Stella Peluche
花明かりフェス。
満開の桜の下、パレプロ主催のこの音楽フェスティバルは、様々な出店も並び、観客が思い思いに楽しめるようになっていた……。
夕刻……
花明かりフェスのライブステージは、大きな桜の木をバックに作られていた。
そのステージ裏では、ステラペルーシェの三人が出番を待っていた。
「安慈、緊張してる?」
翔が心配そうに、安慈に声をかけた。
いつもなら安慈が緊張している翔に声をかけるのだが、今日は立場が逆のようだ。
「まぁね。今日はちょっといつもと違うから」
そう言って苦笑いをする安慈。
今日のステージを終えたら、ステラペルーシェの三人でのライブ活動はしばらく休止すると、少し前に事務所から発表した。
理由は、安慈の大学での学業を優先することと、今後の為にも、パフォーマンスの質を上げたいという翔と瑞貴の申し出があったからだ。
「別に、僕たち解散するわけじゃないんだから。いつも通り、会場に来てくれた人に楽しんでもらうだけだよ」
冷たい物言いだが、瑞貴が安慈に向かってそう言ったのは、彼なりの励ましなのだろう。
「そうだね。今日はマジアワの五周年のお祝いでもあるから、楽しまなきゃね」
「オレはそっちの方が緊張するけどね! あぁぁぁ、ちゃんとハイトーン出ますように!」
きゃー、出なかったらどうしよう! と言いながら頬に手を当てる翔に、うるさいよ と瑞貴が彼の背中を叩いてツッコミを入れていた。
これも、三人がライブ前によくやるやり取りで、どんな時でも変わらずにいてくれる二人に安慈はホッとした。
「そろそろステージの準備も出来たわよ」
マネージャーの高嶺がそう言った。
その言葉を受け、三人がステージを見て表情を引き締める。
「大丈夫よ。あなた達は、今まで真っ直ぐに頑張ってきたんだから。いってらっしゃい」
高嶺が、安慈、翔、瑞貴 の順番でそっと背中を押して、彼らをステージに送り出した……。
3人がステージに出ると、黄色い歓声が上がった。
まだ日は沈む前、ライトに照らされなくても彼らの姿が見える。
今日の三人の衣装はいつもの黄色をベースにしたものではなく、落ち着いた藍色で、オフショルダーの襟ぐりにはファーがあしらわれ、着物を思わせるような長い袖の衣装だった。
袖の下にいくにつれて藍色からピンク色、黄色とグラデーションになっていて、桜柄が流星のように放射状に散りばめられているデザインだった。
彼らのユニットモチーフであるファーのチャームはいつも通り腰のあたりで揺れていた。
歓声に混じって 可愛い が聞こえるのは、彼らのヘッドセットにもファーと桜が付いていて、髪飾りのように見えるからだろう。
客席の手前の方は『ブリーダー』(熱狂的なファンの呼称)と思われる人々が黄色に光らせたペンライトや、グッズのぬいぐるみを抱いて彼らのパフォーマンスを待っていた。
三人は、ステージの中心にお互いに向き合うような形で立ち、それと同時にスポットライトが当てられる。
すぅ……と、三人が同時にブレスすると、次の瞬間には、アカペラでハーモニーを奏でた。
会場が一瞬、騒ついたが、三人が作り出した幻想的な空気にすぐに沈黙する。
翔がメロディを、安慈と瑞貴はコーラスを、それぞれが歌い会場の空気を一変させた。
美しく幻想的な曲は、今日の主催であるマジックアワーの曲だ。
ワンコーラスを歌いきり、美しいハイトーンのハーモニーを響かせると、ポップなイントロが鳴り出して、がらりと会場の空気が変わった。
「こんにちはー!ステラペルーシェです!いきなりアカペラで歌ったからびっくりしたと思いますが、今日の主催であるマジックアワーの曲を、リスペクトを込めてメドレーでカバーさせて頂きます!短い時間ですが楽しんで行ってくださいね!」
