ある兄弟妹(きょうだい)の系譜
「それはあまりにもひどいんじゃないの?」
困惑を含んだ指摘の声に、
アベルは不満そうに唇をとがらせた。
セスはリリスの背後に隠れて悪戯な笑みを浮かべ、
悪戯好きな末っ子の隠れ簑にされたリリスは呆れたように笑った。
「セス!お前!!」
「可愛いよ、アベル兄さん」
「可愛いだと?」
またアベルの機嫌が悪くなった。
セスはアベルの地雷を踏み抜くことに長けている。
リリスはどうにか宥めようと試みるが、
この兄妹の喧嘩を治めるのは自分の役目ではないということを知っていた。
悪口だけでは終わらない。
引っ掻き合い取っ組み合い、ぎりぎりと歯ぎしりして互いを睨み合う。
気の立った猫同士の喧嘩のように思えて、リリスはふ、と笑った。
しまった、と思ったが時既に遅し。
「「笑ったな?!」」
二つの高低が重なり、睨みのきいた視線はリリスに突き刺さる。
そんなつもりはなくても、リリスが全ての悪の根源のようにされてしまう。
互いを蔑み合うのをやめたかと思えば、次の標的に狙いを定めて一斉攻撃。
仲がいいのか悪いのか、リリスは、はたはた困ったものだ、と溜息を吐いた。
「またやってるの?」
不意に現れた存在に兄妹の気が集中する。
視線を浴びてにこりと微笑んだカインは、
一時停戦中の兄妹の方へ歩み寄った。
「セス、何をやらかしたんだい?」
聞かずとも、どちらから手を出したか、この人にはわかるようだ。
それは遺伝子が近しい者であるからか、備えられた洞察力からくるものなのか、若しくはその両方のせいであるのか、リリスは判断しかねた。
だが、事実、カインが瞬時に理解したことはリリスの洞察力をっても理解できなかったのだから、遺伝子には計り知れない何かがあるらしい。
「うるさい!カイン兄さんはあっち行ってて!」
「そういうわけにはいかないよ。仲良くしてくれなきゃ、僕が怒られるんだからね」
反撃に出ようとしたセスも、そう言われてしまうと、手も足も、口も出せなくなる。
喧嘩は日常茶飯事だが、セスはどちらかと言えばすぐ上の兄、アベルに懐いていた。
そして今、喧嘩の仲裁に入ったカインは三兄弟の一番上で、セスがどうしてか、反抗できない相手だった。
悪戯したり、冗談めいた悪口を言ったりはするものの、アベルとのように喧嘩はできなかった。
絶対的な権力が静かに横たわっている。
セスはそれを踏み越えることができない。
「カイン、もういいよ。俺もちょっと熱くなりすぎた。」
セスの小さな頭にぽん、と手を乗せ、くしゃりと撫で、アベルも謝意を表した。
あの手のつけようもないアベルが素直になるのもカインの前でだけだ。
意地っ張りなアベルがこうもやすやすと折れるなんて。
「ごめんね、アベル兄さん…」
「ああ、うん。」
「よかったねー!じゃ、向こうにあるケーキを食べておいでよ!セス、喧嘩しないようにね。アベルは砂糖控えめに」
ケーキという単語に反応して、ぱたぱたと部屋を出ていく兄妹カインの言葉を生返事で返し、お目当てのケーキを探しに行った。
「やれやれ…」
カインは疲れたように笑って、そばにあった椅子に腰掛けた。
「まるで母親ね」
リリスが冗談めかして言うと、カインは冗談じゃないよ、と嫌そうな顔をした。
「すごいわ、あの二人の喧嘩止めちゃうなんて。いいお兄さんね」
実力行使でなくとも、すんなりと言い聞かせてしまうのは、兄として下の者から慕われている証拠だ。
セスはリリスにもよく懐いていたが、庇ってくれるお姉さんとしか思っていないようで、叱っても効力は殆どない。
アベルに至っては、カインの言うことしか聞かないので、リリスの手の及ぶ範囲ではなかった。
「僕はアベルとセスが羨ましいよ」
「あら、貴方でもあの二人に手を焼いているの?貴方の前にいるときはあんなにおとなしくしてるのに」
少し意地悪く言ってみた。
目の前では言うことを聞いても、目を離すと途端にうるさくなる。
先ほども仲直りはしたが、どうせまたケーキのことで喧嘩しているに違いない。
陶器や金属のたてる音が遠くから聞こえて来た。
どっちが多いとか少ないとか、そんなつまらないことで争えるなんて、寧ろかわいらしいわ、とリリスは思う。
「僕だって、たまには兄妹仲良く喧嘩してみたいものさ」
「仲良く喧嘩?ふふ、おもしろいこと言うわね…でも、貴方まで喧嘩に参戦しちゃったら、誰が止めるのかしら?」
リリスには止める自信がない。
兄にべったりなアベルと弟思いのカインが喧嘩するところなんて想像もできないが、むきになったカインを止めるなんて絶対にできなさそうだ。アベルよりも手がつけられなさそうな気もする。
「そりゃあもちろん…君が止めてくれるんだろ?くだらない兄妹喧嘩をさ…」
じゃあ、
いなかったらどうするの?
誰が喧嘩を止めるのかしら?
仲裁者を失った兄妹、
くだらない喧嘩
誰がやめるの?
