冥土の土産に君をくれよ
結局その日、俺はもう一度ありさかに会うことができなかった。鳥居を入り直してみたり、お社の中を見ようとしたがどれも叶わなかった。なんならお社の戸は固くしまっていて開かなかった。小一時間ほど粘ったのち、残念な気持ちで神社を後にしようとしたが参拝していないことを思い出した。恐らくここの神様?であるありさかに会えた上ごそごそと荒らし回ってしまったので、すんませんという気持ちと合わせてまた会いたいと願った。帰り道にありさかの笑った顔を思い出しながら、なんで泥ついてたんやろとか、はなさないんだろとか色々考えていたが結局答えは出なかった。
次の日、朝早くに目を覚ました俺は早速昨日の神社に向かった。相変わらず手入れされている様子はなく、鳥居は崩れかかっていた。胸を高鳴らせながらそこをくぐったが、昨日の初め感じたような違和感はなく、俺はがっくりと肩を落とした。まあいい。今日の目的はそれだけじゃない。昨日は財布を持っていなかったので小銭を入れられなかったが、今日は違う。持ってきた五円玉をぽいっと投げてお参りした。できればありさかとのご縁が欲しいなーなーんて…
思いながら目を上げると、お社の中から不安そうにこちらを除くありさかが見えた。
「あ!ありさか…様!」
心のうちではありさかありさかと連呼していたが、神様相手だし経緯を払うべきかと思い咄嗟に様付けした。
「別に…ありさかでいいよ」
「…えっ」
喋れんの!?
驚いているとありさかが袖で口元を隠して笑った。あ、その仕草かわいい。
「昨日声掛けたじゃん」
「でもだって、最初なんか…カタコトっぽかったやん!」
「あの時はまだ…ちょっとね。あのあと君が俺に歩み寄ろうとしてくれたから、今はちゃんと、言葉を話せる。」
なんだかよく分からなかったが、そういうものなのかと思った。
「ねぇ…ところでなんだけど…」
綻んでいた顔をまた曇らせて、ありさかは切り出した。
「……何お願いした?」
「え?」
色んな疑問が先行を争った結果、俺の口からは間抜けな一音しか出なかった。聞いてどうするの?とか、神様なのにわからんの?とか、叶えてくれんの?とか、それをなんで不安そうに聞くの?とか。
どれから聞こうか迷っていると、沈黙に耐えかねたのか、ありさかの方から話し出してくれた。
「あの…君はこの神社に今も来てくれるたったひとりの人だし、できることなら叶えてあげたいんだけど…」
黙って聞いていると、ありさかは決まりが悪そうに身をよじった。頭に付いていた落葉がはらりと散った。
「…この場所、もう綺麗じゃないでしょう?」
こちらを見る目はやはり泥と髪の下に隠れて見えないが、その口調が雄弁に不安を物語っていた。
「まあ、そう…かも?」
お世辞にもnoとは言えなかったので微妙に肯定しておいた。
「俺、もうあんまり力が無くて…大したことは叶えてあげられないんだよね… 」
ごめんね、と言いながらありさかは申し訳なさそうに縮こまった。立っているところをちゃんと見たことはないが、俺より随分と背が大きいだろうに、小さくなっていて可愛い。
「ううん、俺実はありさかに会いたいってお願いしてん。ひひ、そんで叶ったから、ありさかはすごい神様やなぁ」
そう笑ってみせるとありさかはびっくりしたような顔のあと、胸を撫で下ろして、嬉しそうに息をついた。
「そっか、なら…良かった。……ねぇっ、…その、今日も、お話…聞かてくれる?」
「もちろん!こっちもその気で来てんで。」
そう言うと口許が綻んで愛らしい。
「…っねぇ、」
「なに?」
首を傾げるとふわふわの毛先から、ポタ、と泥が滴り落ちた。
「…かお、見せてくれんの」
ありさかはしばらく黙ってしまった。なにか考えていたのかもしれないが、なにせ口しか見えないので察しようがなかった。そうして随分長いこと黙り込んでいた時に、気を使って「嫌なら大丈夫」とでも言えればよかったのだが。気になる人の素顔が見たいという好奇心に嘘が付けなかった。
「…あのね、ほんとのこと言うとね」
ぽつり、蚊の鳴くような声でありさかは切り出した。
「君がもう、来てくれないんじゃないかって、怖くて、」
戸の縁を握る手先が震えていた。
「…馬鹿だよね、それまでずっとひとりだったくせにさ…。いつからこんな、人間らしくなっちゃったんだろ。」
はぁ、とため息を吐きながら、ありさかは髪に隠れた額の辺りを手で押えた。悲しそうな声に、答えずにはいられなかった。
「俺、おれ平気だよ。俺ありさかに会いに来るよ」
「ありがとう。君は…やさしいね」
憂いを帯びたような声にドキッとしたが、同時にその二人称に違和感を覚えた。
「なぁ、名前で呼んでや。俺の名前、だんむむ」
「ばかばかっ!?」
いい切る前に口を塞がれてしまった。泥のついていない方の手で唇を押される。
「あのねぇ…!?人じゃないものに名前を教えちゃダメなんだよ!?きみ、ほんとに呪われちゃうよ!!?」
「むむむむんむむんむむむんむん(ありさかはそんなことせんやん)」
「だからね、あの…まあいいか。まとめて話そうね」
そう言うとありさかは昨日のようにお社の中に招いてくれた。その時、ありさかの着ていた着物がちらりと動いた。見えたありさかの足はどろりと溶け、代わりに泥のようなものが袴にこびり付いていた。
次の日、朝早くに目を覚ました俺は早速昨日の神社に向かった。相変わらず手入れされている様子はなく、鳥居は崩れかかっていた。胸を高鳴らせながらそこをくぐったが、昨日の初め感じたような違和感はなく、俺はがっくりと肩を落とした。まあいい。今日の目的はそれだけじゃない。昨日は財布を持っていなかったので小銭を入れられなかったが、今日は違う。持ってきた五円玉をぽいっと投げてお参りした。できればありさかとのご縁が欲しいなーなーんて…
思いながら目を上げると、お社の中から不安そうにこちらを除くありさかが見えた。
「あ!ありさか…様!」
心のうちではありさかありさかと連呼していたが、神様相手だし経緯を払うべきかと思い咄嗟に様付けした。
「別に…ありさかでいいよ」
「…えっ」
喋れんの!?