イントロの間に翔が会場にそう挨拶をすると、会場からは拍手や歓声が上がり、黄色のペンライトが波を作る。
マジックアワーの曲は、双子ユニットということもあり、振り付けが対になっているので、安慈と瑞貴でダンスをし、翔がメインボーカルを務める編成でパフォーマンスをしていた。
ステラペルーシェでの曲の振りと違い、可愛らしい振り付けが多かったので、会場にいたファンからは黄色い歓声がひっきりなしに上がっていた。
「改めまして、こんにちは。ステラペルーシェです」
一曲目が終わり、MCが入る。会場全体を照らすようにライトがついて、三人にはスポットライトが当てられる。
「一曲目、カバーでしたけど、どうでした?」
翔が会場にそう投げかけると、拍手が起こり、その合間に 可愛い! という声があちこちから上がる。
「ありがとうございます。あの曲は、マジックアワーといえば!っていう曲だからね……。お二人の曲をカバーするのは決まってたんだけど、選曲で瑞貴とケンカしてね。で、安慈が大人の対応して、アレンジをお願いして二曲をメドレーにしてもらったんだけど……何でそうなったのか、出来上がったのがアレだったんですよ。もうね、頭のアカペラの部分を鬼のように練習しました。ね?」
翔が、安慈と瑞貴にも視線を送ると二人はうんうん と頷いていた。
「練習の殆どは頭のアカペラのところでしたね。お陰で翔のハイトーンが限界突破したよね」
安慈がそう言うと、会場からクスクスと笑い声が起こり、翔が苦笑いしている。
「ボイトレの先生がね、 大丈夫! これ出たらその上も出る! て、段々キーを上げてくの。だから、今、一時的に音域広がってるかもしれない。今なら5オクターブイケる」
翔の事実とも冗談とも取れるような言葉に会場から拍手が起こると、三人が笑った。
「それじゃあ、次の曲は翔だけオクターブ上で行こうか?」
「えー! 瑞貴のいじわる!」
「はい! それでは、次の曲聴いてください!」
安慈が半ば強制的にMCを終わらせると、シンセピアノの軽やかなメロディが流れ出して次の曲が始まった。
歌い出しを本当にオクターブ上で歌った翔のアドリブに、会場も両サイドの二人も笑っていた。
***
3曲続けてのパフォーマンスを終えると、一度ステージのライトが落とされた。
辺りも先程よりも少しだけ暗くなり、ステージの後ろの大きな桜の木がライトアップされ、だんだんと藍色が混ざる黄昏色の空に映えた。
「あー……楽しい時間ってあっという間だね」
翔がそう言うと、三人にスポットライトが当てられる。
「次の曲で僕たちのステージは終わりになります。その前に! 安慈からみんなにお知らせがあります」
翔がそう言って、安慈に喋るように手で合図をすると、安慈がヘッドセットのマイクに少し触れてから、緊張した面持ちで話し出す。
「……ここにいるファンの皆様はもうご存知だと思いますが……事務所から発表があったとおり、この花明かりフェスのステージで、僕たちステラペルーシェは、暫く三人でのライブ活動を休止します」
安慈の言葉に、会場から「えー!」や「やだー」など、残念がる言葉が上がる。
「そう言ってもらえて、本当に嬉しいです。ありがとうございます。理由も発表があった通りです。僕の学業と、僕たちのスキルアップのためです」
彼の言葉を観客は静かに聞いていた。
客席一番前の辺りからは、啜り泣くような音も聞こえる。
「あっ……そこのお姉さん泣かないで……。あの、僕たち、今まで殆ど走りっぱなしで活動してきたので、力不足で納得のいくパフォーマンスが出来ていなかったこともありました。僕の進学も一つのタイミングではあったのですが、三人でもっと良いパフォーマンスをファンの皆様に届けたいと思った為、このようなお知らせをさせて頂きました」
安慈は一度、小さく息を吐くと言葉を続ける。
