淡紅の策略
d「…ありさかの、写真…撮ってきて、…くれやん?」
f「え?」
深夜から早朝にかけてのゴミ拾いを終えて、
さて一服でもと椅子を回した辺りで
数年来の友人から連絡があった。
だるさんからなんて珍しい。
あーこりゃまた恋愛相談かな?笑 なぁんて思ってたのに。
d「や、ぁの、……ご飯、 行くんやろ?」
f「うん、行くには行くね」
d「だからあのぉ、イケボでゲーム上手くて優しくてかっこいい
ふらんしすこさんにぃ、…お願い、できやんかな、て、」
苦し紛れなふざけた調子に隠せないまま尻すぼみな言葉。
恥ずかしさからなのか臆病な自分への嫌悪感からなのか、
その理由ははっきりしないけど。
f「…ふぅん?」
生意気でうるさい後輩のそんな可愛いお願いなんて聞いたら
面倒見のいいお兄さんの口角は自然と上がってしまうわけで。
d「な、っなんやねん、」
f「ふひ、w いやぁ?笑 んふ、だるさん、えぇ?笑笑」
喉の奥から溢れる笑みが抑えられない。
だるさんにもまだまだ可愛いとこあるっちゃね?
d「きもっ!もうええ!やっぱ要らん忘れろ!!」
f「あっ!ちょっとだるさん!」
ぽろん、なんて音がして、
だるさんはボイチャから抜けてしまった。
まぁ、月イチ頻度で
だるさんの恋愛相談聞いてあげてるくらいだし?
だるさんがありさんのことずっと好きなの知ってるし?
f「やけん、ひと肌脱いであげてもよかっちゃけどね。」
一途で可愛い同期のために、お兄さんが頑張ってあげますか!
d 視点
最初は、誰にも言うつもりなんてなかった。
この感情は、ひとりでこっそり墓場まで、
大事にあっためてく気持ちなんだと思ってた。
だけど、あの馬鹿に気付かれたのが運の尽きか。
「だるさんってありさんのこと好きよね?」
「そんな照れんと!お兄さんに相談したらよか^^」
にちゃにちゃしながら聞いてきたのは
現役を引退してすぐの事だったか。
しすこいわく競技の時からバレバレだったらしい。
「プロの邪魔しちゃ悪いかと思って、」
引退したら聞こうと思ってたのなんて白々しい。
…ただ、俺にとってひとつ幸運だったのは、
しすこの問いかけ(というかほぼ確信)に、
1mmの軽蔑も、揶揄すら含まれていなかったことだった。
男子校出身らしいこいつは
俺の学校じゃ良くあった、なんて、
俺がありさかを好きだということの性別的な話を
一切度外視して切り込んできた、
ただの世話焼きのじじいだった。
こんなこと言うのは癪だけど、正直嬉しかった。
こんなものは、誰にも受け入れられないと思っていたから。
俺の話をよく聞いてくれて、
たまに冷やかされたりなんかもしたけど。
…だから、調子乗った。
写真撮ってきてほしいなんて、
普通に盗撮だし、そんなのありさかもきっと嫌がる。
今の関係だってこれ以上ないほど素晴らしいものなのに、
おこがましいお願いをしたと反省して、
俺はその日ヘッドセットを外したのだった。
『ごめん、これが限界だった』
そんな、はなしも、わすれた日。
見慣れた通知が、右下に届いて。
写真だった。
しゃしん。
ほとんどが居酒屋の茶色いテーブルで、
手前にジョッキが写ってて、
…その、 おく に。
興奮で喉が詰まる、うそ、嘘ウソ、うそ。
柔らかい、くせっ毛のようにくるんとした毛先。やさしいいろの茶髪。黒いvネックから覗く鎖骨は筋張ってガタイが良い。手元のスマホに落としているらしい視線、その伏せた目元、骨ばった手の甲、その、ゆび さき、。
「…ぁ、」
ありさか、ありさかや!
溢れ出そうになる声を必死で抑える、顔が熱い、マウスを握る手が震える、びっくりして涙が出てきた。
ありさか、こんな顔しとるんやな、
シスコとバニは会えてええなぁ、!
