Stella Peluche

オフィスキュートイ主催のイベント、ミルキーウェイスターフェスティバルの会場は大賑わいだった。
午前中のライブは丁度カレンデュラのステージが終わったところで、ライブエリアの辺りでは、エリアから出る人と、これから入る人の流れが遠巻きに見える。
「次は段々だね。ちょっと見たいなー……」
事務所のビルの2階に、出演者や関係者の楽屋として用意された大きな部屋で、窓の外を見ながら翔がそう言った。配布されたタイムテーブルを見ると、次のステージは翔のクラスメイトの柚山はるきと、以前ファントムナイトで共演した岩市朔也のユニット、段々UP!だった。
「ステージを見るにはここからじゃちょっと遠いよね。音は聞こえるだろうけど。これ終わったら一回外出て見てくれば?」
長テーブルにドリンク用の紙コップやケータリングのお菓子を並べながら瑞貴がそう返した。
「そうだね。さっさと終わらせちゃおう♪」
長テーブルには、今日の出演者たちが所属する事務所やレコード会社などからきた大量の差し入れが並べられている。
それを、取りやすいように並べたり、袋から出したりするのが今の彼らの仕事。
「翔ー、瑞貴ー。ケータリングのお弁当来たよー。俺、あっちの楽屋に持っていくね」
廊下から安慈が二人にそう声を掛けると、プラスチックの大きなケースを5段ほど積んだ台車をゴロゴロと転がして行った。

ステラペルーシェの3人は、今日の出演者でもあるのだが、公式発表無しでのゲリラ出演。
とはいえ、出演者も関係者も出ることは周知の上なので、観客だけが知らないゲリラライブなのだ。
せっかくのお祭りだが、三人が会場を堂々と歩き回るとファンに見つかってしまうので、日中は出演者の楽屋で運営スタッフの仕事を手伝っている。もちろん、ずっと仕事をしているわけではないし、リハーサルまでは自由にしていていいのだが
「会場を歩く時はステラペだと分からないように、変装して遊んできてね」と、
マネージャーの高嶺に言われていたため、なんとなく午前中は楽屋から出づらくて、三人はスタッフの手伝いをしていた。

「わーい、お弁当♪ お肉のお弁当と、お魚のお弁当と……全部野菜? ベジタリアン仕様のお弁当? わー! 美意識たかーい! これ誰が食べるのー? オレ野菜だけはさすがに食べた気がしないなぁ……」
廊下から台車を押して入ってきた翔は、弁当の入った大きなケースに乗っていたメニューを眺めてそう言った。
「このチョイスは社長じゃないかな? 誰が食べるかは分からないけど。ほら、早くテーブルに並べないと、午前中終わった人達そろそろ取りにくるよ」
「うん、そうだね」
ケースから弁当を出してテーブルに内容ごとに分けて並べたり、1番上のケースに載せられていたメニュー表を壁に貼ったりと、二人で忙しく動いていた。

「よーし!間に合った!どのお弁当もらおうかなー?オレ、自分の分先に取っちゃおう」
翔は、並べられたお弁当を見ながらどれにしようか吟味している。
瑞貴は、一仕事終えてため息をつきながら窓の外を見た。

夏らしい日差しが降り注ぐ中、ちらほらとグッズのタオルを日傘代わりに頭に掛けた人たちが歩いていたり、運営スタッフが熱中症に気をつけるように呼びかけている。
午後のライブは暑そうだなぁ……と、ぼんやり見ていると、赤髪の男が視界に入った。
「えっ? なんで……⁉︎」
「ん? 瑞貴どうしたの?」
「ごめん、ちょっと出てくる!」
瑞貴は、そう言って楽屋を飛び出して行った。

はたから見たらなんてことのない風景のはずだった。
会場のメンテナンスをしているスタッフだって、これだけの規模ならいくらでもいるのに……どうして?
そう思いながら瑞貴は走った。



