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歪な蝋燭

ゲーミングチェアに片膝を立てながら煙草を吸っていた。流行りのゲームを遊ぶ指も、睡魔からか、動きが鈍くなってくる。配信はつけてない。
次第に画面が捉えきれなくなる。意識がうつらうつらし始めて、ものを考えるのも億劫で、かくんと首がずり落ちた時。
ぐいっと腕を前に引かれて意識が戻った。

「煙草あぶないよ…灰皿使って?」

「…ん…あぁすまん」

「先風呂借りんね」

「…ん」

見ると、俺の紙タバコを持つ手は灰皿まで伸ばされていた。

「気をつけなよー」

家で鍋をつついた流れで泊まることになった男はそう言ってそそくさと部屋を出ていった。
パタンと音がして戸が閉まる。
無意識に耽ったまま、掴まれた手首を反対の手で摩った。ドクドク脈を打っている。もう片方の足も椅子の上に引き上げてしまって、俺は俯いて頭を掻いた。
…本当は、少し起きていたなんて、蔑まれるかな。
騙しても、ずるくても、手に入るならと思う。
女っ気がないお前を引っ捕まえて家に泊めて、それ以上動けない自分では無理か。

苦く重く薫る煙り。その奥にいる甘さごと吐き出して、二度と吸わないように。誓えど手が伸びる。

うつらうつら、部屋に漂うパープルヘイズが目に染みた。泣き喚けるほど幼くない。
一度置いた煙草を、強く、強く強く灰皿に押しつける。音を立てて、火が消えて、本当に消えてほしい火は消えない。吹けば消えるような小さな火は、やがてロウを溶かして、蝋燭の形を変えてしまった。

「寝てんの?」

後ろから声が掛かり、びくりと身体が跳ねた。

「俺ソファで寝るからみっくすベッドで寝な」

「あ…布団あるで」

「え?」

どろどろが零れないように眉間をぎゅっと抑えながら振り向くと、ありさかはぽけっとした顔で立っていた。

「買ってある、布団…リビングのクローゼットん中入っとる」

「客用に?まじか」

「客てかお前用やけどね」

お前がソファで寝た次の日、ベッドを譲った次の日、平静でいられなくなるから。お前が帰った日は、お前の匂いに怯えて過ごす羽目になる。踏みにじってる気持ちが匂いにつられて、はっきり表へ出てきてしまう。今更匂い如きに感情を左右されるのもウンザリだった。特に最悪なのは洗面所だ。タオルも洗濯物も風呂場も、お前でいっぱいになる。それはもうどうしようもないとして、寝床はどうにかできると思った。布団があれば、そこで寝たお前はきっと畳んでしまって帰る。お前の匂いはクローゼットの奥の方に押しやられて、ベッドもソファも守られる。名案だと思った。

「え俺のことめっちゃ好きやーん」

「うるさいキモいねん」

タオルで髪をわしわし拭きながら、俺の足を軽く蹴ったありさかは「ありがとおやすみ」と言って部屋を出て行った。
毎度、寝込みを襲って監禁でもしてやろうかと思う。思うだけでどうにもしない。もうバカをやれるほど子供じゃなかった。凝り固まった理性は諦念に似ている。大人になると、自分の気持ちを抑え込むのが上手くなるものだ。
俺がもう少し馬鹿だったら、俺がもう少しガキだったら、お前に気持ちを伝えてたのかな。狂気に染まれるわけでも愚直に誰かを想える訳でもない俺は、やっぱりどうしようもない。
残された部屋でひとり、溜息の真似して煙を吐いた。
あいしてる
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