Stella Peluche

「姉ちゃん? おーい……姉ちゃんってば、歌い終わりましたよー? おーい!」

ガラス越しにそう呼びかけても、姉ちゃんは何も反応してくれなかった。
俺には気持ち良さそうに寝ているようにも見えた。
けど、すぐに姉ちゃんに繋がれている機械から異常を知らせる音がした。

「姉ちゃん⁉︎ 姉ちゃん⁉︎ 起きろ!!」
ガラスを叩いてみたけれど姉ちゃんが起きることはなくて……。
それから、病室を飛び出して直ぐ近くにいた看護師さんに泣きついたところまでは覚えてるんだけど……。
なんか バタバタしてて、親が来るまで待っててって廊下の椅子のところで座らされて……。
親が来てから、姉ちゃんが、死んだって先生から告げられて。

それからは、ちゃんとは覚えてない。


全然実感なくてさ。
一回、間違えて、学校終わったら病院行こうとしちゃったんだよね。
それくらい、姉ちゃんがいなくなったって実感がなかった。


誰かがいなくなっても、日常って動いていく。
立ち止まりたくても、自分の進路を決めないといけなかった。
自分の行く先なんて、何も決められないと思っていたんだけど……。


あの日、
オレもアイドルになるって決めた。
それと一緒に、オレは後ろを向かないって決めた。


本当は……
オレがアイドルになったとしても、
一番喜んでくれる人の笑顔は見られない。
もうその人はいない。
じゃあ、オレがアイドルになる意味って無いんじゃないか?


けれど……
もし、世界のどこかに姉ちゃんみたいな人がいて、
もし、オレの歌が好きだって人だったら、
歌で身体の病気は治せなくても、
心は元気にできると思うから……。
アイドルになれば、その、世界のどこかの人に届けられるんじゃないかって。

だから決めた。
後ろを向くと、覚悟が揺らぎそうになるから、
足元が崩れそうになるから、
前だけを向いて、
どこかで待っている人に、
歌を届ける。

いつか、オレの役目を終えるまで、
歌い続ける。





ーーーー


「……なんで、今、その話をしてくれたの?」
そう、言った瑞貴の顔は穏やかだった。
「うーん、なんでだろうね……? オレもわかんない」
そう笑って誤魔化した。

サマーフェスティバル開催前日。
今日で練習は最後。初日である明日は出演しないけれどゲネプロと最終調整がある。
その練習が終わり、事務所のエントランスを出た辺りで、安慈と瑞貴に、姉ちゃんが死んだ時のこと、アイドルになるって決めた時のことを初めて話した。
二人には前々から、姉ちゃんがもういないことは話していたけれど、オレがアイドルになった一番の理由は初めて言ったと思う。

「……なんでだろうね? 別に姉ちゃんの命日でもなんでもないんだけど、急に思い出しちゃって」
少し先を歩いていたオレは、二人の方を振り向いて見ると、二人は神妙な顔をしていた。
「あ、えっと! やっぱり大舞台にオレも緊張したのかな? だって、フェスの収容人数はTKドームとそんな変わらないんでしょ? オレの目標はステラペのワンマンでドーム埋めることだけど! 目標に近い人数だから! 多分ね!」
自分の話のせいなのに、静まり返った空気に居心地が悪くなって慌ててそう言った。
すると、安慈が、オレの頭に手を置いてきた。
「あ……」
「翔……後ろを向くことは決して悪いことじゃないよ。けど……一人で抱えるには、重たかったんじゃない?」

ヒュッ……って喉の奥が鳴った。
何も言葉を返せなかった。

重たかった……?
抱えきれなかった……?
オレ、そんなつもりなかった……。
けど、体が動かないのは何で?息が詰まったのは何で?

