいものじゃない?かと言って、シングルカットする曲でここまで冒険はできない。アルバムに収録するからできることだからね。せっかく実力があるんだ。できることの幅は広い方がいいでしょう?」
そう言って、レイは穏やかに微笑む。
彼の表情に少し安堵して、安慈もニコリと笑った。
「みんな戻って来たら再開しようか」
「はい」

暫くすると、エンジニアも高嶺も戻ってきた。
「じゃあ、アンジー準備してね」
「はい。よろしくお願いします」
レコーディングブースに入っていく安慈は、何か吹っ切れたような表情をしていた。
「一応、今まで録ったトラックは残しておいてください。頭から録り直します」
レイはエンジニアにそう指示をすると、ディレクターテーブルについた。
「アンジー、準備OK?」
キューボタンを押しながらレイがそう呼び掛ける。
「はい。大丈夫です」
「イントロからかけるからね。気持ち持っていって」
「はい」
レイが指で指示すると、エンジニアが曲を最初から流す。レコーディングブースにいる安慈の雰囲気が先程と変わったことに気づいたレイは、ニヤリと笑みを浮かべる。
歌い出しに近づくと、安慈がヘッドホンに手を当てながら、大きくブレスをして歌い出した。

「……いいじゃん。やるねぇ」
安慈の歌声に、レイは満足そうにニヤリと笑った。
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