「朱雀」
窓から見えた赤髪の男に瑞貴はそう呼びかけた。
くるり と振り向いた彼は、トレードマークの眼鏡は外していたものの、
やはりティアゼの種田 朱雀だった。

「あ、誰やと思ったらミズキちゃんや。フード被ってたら暑くないん?」
瑞貴は、事務所のビルを出る前に、変装しろと言われていたのを思い出して、着ていた薄黄色のパーカーのフードを慌てて被ったのだった。使おうと思っていた伊達眼鏡は楽屋に置いてきてしまった。
ここでファンに見つかってしまったら少し厄介ではあるが、瑞貴は彼に問いかける。

「何……してるの?」
「何って、お掃除やで」
箒を片手に、なんならもう片方の手を腰に当てて得意げに朱雀はそう返事をした。
「なんで朱雀が掃除してるのってことだよ。うちの事務所のスタッフや研修生がやるなら分かるけど……他所の事務所のアイドルがやることじゃなくない……?」
「これはな……」
「……ティアゼの活動休止と関係あるの?」
そう瑞貴が問うと、一瞬、空気が止まった。

7月に入って間もない頃、突然知らされたティアゼの無期限活動休止。
「一身上の都合」とだけ書かれていたそれからは、公にできない理由があることだけは伺えた。
その発表の後、瑞貴は朱雀と学校で顔を合わせてはいたが、あんな発表があったにも関わらず、彼は何も変わっていなかった。
いつも通り、飄々としていて、クラスのムードメーカー。
瑞貴は、『単なる僕の思い過ごしかもしれないし、僕が思っているほど深刻なことじゃないのかもしれない』
そう思っていたが、日が経つにつれ色々な噂も耳にしたし、かと言って本当のことを本人に聞くには、周りの目もあるからとずっと聞けないでいた。
このまま、聞けないなら聞けないでいいと、半ば諦めてはいたが、今、こんな所で、こんな状況。
普通ならありえない。


「急にごめん……。僕に言えないなら……別に良いんだけど……」
そう言って、瑞貴は視線を足元に落とす。
「なんや、心配してくれたん? へへ……ミズキちゃんは優しいなあ」
沈んだ様子の瑞貴とは対照的に、朱雀はおどけたように笑ってそう言った。
「まあ、そんなとこなんやけど。……いや、聞いてや! シキくん酷いねんでぇ!」
いつものように瑞貴に抱きつこうとした朱雀だったが、瑞貴の様子を察してか、抱きつこうと上げた腕を下ろした。
「……あんな、休止期間中に"ぼらんちあ"で誠意を見せろー言うて、オレらこんなんしとんのに、タダ働きやねん! まあ、お掃除やら屋台やらするんは好きやし、ええねんけど! 一銭も入らへん〜!」
そう言って、顔に手を当てて、まるで神に祈るように大袈裟に天を仰ぐ朱雀。
「え? ぼら……? これボランティアなの⁉︎ 事務所に所属してるのにそんなの……制裁じゃん……」
まさかの奉仕活動だったことに驚いて、瑞貴は思わず大きな声が出てしまったが、慌てて声のトーンを落として話を続ける。

「その……詳しくは分からないけど……。色んなアイドルが巻き込まれたっていうのは聞いてる……。でも、僕たちは……ステラペは何も知らないから、きっと運良く巻き込まれなかっただけなんだろうね……」
瑞貴はそこまで言うと、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐く。
「ねぇ、ティアゼに何があったか……何をしたのかは知らないけどさ……朱雀はなんで、そんな……平気で笑っていられるの? 辛くないの……?」
そう震える声で朱雀に問いかけた瑞貴の目には、薄らと涙が溜まっていた。
「えっ、ちょ、ミズキちゃん……!?」
朱雀は慌てて持っていた箒を投げ捨て、俯いた瑞貴の顔を覗き込んだ。
瑞貴は泣きそうになっているのを見せたくないと、俯いたまま顔を上げようとしない。
そんな様子に朱雀は小さく息を吐くと瑞貴の頭をそっと撫でた。
「もう〜、ほんまに優しい子やなぁ。……辛い、かぁ。なんか、もうこうなった後やし、辛いとかは正直無いねんなぁ……」
「そう……なんだ……。朱雀が辛くないなら、良かった」
朱雀の穏やかな口調で紡がれた言葉に、瑞貴は安堵した様子でそう返した。


