冥土の土産に君をくれよ
そこの神社に行ったのは、なんとなくだった。ゲームも配信も行き詰まってて、やる気になれなくて。ぶらぶら散歩をしている時に、その寂れた鳥居が目に付いた。こんなもの、今まであったっけ?静かな月明かりに照らされたそこは、厳かな雰囲気を放っていた。、好奇心に誘われるままおれは苔の生えて崩れかかった門を通った。ぞく、と、背中になんとも言えぬ違和感が走ったのを覚えている。まるで、この世のものでは無いところに、橋を踏み入れてしまった気がした。悪寒、ではなかった。悪意は感じられなかったが、ただ、今いる境内は、明らかに外と様子が違った。
1歩踏み出すと音を立てる砂利が、夏休みの朝、昨晩仕掛けたカブトムシの罠を見に行くときのわくわくした感情をそっくりそのまま呼び起こした。俺はその非日常に、血流が聞こえるほど興奮していた。
"…
そのときそこに、気配があった。蜃気楼のような、微かな空気の揺らぎ。それに害がないことが分かっていたから、俺は興奮した。何かがそこに、今、立っている。
手を伸ばそうとした時、気配はふっと俺から離れて、ふらふらと、お社の中に消えていくのが分かった。木造製のそれは廃れ、苔むし、淋しげだった。魅せられたようだった。そこに近づいて、戸に手を伸ばす。カラカラと音を立てて開いた先に、人のような何かが存在していた。
"…
それは伏せていた目を上げ、そっとこちらを見つめているようだった。"ようだった"というのは、そいつの片目は髪で隠れていて、もう片方はどろりと泥のようなものを被っていて見えなかったからだ。だからそれは、俺の推測に過ぎない。壁に寄りかかるようにして、力なさげにぺたんと座り込んでいる神様?はところどころが溶けているように見えて、なんだか自我が薄そうだった。
「…大丈夫?」
声を掛けると、今度こそ明確に、それはこちらに気をやった。そして、言葉の意味を理解しているのかいないのか、にこりと微笑んだ。儚くて、優しそうな微笑に、俺はあっさり恋に落ちた。
「…ッ、ど、どうしたん?なんでここにおるん?」
聴きながらお社の中に入っても、それの反応はなかった。ただ静かな微笑みを湛えながら、こちらを見つめていた。
「神様なん?」
"…
それがゆっくり首を傾げた気がした。興奮に恋心が上乗せされて、もう俺は止まれなかった。
「ずっとひとりでここにおるの?」
それは何も答えずに、少し悲しそうなら顔をした。
"…サ ミシ ィ
「えっ?」
口が開いたようには見えなかった。ただ、声のような、気持ちのようなものが体に流れ込んでくるのが分かった。
「さみしいん?」
こくりと頷いたように見えた。
「なら、ならさ、俺が明日から毎日来たるよ。お話しよーや、俺と」
それの表情は変わらなかったが、俺の言葉に喜んでいるように思えた。
「名前は?名前は、なんて言うん?」
それは落ち葉のようなものと泥のついた手でゆっくり外を指さした。
「そとにかいてあるん?」
聞けば頷くので、俺は外に出て辺りを見渡してみた。鳥居を出て正面から見ると、もうほとんどかすれて見えなかったがその神社の名前を記した看板のような物が掛かっていた。
「あ、り…有坂神社…」
つまり彼は、有坂という名前なわけだ。ありさか、ありさか。なんて口馴染みのいい。俺は喜びを胸に再度鳥居をくぐった。
「なぁ、なあありさ…」
通ってすぐ、わかった。先程のような違和感は、そこにはなかった。
「ありさか…?」
名前を呼んでも、社の戸は閉まったままだった。
もうきちゃだめだよ
優しい声で、そう囁かれた。ハッとして振り返ってもそこには誰もいない。俺はゆっくりその場にしゃがみこんでしまった。
そんな優しい声だけ残して、いなくなってしまうなんて、なんて罪な神様なんだろう?
1歩踏み出すと音を立てる砂利が、夏休みの朝、昨晩仕掛けたカブトムシの罠を見に行くときのわくわくした感情をそっくりそのまま呼び起こした。俺はその非日常に、血流が聞こえるほど興奮していた。
"…
そのときそこに、気配があった。蜃気楼のような、微かな空気の揺らぎ。それに害がないことが分かっていたから、俺は興奮した。何かがそこに、今、立っている。
手を伸ばそうとした時、気配はふっと俺から離れて、ふらふらと、お社の中に消えていくのが分かった。木造製のそれは廃れ、苔むし、淋しげだった。魅せられたようだった。そこに近づいて、戸に手を伸ばす。カラカラと音を立てて開いた先に、人のような何かが存在していた。
"…
それは伏せていた目を上げ、そっとこちらを見つめているようだった。"ようだった"というのは、そいつの片目は髪で隠れていて、もう片方はどろりと泥のようなものを被っていて見えなかったからだ。だからそれは、俺の推測に過ぎない。壁に寄りかかるようにして、力なさげにぺたんと座り込んでいる神様?はところどころが溶けているように見えて、なんだか自我が薄そうだった。
「…大丈夫?」
声を掛けると、今度こそ明確に、それはこちらに気をやった。そして、言葉の意味を理解しているのかいないのか、にこりと微笑んだ。儚くて、優しそうな微笑に、俺はあっさり恋に落ちた。
「…ッ、ど、どうしたん?なんでここにおるん?」
聴きながらお社の中に入っても、それの反応はなかった。ただ静かな微笑みを湛えながら、こちらを見つめていた。
「神様なん?」
"…
それがゆっくり首を傾げた気がした。興奮に恋心が上乗せされて、もう俺は止まれなかった。
「ずっとひとりでここにおるの?」
それは何も答えずに、少し悲しそうなら顔をした。
"…サ ミシ ィ
「えっ?」
口が開いたようには見えなかった。ただ、声のような、気持ちのようなものが体に流れ込んでくるのが分かった。
「さみしいん?」
こくりと頷いたように見えた。
「なら、ならさ、俺が明日から毎日来たるよ。お話しよーや、俺と」
それの表情は変わらなかったが、俺の言葉に喜んでいるように思えた。
「名前は?名前は、なんて言うん?」
それは落ち葉のようなものと泥のついた手でゆっくり外を指さした。
「そとにかいてあるん?」
聞けば頷くので、俺は外に出て辺りを見渡してみた。鳥居を出て正面から見ると、もうほとんどかすれて見えなかったがその神社の名前を記した看板のような物が掛かっていた。
「あ、り…有坂神社…」
つまり彼は、有坂という名前なわけだ。ありさか、ありさか。なんて口馴染みのいい。俺は喜びを胸に再度鳥居をくぐった。
「なぁ、なあありさ…」
通ってすぐ、わかった。先程のような違和感は、そこにはなかった。
「ありさか…?」
名前を呼んでも、社の戸は閉まったままだった。
もうきちゃだめだよ
優しい声で、そう囁かれた。ハッとして振り返ってもそこには誰もいない。俺はゆっくりその場にしゃがみこんでしまった。
そんな優しい声だけ残して、いなくなってしまうなんて、なんて罪な神様なんだろう?
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