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アイテム番号:scp-13001 達磨神

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毎朝、彼の柔い羽音で目が覚める。

「どこ行ってたの…」

「ああ、ありさかおはよ。調達の帰りに果樹園があってさぁ、ちょっと頂いてきた」

そう言うだるまの手には食料の入ったいくつかの大きなビニール袋と、数房のぶどうが収まっていた。

「勝手に取ってきちゃダメだって…」

「ええんやって。ほら食べよ?摘んだら甘くて超美味かったで」

俺とだるまは、あの事件の後、海沿いの小綺麗な家でひっそりと暮らしている。立地的にも恐らくだれかの別荘のようだが、住人は一向に姿を見せない。意識朦朧の俺を抱えて、咆哮を唸らせ熱い空気をそこら中に撒き散らしながら爆発するサイトを背に飛び立っただるまが何故ここを選んだのかはわからない。海岸付近を飛んでいたようだから、なにか意図があるとは思うのだが。

「じゃあちょっとだけ、貰おうかな」

「そんなこと言わんでいっぱい食べてやあ、サイトにいた頃はよく一緒に食ってたやんか」

「…そう、だね」

あの日から、恐らく1ヶ月ほど経っただろう。あのあとサイトが、財団が、みんなが、バニラとシスコがどうなったのか、俺は知らない。戦闘も状況判断も出来る奴らだ、死んでいるということはないだろうけど。
ここに来てから、俺は日中はほとんど外に出ずにだるまと過ごして、夜になれば彼と眠る生活を繰り返している。だるまは寝ないので、横になっていると言った方が正しいが。そんなんだから外の状況をよく知らないし、知ろうとも思わない。外に飛び出すことすら叶わないのだ。俺は自力で外に出ることができない。

「…ってて、」

「どうしたの」

「あー、脇腹、木に引っ掛けてもーて」

目をやると、だるまの言う通り、脇腹あたりのパーカーにはじわりと血が滲んでいた。だるまよくは引っかき傷やら軽い痣などを付けて帰ってくることがあるが、今日はなんだか怪我の様子が違う。

「…え、大丈夫?深くない?これ…」

「…ちょっと深い、かも?」

「見せて」

「いやいや大したことないって、あっ、ちょ、」

だるまの制止を振り切って服を捲ると、その傷口は痛々しく肉が抉れていた。

「な、ぇ…は?」

「ありちゃんありちゃん落ち着いて、大丈夫やって」

「大丈夫なわけないでしょ…!」

ベッドの下の方に敷いていたタオルで傷口を抑えて止血する。タオル越しにドクドクと伝わる流血が怖かった。そして、同時に気付いていた。木に引っ掛けただけじゃこんな傷にはならないし、だるまはそんなヘマをするような奴ではない。

「俺は平気やって、痛くないし」

「俺が良くない…」

全身から冷や汗が吹き出していた。だるままで失ってしまったらという恐怖が、じくじくと身体を蝕んでいる。

「ありちゃんはほんまにやさしーなぁ、ありがとう」

「…なにで、怪我したの?」

「え?や、だから…」

俺と目が合うと、だるまは黙り込んでバツが悪そうにそっぽを向いてしまった。

「…すまん、嘘嫌いよな、ありちゃん」

「…なにで怪我したの」

改めて聞くと、だるまは言うのを躊躇っているように口をもごもごさせた。止血の終わった傷をタオルの上からそっと撫でる。再び目が合っただるまは見たこともないほど困った顔をしていた。溜息をつく。観念したようだ。

「…クソトカゲ」

「…は ?」

だるまの口から溢れたのは、言わずと知れた最恐の蔑名であった。財団から何度も収容違反を起こしている最悪のscp。そいつが何故、機動部隊との交戦も無しにその辺をうろついている?

「あぁ ありさか、俺のありさか、そんな顔せんで」

膝立ちしただるまが悲しそうな顔で俺を抱き締めた。

「大丈夫、俺が守るから、お願いだからそんな心配そうな顔しやんで」

「なん、で…」

絞り出したのは掠れた声。だるまの抱きしめる力がぐっと強まった。
だるが居たサイトに収容されていたのは危険性が低い、あるいはNeutral審査待ちのscpばかり。そいつらがまだ収容されずにその辺をうろついているならわかる。しかしだるまが爆発させたサイトとSCP-682が収容されていたサイトは全くの別物だ。どうしてそいつがその辺を彷徨いている?他にも脱走しているscpが…?…いや、もうそんなことはどうだっていい、知ったところでどうにもできないのだから。それよりも、俺は、