「僕……ずっと、大丈夫なのかなって心配で……。でも学校じゃ聞けなくて。だって! 無期限で活動休止なんて……僕だったらすごく怖いと思ったから……居場所がなくなるんじゃないかって……」
瑞貴があの知らせを聞いた時、真っ先に思ったのが今目の前にいる彼のことで……。
今、自分のユニットも表に出る機会は減らしているとはいえ、無期限で活動ができないとなれば気持ちが違う。
彼らの色々な噂を耳にしたところで『そんなの当然だよね』なんて思えなくて、ただただ心配だったのだ。

「心配してくれて、おーきになぁ」
ずっと頭を撫でていた手が、今度は ぽすんと頭に置かれて瑞貴は顔を上げた。
彼を見下ろしている朱雀は、少し照れ臭そうにへにゃりと笑っていた。
「……なんかな、オレも最初に休止やって言われたとき、無期限って文字見たとき、この世の終わり……みたいなのは感じてんやわ。けど、そんときにおもろかったんが、あのシキくんが『無期限だ? ふざけんな』って勢いで自分で期限を設けはってな。休止やって言い出したんはシキくんやねんで? せやけど、オレらに期限をつけてくれた」
「シキ先輩が……。そうなんだ……」
瑞貴は少しだけ驚いた様子でそう返した。
「まだイマイチ、どうしたら休止が撤廃されるんかはわからし、自分自身何をしとくんが正解かわからへんけど。そんでも、課せられたことをやってると、なんとなく気も楽やねん」
朱雀はそう言うと、再び瑞貴の頭を撫でる。
「せやから、ミズキちゃんもオレのこと見守っといて? ほんでいつもみたいに可愛い顔見せてオレを癒してほしいな」
朱雀はそう言って、俯いている瑞貴の顔を覗き込むと、ニッコリと笑った。
その笑顔から『大丈夫』だと思った瑞貴は、ホッとしたせいか、また視界が滲んでしまった。
「っ……当たり前でしょ! 友達……なんだから!ちゃんとティアゼがステージに帰ってくるまで……帰ってきた後だって、見てるからね……」
パーカーの袖で目元をごしごしと拭う瑞貴に、朱雀がニコニコしながらタオルをそっと差し出した。
「ミズキちゃんにそない想ってもろて、オレは幸せ者やわ〜!」
「……ありがと……」
瑞貴は、嬉しそうにはしゃぐ朱雀からタオルを受け取ると、恥ずかしそうに顔をタオルで隠した。
「へへ、帰ってきたあとも大事やからな! 復帰一発目のステージは、特等席で見たってや!」
朱雀はそう言うと、瑞貴の頭をフードの上から両手でわしわしと撫で回した。
「なっ……! ちょっと! 頭ボサボサになるからやめて! もう……」
瑞貴のいつもと同じ様子に、朱雀はケラケラと笑った。それにつられるように瑞貴も笑顔になる。
「あ、そうだ。朱雀にいいこと教えてあげる。ついさっき、ケータリングのお弁当が来たよ。出演者、関係者みんなの分だから取りにおいでよ」
瑞貴はニッコリと笑ってそう言った後、完全に独断で決めてしまったけれど、どうせ余るだろうからいいか……と、密かに思っていた。
「え、そうなん! ミズキちゃん一緒食べよ〜!」
「いいよ。楽屋は事務所の二階だから涼しいよ」
「あ、食べたらすぐ屋台のほう戻らないかんけどな! シキくんにひとりで任せとるからな……あん人、大丈夫やろか……」
「え、シキ先輩に屋台やらせてるの……?」
「せやで。オレのメガネかけて店番してもろてる」
「えっ⁉︎ ホントに⁉︎ ちょっと見たぃ……って見に行ったら怒られそうだけど……」

そんなことを話して、ケラケラと笑いながら二人で楽屋へ向かう。


そうして、瑞貴が朱雀を連れて楽屋に戻ると、
翔と安慈に『瑞貴、なんかいいことあった?』
と聞かれるくらいには、瑞貴の表情が今日の空のように晴れていたようだった。

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