きっと熱に浮かされている
⑤
「んふ、やっぱソレ、似合っとるなぁ」
「え?…あぁ、」
もうすぐ日付を回るという頃、だるまは微睡んだ顔でそう呟いた。だるまの家で風呂を済ませた俺が着ているのは、2回目に来た時にだるまから「お礼」と称して合鍵と一緒に渡されたパジャマだ。黒を基調としたそれは手触りからして明らかに良質な、イイところのやつ。なのにデザインは凝りすぎていなくて、眠るのに邪魔になるような箇所は無い。どこか知らないブランドのタグが付いていたが、値段は怖くて調べられなかった。実はこれ、2枚貰っている。ひとつは俺が家で着るために、もうひとつはだるまの家に置いておくために。寝間着を置いていくことを容認したのは、こういう経緯も少しあった。
「ありがとうなこれ、めっちゃ寝やすいわ」
「そっか、なら良かった。色々悩んだんやけど、うん、やっぱ正解やったわ」
正直飯やら掃除やらしてあげたくらいで貰っていいものではないと思ったが、俺の命を助けてくれたと言い張るだるまの押しに負けたのだ。こいつとパッションで殴りあった時、勝率は高くはない。
眠そうなだるまになんとか薬を飲んでもらって、じゃあもう寝ようという時に、だるまが口を開いた。
「んん、なんか、一緒にくらしてるみたい」
「えぇ?一緒に暮らすのはやだって大妖怪の時言ってたじゃん」
「あの、ときはね。いまは、…うん……すぅ…」
意識を保てなかっただるまが寝息を立て始めた。着ているパジャマからは、微かにだるまの家の匂いがしている。
あーーーアカン好きやーーーーーー
何故か夜明け前にぱっちりと目が覚めてしまって、かと言ってもう一度眠ることも難しいと判断した俺は、脳内でありさかの好きなところ会議を繰り広げていた。笑った顔。眉を下げた表情。デカい手。ふっくらした筋肉。ふわふわの髪の毛。なにより性格。声。なにもかも。
熱のせいでドクドクと脈打つのが聞こえるほど高鳴っている心臓が、記憶の中のありさかをなぞる度にそのテンポを加速していく。
思えば体調を崩した時にばかり会っているせいか、ありさかの頼れる逞しい身体やいつもより数倍優しくなった声とか、手つきとか、そんなのが頻繁に目に付いていけない。今日みたいにわりと元気で熱だけ出てる時なら普通にからかいあったりできる。でも、1回目みたいにガチで死にそうな時。あれはあかん。寂しくて心細くて誰かに甘えたくて、そんなタイミングで片思いの相手からあんなに優しくされたら、普段勘違いしないことでも勘違いしてしまう。ていうか勘違いしたい。なぁ、もしかしてお前俺のこと好き?好きやろ、好きなんやろ?好きであってくれよ、なぁ、
「ぁりさかあ…」
掠れた声は宙に溶けた。
ふと気がつくと昼前だった。いつの間にか眠れていたようだ。
「ん゙んっ、ん、ありさかー?」
返事はない。起きた感じ体調は良くなったようなので、歩いて寝室まで向かう。
カラカラと戸を引くとでかい背中が見えた。
「ありさかくんもうお昼でちゅよー」
ふざけながらその肩に手を伸ばそうとした時、俺ははたと気づいてしまった。…寝顔とか寝起きの顔とか見れるのって、これもしかして”恋人の特権"ってやつなのでは…?