「…だる、だる」

「ん?どした?」

「もう外行かないで」

「え、」

「死んじゃやだ…」

だるまの首筋に回した自分の手が震えている。この足ではそう乞いて彼に縋ることしかできない。

「死…なんよ、ありさか置いて死ねるわけないやろ?」

「でも、怪我してる」

「それは…」

「だるまが危ない目に合うなら飯も何も要らない、もう俺には、お前しかいないんだよ…だるお願い…」

だるまは黙ってしまった。ぎっと歯を食いしばる音が聞こえた。
ああ、薄々気付いてたんだ。お前は分かってないかもしれないけど、帰ってきた時、軽い傷だけじゃなくて、ミーム汚染を受けてることがあった。お前は強いから、少しすれば脳も体も再生して何でもなくなってたけど。その辺を歩いてるだけで認識災害なんか貰ってくるはずがない。気付いてるんだ。この世界の秩序の壊れ始めている音に。それを言わないお前の優しさに。
お前が好きだよ。だからどうか俺の我儘を許して。
もうそう長くはないであろうこの世界で、最後にお前の声が聞きたいんだ。











その日は突然訪れた。いつものように収容施設でぼーっとしていたら、魂を内臓ごと引っ掻き回されるような、あるはずのない他者に介入されたような、そんな悪寒がしたんだ。そして気付いた。世界を回す、欠けちゃいけない歯車に手が掛けられたことに。初めは、小さな歯車がひとつ止まっただけだった。歯車がひとつ止まっても、世界はそれなりに回っていた。しかしその隣の歯車が動かなくなり、その隣が止まって、世界は段々おかしくなっていった。それに敏感に反応した俺みたいな奴らは、財団の収容を外れて世界の崩壊から逃れようと暴れ始めた。逆に莫大な現実改変能力を持つ奴らは静かそうにしてたけど。
俺は前者だった。崩壊を止めるだけの力は無かったが、日常を装って最後のその時を待つ勇気もなかった。タイミングを見計らって、サイトを抜け出した。愛する人ひとり守れる力ならあると、過信していた。

放心状態のありさかを抱えて飛び出した世界は、思っていたより終わりに近付いていた。認識災害、害悪scpがその辺をうようよ這いずり回っていた。
絶望した。後悔した。サイトの中にいた方が、ありさかは安全だったかもしれない。生まれて初めて味わう絶望という文字。震える俺の腕の中で、ありさかはその暖かい手で俺をなぞった。

『だるま』

お前が付けた俺の名前を呼んで、お前は俺にキスした。春の夜空に浮かびながら交わした口付けはさながら映画のラブシーンのようだった。
バニラと約束したんだ、お前を死なせないと。真っ青な顔をしたしすこは最後まで俺を睨んでたんだ。みんなお前が大切で仕方なかったんだ。

いざとなればこんな小さな国を飛び出してしまおうと、海沿いの小綺麗な家を住処にした。住民は恐らく既に死んでいる。この国の中でまともな人間があと何人生きているのかすら定かではない。俺とありさかには、それは関係ないことだ。世界が終末を迎えても、財団には世界を再生するためのいくつかの切札がある。まあそれもまた、俺たちには関係のないことだが。
関係はないが、ありさかはすぐ外で人がscpの影響下に置かれているこの状況を見過ごせないだろう。ありさかの意識がまだ朦朧としていた初めの夜に、俺はありさかの右脚の腱を切った。だるまと呼ばれる俺が、自分で治した愛する人の右足をダメにするなんてとんだ皮肉だ。お前は脚を引き摺って俺を抱きしめてくれるけど、お前が外に行かないようにとお前を傷付けてまで引き止めて縋り付いたのは俺の方だ。

そうして、俺は俺だけのありさかを手に入れた。最後までお前は何も知らなくていい。俺にだけ愛されていれば良かったのに。

恐らくもうすぐこの世界は終わる。

あと百数字といったところか。


なあ見てんだろ





そっちの世界から



介入してきたのは







お前らなんだろ





多元宇宙とやらがあるらしいな


そっちは何次元なんだ?

俺らの手の届かない場所から入ってきて、好き勝手弄って、壊して



何が目的だ?
俺が一体何をした?
俺らがいつ迷惑をかけた?








…ああもういい疲れた

俺は最期の時をありさかと過ごせれば、それ以上は何も望まない。だから、だからお願いだ、


























        俺とありさかを引き離すな
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