Stella Peluche
3月某日……
盛名高校で卒業式が行われた。
3年生は、クラスメイトや先生、後輩との別れを惜しんで式が終わった後でもあちこちで話に花を咲かせていた。
「それじゃあね! 春休み遊ぼうぜ!」
「うん! また連絡する」
そんな約束を友人と交わしながら、安慈は荷物をまとめて教室を出た。
卒業式に参列した彼の母は、弟の幸慈の卒業式も出ないといけないからと式が終わったらすぐに帰ってしまったので帰りは独りだった。
3年間、あっという間だったな……と、思いながら、たくさんの想い出が詰まった校舎を出た。
「アンジー!」
安慈が外に出ると、翔がこちらに向かって手を振りながら花壇の側のベンチに座っていた。
2年生は、卒業式に参列していたが、その後すぐに下校しているはず。
「あれ……もしかして待ってた?」
安慈はそう言いながら慌てて翔のそばに寄ると、翔が照れ臭そうに笑う。
「アンジーと学校で喋るの今日で最後かな? と思ったら、ちょっと会いたくて。別に、事務所でも喋れるし、いつでも連絡とれるけどさ……」
「そっか……。俺も急いでないからいいよ」
そう言って、安慈は翔の隣に腰を下ろした。
「えっと、アンジー、卒業おめでとう。あと、改めて進学おめでとう」
畏まった様子で翔がそう言った。
改めて言われると妙に照れ臭いが、安慈は素直に礼を述べる。
「ありがとう」
「アンジーと学校で会えないと思うとちょっと寂しいなぁ……いつも放課後一緒にCトイ行ってたのに、4月から一人だぁ」
「そうだね。一人だから打ち合わせに遅刻しないでね」
「しないよー! もう」
安慈の返しに少しムッとした翔だったが、すぐに二人でクスクスと笑い出す。
「……ねぇ、翔。一つ聞いていいかな?」
「え? 何? オレで答えられるかな?」
今度は安慈が畏まった様子で翔に問いかける。
話す前に、彼は気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いた。
「……その、4月から俺の都合でステラペの活動が少なくなるじゃない? 月末の花明かりフェスで一旦ライブの予定は終わり。
その……翔は……怒ってる?」
翔は、一瞬何を言われたのか分からずに目を丸くした。
怒ってる? オレが? 何に?
「お、怒ってるわけないじゃん! なんでそんなこと聞くの⁉︎」
思わず声が大きくなってしまい、翔は、ハッと気まずそうに口を手で隠した。
「翔は、ステージに立ってる時が本当に楽しそうだったから……。そのステージに立つ機会を、俺が減らすことになったと思ってて……」
翔とは対照的に、淡々と静かにそう言った安慈。
彼は、数ヶ月前に下した自分の決断にまだ不安が残っていたのだ。
何度も、何度も、これで良かったんだ と言い聞かせていたけれど、本当に良かったのか自信が持てなかったのだった。
「……オレが怒ってるって言ったら、安慈はどうするつもりだったの?」
「っ、それは……」
珍しく答えに困る安慈を見て、翔が大きく深呼吸をしてから話し始める。
「あのさ、オレ去年の今頃からCトイ入ったじゃん?で、4月から3人でステラペになったでしょ?安慈はその後のスケジュール覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。ゴールデンウィークなんて無かったよね」
安慈がクスクスと笑いながらそう言うと、翔が座っていたベンチの座面をバンッと叩いて立ち上がり、くるりと安慈の方を向いた。
「それどころか! 夏休みもなかったじゃん!! オレ、あんなにボイトレ突っ込まれてびっくりしたし、いきなりデビューがミニアルバムだからってレコーディングもめちゃくちゃ詰め込まれたし、もう何テイク録ったか覚えてないし、いくら歌うの好きだって言っても正直嫌いになりかけた! ミニアルバムに入ったの3曲だったけど、他にも何曲も歌わされたよね。その後だって、リリースイベントだったり、プロモーションも沢山やったし、イベントもたくさん出たじゃん。ハロフェス、クリフェスなんてホント大きなステージだったよね」