気持ち悪いことを考えている自分に気がついて頭を振る。あかんあかん、妄想は脳内だけにしとかな、勘違いキモ男になるところやったわ。
そっと覗き込んだ寝顔はあまりにも穏やかで、なんかアニマルセラピーと同じ効果がある気がした。
「ありさか、もう昼やぞー」
「ん゙…」
「ありさかくーん」
「…ふ、ふぁ…あ」
眩しそうに目を瞬かせたあと、ありさかはでっかいあくびをひとつかました。少し目付きが悪いありさかなんてかなりレアだ。
「んはよ…なんじ」
「12時前」
「えうそ……8、9、10、…11時間も寝ちゃった…こんなに寝たのいつぶりやろ」
指折り時間を数えたありさかはびっくりしたような顔で俺を見つめた。
「いつもどんくらいなん」
「3、4時間で起きちゃうんよね…」
「短っ」
「うん…なんかお前ん家よう寝れるわ」
へら、と笑う覇気のない笑顔が、寝起きで跳ねた毛先が、俺がプレゼントしたパジャマの萌え袖が、とにかく全てが刺さった。その衝撃は脳みそを突き切って脊髄に直接作用した。
「うぇ、好き」
「…えぇ?」
そしてそれはあろうことか、なんとまあ最悪なことに、異常なほど情けない声と共に恋心をカミングアウトしてしまったのだ。静まり返る室内。あ、やべぇ、死にたいかもしれん。
明らかにふざけるタイミングではない俺から溢れた言葉にありさかは真意が分からなそうにポカンとしていた。それに引き換え俺の脳内の回転はえげつなかった。え、えっまずい。どうする?どうする??からかっただけだと誤魔化すか?いや不自然すぎる、「好き」でからかうのとか意味わからんしじゃあこのまま突き通す?いっそのこと想いを伝えてしまおうか??いやダメだ第一声が「うぇ」の時点でダサさがカンストして
「ぇー…っと、……俺、も」
「………………え?」
「…え?」
陽の差す明るい部屋に流れたのは、俺の人生史上とびきり不可解な困惑だった。それが、ありさかの顔を見て、理解に変わり、期待に変わり、数秒後には興奮に変わった。
「いまっ、今、なんて?」
「ぇ…俺も…って、」
息が上がる。もっとその先の、間違いのない答えが聞きたい。
「俺も?おれもなに?」
「…え、待ってだいじょぶだよね?俺ら同じこと考えてるよね?違わないよねぇ!?」
俺の熱量に自信を持てなくなったのか、先程の間が怖かったのか。ロマンチックな雰囲気から一変、ありさかは泣きそうな顔で俺の手を取った。その動きがあまりにも一生懸命で、切羽詰まっていて、不安そうで、俺は派手に笑ってしまった。
決まりきらないそういうところも、たまらなく愛おしいよ。
「んふ、やっぱソレ、似合っとるなぁ」
「え?…あぁ、」
もうすぐ日付を回るという頃、だるまは微睡んだ顔でそう呟いた。だるまの家で風呂を済ませた俺が着ているのは、2回目に来た時にだるまから「お礼」と称して合鍵と一緒に渡されたパジャマだ。黒を基調としたそれは手触りからして明らかに良質な、イイところのやつ。なのにデザインは凝りすぎていなくて、眠るのに邪魔になるような箇所は無い。どこか知らないブランドのタグが付いていたが、値段は怖くて調べられなかった。実はこれ、2枚貰っている。ひとつは俺が家で着るために、もうひとつはだるまの家に置いておくために。寝間着を置いていくことを容認したのは、こういう経緯も少しあった。
「ありがとうなこれ、めっちゃ寝やすいわ」
「そっか、なら良かった。色々悩んだんやけど、うん、やっぱ正解やったわ」
正直飯やら掃除やらしてあげたくらいで貰っていいものではないと思ったが、俺の命を助けてくれたと言い張るだるまの押しに負けたのだ。こいつとパッションで殴りあった時、勝率は高くはない。
眠そうなだるまになんとか薬を飲んでもらって、じゃあもう寝ようという時に、だるまが口を開いた。
「んん、なんか、一緒にくらしてるみたい」
「えぇ?一緒に暮らすのはやだって大妖怪の時言ってたじゃん」
「あの、ときはね。いまは、…うん……すぅ…」
意識を保てなかっただるまが寝息を立て始めた。着ているパジャマからは、微かにだるまの家の匂いがしている。
あーーーアカン好きやーーーーーー