本能的に胸に当てた手が
はち切れそうな鼓動を感じて痛いくらいだ。
やっぱり、直接会わなくて良かった。
写真でこんなんで、ほんとに見たらもう俺壊れてまう。
『あんがと、うれしい』
『いいのよん^^』
いっつも頭おかしいピンクのふわふわ。
今日ばっかりは、ほんとうに。
改ページ
朝、というか夕方。
とろりとした微睡みから目が覚めて、
枕元のスマホに手を伸ばした。
映し出された画面に、一瞬手が強ばる。
もともと少し手ブレしていた写真に
拡大を決め込んだ低画質なそれ。
…でもそこにいるのは、間違いなくありさかで。
気持ち悪いほど弛む頬がこそばゆくってしゃあないの。
誰にも、迷惑かけやんから。
この写真があれば、満足やから。
お前への気持ちを拗らせて生き霊になることもきっとないから。
一生俺の片想いでええの、やから、許してな、ありさか。
画面の中の、おれだけのありさか。
画面が割れているのが嫌だったから、保護フィルムを貼り変えた。
スマホをなくさないように部屋を片付けたし、
ものの管理もできるようになった。
ありさかと話す時だって、
これまでより気を付けて、"良い友人"でいた。
配信をする気になれない時も、体調が悪い時も、
やっぱりお前が好きで泣いてしまう時も
荒の目立つこの写真がずっと俺の支えだった。
スマホの中で俯いて、俺の事なんか見てくれないけど
それでも、ずっと俺と一緒におってくれた。
それだけで良かった。幸せだと本気で思ってた。
…それがどんなに虚しいことなのか、
まだずっと知らなくていいと。
そんなことを考えて、暫くの月日が経ったある日。
v「え、お休みすんの?」
a「うんーそんな長くかかんないと思うけど。」
あり鯖メンツのゴミ拾いをBGMにして
呑気にじゃがりこを頬張っていた俺の耳に、
びっぐにゅーすが飛び込んできた。
f「え?ありさん、結婚すんの?」
a「なわけやいやろがいっ。」
v「おんめでと~」
a「違う言うとるやろが話聞けヴぉいっっ。」
d「どんくらい?」
a「あー1ヶ月?とかじゃない」
d「ふぅん」
f「彼女じゃないならなんなの?気になるっちゃけどw
ありさん今まで休止とかしたこと無かったよね?」
じゃがりこを咥えたままの俺を置き去りに、
わちゃわちゃした会話が進行していく。
ありさか、居ないんだ。1ヶ月、声も、聞けないんや。
ふぅん。
…でもえーよ、俺には俺のありさかがおるもん。
取り出したスマホを見つめてひとり夢想に耽っていると、
a「東京、引っ越そっかなって」
d「え」
f「え!?ありさんこっちくんの!?」
v「ええ~」
ありさか、こっち来るんや。
一人暮らしにオススメの品物などを議論し始めた一同に
俺はまた置いてかれる。
手元に視線を下ろせば、見慣れたありさかがいる。
この人が東京来んだって。
ねぇ、そしたら、今度こそ。
d「…会いたいなぁ」
しん、静まり返ったvcの雰囲気にはっと我に返る。
v「…え?」
f「え?だるさん出てくんの?だるさんが??」
d「や、ぁの、」
言ってみただけやんか、の言葉が出てこない。
しすこの声に楽しげな色が滲んでいたのだけが不愉快だ。
a「………会う?」
d「…………ぅん」
また静まったvcに冷静さを取り戻した体が冷や汗を流す。
え?待って俺めっちゃキモイ事ゆうてる?えっまってくれ嘘やろでもでもありさか会えるって、あれ?え?
