一方通行心理戦争
「…寝れやん」
ドサッとベッドの上で寝返りを打つ午前1時。もうかれこれ3時間はこんな調子だ。それもこれも全てあいつのせい。
「…うー……」
手に取ったスマホに表示されるのはdiscordのオンライン表示。俺の恋人のありさかは、身内の仲間と一緒にvalorantに興じているようだった。
寂しい。放って置かれているのが気に食わない。昨日はあんなに好きと言ってくれたのに。俺と話すよりゲームの方が楽しいんか?
とめどなく溢れ出す汚い感情を慌てて押しのけて頭を振る。一旦、俺のやるべきことは、このひどく不快で非生産的な時間をやり過ごす手立てを考えることだ。
まずは俺の感情の整理のついでに、直近の出来事を振り返っていく。
俺とありさかは付き合っている。もう付き合ってから半年近く経っている。やることやってたまに通話でイチャついて、もちろん以前のように友達みたいにふざけあってゲームもして、関係はかなり良好と言える。最近少し変わったことと言えば、通話の頻度が増えたことだ。俺とありさかは同じ都内在住ではあるものの、住んでいる距離が少し遠い。加えて互いに出不精となれば、どちらかの家に出向く頻度は月に2度あれば良い方だった。それが今月は、先月の頭に会って以来顔を見ていないので、最後に会ってから1ヶ月以上経っていることになる。来週の初めに会う約束はしているが。
そのせいだろうか、ここ一、二週間はほとんど毎日通話をしていた。今までは3日に1度だった通話が、3日に2回になると言った具合だ。もちろん初めは、たくさん通話できて嬉しかった。時間を合わせるのは少し骨が折れるけれど、ありさかの声を聞けるなら、可愛いと言って、早く会いたいねと甘い言葉を囁いてもらえるのなら、こんなの屁でもないと。そして、そんな状況にも慣れた今日、ありさかは俺を放ってゲームに勤しんでいる。人間の慣れというものは恐ろしく、これまでほぼ毎日していた習慣が無くなると、一気に不安というものがやってくる。
そして俺はまたあのキノコでも生えそうなじめついた思考にとらわれる。
今日はゲームやるから通話ごめんなとか、明日しようなとか、連絡くらいくれてもええやんか。いや、別に毎日この時間にしようとかは言ってなかったけど。それでも、俺になんかdmしてくれてもええやろ。今日は俺が「なにしてるの」って送っただけで、ありさかからは何も送ってきてくれやんかったやん。
…頭の中では分かっているのだ。俺の文句は所謂「察してくれ」というものでしかなく、ありさかに一切非はないということ。加えて、恐らくありさかは、俺が今から「通話したい」と言えば、ゲームをしながらでも俺と話してくれると言うことも。
…でも、でもそうじゃないやんか。それじゃあ俺が、ありさかの都合も考えやんで我儘ゆっとるだけやんか。俺は無理やりありさかと話したいんじゃなくて、ああもう。
「はぁ…」
…ありさかと付き合うまで、自分がここまで女々しくて面倒臭い野郎だとは思わなかった。
結局、俺はありさかに「面倒臭い奴」と思われるのが怖いのだ。俺とありさかの好きの大きさが釣り合っていないことを実感するのが嫌なのだ。ありさかが俺に興味無さそうなのが悲しくて、こっちを向いて欲しいだけの、どうしようもないメンヘラ男。
「…」
自分自身を完膚なきまでにこき下ろしたところで、俺は自身のしょうもなさに絶望した。なんて面倒臭い奴だ。女のメンヘラならまだ可愛げがあるかもしれないが、男のメンヘラとかもう救いようがない。素直に「通話したいな」とか言えない捻くれ度合いももう終わってる。我ながらいい加減にしてほしい。
いつの間にか頭を覆っていた両手を外して、仰向けのまま天井を仰ぐ。さあ一体どうしたものか。気が紛れそうなものは一通り試したのだ。動画を見てみたり音楽を聞いてみたり、意味もなくTwitterを見たり、とにかく寝ようと試みたり。そうした苦心の3時間の中、俺の心にはずっとありさかが引っ掛かっていた。ありさかから連絡があるのを、ずっと待ってしまっていた。
こんな可愛くてカッコイイ彼氏がいるっていうのにありさかくんはなにをしている??早く連絡して来いよ。して来ないなら俺も明日連絡来ても無視してやるからな、俺の気持ちを味わえよ。
「ふん」
なんだか急に馬鹿らしくなってぽいとスマホを投げ出した俺は、もうふて寝を決め込むことにした。携帯電話の電源は切った。ありさかからもし連絡があったら、絶対すぐには返してやらないという強い意志の表れだった。
…こんな小学生じみた仕返し(?)しかできない俺は、翌朝ありさかからの「おはよう」LINEに飛び上がって喜んで即座に返信することになる。まったくもって、我ながらどうしようもない、単純で可愛い男である。
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