「今、SNS上で色んな憶測が飛び交ってて、不安になっている人も沢山いると思います。なので、今回、この場で、ステラペルーシェのリーダーとして、僕の口から言わせてください。
今まで以上のパフォーマンスの為に、少しだけ、練習期間を……表舞台に出ない期間を頂きます。ライブの出演が『今までに比べて』少なくなるだけです。番組や雑誌などのメディア出演は決して多くはないですが、していきます。それから……」
舞台袖にいるマネージャーに一度目配せをした安慈は、彼女のハンドサインを見て、もう一度会場を見る。
「寂しいお知らせで終えるのは僕たちも嫌だったので、事務所にちゃんと許可もらって、良いお知らせも持ってきました。一つは、夏に新曲リリースあります。それから……まだ詳細は言えないんですけど、夏のイベントには出演予定です!」
安慈がそう言い切ると、会場から大きな拍手が起こる。
「今、ライブ休むって言ったばっかりなのにね」
瑞貴がマイクを通して口を挟むと、会場から小さく笑い声が聞こえた。
「それはそうなんだけどね。その夏のイベントも僕のテストの結果次第なので、出演できるように頑張ります。もし、ステラペが出演者にいなかったら、僕のテストが残念だったんだなと察してください」
「大丈夫だよ! 安慈のテスト結果が残念だったことないから、皆、楽しみにしててね!」
「翔も追試が無いようにテスト頑張ってね!」
安慈の自虐的な言葉に翔がフォローを入れたが、見事に瑞貴に突っ込まれて会場から笑い声が起こる。
「それから……」
もう一度、舞台袖を見た安慈は、軽く頷くと話し出す。
「年内にアルバムを出します。おそらく年末になるのではないかな、とのことでした。なので、一旦、三人でのライブはお休みしますが、僕たちステラペルーシェは解散するわけではないし、皆様の前から完全に姿を消してしまうこともありません。翔と瑞貴だけでのイベント出演も、ものによってはあると思います。
今、僕が話したことが、今現在伝えられる全てです。どうか、SNSの言葉に惑わされないでください。よろしくお願いします」
そう言って、安慈は会場に向かって深く頭を下げた。
会場から拍手が起こると、安慈は顔を上げてホッとしたように笑った。
「皆、ありがとう。そろそろ時間が迫ってきちゃったね。次の曲で最後です。皆、僕たちのユニット名の由来覚えてる? そうそう。ぬいぐるみ。寂しい時とか、元気が無い時にいつもそばにいてくれる存在だよね。こうやってライブ会場で会う機会は減っちゃうけど、離れていても、僕たちの心はちゃんと皆のそばにいます。
もし、どうしても寂しくなったら、この曲を聞いてくれると嬉しいです。それでは、最後の曲です。聞いてください。Beside You」
彼らのデビュー曲でもあるダンスナンバーが流れる。
いつもなら一曲目に演ることが多いこの曲を最後にしたのは、彼らの気持ちを表したものだった。
-いつだって そばにいるから
君の心照らしてあげる
だから 笑っていて-
笑顔でそう歌った3人は、時間が許す限りのファンサービスを客席に送った。
曲が終わり、3人がポーズを決めると会場から大きな拍手と歓声が上がった。
「ありがとうございましたー!」
翔がそう言うと、突然、会場から悲鳴にも似た黄色い声が上がる。
翔は驚いて、声が上がったステージの下手を見ると、瑞貴が涙目になって安慈に抱きついていた。
「えー! 瑞貴ずるい! 何してんの! オレも!」
そう言って翔もダッシュで安慈に駆け寄ると彼に抱きついていた。
会場からは歓声と共に笑い声も上がった。
「ちょっと……この状況よく分からないんだけど……」
抱きつかれてる安慈は苦笑いしていたが、無事にステージを終えられて、ホッとしたように穏やかな表情も浮かべていた。
「今日、この場に来てくれたみんなー! 本当にありがとうございましたー! 次は夏に会いましょう! ステラペルーシェでしたー!!」
