Stella Peluche


「い や だ‼︎」

事務所の会議室で、瑞貴が珍しく大声を出して怒っている。
今日は、月末に控える花明かりフェスで歌う曲を決めていた。

今回の主催事務所であるパレットプロデュースから届いた概要には、マジックアワー結成五周年と小さく書いてあり、それを見たステラぺのプロデューサーが「マジックアワーの曲を一曲カバーしてみないか?」と、提案してきたので、マネージャーと共に三人で選曲していたのだが……。
このカバー曲で翔と瑞貴が揉めているのだ。
「い や だ‼︎ じゃなくてぇ。この曲だと、オレたちのイメージからかけ離れすぎてないかなぁ?
だいたい、こんな綺麗な声で一曲歌うとかあと三週間ちょっとでできるかな……。それだったら、ダンスも含めてオレたちと雰囲気が近いこっちのポップな曲がいいじゃん。瑞貴が踊ったら可愛いと思うよ」
メインボーカルを務める翔は、元聖歌隊でもあるマジックアワーの幻想的かつ美しいコーラスが映える曲を歌うことに気後れしている様子だった。
「マジックアワーらしい曲の方がちゃんとカバーだって見に来てくれた人はわかりやすいでしょ? それに……僕が、アイドルって道を選んだきっかけの曲なの。せっかくお祝いの意味も込めたカバーなんだから、僕はこれが歌いたいの」
瑞貴が父親に対して絶望して家を飛び出したあの時、街頭ビジョンから流れたあの幻想的な曲……。
瑞貴にとっては大切な曲だった。
「でも、ポップな曲でもマジアワってわかるじゃーん」
「なに? 翔って『何でも歌える』んじゃなかったの? それなら歌えるはずだよね?」
脅迫めいた瑞貴の言葉に、わざとらしく泣き真似をする翔。
「えーん。それただのワガママと脅しだよぉ」
「ワガママじゃないし脅しでもないー! ねぇ、安慈も黙ってないでさ! なんとか言ってよ!」
「アンジー、助けて瑞貴がいぢめる……」
二人の様子を顎に手をあてて静観していた安慈は、同じく会議室の隅で三人の様子を静観していた高嶺マネージャーの方を向いた。

「高嶺さん、編曲って出来ます?」
「編曲?そうね、あなた達の楽曲担当に頼めばできるわよ」
「じゃあ、お願いしていいですか?」
「いいわよ。多分オフィスにいるから連れてこようか?」
「はい、お願いします」
高嶺は ちょっと待っててね と言って会議室を出て行った。
淡々と、高嶺と大人の遣り取りをする安慈を見て、二人は頭が冷えたのか大人しく椅子に座り直した。

「編曲って?」
翔が安慈に訊く。
「んー? 二人の主張も分かるから、落とし所が難しいなぁと思って。だから、繋げちゃえばいいと思ったんだよね」
「分かりにくい。ハッキリ言ってよ」
ニコニコしながらそう言った安慈に、ムッとした様子で瑞貴が真意を問う。

「音楽番組でよくやるでしょ? メドレー」

あぁ、そっか。
と、翔と瑞貴が気づいた瞬間。会議室のドアが開いて高嶺と楽曲担当のスタッフが入ってきた。
「あ、お疲れ様です。お願いがあって、この曲とこの曲を繋いでアレンジしてもらいたいんですけど……」

どんな曲に仕上がったのかは、当日のお楽しみ……。


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