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-2℃の愛

vnar
性癖全開 vnメンヘラヤンデレ気味
言葉責め
なんでも許せる人向け


arsk's point of view


潮時かなって思った。
俺にはもったいないくらい幸せな時間をもらってしまったし、
こいつをこれ以上俺に縛り付けておくのはあまりにも可哀想で。
俺と違って顔も声もかっこいいし、
きっとこれから、こんなゴツい男なんかじゃなくて、華奢で可愛い女の人と出会って、結婚して、
幸せになるべき人だから。

荷物は昨日のうちにあらかたまとめておいた。
少し物を残していくことになるけど、
まぁそれはアイツが使うなり捨てるなりするだろう。
手紙、は…書かなかった。…というか、書けなかった。
何をどう言葉にしても、具体化したそれを受け止められるほど
俺は大人ではなかった。
上着を羽織り、ぎゅうぎゅうのスーツケースを握りしめて
それでも最後にと未練がましく寝室を覗く。
目を閉じて静かに眠る愛しい人の寝顔から
なんとか目を逸らして、俺は開け慣れた玄関の戸に手を掛けた。


朝の冷えた風が心地いい、神無月の上の頃だった。


改ページ



予想していたことではあったが、
自分の家に帰ってからは全く何もかも手に付かなかった。
LINEもdiscordも、スマホすら見ないようにしているし、
まして配信なんてしていない。
ふと時計に目をやると時刻は午前二時前を指していて、
バニの家を出てきてから今日で3日目になる。
気を抜けば浮かんできてしまう
あれやこれやを必死に振り払って、俺は重い腰を上げた。
夜風にあたれば現実を見れるかもしれないと思い、
俺は用もない近所のコンビニまでの道をふらふらと歩いた。


その帰り道だった。


「…ッ、あ、りさ、っ」


ぼうっと下を向いて歩いていた俺は、
その声に弾かれたように顔を上げた。


a「ぇ…」


あと数メートルで自宅に着くという所だった。
目線を上げた道路のすぐ先に、
真っ黒なパーカーを羽織ったバニラが立っていた。
俺が何も言えないまま立ち尽くしていると、
バニがまるで倒れ込むようにしてこちらに走ってきた。
避けることもできずにそれを抱きとめる。


a「…ぁ、ばに、」


v「よ、良かった、引越しでもされてたら、ッどうしようって…」


バニの真っ白な手が俺の上着を掴んで筋張っている。
放つ言葉には覇気がなく、微かな震えを含んでいた。


v「なんで…どうして出て行ったの…ねぇなんでっ、?
  で、でんわした、LINEもしたけど全部、ッでないし…
  おれ、ありさん怒らせるようなことした…?
  …ねぇなんで急に……っ」


わなわなと震える声は俺が一番望んでいたもので、
でも、望んではいけないもので。
縋るように紡がれた言葉に乗った感情も、
俺が受け取ってはいけないものだと知っている。
それでも、もう会えない、もう会わないと思っていた人が
俺を追いかけてきてくれたことが幸せで、
それが罪悪感とぐちゃぐちゃになって、
でも、ダメだ。駄目なんだよ。
その愛情は、俺には勿体ない。


a「…、ッごめん、ばに…あ の、」


別れよう、その一言がどうしたって出てこない。
置き手紙1枚書けなかったのだって、
こんな風に俺が情けないせいで。
バニラにちゃんとした説明もせず出てって、
こんな夜中に俺ん家まで来させて、…最低だ。

けど、バニの耳には俺の絞り出したような声は
届いていないようだった。
大した防寒もせずに震える身体で苦しそうに息をしている。


v「ありさん俺ね、おれ…、ッありさん、が、
  出てってから、寝てなくて…ご飯も、食べてなくて…
  …ねぇ無理だよ、ありさんなしで生きていけない…
  嘘じゃない、ほんとうに…っ…無理なの、」


そんなことをそんな目で、そんな声で言われたら、
せっかくの俺の決意が揺らいでしまう。
それでも口を開けばきっと情けない声しか出ないから、
バニラを突き飛ばして「幸せになれよ」と言ってあげられない俺は本当にどうしようもない。