翔が捲し立てるようにそう言っているのを、安慈は頷きながら聞いていた。
たしかに、翔の言う通り結成してからというもの、息つく間もないくらいに忙しかった。
安慈は、その合間を縫って受験勉強をしてきたのだった。
「でね、オレ、思ったの。事務所から期待されてるからたくさん仕事してきたし、ステージも出てきたのは間違いないんだけど、全部のステージが100点満点だったかって言うとそうじゃなかったの。これはオレのパフォーマンスがって意味だけど。
だから……オレ、安慈がちゃんと進学したいって、ちゃんと薬学を勉強したいから、3人でのライブ出演は来年は減らしたいって言ってくれた時、実はちょっとホッとしたんだ」
「え……?」
翔の意外な言葉に、今度は安慈が目を丸くした。
「仕事ばっかりで忙しくて、自分のパフォーマンスの練習ができなくなってたり、ステージに上がる為の練習ばっかりだったから、基礎的な練習が不十分だったなって思ってたから、オレは安慈が時間をくれたと思ってる。だから、怒ってなんていないよ」
そう言って翔はニッコリと笑った。
「翔……」
「だいたい、怒るんだったら受験前のあの会議で怒ってたよ。瑞貴だってオレと同じこと考えてたし、マネージャーにもプロデューサーにも『このままの勢いだとパフォーマンスのクオリティが下がるから、仕事も大事だけど、ライブが少なくなる代わりに基礎のレッスンを多めにいれてくれ』って言えた。
それに、安慈言ってたじゃん。
Stella Pelucheは大事な場所だから、捨てたくないって。それは、オレも瑞貴も一緒。去年の勢いと忙しさを基準にしたら、来月からは静かになるとは思うけど、オレはそれでいいと思ってる」
そう言って、翔は安慈に背を向けて、気持ちよく晴れた空を見上げる。
「だーかーら、安慈は気にせずに目一杯大学で勉強してきてよ。今まで通りに学校終わったらレッスン受けるんだし、仕事も授業無い日は今まで通りやるんでしょ? それなら、今までとそんなに変わらない。オレたちは、ライブだけが全てじゃないから」
そう言いながら、翔は振り向いて安慈に笑顔を向ける。
「……翔、ありがとう…」
「ステラペ、ライブしてないからパフォーマンス下手になったね って思われたくないからさ、オレもっとたくさん練習するから」
「それじゃあ、俺も自主練しっかりしておかないとね」
「そうそう。でも、高校卒業したらレッスン室遅い時間に借りられるんだよね……負けないように頑張ろー!」
両腕を高々と挙げて おー! と声を上げる翔を見て、安慈がホッとしたような表情で笑った。
「あ、今の質問。瑞貴にした?」
思い出したようにそう言って振り向いた翔。
「いや、してないよ」
「瑞貴に言わない方がいいと思って。別の意味で怒ると思うから」
「別の意味?」
安慈は、翔がニヤニヤ笑っているのが理解できずに首を傾げてそう訊いた。
「瑞貴だったら、『そんなことで僕が怒ると思ったの? それって全然僕のこと信用してないってこと?』って言うと思うから」
翔が腰に手を当てて、安慈を指差しながら瑞貴の口調を真似てそう言うと、安慈がケラケラと笑う。
「あっはは……似てる似てる。瑞貴はそうやって怒る」
「でしょ? 別にちょっとライブやらなくなるだけだし、高嶺さんも安慈に負担がかからないように調整してくれるんだから大丈夫だよ」
そう言って翔はニッコリと笑った。
安慈はホッとしたように溜息を吐くと、ベンチから立ち上がって翔の側に寄り、彼の頭をワシワシと撫でた。
「ありがとう。やっぱり翔は良い子だね」
「なー⁉︎頭ボサボサ!それに、今更気付いたのー?オレはずっと良い子だよ!」
「ははは……。よっし、パフェでも食べに行こうか? 瑞貴も学校終わったかな?」
「オレ、聞いてみるよ!」
二人は、いつも通りの笑顔で、通い慣れた道を歩き始めた。
また新たなスタートを切る彼らの背中を押すように、春の温かな風が吹き抜けていった。
盛名高校で卒業式が行われた。