ニコニコしながら翔がそう言うと、三人は会場に向かって一礼をして、手を振りながらステージを降りていった……。
拍手や歓声はステージのライトが消えるまで鳴り止むことがなかった……。
「あー! 楽しかった! お疲れ様でした! スタッフの皆さんもありがとうございました!」
ステージ裏で、翔が水をスタッフから受け取りながらそう言った。
翔は、ステージ裏でも聞こえる止まない歓声に高揚すると同時に、ステージが終わってしまった寂しさも感じていた。
「もう、なんで瑞貴が泣いちゃうのー?そこは俺が泣くとこじゃない?」
「だって……」
ステージ上ではなんとか涙目で耐えていた瑞貴だったが、ステージ裏に入った途端にポロポロと泣き出してしまった彼を安慈がよしよし と頭を撫でていた。
「だって……今まで小さくても、たくさんのステージに一緒に立ってたじゃん……。暫く…同じ景色を一緒に見られないって……思ったら……」
スタッフから渡されたタオルで顔を拭きながら瑞貴が辿々しくそう言った。
「ふふっ、覚えてたんだ。今日もたくさんお客さん来てたからいい景色だったよね。でも、俺はもっと広い景色が見たいと思ってるよ? 翔はどう?」
「え? もっと広いって会場が?」
「そうそう。翔は目指す会場はどこが良い?」
うーん……と翔が考えていると、高嶺がどこからか戻ってきた。
「お疲れ様。最後だけ客席側から見てたわ。すごくあなた達らしいキラキラしたステージだったわ。安慈くんも、あれだけのことをしっかりファンのみんなに伝えられて立派だったわよ」
今日で一区切りだからなのか、ライブ後の高揚感のせいか、三人は高嶺の言葉がいつもよりも優しく感じていた。
「ありがとうございます。ファンの皆さんの反応が良かったのは、上の人に掛け合って良いお知らせを持ってきてくれた高嶺さんのおかげです。ただでさえ、ワガママ言ってるのに本当にありがとうございました」
「いいのよ。あなた達が中途半端な気持ちでやってるわけじゃないのは、私が一番分かってるつもりだから……で、瑞貴くんは終わって寂しくなっちゃったのかしら……?」
泣き止んだが、目を腫らした瑞貴は高嶺の言葉に小さく頷いた。
「うふふ……目がウサギさんみたいになってるわよ。さぁ、夏まであっという間だからね、その時には少しでも良いパフォーマンスできるように、しっかりレッスンのスケジュール組んでるからね」
やはり、仕事は厳しい高嶺らしい言葉に安慈と瑞貴が笑う。
「あっ! 思いついたー!」
「え? 何が?」
「ライブやりたい会場!」
高嶺との遣り取りの間、翔は一人でずっと考えていたらしい。唐突な発言に三人は驚いていたが、安慈が続きを促す。
「じゃあ、聞かせて。どこ目指そうか?」
「ドーム!!! オレ、5万人の前で歌いたい!」
翔はニコニコしながらそう言った。
ライブ後のハイになっている状態とは言え、あまりの規模の大きさに安慈と瑞貴は一瞬驚いたが、すぐに笑った。
「すごいね、ドームクラス狙うんだ。良いんじゃない? 僕、演出でゴンドラ乗りたいな」
いつもの瑞貴なら否定するところだが、今回は同意したようだ。
「ドームかぁ……あの観客の数をステージから見るとどうなんだろうね……見たことのない世界だね」
「じゃあ、見てみようよ! まずは夏のイベントだけど、もっともっと上手になって、ファンもたくさん作って、3人で、5万人の前で歌おう!」
翔が、安慈と瑞貴の肩を抱いてそう言うと、二人も笑顔で返事をした。
「それじゃあ、私もドームに連れて行ってもらおうかしら。さぁ、次のステージの準備があるから楽屋戻るわよ」
高嶺の言葉で、彼らはステージ裏から出て行った……。
ステラペルーシェの活動は、一旦ここで小休止。
けれども、彼らの歩む道は静かにキラキラと輝いていた……。
