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素直になれない照れ隠し

r「ねーうるかさんいいのー?」

4時間ほどのランク配信を終えて、今は配信外でげちランクの真っ最中。ジップラインに乗りながら、りんしゃんさんの間延びした声を聞く。残りの部隊数は10。安置も上々といったところだ。

u「?なにが?」

r「ありさかさん待ってるよーきっと」

u「…ぁー…」

突いて欲しくないところを突かれて返答に詰まる。

y「あーそうじゃん。もう6時間ランクしてるけど」

r「配信してた朝の部合わせたら10時間はやってるよ。てかここ数日ずっとランクばっか回してるじゃん」

ゆふなさんが鈍いのは見たまんまだから置いとくとして、りんしゃんさんはたまに核心を突いたことを言う。今がそうだ。

u「ありさんは、…ありさんはいいよ」

俺の下手な誤魔化し方にゆふなさんまでもが何かあると勘づいたらしく、何かあったのかと迫ってきた。画面奥にはパスとバンガロール。ホライゾンのQで詰めながらゆふなさんが茶々を入れてきた。

y「えぇ?どうしたの~笑 ありさかさんと喧嘩でもしちゃった??笑」

u「…」

y「…あっ」

r「もう、ゆふなさんノンデリ」

元々嘘が得意ではない俺は上手く流すこともできなくて黙ってしまう。死角に隠れていたジブラルタルのアーマーを割ると、りんしゃんさんが肉ダメのそれを倒した。ふたりに気を遣わせて申し訳ないと思う反面、数日前から消化しきれないもやが心のうちに広がっていく。

y「ちょ、ごめんって、うるかさ〜ん…?」

u「…もう!」

y「ぉわ」

u「ありさんは俺のことなんかもう好きじゃないんだよ!ありさんなんか知らない!後ろ漁夫来てる!!」

声を張り上げながら先程まで自分たちがいた方角に狙いを定める。敵のデスボックスから拾ったクレーバーは、見事に相手の頭を撃ち抜いた。







「…はぁ、」

やばい。何をやっても落ち着かない。向かいにあるうるかの部屋からは微かに敵の位置情報やダメージ状態を報告する声が聞こえてくる。ここ数日ずっとそうだ。引き換え俺は、こうやって肩を落としながらため息をつくばかり。
いや、元はと言えば、俺のせいなのだ。多分。うるかを放ったらかして_いや放ったらかしてたつもりはないのだが彼がそう言っていた_いつもの適当に鯖にいるメンバーとばかり遊んでいたから。

『ありさんは俺よりバニさんとかととさんといる時の方が楽しそう』

などと言われてしまったのだ。挙句の果て、

『もう俺だってありさんじゃない人と遊ぶから!』

なんて宣言されてしまった。それからうるかはほとんど自室に篭もりきりでAPEXのランクを回している。やりすぎて日本でのキーマウトップにもなったらしい。やっぱりあいつはすごい。
引き換え俺はと言えば、情けないことに、恋人と喧嘩などしたことがないもので、その解決にほとほと困り果てていた。
風呂やら飯やらで出てきたタイミングで引き止めてはみるのだが、ぱっちり目が合ったかと思うと、少し視線をさ迷わせたあと、知らないというようにぷいとそっぽを向かれてしまう。続けて、うるか、と声をかけると小走りで逃げられる。

あぁくそ、せっかくうるかと過ごそうと思って1週間休みを取ったのに。俺の判断があと1日早ければ、今頃可愛い恋人とイチャイチャできていたはずなのに。
配信で休暇を宣言した数時間後にうるかに怒られてしまった俺は、ただ虚無だった。
ダメだ、このままでは。次うるかが出てきたタイミングで確実に捉えると決めた俺は、自室を出て、リビングのソファにどっかりと座り込んだ。








y「ねえうるかさん、ありさかさんとちゃんと話した方がいいよ」

u「…ゆふなさんに何が分かんのさぁ…」

夜も更けるまでランクを回して、順位も申し分ないほどには上がって、じゃあそろそろ終わろうかというときだった。

u「もう、掘り返さないでよね、忘れられてたのに」

y「うるかさんてさー意地張って相手の話聞いてあげなさそーなタイプじゃない?」

u「ぅ」

y「どう?りんたん」

r「んぁー確かに。ありさかさん強く引き止めたりしなそうだし、余計にそんな感じするね」

図星である。実際、ここ数日間部屋を出たタイミングでありさんから何度か声をかけられた。その度に仲直りできるかもと思うのだが、目が会った瞬間、嫌な想像がチラつくのだ。嫉妬深い俺に呆れて、別れ話を切り出される…とか、そういうの。自分の今までの態度を客観的に省みてみると、それはそれはワガママで、ありさんに甘えてばかりで、何かを返せたことなど1度もなかった。そう思い始めると、その想像はますます臭気を帯びて抽象を象り俺に近づいてくるのだ。まるで俺を嗤うように。