何故か夜明け前にぱっちりと目が覚めてしまって、かと言ってもう一度眠ることも難しいと判断した俺は、脳内でありさかの好きなところ会議を繰り広げていた。笑った顔。眉を下げた表情。デカい手。ふっくらした筋肉。ふわふわの髪の毛。なにより性格。声。なにもかも。
熱のせいでドクドクと脈打つのが聞こえるほど高鳴っている心臓が、記憶の中のありさかをなぞる度にそのテンポを加速していく。
思えば体調を崩した時にばかり会っているせいか、ありさかの頼れる逞しい身体やいつもより数倍優しくなった声とか、手つきとか、そんなのが頻繁に目に付いていけない。今日みたいにわりと元気で熱だけ出てる時なら普通にからかいあったりできる。でも、1回目みたいにガチで死にそうな時。あれはあかん。寂しくて心細くて誰かに甘えたくて、そんなタイミングで片思いの相手からあんなに優しくされたら、普段勘違いしないことでも勘違いしてしまう。ていうか勘違いしたい。なぁ、もしかしてお前俺のこと好き?好きやろ、好きなんやろ?好きであってくれよ、なぁ、
「ぁりさかあ…」
掠れた声は宙に溶けた。
ふと気がつくと昼前だった。いつの間にか眠れていたようだ。
「ん゙んっ、ん、ありさかー?」
返事はない。起きた感じ体調は良くなったようなので、歩いて寝室まで向かう。
カラカラと戸を引くとでかい背中が見えた。
「ありさかくんもうお昼でちゅよー」
ふざけながらその肩に手を伸ばそうとした時、俺ははたと気づいてしまった。…寝顔とか寝起きの顔とか見れるのって、これもしかして”恋人の特権"ってやつなのでは…?
気持ち悪いことを考えている自分に気がついて頭を振る。あかんあかん、妄想は脳内だけにしとかな、勘違いキモ男になるところやったわ。
そっと覗き込んだ寝顔はあまりにも穏やかで、なんかアニマルセラピーと同じ効果がある気がした。
「ありさか、もう昼やぞー」
「ん゙…」
「ありさかくーん」
「…ふ、ふぁ…あ」
眩しそうに目を瞬かせたあと、ありさかはでっかいあくびをひとつかました。少し目付きが悪いありさかなんてかなりレアだ。
「んはよ…なんじ」
「12時前」
「えうそ……8、9、10、…11時間も寝ちゃった…こんなに寝たのいつぶりやろ」
指折り時間を数えたありさかはびっくりしたような顔で俺を見つめた。
「いつもどんくらいなん」
「3、4時間で起きちゃうんよね…」
「短っ」
「うん…なんかお前ん家よう寝れるわ」
へら、と笑う覇気のない笑顔が、寝起きで跳ねた毛先が、俺がプレゼントしたパジャマの萌え袖が、とにかく全てが刺さった。その衝撃は脳みそを突き切って脊髄に直接作用した。
「うぇ、好き」
「…えぇ?」
そしてそれはあろうことか、なんとまあ最悪なことに、異常なほど情けない声と共に恋心をカミングアウトしてしまったのだ。静まり返る室内。あ、やべぇ、死にたいかもしれん。
明らかにふざけるタイミングではない俺から溢れた言葉にありさかは真意が分からなそうにポカンとしていた。それに引き換え俺の脳内の回転はえげつなかった。え、えっまずい。どうする?どうする??からかっただけだと誤魔化すか?いや不自然すぎる、「好き」でからかうのとか意味わからんしじゃあこのまま突き通す?いっそのこと想いを伝えてしまおうか??いやダメだ第一声が「うぇ」の時点でダサさがカンストして
「ぇー…っと、……俺、も」
「………………え?」
「…え?」
陽の差す明るい部屋に流れたのは、俺の人生史上とびきり不可解な困惑だった。それが、ありさかの顔を見て、理解に変わり、期待に変わり、数秒後には興奮に変わった。
「いまっ、今、なんて?」
「ぇ…俺も…って、」
息が上がる。もっとその先の、間違いのない答えが聞きたい。
「俺も?おれもなに?」
「…え、待ってだいじょぶだよね?俺ら同じこと考えてるよね?違わないよねぇ!?」
俺の熱量に自信を持てなくなったのか、先程の間が怖かったのか。ロマンチックな雰囲気から一変、ありさかは泣きそうな顔で俺の手を取った。その動きがあまりにも一生懸命で、切羽詰まっていて、不安そうで、俺は派手に笑ってしまった。
決まりきらないそういうところも、たまらなく愛おしいよ。