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運命のメイドさん

席の準備が出来たらしく、今度はキッチンから出てきた別の男性メイドが中まで案内してくれた。黄色いメイド服にハンバーガーのカチューシャ、ピンクのインナーという出で立ちだったが秋葉原の、しかもメイドカフェの店員ともなればもはやパンチが弱いくらいだ。
ありさかさんが奥に引っ込んだことで少し冷静になった俺は自分が実はゲイなのではないかとヒヤヒヤしていた。が、その男性メイドにはときめかなかったのでまだどうだかわからない。

「ドジっ子トラップにお気をつけくださーい!」

裏表のなさそうな笑顔でニコニコしている彼は自分と同い年ほどに見えて、かなりの好青年という印象を受けた。後を付いて歩いていると、友達がそっと耳打ちしてきた。

「この人てんちょーだよ」

「えっ?」

俺とそう変わらないであろう歳で店長なんて、コイツかなりのやり手だ。俺らを席に案内した直後、彼は「ぽっぽーッ!ことかさんがやべーもん生み出してるーッ!!」という絶叫に返事をしてまたキッチンに飛び込んでいった。忙しそうだ。

その後紫髪の可愛らしいツインテールの女の子からお店の諸々の説明をもらった。会員カード(もっとほかの名前で呼ばれていたが、記憶にない)などの説明を受けている間も俺の頭の中はあのひとのことでいっぱいだった。
ありさか、ありさかとその源氏名を何度も口の中で食んでは飲み込み、頭に浮かべては食んだ。説明が終わりメイドさんが席を外したあと、お屋敷のルールを全く聞いていなかった俺に友達が「お触りは禁止だからな」と念を押してきた。当たり前だろと反抗しそうになったが、気が狂ったように初対面のメイドに熱を上げている自分を省みて何も言えなくなってしまった。

「だるまにその気があったなんて意外だなー。
3ヶ月くらい前まで彼女いたよな?」

「普通におったし俺もなんでこんなことになっとんのか分から」

「お待たせ致しましたァ」

その声に机を蹴りあげてしまうのではないかというほど飛び上がった俺を、友達がゲラゲラ笑った。ありさかさんも愉しそうに笑っている。好きだ、死にたい。

「こちら魔法のおみじゅになりまーす」

「おみじゅ…」

「飲むと俺たちと同じ、永遠の17歳になれまーす」

「俺…」

「メニュー表お持ちするんで少々お待ちくださいね〜」

「はい…」

可愛らしい口調、相反した一人称、どこか気だるげに話すトーンに刺され、ありさかさんの言ったことを反復することしかできない。なんなんだこの人は、俺の事を一体どうしようと言うのだ?
エレベーターで感じていた舞い上がった気持ちはそのままだが、人生で初めて出会ったどタイプのひとを前に、俺は見るも無惨に惚けてしまっていた。
友達は笑いすぎて噎せている。

「待ってどーしよ………めっちゃ好きかもしれん…」

「女の子食い尽くしたからってあんなガタイいい男に行かなくてもいいと思うどなぁ。イケメンってのは分かんないねー」

「言い方悪すぎやろ…今までの人とはみんな真面目に付き合っとったわ。てかこんなのありさかさんに聞かれたらどうしてくれんねん…」

「お待たせ致しました〜」

入店時の予告通りありさかさんがメニュー表の案内もしてくれるようで、俺はまた緊張で何も言えなくなってしまった。

「ご主人様たちは長いことお屋敷をお留守にされていましたので、お屋敷のメニューを忘れてしまったのではと思いまして…」

…冷静に直球ど真ん中ストライクの人間に「ご主人様」呼びされんのやばいな。テーブルの脇にしゃがんだありさかさんは「んしょ」と声を漏らしてメニュー表を俺らに見えるように広げた。逞しい腕、厚みのあるからだ、ふわりと漂う男の匂い。俺にないものばかり持っている人だと思ったその時、俺は結論に至った。
そうか、俺はこの人に憧れているんだ。望んでも手に入らなかった男らしい体つきへの憧れが、恋に錯覚させているのだ。なるほどそういうことであったかとひとり頷くとまさしく納得がいった。
そう考えるのに忙しくてぼーっとしていた俺をいつからかありさかさんが覗き込んでいた。それに気づいて肩が跳ねる。

「大丈夫そですか?緊張されてます?」

あ全然違うこれ憧れとか錯覚とかじゃないわ。絶賛好きだわ間違いねえ。
少し毛先の跳ねた柔らかい茶髪から、暖かい橙が俺をそっと見上げていた。上目遣い、敬語、なんかいい匂いにくらくらした。どうにかなりそうだ。非現実的なほど高ぶった感情がこれを夢とさえ思わせた

「……だいじょぶです…」

嘘だ。全然大丈夫じゃない。あなたが好きです。あなたに恋して、あなたしか見えません。俺のこれからをあなたに捧げたいです。愛してます。
初来店時でこう言って彼に求婚したならば、俺は一発で出禁になるんだろう。全てを飲み込み堪えるしかなかった。

「じゃあ説明続けちゃいますね〜あ、なんかあったらゆってくださいね」

メニューは全てあざといほど可愛い商品名をしていた。「あいちゅかふぇおれ」、「あちゅあちゅココア」、「お嬢ちゃまサンデー」、「お絵描きぱんけーき」と言った具合だ。それらを恥ずかしげもなく、かつダウナーにありさかさんが読み上げるものだから、俺は全神経を尖らせてその声に集中していた。眼福ならぬ…なんというのか、聴福?耳福?とにかく、最高だった。録音したかった。

「あい、メニューは以上になりますー。決まったらそこのベルちりんちりーんってやってお知らせくださいね、ごゆっくりどうぞ〜」

最高の時間だった。
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