満開の桜の下、パレプロ主催のこの音楽フェスティバルは、様々な出店も並び、観客が思い思いに楽しめるようになっていた……。
夕刻……
花明かりフェスのライブステージは、大きな桜の木をバックに作られていた。
そのステージ裏では、ステラペルーシェの三人が出番を待っていた。
「安慈、緊張してる?」
翔が心配そうに、安慈に声をかけた。
いつもなら安慈が緊張している翔に声をかけるのだが、今日は立場が逆のようだ。
「まぁね。今日はちょっといつもと違うから」
そう言って苦笑いをする安慈。
今日のステージを終えたら、ステラペルーシェの三人でのライブ活動はしばらく休止すると、少し前に事務所から発表した。
理由は、安慈の大学での学業を優先することと、今後の為にも、パフォーマンスの質を上げたいという翔と瑞貴の申し出があったからだ。
「別に、僕たち解散するわけじゃないんだから。いつも通り、会場に来てくれた人に楽しんでもらうだけだよ」
冷たい物言いだが、瑞貴が安慈に向かってそう言ったのは、彼なりの励ましなのだろう。
「そうだね。今日はマジアワの五周年のお祝いでもあるから、楽しまなきゃね」
「オレはそっちの方が緊張するけどね! あぁぁぁ、ちゃんとハイトーン出ますように!」
きゃー、出なかったらどうしよう! と言いながら頬に手を当てる翔に、うるさいよ と瑞貴が彼の背中を叩いてツッコミを入れていた。
これも、三人がライブ前によくやるやり取りで、どんな時でも変わらずにいてくれる二人に安慈はホッとした。
「そろそろステージの準備も出来たわよ」
マネージャーの高嶺がそう言った。
その言葉を受け、三人がステージを見て表情を引き締める。
「大丈夫よ。あなた達は、今まで真っ直ぐに頑張ってきたんだから。いってらっしゃい」
高嶺が、安慈、翔、瑞貴 の順番でそっと背中を押して、彼らをステージに送り出した……。
3人がステージに出ると、黄色い歓声が上がった。
まだ日は沈む前、ライトに照らされなくても彼らの姿が見える。
今日の三人の衣装はいつもの黄色をベースにしたものではなく、落ち着いた藍色で、オフショルダーの襟ぐりにはファーがあしらわれ、着物を思わせるような長い袖の衣装だった。
袖の下にいくにつれて藍色からピンク色、黄色とグラデーションになっていて、桜柄が流星のように放射状に散りばめられているデザインだった。
彼らのユニットモチーフであるファーのチャームはいつも通り腰のあたりで揺れていた。
歓声に混じって 可愛い が聞こえるのは、彼らのヘッドセットにもファーと桜が付いていて、髪飾りのように見えるからだろう。
客席の手前の方は『ブリーダー』(熱狂的なファンの呼称)と思われる人々が黄色に光らせたペンライトや、グッズのぬいぐるみを抱いて彼らのパフォーマンスを待っていた。
三人は、ステージの中心にお互いに向き合うような形で立ち、それと同時にスポットライトが当てられる。
すぅ……と、三人が同時にブレスすると、次の瞬間には、アカペラでハーモニーを奏でた。
会場が一瞬、騒ついたが、三人が作り出した幻想的な空気にすぐに沈黙する。
翔がメロディを、安慈と瑞貴はコーラスを、それぞれが歌い会場の空気を一変させた。
美しく幻想的な曲は、今日の主催であるマジックアワーの曲だ。
ワンコーラスを歌いきり、美しいハイトーンのハーモニーを響かせると、ポップなイントロが鳴り出して、がらりと会場の空気が変わった。
「こんにちはー!ステラペルーシェです!いきなりアカペラで歌ったからびっくりしたと思いますが、今日の主催であるマジックアワーの曲を、リスペクトを込めてメドレーでカバーさせて頂きます!短い時間ですが楽しんで行ってくださいね!」
イントロの間に翔が会場にそう挨拶をすると、会場からは拍手や歓声が上がり、黄色のペンライトが波を作る。