3年生は、クラスメイトや先生、後輩との別れを惜しんで式が終わった後でもあちこちで話に花を咲かせていた。
「それじゃあね! 春休み遊ぼうぜ!」
「うん! また連絡する」
そんな約束を友人と交わしながら、安慈は荷物をまとめて教室を出た。
卒業式に参列した彼の母は、弟の幸慈の卒業式も出ないといけないからと式が終わったらすぐに帰ってしまったので帰りは独りだった。
3年間、あっという間だったな……と、思いながら、たくさんの想い出が詰まった校舎を出た。
「アンジー!」
安慈が外に出ると、翔がこちらに向かって手を振りながら花壇の側のベンチに座っていた。
2年生は、卒業式に参列していたが、その後すぐに下校しているはず。
「あれ……もしかして待ってた?」
安慈はそう言いながら慌てて翔のそばに寄ると、翔が照れ臭そうに笑う。
「アンジーと学校で喋るの今日で最後かな? と思ったら、ちょっと会いたくて。別に、事務所でも喋れるし、いつでも連絡とれるけどさ……」
「そっか……。俺も急いでないからいいよ」
そう言って、安慈は翔の隣に腰を下ろした。
「えっと、アンジー、卒業おめでとう。あと、改めて進学おめでとう」
畏まった様子で翔がそう言った。
改めて言われると妙に照れ臭いが、安慈は素直に礼を述べる。
「ありがとう」
「アンジーと学校で会えないと思うとちょっと寂しいなぁ……いつも放課後一緒にCトイ行ってたのに、4月から一人だぁ」
「そうだね。一人だから打ち合わせに遅刻しないでね」
「しないよー! もう」
安慈の返しに少しムッとした翔だったが、すぐに二人でクスクスと笑い出す。
「……ねぇ、翔。一つ聞いていいかな?」
「え? 何? オレで答えられるかな?」
今度は安慈が畏まった様子で翔に問いかける。
話す前に、彼は気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いた。
「……その、4月から俺の都合でステラペの活動が少なくなるじゃない? 月末の花明かりフェスで一旦ライブの予定は終わり。
その……翔は……怒ってる?」
翔は、一瞬何を言われたのか分からずに目を丸くした。
怒ってる? オレが? 何に?
「お、怒ってるわけないじゃん! なんでそんなこと聞くの⁉︎」
思わず声が大きくなってしまい、翔は、ハッと気まずそうに口を手で隠した。
「翔は、ステージに立ってる時が本当に楽しそうだったから……。そのステージに立つ機会を、俺が減らすことになったと思ってて……」
翔とは対照的に、淡々と静かにそう言った安慈。
彼は、数ヶ月前に下した自分の決断にまだ不安が残っていたのだ。
何度も、何度も、これで良かったんだ と言い聞かせていたけれど、本当に良かったのか自信が持てなかったのだった。
「……オレが怒ってるって言ったら、安慈はどうするつもりだったの?」
「っ、それは……」
珍しく答えに困る安慈を見て、翔が大きく深呼吸をしてから話し始める。
「あのさ、オレ去年の今頃からCトイ入ったじゃん?で、4月から3人でステラペになったでしょ?安慈はその後のスケジュール覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。ゴールデンウィークなんて無かったよね」
安慈がクスクスと笑いながらそう言うと、翔が座っていたベンチの座面をバンッと叩いて立ち上がり、くるりと安慈の方を向いた。
「それどころか! 夏休みもなかったじゃん!! オレ、あんなにボイトレ突っ込まれてびっくりしたし、いきなりデビューがミニアルバムだからってレコーディングもめちゃくちゃ詰め込まれたし、もう何テイク録ったか覚えてないし、いくら歌うの好きだって言っても正直嫌いになりかけた! ミニアルバムに入ったの3曲だったけど、他にも何曲も歌わされたよね。その後だって、リリースイベントだったり、プロモーションも沢山やったし、イベントもたくさん出たじゃん。ハロフェス、クリフェスなんてホント大きなステージだったよね」