互いが緋に染まるまで、
果てしない争い
誰が止められるのかしらーーー
困惑を含んだ指摘の声に、
アベルは不満そうに唇をとがらせた。
セスはリリスの背後に隠れて悪戯な笑みを浮かべ、
悪戯好きな末っ子の隠れ簑にされたリリスは呆れたように笑った。
「セス!お前!!」
「可愛いよ、アベル兄さん」
「可愛いだと?」
またアベルの機嫌が悪くなった。
セスはアベルの地雷を踏み抜くことに長けている。
リリスはどうにか宥めようと試みるが、
この兄妹の喧嘩を治めるのは自分の役目ではないということを知っていた。
悪口だけでは終わらない。
引っ掻き合い取っ組み合い、ぎりぎりと歯ぎしりして互いを睨み合う。
気の立った猫同士の喧嘩のように思えて、リリスはふ、と笑った。
しまった、と思ったが時既に遅し。
「「笑ったな?!」」
二つの高低が重なり、睨みのきいた視線はリリスに突き刺さる。
そんなつもりはなくても、リリスが全ての悪の根源のようにされてしまう。
互いを蔑み合うのをやめたかと思えば、次の標的に狙いを定めて一斉攻撃。
仲がいいのか悪いのか、リリスは、はたはた困ったものだ、と溜息を吐いた。
「またやってるの?」
不意に現れた存在に兄妹の気が集中する。
視線を浴びてにこりと微笑んだカインは、
一時停戦中の兄妹の方へ歩み寄った。
「セス、何をやらかしたんだい?」
聞かずとも、どちらから手を出したか、この人にはわかるようだ。
それは遺伝子が近しい者であるからか、備えられた洞察力からくるものなのか、若しくはその両方のせいであるのか、リリスは判断しかねた。
だが、事実、カインが瞬時に理解したことはリリスの洞察力をっても理解できなかったのだから、遺伝子には計り知れない何かがあるらしい。
「うるさい!カイン兄さんはあっち行ってて!」
「そういうわけにはいかないよ。仲良くしてくれなきゃ、僕が怒られるんだからね」
反撃に出ようとしたセスも、そう言われてしまうと、手も足も、口も出せなくなる。
喧嘩は日常茶飯事だが、セスはどちらかと言えばすぐ上の兄、アベルに懐いていた。
そして今、喧嘩の仲裁に入ったカインは三兄弟の一番上で、セスがどうしてか、反抗できない相手だった。
悪戯したり、冗談めいた悪口を言ったりはするものの、アベルとのように喧嘩はできなかった。
絶対的な権力が静かに横たわっている。
セスはそれを踏み越えることができない。
「カイン、もういいよ。俺もちょっと熱くなりすぎた。」
セスの小さな頭にぽん、と手を乗せ、くしゃりと撫で、アベルも謝意を表した。
あの手のつけようもないアベルが素直になるのもカインの前でだけだ。
意地っ張りなアベルがこうもやすやすと折れるなんて。
「ごめんね、アベル兄さん…」
「ああ、うん。」
「よかったねー!じゃ、向こうにあるケーキを食べておいでよ!セス、喧嘩しないようにね。アベルは砂糖控えめに」
ケーキという単語に反応して、ぱたぱたと部屋を出ていく兄妹カインの言葉を生返事で返し、お目当てのケーキを探しに行った。
「やれやれ…」
カインは疲れたように笑って、そばにあった椅子に腰掛けた。
「まるで母親ね」
リリスが冗談めかして言うと、カインは冗談じゃないよ、と嫌そうな顔をした。
「すごいわ、あの二人の喧嘩止めちゃうなんて。いいお兄さんね」
実力行使でなくとも、すんなりと言い聞かせてしまうのは、兄として下の者から慕われている証拠だ。
セスはリリスにもよく懐いていたが、庇ってくれるお姉さんとしか思っていないようで、叱っても効力は殆どない。
アベルに至っては、カインの言うことしか聞かないので、リリスの手の及ぶ範囲ではなかった。
「僕はアベルとセスが羨ましいよ」
「あら、貴方でもあの二人に手を焼いているの?貴方の前にいるときはあんなにおとなしくしてるのに」
少し意地悪く言ってみた。
目の前では言うことを聞いても、目を離すと途端にうるさくなる。
先ほども仲直りはしたが、どうせまたケーキのことで喧嘩しているに違いない。
陶器や金属のたてる音が遠くから聞こえて来た。
どっちが多いとか少ないとか、そんなつまらないことで争えるなんて、寧ろかわいらしいわ、とリリスは思う。
「僕だって、たまには兄妹仲良く喧嘩してみたいものさ」
「仲良く喧嘩?ふふ、おもしろいこと言うわね…でも、貴方まで喧嘩に参戦しちゃったら、誰が止めるのかしら?」
リリスには止める自信がない。
兄にべったりなアベルと弟思いのカインが喧嘩するところなんて想像もできないが、むきになったカインを止めるなんて絶対にできなさそうだ。アベルよりも手がつけられなさそうな気もする。
「そりゃあもちろん…君が止めてくれるんだろ?くだらない兄妹喧嘩をさ…」
じゃあ、
いなかったらどうするの?
誰が喧嘩を止めるのかしら?
仲裁者を失った兄妹、
くだらない喧嘩
誰がやめるの?
互いが緋に染まるまで、
果てしない争い
誰が止められるのかしらーーー
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