v「なぁに変な雰囲気出しとんねん」
バニラの一言に相槌を打つように、
しすこの口から3文字が零れた。
改ページ
そんなしょーもないきっかけで、
俺は数年来想いを寄せる人と会うことになった。
a「…はは、だるまって感じの顔してる」
d「どういう意味やねん笑」
玄関に立っているのはありさかその人で、
正直緊張で握っていた手に力が入りすぎて痛いくらいだ。
取り繕えているだろうか。顔は歪んでないだろうか。
ネックの開いたシャツからのぞく鎖骨に目眩を覚えた。
とりあえず適当に片付けたリビングにありさかを座らせて、
長旅を労わるように冷たい麦茶を差し入れた。
a「でもだるまから会いたいなんて嬉しかったわ」
ひといきでそれらを嚥下して、ありさかはそう言った。
d「いやぁ、ありさかのこと見てみたかったんよね」
a「どういう意味?笑 嬉しいけどさ、」
繰り返し嬉しいと零す唇も、
ふわふわな髪の毛も漂う男性の香りも筋張った腕も手も、
全部がぜんぶ思い描いていた通り、いや、それ以上で。
身体のどこを切り取っても驚くほど"ありさか"らしい。
俺の心拍数は上がり続けるばかりなのに、ありさかときたら
あの眠たげな眼を優しく細めて俺を見るばかり。
a「だるまとも結構長い仲やからなぁ。
何年来の"友達"にやっと会ってさ、なんか変な感じ。」
ずくり。
突如放たれたその言葉が、俺の心臓の柔い部分を突き刺した。
ショックを受けている自分が理解できず、
俺の思考解析は煙を上げて叫び出した。
そうだ、友達だ分かってる、なのにどうしてか、
どうしてこんなに吐き気を催しているのか分からない。
俺の片思いだってずっと知ってたはずなのに、
数年付き合った恋人にフラれたような、そんな心地がした。
冷や汗が噴き出す。
a「…だるま?」
黙り込んだ俺を不思議そうに覗き込んで、
ありさかは心配そうにこちらに手を伸ばしてきた。
やばい、どーしよ、なんでもないよって、言わんと早く、早く。
d「…、ッあ゙、…と、っトイレ、ッ」
ありさかの手を振り払うようにして、俺はトイレに逃げ込んだ。
心に頭が追いつかない。
ただどうしようもなく、己が惨めだった。
顔面蒼白のだるまが逃げるようにしてトイレに駆け込んで行った。
…あともう少し 。
改ページ
d「ゔ、うぅ゙…ッ、あぅっひっ、グス、…ぅ゙う~、ぅ゙~…」
涙を拭っても拭っても、座り込んだ太腿の間に
ぽたぽたと水溜まりを広げてそれは溢れていく。
せっかくありさかに会えたんに。
どうしよう、こんな体たらくで、ありさかに
こんなのだるまじゃないって言われたらどうしよう?
さっきのも絶対不自然やったし、
ありさかの手も振り払ってしまった。
どうしよう、どんな顔して戻れば、
その前にこの憎たらしい水をなんとかしないと、
嗚咽が部屋の外に溢れないように左腕の服を噛んだ。
空いた右手は張り裂けそうな心臓を服の上から握りしめて
蓋のしまった便座に突っ伏した。
俺の脳みそはさっきのありさかの言葉を咀嚼しないよう
一生懸命にそれから目を逸らしていた。
きっと俺には耐えられないから、
俺なりの無意識の防衛手段なのかもしれない。
その本能の防衛策を、人間の理性が暴こうとしている。
友達、ともだちともだち。
そうだ今までもこれからもそう。
心地よい関係だ、俺が何年もかけて手に入れた関係だ。
…それなのに、どうしてこんなにも打ちのめされる?