マジックアワーの曲は、双子ユニットということもあり、振り付けが対になっているので、安慈と瑞貴でダンスをし、翔がメインボーカルを務める編成でパフォーマンスをしていた。
ステラペルーシェでの曲の振りと違い、可愛らしい振り付けが多かったので、会場にいたファンからは黄色い歓声がひっきりなしに上がっていた。
「改めまして、こんにちは。ステラペルーシェです」
一曲目が終わり、MCが入る。会場全体を照らすようにライトがついて、三人にはスポットライトが当てられる。
「一曲目、カバーでしたけど、どうでした?」
翔が会場にそう投げかけると、拍手が起こり、その合間に 可愛い! という声があちこちから上がる。
「ありがとうございます。あの曲は、マジックアワーといえば!っていう曲だからね……。お二人の曲をカバーするのは決まってたんだけど、選曲で瑞貴とケンカしてね。で、安慈が大人の対応して、アレンジをお願いして二曲をメドレーにしてもらったんだけど……何でそうなったのか、出来上がったのがアレだったんですよ。もうね、頭のアカペラの部分を鬼のように練習しました。ね?」
翔が、安慈と瑞貴にも視線を送ると二人はうんうん と頷いていた。
「練習の殆どは頭のアカペラのところでしたね。お陰で翔のハイトーンが限界突破したよね」
安慈がそう言うと、会場からクスクスと笑い声が起こり、翔が苦笑いしている。
「ボイトレの先生がね、 大丈夫! これ出たらその上も出る! て、段々キーを上げてくの。だから、今、一時的に音域広がってるかもしれない。今なら5オクターブイケる」
翔の事実とも冗談とも取れるような言葉に会場から拍手が起こると、三人が笑った。
「それじゃあ、次の曲は翔だけオクターブ上で行こうか?」
「えー! 瑞貴のいじわる!」
「はい! それでは、次の曲聴いてください!」
安慈が半ば強制的にMCを終わらせると、シンセピアノの軽やかなメロディが流れ出して次の曲が始まった。
歌い出しを本当にオクターブ上で歌った翔のアドリブに、会場も両サイドの二人も笑っていた。
***
3曲続けてのパフォーマンスを終えると、一度ステージのライトが落とされた。
辺りも先程よりも少しだけ暗くなり、ステージの後ろの大きな桜の木がライトアップされ、だんだんと藍色が混ざる黄昏色の空に映えた。
「あー……楽しい時間ってあっという間だね」
翔がそう言うと、三人にスポットライトが当てられる。
「次の曲で僕たちのステージは終わりになります。その前に! 安慈からみんなにお知らせがあります」
翔がそう言って、安慈に喋るように手で合図をすると、安慈がヘッドセットのマイクに少し触れてから、緊張した面持ちで話し出す。
「……ここにいるファンの皆様はもうご存知だと思いますが……事務所から発表があったとおり、この花明かりフェスのステージで、僕たちステラペルーシェは、暫く三人でのライブ活動を休止します」
安慈の言葉に、会場から「えー!」や「やだー」など、残念がる言葉が上がる。
「そう言ってもらえて、本当に嬉しいです。ありがとうございます。理由も発表があった通りです。僕の学業と、僕たちのスキルアップのためです」
彼の言葉を観客は静かに聞いていた。
客席一番前の辺りからは、啜り泣くような音も聞こえる。
「あっ……そこのお姉さん泣かないで……。あの、僕たち、今まで殆ど走りっぱなしで活動してきたので、力不足で納得のいくパフォーマンスが出来ていなかったこともありました。僕の進学も一つのタイミングではあったのですが、三人でもっと良いパフォーマンスをファンの皆様に届けたいと思った為、このようなお知らせをさせて頂きました」
安慈は一度、小さく息を吐くと言葉を続ける。