泣き出しそうになるのをなんとか堪えていたら
俺の胸元を握りしめる彼の手に自分の手を重ねてしまって、
それがあまりに冷たくて驚いた。


a「…ばに、いっかい、中…入ろ、」


こくんと力無さげに頷いたバニラをくっつけて、
俺は鼻先に佇む玄関を開けた。






後ろ向きに靴を脱いで、冷たいフローリングに足を下ろす。
その途端、バニが胸に倒れ込んできてバランスを崩した。


a「ぇ、ちょっ、ちょっと…っ、!」


咄嗟に床に手をついて、衝撃を和らげる。
見やったバニの顔が、今にも泣き出しそうで、俺は言葉に困った。


v「あ、ぁりさん、お願い、
…ッわか、れる…とか、……言わないで…」


初めて見る顔で、バニは囁いた。
深い紺碧の色彩が悲しそうに揺れる。


v「煙草が嫌なら辞める、話聞かないのも直す、
  …ッねぇだから…っ…お願いだよ…」


ぶるぶると声を震わせて、それでも涙は零さずに。
好きな人からこんなに愛されていて、
本当に幸せで、でも、いや違う、俺じゃダメなんだよ。


a「…バニは…俺には、…もったいないよ、」


ああもう帰ってくれ。俺をもうこれ以上苦しませないで。
お前を手放す勇気が枯れてしまう前にどうか。早く。

ゆっくりと顔をあげたバニラの表情は、
蛍光灯に裏返されてよく分からなかった。


v「…好きな人が、できたの?」


a「ちがう、」


v「俺と、もう、…一緒に住むのが、嫌になったってこと?」


a「…ちがう」


v「…ッ、じゃあなんで!!」


声を荒らげたばにに、驚いてびくりと肩が揺れた。
また、初めて見るバニだった。
俯いて、息を速くして、
どうしたらいいのかわからないくせに、
俺は彼に手を伸ばさずに居られなかった。

ぱし。乾いた音がして、一拍遅れて手を掴まれたのだと気付く。

バニと目が合う。

_ゾッとした。
背筋が粟立って、息が詰まった。
バニラの陰を落とした暗い紺瑠璃の瞳が、
憎しみとも、執着ともとれる無感情を纏って
俺の心臓を突き刺していた。
その表情は怒とも哀とも恨にすら見えた。
そしてそのどれでもなかった。
ああ、今日は知らない顔ばかりするね。


v「じゃあなんで」


抑揚の消えた声で囁く。
恐ろしいほどキツく爪を立てるその声色は、
きっと愛だった。
バニがずっと、心の奥底に秘めていたもの。
その上澄みの、綺麗なきれいな部分だけをずっと受け取っていたのだと俺は初めて気が付いた。

怖くはない、怯んでもいない。
ただその抱えきれないほど大きな感情を背負って俺を見つめる
重圧的な視線に、押しつぶされてしまいそうなだけだ。


a「…ばに、」


v「ッいいから答えてよっ、」


そう言うが早いか、俺は手を掴まれたまま
乱暴な手つきで冷えた床に押し倒された。
押し倒したのはバニの方なのに、
吐き捨てた声は震えていた。
まだ冷えている彼の手が喉元を掠める。
時間の感覚さえ忘れてしまうような静寂の中で、
唇が触れた。


a「、っふ、…ッん、ぅ゙…」


ゆっくり、ゆっくり、呼吸ごと奪われるような。
バニの肩を掴んだ手は、やっぱり押し返せない。
諦めたはずなのに、そんな触れ方しないでほしい。
やけに長い口付けに、
彼と自分の境目が無くなっていくような心地がした。
酸欠を訴え始めた頭も、俺のことが好きだと云う手付きも、
ぜんぶがふわふわと曖昧で、ぼんやりしていく。
その時ふと、首元に違和感を感じた。