未だ留まることを知らない涙が視界をぼやけさせる。
服を噛んでいるせいで上手く呼吸ができなくて
そのせいで酷く頭が痛んだ。
唾液の滲んだパーカーの袖から口を離すことすら
俺の頭には浮かばなかったのだ。
どこか遠くで俺を呼ぶ声とノックの音が聞こえている。
a「だるま?ねぇ大丈夫?開けるよ?」
キィ、と音がして、そこで初めて我に返った。
ドアノブが下がったのを見て、
さぁっと全身の血の気が引いていく。
ありさかに見られる。こんな姿を。
咄嗟にそのドアノブに飛びかかったが、
その戸は無慈悲な音ともに開いた。
ありさかが立っていた。
琥珀の目の中に、俺の知らないありさかの色を見た。
d「あ、…ッぁり、さか…」
行き場を失ってたらりと垂れた腕と掠れた声には
興味を示さず、ありさかは手元のスマホを見ていた。
_え、待ってそのけいたい、
a「ねぇ、さっきだるまのスマホに通知来て
見えちゃったんだけどさ」
ありさかがひとつ言う度に、鼓動がひとつ大きくなった。
それに続く言葉のさらに先、俺への軽蔑の言葉を予測して、
俺は自分の瞳孔が開いていくのを感じた。
d「ま、まってごめん、ありさか、」
ありさかの履いているズボンの裾を握りしめる。
ガタガタ震える手と声で見つめあげる先のありさかの表情は影に遮られて分からない。
d「…っ消す、ふぉるだ、も、全部消すから、なぁ…ッ」
どうか見なかったことにしてほしい。
こんな俺の無様な姿も、その手元のロック画面も。
ありさかはまだ何も言わない。
極度の緊張に狭まった俺の喉からは
かヒュ、と乾いた音がした。
d「ごめ、ん、なさ、ゲホッ…か、勝手に、写真貰ってごめん、
グス、もうしやんから、…っヒュ、
ありさかに、…ぅ゙、迷惑かけやんから…っ」
だから、だからどうか嫌いにならないでというのは
あまりに烏滸がましいだろうか。
ありさかはまだ何も言わない。
それでも、気持ち悪いと一言吐き捨てられるだけの
恐怖に耐えられる自信などほとほとなかったから。
d「…ひ、ぇう…っごめんなざ、…もう、会いたいとか言わんから、
……ッみ、見捨てやんで……お゙ねがぃ…っ、」
どうにもならない。
どうにもできない。
ありさかに見捨てられたら、嫌われたら、
俺はもう生きていけやしない。
a「…ごめん、意地悪しすぎた そんな泣かないで」
d「…ぇ、」
おもむろにしゃがみこんで優しく俺の目元をなぞる
ありさかの声が、その聞き慣れた低音が、
あまりにもいつも通りで戸惑った。
a「ごめん、縋ってくるだるま可愛くって…つい」
許してくれる?なんて言う。
お前のことを許すって、なんだ。
違う、許して欲しいのは、俺で、
何もできず言えずに固まっていれば、
下げていた優しげな眉を更に下げて
どうすれば許してくれる?と俺に聞く。
少し首を傾げて俺を見つめるけど、
俺はそれより前の問題で忙しい。
…あぁ、ありさかは、優しいから怒らなかったんだ!
俺の至極簡単な脳みそはそう結論付けた。
d「…ふへ、よかった、ありちゃに嫌われるかと、思って…」
a「そんなわけないでしょ、大好きなんだから」
d「んふ、そうよなありちゃんは俺 ぁ え、は?な、は
、」
a「ごめんね、」
全部知ってた。
シスコから全部聞いて、全部知ってたよ。
。…ぜんぶ、ゼンブ、全部。シスコから、全部…
…………ということは、待ってくれシスに相談したらあれやこれ、
もしやそれまでありさかの耳に入って…!!?!、??!?
d「は、?ちょっと待って、全部ってなに、
ありさかお前アイツからどこまで聞いたんや!」
a「だから全部だよぜんぶ。
だるまからどれだけ健気に想われてるか、
…あんだけ聞かされちゃあね…」
重度のネガティブも治るってもんですよとありさかは笑った。
俺をとらえたその琥珀の、その笑みは
真正面から 俺のことが好きだ と言っていて。
a「それでね、…今更なんだけど、…付き合って、くれませんか」
あまりにも歳不相応で、真っ直ぐで誠実で偽りなく
こいつの純粋な好意と精一杯の愛情の花束。
なんて格好がつかないんだと己を叱咤すべき俺の心まで
置き去りに、ありさかは確かにそう言った。
d「…ッ、ひ、グスっ……ゔん゙゙……っ、」
安堵と歓喜の表情で、ありさかは俺に飛びついて抱き締めた。
一方俺は涙と鼻水でぐちゃぐちゃの、
最悪で最高な顔をこいつの肩口に埋めた。
どこかのピンク頭に殺意と感謝を滲ませながら。
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