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鬼を喰らう

吸血鬼ttとar普通の人間

「うあーやべえ腹減ったぁああ」

夜道を両の足でてくてく歩きながら、デカい独り言を零す。住処を出て丸一日経つのに、美味そうな人間がひとりもいない。東京のど真ん中じゃ人の匂いが混ざりすぎて分からないだろうと思い、少し外れたところを探したのが間違いだったか。
ガシガシ頭を掻きながら、俺は飛び上がれそうな少し高い場所を目指して、路地にあった階段をのぼった。
最後に吸血したのは一体いつのことだったか覚えていないが、恐らく100年ほど前だろう。誰を吸ったかも定かじゃない。俺がぐうたらしている間に人の世は随分忙しくなって、みーんな時間に追われている。カフェインとアルコールばっか摂取して、誰も彼も不味そうだ。

階段を登りきって拓けた場所に出た俺は、いちにのさんで地面を蹴って、冴えた空気が満ちる穹に浮かんだ。風を切る感覚は、いつも気持ちがいい。

「さむっ」

ポッケに手を突っ込んでぶるりと身体を震わせる。寒さで死ぬことはないが、2月の真夜中、吸血鬼でもさみいもんはさみい。やはり都心部の方に足を伸ばすか、そう思った時、不意に食欲をそそる匂いがした。

「は!?なにっ、どこ!?」

慌てて目を凝らすと、宵闇のなかひとり歩ってる人間がいた。高度を落として、気取られないようにそいつに近付く、と。

「げぇっ、男やん…しかもゴッツ… 」

180くらいの大男だ。深夜だと言うのに片耳にイヤホンをして鼻歌を歌いながら歩いている。散歩か?変なヤツ。しかしどうだ、先程香った匂いは、やはりこいつからしている。
仄かに甘い、それでいて濃く生を薫らせていて、上品な深み。
思わず口に手を宛てがう。間違いない、彼は100年ぶりのご馳走だ。いや、100年前でさえこんな美味そうな奴はいなかった。俺の好みは"悩みが少なく、悠々と暮らしている人間"だが、マジで、俺の食癖ドストライク。そういう人間は雑味が少なく、マイルドな口当たりで最高に美味い。住処を共にしているバニラは人間の中でも変わってるヤツが好きらしい。あいつ自身変人だからまあ頷ける。
外している右耳のイヤホンを振り回しながら歩くこいつは確かに時間的にも、金銭的にも余裕がありそうだ。でもって悩みも少なそう。マジで、美味そう…ではある。

「いやでもなーーーー」

襲って勝てる相手じゃねーよなーー。種族的に力が強い方であるが、抜群に秀でているわけではない。100年も飯を食いっぱぐれている俺はなおさらだ。そもそもバニラに「ととさんそろそろ食わなきゃ死ぬよ」と言われて飯を探している身だ。既にあまり吸血鬼らしい力はない。あーチャームはどーやろ。あいつが素直で良い奴ならわんちゃんか効くんやけど…。…まあもう手数がない俺にはそれしかないし、やるだけやってみよ、

大柄な男の近くに静かに降り立った俺は、背後からその人間に近付いた。

「なぁ、なぁおにーさん」

「…? あ、え?俺すか?」

振り向いた彼は中々整った顔をしていた。驚いたように見開かれた目はくりくりしていて、背格好の割に愛らしい。

「そう、おにーさん、あんな、俺ちょっと今困っとって…いっこ、お願い聞いてくれん?」

インキュバスのしすこに褒められた容姿を全面に使って可愛こぶってみる。いい歳して何やってんだと冷静になりそうな自分をなんとか抑えながら。こっちは腹減ってんねん。今更長寿種のプライドもへったくれもないわクソが。
バッチリ目が合ったところで、仕掛けてみる、と。

「…っ、……?あ……?」

効いたようで、人間は額を抑えて横の塀にもたれかかってしまった。えーなにこいつチョッロ。まじか。大丈夫そ?
しかしまだ完全にははまっていないようで、目をちかちかさせて唸っている。

「おにーさんこっち見て」

近付いて顔を覗き込みながらダメ押しもう1回。

「………ぅ…」

全身の力が抜けて、とろんとした顔になった。よしよし。それにしてもこいつ、簡単に堕ちすぎやろ。もう力ほぼない吸血鬼のチャームやで?相当素直なんやなー。
ふわり、鼻腔をくすぐるいい匂い。もうこのままかぶりついてしまいたいが、性格的にも食糧的にも良い奴をこの場で蹂躙するのには抵抗があった。寒いしな…病気なるよなー。

「なあおにーさん名前は?」

「ありさか、」

「なーほどありさかね。家はどこ?」

「ここ、真っ直ぐ行って、左の白いマンション…7階の角、」

「おっけおっけ」

そうと分かれば話は早い。

「よーいっ…しょ!」

残っていた力でどうにかありさかを抱き上げる。と同時に腹が鳴りまくる。美味しそすぎる。ゼロから跳ね上がるのは結構しんどいんだけど…しょうがない。近いみたいだし、頑張れ俺。

「ありさか飛ぶから気ぃつけてな、…おらっ!」

左足で思い切り地面を蹴りあげて空へ舞う。…地面めりって言った気がする。見えた白いマンションに近付いて、下からひぃ、ふぅ、みぃ…あれ?今何時だっけ?じゃなくてどこまで数えたっけ?わからん。

「ありさか部屋どこお?」

「窓、開いてる正面」

ありさかが指差した方を見ると、確かに角部屋の中で1箇所窓が開いているところがあった。都合が良くて結構なこった。

「よ…っと、」

ベランダの縁に慎重に足先を着く。ミシミシッと聞こえたのでさっさと靴を脱いで部屋の中にふわり飛び込んだ。途端に空腹を痛いほど刺激する匂いがいっぱいにして、俺は暫しの間動けなくなってしまった。不意にその首筋にがぶりとやりたくなった。首筋に顔を寄せたところで非常に食べにくいことに気が付いて、理性が俺を引き戻した。せっかくここまで来たんだし、久しぶりの食事だ、どうせならゆっくり食べたい。辺りを見回すと、バニラと遊んでたRPGに出てくる家の構造とよく似てる。寝床はどこだろう。

「寝床は?」

「右のドア開けたとこ、」

変わった取っ手に指をかけて引いたが開かない。あれ。

「下に下げて、押すんだよ」

「…ん?ん、…ああこうか」

開けると、広々としたベッドと、バニがパクってきたゲーム機器に類似するものがたくさん置いてあった。あのコントローラー俺ん家にもあんな。
デカいベッドにありさかを横たわらせる。ぐったりしてはいるが、目はこちらを見つめて時々瞬いている。
密色の目は、もう我慢する必要はないと囁いていた。赦された喜びに体が震える。両の犬歯が疼いて仕方ない。

「死なない程度に気持ちよくしたるからな」

ほとんど虚ろな脳内に、薄皮を食い破る音がこだました。
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