a「…、?ん…ぅッ!ん゙ッ!ん゙ん゙、!」


v「…は、……ぁりさ、ごめ…でも、
  でももう…ッ、ぉ…おれ……っこうする、しか…、ッ」


掠れて震えたその声さえどこか遠く。
長い口付けに溺れた酸欠の脳みそが、
バニラの手で ぎゅう、ぎゅうとしめられていく。

a「!?あ゙…ッ、!?…ぐ、ゥ゙……っは、ッなし… っヵヒュ、」

v「…は、あは、かわい、は、ありさんかわい い、
  ちゃん、と…っ見て、ほら…ありさんが狂わした男だよ…」

やばい、こいつ、ほんとに、俺のせい?
じんじんと鳴る、足はくうをける。
なんでくるしい、目を開けたらぼやけた青が、
吸えなくてえずいて。
のどの奥のべろを吐いたらよだれがでてきた

v「はは、ありさんいま、自分がどんな顔してるかわかる?
  ひどい顔してるよ…ねぇ、俺だけだよね?
  ありさんのそんな顔見れるのは俺だけ?」

バニラの言うことの半分も入ってきやしない頭で、
この苦しさから逃れたい一心で必死に頷く。
その時ふと、首が緩まった。
息を吸おうとしたら咳き込んでしまって、それでもなんとか酸素を取り込む。
そのとき、水滴がひとつ、左頬に落ちた。

a「はぁっ、はっ…ふ、けほっ…ばっ…ばに…?」

v「…俺ばっか、酷いよ、俺はこんなに苦しいのに…
  ねぇ、そんなに平気そうにしないで、俺がどんな気持ちなのかわかってよ…ねぇ、ねえってば!!」

a「ま、まって…ッばに、ゔぐ、ゥ、」

首に掛けられた手を外そうともがいても、感覚の麻痺した手に力が入らない。涙を零しながら、憎しみのような悲しみのような表情で俺を締め上げるばにの顔すらぼやけていく。

a「…っヒュ、……ッ、ヵハっ」

v「…苦しい?苦しいねぇ、ありちゃん…かわいいね、
  息したいね?酸素欲しいね??
  じゃあ俺が、今から、あげるから…」

わけも分からぬまま唇が触れ合って、柔らかなくうきが与えられた。
むせかえらないように必死になってそれにすがった。
そうしないとしんでしまうから 。
どれくらいの間、そうして息を吸っていただろうか。一瞬?数秒?数分?そのどれとも取れるような時間の後、バニラの唇がゆっくりと離れていった。

v「…ね、分かった?俺は…俺はありさんがいなきゃ、……苦しいんだよ、ほんとに…」

今度こそ首からばにの手が離れて、俺は新鮮な空気を吸うことができた。
霞んだ視界の中で呼吸する喉が切れたみたいに痛くて、血の味が滲んだ。顔を上げると目が合った。
一瞬ばにの目が、激しい後悔に染まった。それから唇をグッと噛んで俯いてしまった。長い沈黙。

v「…俺のことおかしくしたままで、置いてくの…?」

a「は、ゴほっ、…ばに、」

v「…もう、戻ってこないの…?」

囁くように問いかけるばにはあまりに不安定に、たよりなく思えた。

v「…おれ、ありさんにフラれるとか思ってなくて、甘えてたの…ごめんなさい、…っ俺、ありさんも、俺のこと好きで、….しあわせ、なんだと、……おもっ、て…っ、」

a「ばに、…っは、バニラ…」

v「ひっ、もう、もう分かんないよ…っ俺が、ありさんのこと好きだと困るの、?す、好きじゃダメなの…?わがんない゙…っ」

目の前で愛しい人が俺を思って泣いている。まだ不自由な腕でばにを抱き寄せるまで、時間はかからなかった。

v「ひっ、やだ…やだ、やだわがれないで、一緒にいて、行かないで…」

a「…ごめん、俺のせいだ、どこも行かないから…泣かないで、」

v「ふ、ぅゔっ、ゔあ、ありさん、あり、さ、」

吐く息が白むほどの寒さの中で、腕の中のお前が、お前だけが、確かな熱源だった。
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