翔が捲し立てるようにそう言っているのを、安慈は頷きながら聞いていた。
たしかに、翔の言う通り結成してからというもの、息つく間もないくらいに忙しかった。
安慈は、その合間を縫って受験勉強をしてきたのだった。
「でね、オレ、思ったの。事務所から期待されてるからたくさん仕事してきたし、ステージも出てきたのは間違いないんだけど、全部のステージが100点満点だったかって言うとそうじゃなかったの。これはオレのパフォーマンスがって意味だけど。
だから……オレ、安慈がちゃんと進学したいって、ちゃんと薬学を勉強したいから、3人でのライブ出演は来年は減らしたいって言ってくれた時、実はちょっとホッとしたんだ」
「え……?」
翔の意外な言葉に、今度は安慈が目を丸くした。
「仕事ばっかりで忙しくて、自分のパフォーマンスの練習ができなくなってたり、ステージに上がる為の練習ばっかりだったから、基礎的な練習が不十分だったなって思ってたから、オレは安慈が時間をくれたと思ってる。だから、怒ってなんていないよ」
そう言って翔はニッコリと笑った。
「翔……」
「だいたい、怒るんだったら受験前のあの会議で怒ってたよ。瑞貴だってオレと同じこと考えてたし、マネージャーにもプロデューサーにも『このままの勢いだとパフォーマンスのクオリティが下がるから、仕事も大事だけど、ライブが少なくなる代わりに基礎のレッスンを多めにいれてくれ』って言えた。
それに、安慈言ってたじゃん。
Stella Pelucheは大事な場所だから、捨てたくないって。それは、オレも瑞貴も一緒。去年の勢いと忙しさを基準にしたら、来月からは静かになるとは思うけど、オレはそれでいいと思ってる」
そう言って、翔は安慈に背を向けて、気持ちよく晴れた空を見上げる。
「だーかーら、安慈は気にせずに目一杯大学で勉強してきてよ。今まで通りに学校終わったらレッスン受けるんだし、仕事も授業無い日は今まで通りやるんでしょ? それなら、今までとそんなに変わらない。オレたちは、ライブだけが全てじゃないから」
そう言いながら、翔は振り向いて安慈に笑顔を向ける。
「……翔、ありがとう…」
「ステラペ、ライブしてないからパフォーマンス下手になったね って思われたくないからさ、オレもっとたくさん練習するから」
「それじゃあ、俺も自主練しっかりしておかないとね」
「そうそう。でも、高校卒業したらレッスン室遅い時間に借りられるんだよね……負けないように頑張ろー!」
両腕を高々と挙げて おー! と声を上げる翔を見て、安慈がホッとしたような表情で笑った。
「あ、今の質問。瑞貴にした?」
思い出したようにそう言って振り向いた翔。
「いや、してないよ」
「瑞貴に言わない方がいいと思って。別の意味で怒ると思うから」
「別の意味?」
安慈は、翔がニヤニヤ笑っているのが理解できずに首を傾げてそう訊いた。
「瑞貴だったら、『そんなことで僕が怒ると思ったの? それって全然僕のこと信用してないってこと?』って言うと思うから」
翔が腰に手を当てて、安慈を指差しながら瑞貴の口調を真似てそう言うと、安慈がケラケラと笑う。
「あっはは……似てる似てる。瑞貴はそうやって怒る」
「でしょ? 別にちょっとライブやらなくなるだけだし、高嶺さんも安慈に負担がかからないように調整してくれるんだから大丈夫だよ」
そう言って翔はニッコリと笑った。
安慈はホッとしたように溜息を吐くと、ベンチから立ち上がって翔の側に寄り、彼の頭をワシワシと撫でた。
「ありがとう。やっぱり翔は良い子だね」
「なー⁉︎頭ボサボサ!それに、今更気付いたのー?オレはずっと良い子だよ!」
「ははは……。よっし、パフェでも食べに行こうか? 瑞貴も学校終わったかな?」
「オレ、聞いてみるよ!」
二人は、いつも通りの笑顔で、通い慣れた道を歩き始めた。
また新たなスタートを切る彼らの背中を押すように、春の温かな風が吹き抜けていった。
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