Stella Peluche

翔は、歌がとても上手だから

きっと人気出ると思うなぁ

お姉ちゃん、事務所に書類送ってあげるよ。

どこの事務所がいいかしらね?






……あぁ、また思い出した。
姉ちゃんがそう言ったのも、今日みたいな、日差しが気持ち良い日だったなぁ……。

そう思いながら、新山 翔にいやま かけるは、ゆっくりと目を開けた。
そして……。

「新山ー、この問題やって」
翔は、数学教師の一言で現実に引き戻された。
あまりにも退屈で寝ていたのだから、当然、指された問題は何のことだかさっぱりわからない。
「あー……すみません。寝てました」
翔の言葉にクラスメイトがクスクスと笑い、教師はため息をつく。
「またお前は……ちゃんと聞いてないとテストに響くぞ」
そう言って教師は別の人を指名した。翔は、小さく安堵のため息を吐くと、教科書に目を落とす。

亡き姉の一言でアイドルを志し、盛名高等学校に入学した翔は、本格的にアイドル活動をするために事務所に所属することになった。
去年の文化祭で、軽音部として一曲歌ったのが瞬く間に話題になり、一つ上の先輩からスカウトされたのがきっかけで、その後の事務所のオーディションを受けたところ、翔の類稀な歌唱力が評価されて無事に事務所に所属することができた。
そして、翔が2年生になったらユニットを組んで本格的に活動を始める という話になっていた。

……今日は放課後に、事務所で顔合わせだ。
もう一人ってどんな人かな。楽しみだな。
翔はそう思いながら、放課後を待った。



「翔ー!お待たせ!」

指定された場所で待ち合わせていた翔の前に現れたのは、同じ学校の一つ上の先輩、倉光 安慈くらみつ あんじ
去年の文化祭の後に、翔に「一緒にユニットを組もう」と誘った張本人だ。
安慈の話では、もう一人メンバーがいるそうだが、そのもう一人は事務所での顔合わせとなる。
「あのー、先輩。もう一人ってどんな人ですか?そろそろ教えてくれてもいいですよね?」
「あ、また先輩って言った。アンジーって呼んでって言ったじゃん。もう同じユニットメンバーなんだから固いこと無し。敬語も崩す!」
翔の質問には一切答えずに安慈がそう言うので、翔は戸惑ってしまったが、彼がそういうのならと、意を決して改めて話し始める。
「じゃあアンジー。もう一人のこと教えてよ」
「そうだねぇ。簡単に言うと、ものすごく美少年で寂しがり屋。寂しいと死んじゃうみたい」
「……それってウサギですか?」
「あー、そうだね。ウサギみたいな子だよ」
ウサギかぁ……。
そんなことを思いながら、翔は事務所までの道を安慈と歩いていた。




彼らの所属事務所はOffice Cutoy。
少年系ユニットを多く抱える事務所で、自社ビルに併設された週末のみ営業のCトイカフェは、所属アイドルたちが給仕をするため、なかなか予約が取れないことでも有名だ。

二人はオフィスのビルに入り、エレベーターに乗り込む。
安慈は慣れた手つきで4階のボタンを押した。その隣では翔がそわそわと落ち着かない様子でいた。
「翔、緊張してるの?」
安慈の言葉に小さく頷く翔。
「緊張しなくて大丈夫だよ。僕らのマネージャーも、プロデューサーも優しいから。翔の目指すものはきっと実現できるよ。一緒に頑張ろ」
そう言って、安慈が翔の肩をポンと叩く。
翔が安慈の言葉に胸が温かくなるのを感じたと同時に、エレベーターが到着して扉が開いた。

エレベーターを降りてすぐ側の部屋のドアには、
『第一会議室』と表示されていた。そのドアをを安慈が2回ノックしてから開けた。



「ちょっと安慈。いつまで僕を待たせる気なの? 随分と遅かったけど、どこで油を売っていたの?」

部屋に入るなり、刺々しい言葉を浴びせられ、驚いて萎縮する翔。
その声の主は、亜麻色の髪に、女の子と見間違えるくらい綺麗な顔の少年だった。
椅子に座り、腕も脚も組んであからさまに機嫌の悪い様子だったが、彼のあまりの美しさに翔は こういう人形あるよね なんて思っていた。

瑞貴みずきったら、そんなに怒らないで。翔がびびるでしょ?」

瑞貴と呼ばれた少年に対して、安慈は顔色を変えることなく宥めていた。
「翔、大丈夫。びびらなくていいよ。瑞貴の今の言葉は、『僕を一人で待たせるなんてどういうこと?寂しかったんだから』って意味だから」
ニコニコと笑いながらそう言った安慈に「違う!」と、美少年は慌てて言い返していた。