「今、SNS上で色んな憶測が飛び交ってて、不安になっている人も沢山いると思います。なので、今回、この場で、ステラペルーシェのリーダーとして、僕の口から言わせてください。
今まで以上のパフォーマンスの為に、少しだけ、練習期間を……表舞台に出ない期間を頂きます。ライブの出演が『今までに比べて』少なくなるだけです。番組や雑誌などのメディア出演は決して多くはないですが、していきます。それから……」
舞台袖にいるマネージャーに一度目配せをした安慈は、彼女のハンドサインを見て、もう一度会場を見る。
「寂しいお知らせで終えるのは僕たちも嫌だったので、事務所にちゃんと許可もらって、良いお知らせも持ってきました。一つは、夏に新曲リリースあります。それから……まだ詳細は言えないんですけど、夏のイベントには出演予定です!」
安慈がそう言い切ると、会場から大きな拍手が起こる。
「今、ライブ休むって言ったばっかりなのにね」
瑞貴がマイクを通して口を挟むと、会場から小さく笑い声が聞こえた。
「それはそうなんだけどね。その夏のイベントも僕のテストの結果次第なので、出演できるように頑張ります。もし、ステラペが出演者にいなかったら、僕のテストが残念だったんだなと察してください」
「大丈夫だよ! 安慈のテスト結果が残念だったことないから、皆、楽しみにしててね!」
「翔も追試が無いようにテスト頑張ってね!」
安慈の自虐的な言葉に翔がフォローを入れたが、見事に瑞貴に突っ込まれて会場から笑い声が起こる。
「それから……」
もう一度、舞台袖を見た安慈は、軽く頷くと話し出す。
「年内にアルバムを出します。おそらく年末になるのではないかな、とのことでした。なので、一旦、三人でのライブはお休みしますが、僕たちステラペルーシェは解散するわけではないし、皆様の前から完全に姿を消してしまうこともありません。翔と瑞貴だけでのイベント出演も、ものによってはあると思います。
今、僕が話したことが、今現在伝えられる全てです。どうか、SNSの言葉に惑わされないでください。よろしくお願いします」
そう言って、安慈は会場に向かって深く頭を下げた。
会場から拍手が起こると、安慈は顔を上げてホッとしたように笑った。
「皆、ありがとう。そろそろ時間が迫ってきちゃったね。次の曲で最後です。皆、僕たちのユニット名の由来覚えてる? そうそう。ぬいぐるみ。寂しい時とか、元気が無い時にいつもそばにいてくれる存在だよね。こうやってライブ会場で会う機会は減っちゃうけど、離れていても、僕たちの心はちゃんと皆のそばにいます。
もし、どうしても寂しくなったら、この曲を聞いてくれると嬉しいです。それでは、最後の曲です。聞いてください。Beside You」
彼らのデビュー曲でもあるダンスナンバーが流れる。
いつもなら一曲目に演ることが多いこの曲を最後にしたのは、彼らの気持ちを表したものだった。
-いつだって そばにいるから
君の心照らしてあげる
だから 笑っていて-
笑顔でそう歌った3人は、時間が許す限りのファンサービスを客席に送った。
曲が終わり、3人がポーズを決めると会場から大きな拍手と歓声が上がった。
「ありがとうございましたー!」
翔がそう言うと、突然、会場から悲鳴にも似た黄色い声が上がる。
翔は驚いて、声が上がったステージの下手を見ると、瑞貴が涙目になって安慈に抱きついていた。
「えー! 瑞貴ずるい! 何してんの! オレも!」
そう言って翔もダッシュで安慈に駆け寄ると彼に抱きついていた。
会場からは歓声と共に笑い声も上がった。
「ちょっと……この状況よく分からないんだけど……」
抱きつかれてる安慈は苦笑いしていたが、無事にステージを終えられて、ホッとしたように穏やかな表情も浮かべていた。
「今日、この場に来てくれたみんなー! 本当にありがとうございましたー! 次は夏に会いましょう! ステラペルーシェでしたー!!」