驚いているとありさかが袖で口元を隠して笑った。あ、その仕草かわいい。
「昨日声掛けたじゃん」
「でもだって、最初なんか…カタコトっぽかったやん!」
「あの時はまだ…ちょっとね。あのあと君が俺に歩み寄ろうとしてくれたから、今はちゃんと、言葉を話せる。」
なんだかよく分からなかったが、そういうものなのかと思った。
「ねぇ…ところでなんだけど…」
綻んでいた顔をまた曇らせて、ありさかは切り出した。
「……何お願いした?」
「え?」
色んな疑問が先行を争った結果、俺の口からは間抜けな一音しか出なかった。聞いてどうするの?とか、神様なのにわからんの?とか、叶えてくれんの?とか、それをなんで不安そうに聞くの?とか。
どれから聞こうか迷っていると、沈黙に耐えかねたのか、ありさかの方から話し出してくれた。
「あの…君はこの神社に今も来てくれるたったひとりの人だし、できることなら叶えてあげたいんだけど…」
黙って聞いていると、ありさかは決まりが悪そうに身をよじった。頭に付いていた落葉がはらりと散った。
「…この場所、もう綺麗じゃないでしょう?」
こちらを見る目はやはり泥と髪の下に隠れて見えないが、その口調が雄弁に不安を物語っていた。
「まあ、そう…かも?」
お世辞にもnoとは言えなかったので微妙に肯定しておいた。
「俺、もうあんまり力が無くて…大したことは叶えてあげられないんだよね… 」
ごめんね、と言いながらありさかは申し訳なさそうに縮こまった。立っているところをちゃんと見たことはないが、俺より随分と背が大きいだろうに、小さくなっていて可愛い。
「ううん、俺実はありさかに会いたいってお願いしてん。ひひ、そんで叶ったから、ありさかはすごい神様やなぁ」
そう笑ってみせるとありさかはびっくりしたような顔のあと、胸を撫で下ろして、嬉しそうに息をついた。
「そっか、なら…良かった。……ねぇっ、…その、今日も、お話…聞かてくれる?」
「もちろん!こっちもその気で来てんで。」
そう言うと口許が綻んで愛らしい。
「…っねぇ、」
「なに?」
首を傾げるとふわふわの毛先から、ポタ、と泥が滴り落ちた。
「…かお、見せてくれんの」
ありさかはしばらく黙ってしまった。なにか考えていたのかもしれないが、なにせ口しか見えないので察しようがなかった。そうして随分長いこと黙り込んでいた時に、気を使って「嫌なら大丈夫」とでも言えればよかったのだが。気になる人の素顔が見たいという好奇心に嘘が付けなかった。
「…あのね、ほんとのこと言うとね」
ぽつり、蚊の鳴くような声でありさかは切り出した。
「君がもう、来てくれないんじゃないかって、怖くて、」
戸の縁を握る手先が震えていた。
「…馬鹿だよね、それまでずっとひとりだったくせにさ…。いつからこんな、人間らしくなっちゃったんだろ。」
はぁ、とため息を吐きながら、ありさかは髪に隠れた額の辺りを手で押えた。悲しそうな声に、答えずにはいられなかった。
「俺、おれ平気だよ。俺ありさかに会いに来るよ」
「ありがとう。君は…やさしいね」
憂いを帯びたような声にドキッとしたが、同時にその二人称に違和感を覚えた。
「なぁ、名前で呼んでや。俺の名前、だんむむ」
「ばかばかっ!?」
いい切る前に口を塞がれてしまった。泥のついていない方の手で唇を押される。
「あのねぇ…!?人じゃないものに名前を教えちゃダメなんだよ!?きみ、ほんとに呪われちゃうよ!!?」
「むむむむんむむんむむむんむん(ありさかはそんなことせんやん)」
「だからね、あの…まあいいか。まとめて話そうね」
そう言うとありさかは昨日のようにお社の中に招いてくれた。その時、ありさかの着ていた着物がちらりと動いた。見えたありさかの足はどろりと溶け、代わりに泥のようなものが袴にこびり付いていた。
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