y「ありさかさんは話しかけてきてくれてるんでしょ?」

u「…ぅん」

y「きっと謝りたくて声掛けてるんだよ。ちゃんと自分の気持ち伝えた方がいいよ」

r「わぁお、ゆふなさんいいコト言う〜」

y「アッwちょっwりんたん照れるってぇww」

俺を置いて、ゆふなさんとりんしゃんさんはきゃあきゃあと騒ぎ始めた。

u「…ぅーん、わかった。頑張ってみる」

y「がんばってねー」

r「ファイトー」

u「はーい、ありがとーお疲れぇ」

聞きなれた電子音とともに通話を落ちる。自分の気持ち…ねぇ。そりゃあ、ありさんのことは嫌いじゃない。じゃなきゃ同棲なんか持ちかけない。それは確か。それに、他のひと、特に、俺より面白い人_そんなひとこの界隈じゃ星の数ほどいるんだけど_とありさんがいる時、そのひとの言動でありさんが笑っている時、俺はどうも悔しくて不安になる。そのあと黙ってありさかさんの部屋に居座り困らせて、そんな俺に構ってもらわなければ、その不安が解消できないほどに。
もっと、俺といて欲しかった。もっと俺にも、笑ってほしかった。もっと一緒に遊んで、もっと俺の我儘を許して、もっと俺だけを、…特別扱いしてほしかった。

「…はぁ、」

ああ情けない、俺は何をやっているんだろう。ありさかさんが居ないとダメなくせ、自分からありさかさんを突き放している。挙句まだ振られてもいないのにひとりで感傷に浸って、全く俺らしくない。…まぁ、素直に謝るなんてのも、俺らしくはないんだけど。
息をつく。決めたことは早く行動に移した方がいいと聞く。グラスを片付けたらさっさとありさんの部屋に行って謝ろう。







"ありさん"

名前を、呼ばれた気がした。

あの声変わり前の中学生みたいな、ガキくさい声で。

構ってほしそうに、悪戯する子供のように、夢の中のうるかが俺を呼んでいる。

"ありさかさんってば"

大きな黒目がまろく細まって、楽しそうに俺を覗きこむ。久しぶりに正面から見た恋人の顔はやっぱり可愛い。撫でようとして手を伸ばしたところで意識がブレた。
やめてよ、揺すらないで、今いい夢を見てるとこなんだ。

「ねぇ、ありさん聞こえてる?」

「…ぁ」

パチ、目を覚ますと心配そうな顔をしたうるかが俺を覗き込んでいた。あれ、俺いつの間に、寝て…?あ、そうだ、俺、次こそ絶対にと思って、今、目の前にうるかがいるから、えっと、

「ねぇ、いつからこうしてるの?ありさんクマが酷いよ、ちゃんと寝なきゃ…えっっ、」

俺をのぞきこんで腰を屈めていたうるかのTシャツをがっしりと捕まえる。

「うるか」

「ぇ、えなに」

「話し合お」

びくり、うるかの肩が跳ね上がったのが分かる。俺だって正直こんな体勢で「話し合おう」なんて言われたら怖いと思うが、逃げられてしまうので仕方ない。ちらりとうるかの様子を伺う、と、

「…ゃだ」

「…ぇ」

「……みっ、…みないで、」

俺の腕の中で、うるかは自分の腕で顔を隠して、必死に俺から遠ざかろうと足を震わせていた。声に滲んだ涙の色が俺を激しく動揺させる。

「えっ?うるか、?うるかごめん、なんで…怖くないよ、」

「ちがう、ごめん、俺が…っやだ、ごめん…ゆるして、」

今にも溢れだしそうな涙を湛えた目元がちらりと覗く。見開かれた瞳孔は怯えるように震え、その中に俺を捉えていた。そんな目をされてしまったら、俺はうるかを慰めていいのかすら分からなくなる。
泣いている姿を見られたくないのか、後ずさろうとする彼を引き留めていた手を、俺はそっと離した。

「…ふ、…ぅ」

「うるか…?」

「…~ッ、」

名前を呼ぶと、うるかはそのまま床にぺたんと崩れ落ちてしまった。彼が何故泣いているのか全く見当もつかない自分に苛立ちすら覚える。

「…別れたくない…」

「え?」

「…好き、」

言われ慣れない言葉に虚を突かれた。同時に、ひとりで冷えていた心にじわっと愛おしさのようなものが滲んだ。

「好きなの…嫉妬、したの、…っごめんなさい…」

「うるか…」

言葉にならない気持ちが心から全身に沁みた。上手く言葉にできないから、これが少しでも伝わればとうるかを抱き締めた。

「…俺、も、ごめんね?うるかがそんなふうに思ってるなんて知らなくて……すき、だよ、俺も…」

たどたどしくて情けないなぁと思いながらうるかの肩に顔を埋める。メッシュの入った毛先、首筋、パーカーからどうしようもなく彼の匂いがする。

「…別れない…?」

まだ不安そうな声のうるかの後頭部を撫ぜる。

「逆に、別れないでいてくれる?」

「…ひひ、」

俺を見て嬉しそうに笑う。笑ったかお、久しぶりに見たな。久方ぶりの和やかな雰囲気のままもう一度抱き締めようかと手を伸ばすと、それより早くちゅっと唇を奪われた。

「!? あ、ちょっと!」

「へへ、ありさんチョロ〜い笑」

頬肉でも摘んでやろうと手を伸ばすとひらりと躱されてしまった挙句、笑いながら自室に逃げ込まれてしまった。あんにゃろう今日の夜覚えとけよ…
…まあでも、それがアイツなりの照れ隠しだと分かっていて、分かることが嬉しい。うるかの耳が真っ赤だったことは、俺だけが知っていればいいから。
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