ニコニコしながら翔がそう言うと、三人は会場に向かって一礼をして、手を振りながらステージを降りていった……。
拍手や歓声はステージのライトが消えるまで鳴り止むことがなかった……。
「あー! 楽しかった! お疲れ様でした! スタッフの皆さんもありがとうございました!」
ステージ裏で、翔が水をスタッフから受け取りながらそう言った。
翔は、ステージ裏でも聞こえる止まない歓声に高揚すると同時に、ステージが終わってしまった寂しさも感じていた。
「もう、なんで瑞貴が泣いちゃうのー?そこは俺が泣くとこじゃない?」
「だって……」
ステージ上ではなんとか涙目で耐えていた瑞貴だったが、ステージ裏に入った途端にポロポロと泣き出してしまった彼を安慈がよしよし と頭を撫でていた。
「だって……今まで小さくても、たくさんのステージに一緒に立ってたじゃん……。暫く…同じ景色を一緒に見られないって……思ったら……」
スタッフから渡されたタオルで顔を拭きながら瑞貴が辿々しくそう言った。
「ふふっ、覚えてたんだ。今日もたくさんお客さん来てたからいい景色だったよね。でも、俺はもっと広い景色が見たいと思ってるよ? 翔はどう?」
「え? もっと広いって会場が?」
「そうそう。翔は目指す会場はどこが良い?」
うーん……と翔が考えていると、高嶺がどこからか戻ってきた。
「お疲れ様。最後だけ客席側から見てたわ。すごくあなた達らしいキラキラしたステージだったわ。安慈くんも、あれだけのことをしっかりファンのみんなに伝えられて立派だったわよ」
今日で一区切りだからなのか、ライブ後の高揚感のせいか、三人は高嶺の言葉がいつもよりも優しく感じていた。
「ありがとうございます。ファンの皆さんの反応が良かったのは、上の人に掛け合って良いお知らせを持ってきてくれた高嶺さんのおかげです。ただでさえ、ワガママ言ってるのに本当にありがとうございました」
「いいのよ。あなた達が中途半端な気持ちでやってるわけじゃないのは、私が一番分かってるつもりだから……で、瑞貴くんは終わって寂しくなっちゃったのかしら……?」
泣き止んだが、目を腫らした瑞貴は高嶺の言葉に小さく頷いた。
「うふふ……目がウサギさんみたいになってるわよ。さぁ、夏まであっという間だからね、その時には少しでも良いパフォーマンスできるように、しっかりレッスンのスケジュール組んでるからね」
やはり、仕事は厳しい高嶺らしい言葉に安慈と瑞貴が笑う。
「あっ! 思いついたー!」
「え? 何が?」
「ライブやりたい会場!」
高嶺との遣り取りの間、翔は一人でずっと考えていたらしい。唐突な発言に三人は驚いていたが、安慈が続きを促す。
「じゃあ、聞かせて。どこ目指そうか?」
「ドーム!!! オレ、5万人の前で歌いたい!」
翔はニコニコしながらそう言った。
ライブ後のハイになっている状態とは言え、あまりの規模の大きさに安慈と瑞貴は一瞬驚いたが、すぐに笑った。
「すごいね、ドームクラス狙うんだ。良いんじゃない? 僕、演出でゴンドラ乗りたいな」
いつもの瑞貴なら否定するところだが、今回は同意したようだ。
「ドームかぁ……あの観客の数をステージから見るとどうなんだろうね……見たことのない世界だね」
「じゃあ、見てみようよ! まずは夏のイベントだけど、もっともっと上手になって、ファンもたくさん作って、3人で、5万人の前で歌おう!」
翔が、安慈と瑞貴の肩を抱いてそう言うと、二人も笑顔で返事をした。
「それじゃあ、私もドームに連れて行ってもらおうかしら。さぁ、次のステージの準備があるから楽屋戻るわよ」
高嶺の言葉で、彼らはステージ裏から出て行った……。
ステラペルーシェの活動は、一旦ここで小休止。
けれども、彼らの歩む道は静かにキラキラと輝いていた……。