「それじゃあ、二人とも改めて紹介するね。
こっちは、新山 翔。そして、こっちのワガママ坊っちゃんは、飛鳥井 瑞貴あすかい みずき
そして、今日からこの三人でユニットを組んで活動していきます。
えーっと、詳しいことはマネージャーとプロデューサーが来てから話すから、とりあえず座って待っていようか」
安慈に促されて、翔と瑞貴は軽く自己紹介をしてから席についた。
瑞貴は、小柄だが翔と同じ高校二年生。
学校は白錫学園で、弓道部に所属。その腕前は中学時代に全国大会優勝経験もあるそうだ。

暫くすると、会議室のドアが開き、マネージャーとプロデューサーが入ってきた。

「はーい、みんな揃ってるわね。あなた達のマネージャーの高嶺です。よろしくね。それじゃあ、今後の活動について話していくわよ」

分厚い資料を抱えながらそう言って席に着いたのは、マネージャーの高嶺。長い黒髪を後ろで綺麗に纏め上げたメタルフレームの眼鏡がよく似合う美人だ。
その隣にプロデューサーの山野が座る。
プロデューサーは、見た目が熊のような大柄な男だが、温厚な雰囲気だ。

分厚い資料を広げながら、高嶺が三人に向かって話し出す。

「あなた達は、今日から、Stella Perche(ステラペルーシェ)として活動してもらいます。
コンセプトは、いつでもそばにいるぬいぐるみのような可愛らしさと、夢や希望を与えるような、心を照らす星のようなアイドルよ。
みんなそれぞれにイメージの動物もあるから、衣装もそういうデザインになっていくと思うので、よく覚えておいてね」

思いの外、高嶺が一気に話し出すものだから、翔は慌てて手帳をバッグから取り出してメモをとりはじめた。
両隣を見れば、瑞貴は淡々とメモをしているし、
安慈は予め話を聞いていたのか、静かに高嶺の話を聞いている様子だった。

「早速だけど、明日からレッスンも始めていきます。ダンスと、翔くんはリードヴォーカルとしてボイストレーニングも多めに入れてるのでしっかりレッスン参加してくださいね。もちろん、瑞貴くんも安慈くんもしっかりレッスンはあります。それから、まだ先の話にはなるけれど、安慈くんは番組の出演も入れていくのでそのつもりでいてくださいね。それから……」

高嶺が、主にスケジュールやレッスンの内容を話し、補足のように山野が口を挟むような感じで会議が進んでいった。
『曲のクオリティは高いもので作りたい』というところから、歌唱力のある翔がリードヴォーカルを務めるんだと聞かされて、翔は胸が躍る気分だった。


「ーー……と、以上になります。明日は18時から全員ボイストレーニングから始めていくので、学校が終わったら早めにこちらに来てくださいね。何か緊急のことがあれば、私に連絡をください。
それでは、今日はこれで解散です。お疲れ様でした」

高嶺はそう言うと、資料を閉じて山野と部屋を出て行った。





「わー……明日から忙しくなるね」
翔が緊張感から解放されて、机に寝そべりながらそう言った。
「まぁ、ステージに立つための大事なことだからね。翔はかなり期待されてるみたいだけど、そんなに歌が上手いの?」
瑞貴の疑いをかけるような目に、少し萎縮する翔。その様子を見て安慈が苦笑いした。
「ちゃんとオレも翔の歌聞いてるからそこは安心していいよ」
「ふーん……そう。じゃあ、明日楽しみにしてるね。がっかりさせないでね」
この子は意地悪だなぁ……ちゃんと一緒にやっていけるかなぁ、と翔は瑞貴の様子を見て思っていた。
「もう。瑞貴はそうやってすぐ意地悪する。素直に翔の歌が早く聴きたいって言えばいいのに」
「べっ、別に僕はそんなこと言ってない!」
瑞貴が顔を赤くして否定するが、安慈は笑いながら宥めている。
その様子を見て、翔も 瑞貴は素直じゃないだけなんだな と察した。



「それじゃ、また明日ね!!」
「二人とも、明日は遅れないでよ」
「はいはい。なるべく早く行くから待っててね」

事務所のビルを出て、3人はそれぞれの家路についた。


「……姉ちゃん。やっと始まったよ」

帰り道、翔は空に向かって小さく呟いた。
日が沈みかけた空には、キラキラと小さな星が瞬いていた。


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