「その……辛い話だから、もっと早く話してくれたらとは言えないけど……それだけの覚悟、ずっと一人で抱えてたんでしょ?少し……分けてくれて良かったんだよ……」
「安慈……オレ……」
安慈の言葉に何も返せないでいると、今度は背中に何かくっついてきた。
「こういう時……何て言ったらいいか、僕には分からない……だから……」
瑞貴がオレの背中に抱きついてそう言った。
「瑞貴……」
瑞貴がオレにこういうことするのが珍しくて、ちょっとびっくりしたけど、オレに抱きついてる手にそっと触れた。

「……ごめん。本番前に言うことじゃないと思うんだけど。本当は……今まで、何度も弱音も吐きたかったし、後ろも向きたくなった時もあった……。オレができることなんて、どうせ小さなことなんだろうって。けど、もうデビューしたんだから、前だけを向くんだって……自分で縛ってて……そうじゃないと、折れそうな時もあってさ……」
こんなこと言うの、オレらしくないなぁ……。そう思いながら、一度深呼吸をした。
「たくさんステージをこなして、たくさんの笑顔が見られて、全部楽しかったことには変わりないんだけど……なんとなく心の端っこが埋まらなかった。いつも少しだけ隙間が空いてて。何だろうね? どんなに願ったって、姉ちゃんが見てるわけないのにさ……どこかで願ってるんだよね……やっぱり後ろ向くとさ……どうしたって……」
視界が滲んできた、と思ったら安慈がオレの頭を自分の肩口に抱き寄せた。
あぁ、バレちゃった……まぁいっか……。

「……仕方ないよ。大好きだった家族がいなくなったんだ。そんなの何年経ったって割り切れるものじゃない。それでも、翔は前を見て頑張ってるんだから……辛いのも、重いのも、俺たちに分けてくれたらいい。ステージに立つのは翔だけじゃないんだから」
「……僕、前にも言ったよ?三人で完全体だって。一人だけ無理するのはダメだからね……」
「っ……二人とも……」
安慈の肩から顔を上げられなかった。
安慈が、ぽんぽん と頭を撫でてくれているのが、なんだか落ち着く……。

「……もし、不安になったり、後ろ向きになってしまって、足元が崩れそうになるなら、俺たちの手を取ればいい。そこから引っ張ってあげるから」
頭の上に安慈の声が優しく降ってくる。返事ができない代わりに頷いた。
「それに……天国に届くまで歌えばいいじゃない。僕は……お姉さんが見てないとは、思わない、けど……」
背中に響く瑞貴の声。なんで瑞貴の声まで震えてるの……いつも意地悪なくせに、こういう時に一緒に泣いてくれるの優しすぎるよ……。

それから、暫く顔が上げられなかったけれど、オレの気の済むまで、二人は側にいてくれた……。


「……ごめんね。ありがとう……スッキリした」
どれくらい経ったかは分からないけど、落ち着くまでだいぶかかってしまった。
バッグからタオルを出して、顔をゴシゴシ拭いた。
「こんなことなら、もっと早く気づいてあげたかったけどね」
「翔は肝心なところで誤魔化すんだもん。気づけないよ」
「へへっ……でも、聞いた方も辛いでしょ? 話しづらくてさ……。かと言ってこんなタイミングで話すのもどうかと思うけど」
オレがそう言うと、安慈が首を横に振る。
「今で良かったんだよ。翔が、不安になって後ろを向きたくなっても大丈夫って思えたなら。明後日のステージを終えた時に、心の隙間がなくなるんだとしたら、今で良かった」
「安慈……」
「ねぇ、翔。お姉さん、あちこちのライブや握手会行ってたんでしょ? お姉さんの友達とか知らないの?」
瑞貴の言葉に、少し考える。
姉ちゃんが亡くなった後、姉ちゃんのスマホの写真をパソコンに移していた時にチラッと見たけど、それが誰かなんて分からない。
「うーん。友達多い人だったからなぁ……たまにライブ友達と現場で一緒になってどーのこーのって話してたけど……」
「そっか。お姉さんのこと知ってる人が、代わりにステージを見ててくれてたらいいよねって思ったんだけどね。そう上手くはいかないか」
そう言って苦笑いをする瑞貴に、オレもつられて笑った。
「あー……二人とも帰るの遅くしてごめんね。明日めちゃくちゃ早いのに……」
「気にしないでよ。よっぽど、翔がモヤモヤしたままの方がステージに影響あるから。じいやに迎えに来てもらうから、二人とも家まで送るよ。その方が早いでしょ」
瑞貴がそう言ってスマホで執事さんを呼び出していた。

「翔」
「ん?」
「本番、天気良いんだって」
「うん。なんで急に天気の話?」
「ふふっ。本番、野外だから歌ったらストレートに天国に届くんじゃない?」
「あ……」
「頑張ろうね」
「っ……うん……」

安慈の言葉にまた泣きそうになったから、オレはタオルに顔を埋めた。



どうか、明日から三日間は、雲一つない快晴でありますように。
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